旅支度 その2
ドウェイン様、シュリシャ様と一緒に部屋を出ると、ドウェイン様とは一度別れる事になった。
ついていくと言っていたけれど、シュリシャ様がやんわりと拒否したのだ。にこやかな顔をして「あなたは来ないで」と言った時には、ちょっと背筋が冷たくなった。
「あのシュリシャ様、いいんですか?」
「何がかしら?」
「その、ドウェイン様を置いてきてしまって」
俺がそう聞くと、シュリシャ様は明るくけらけらと笑って言った。
「いいのいいの、あの人あれで臆病というか繊細だから。今は自責の念にかられているだろうし、時間をおいて慰めてあげた方がいいわ」
「はあ、そんなものですか?」
「そんなものよ」
夫婦だからこその知った仲という事だろうか、それなら俺がそれ以上気にしていても仕方がないと思い、切り替えて別の質問をすることにした。
「それで、今はどこに向かっているんですか?」
「そんなに遠くないわ、城のある一室。そこで二人も待っているから」
二人と言われて思い当たる人はあの二人しかいない。何だかよく分からないままだが、俺は大人しくシュリシャ様の後について歩いた。
「あっ優真来た」
「エレリちゃん、ちょっと前から言いたかったんだけど、その言葉遣い優真様に対して失礼じゃない?」
「ちょちょちょ、お姉ちゃん待って待って。これは優真からちゃんと許可を貰っての事で、怖いからその顔やめて!」
部屋に入ると姉妹漫才が繰り広げられていた。シュリシャ様はため息をついて二人の間に入った。
「ほらほらあなた達、優真様の前でみっともない。やめなさいな」
俺はその様子を見ておおと感心した。シュリシャ様は如何にも王妃様という雰囲気を常にまとわられているが、娘二人の前ではちゃんと母親らしい姿を見せるんだなと思った。
シュリシャ様の仲裁で落ち着いて所で、俺は何故ここに連れて来られたのかを聞くことにした。
「それで、ここに何かあるんですか?」
「ふふ実はね、私なりに優真様に何か出来る事がないかと考えていたの。それで、長い旅路になるのだから、勇者様の為の装備が必要だと思ったの」
装備と言われてそういえばと俺も思った。何も考えずにそのまま貸し与えられている服のままで行こうかと思っていた。よくよく考えれば、そんなちょっとコンビニ行ってくるみたいなノリで旅に出れる訳がない。
つくづく自分が結構考えなしだということを思い知らされた。
「それで私織物と裁縫が得意なの。だから勇者の装備を作ろうと思って、ある方にも協力してもらってこつこつ制作に取り組んでいたのよ」
「ある方?」
「ええ、そろそろ来る頃だと思うわ」
その時丁度扉がノックされる音が響いた。外から聞こえてきた声はソルダさんだった。
「どうぞ入ってらして」
「失礼致します」
ソルダさんはいつものように礼儀正しく姿勢を正し部屋に入ってきた。
「ソルダさん、いつの間にこんな事を?」
「私だけではありません。エレリ様もお手伝いをされていました」
そう言われて俺はエレリの方を見ると、恥ずかしそうに顔を背けてエレリは言った。
「わ、私はそんなに、手伝いって程の事は…」
「エレリは寝る間も惜しんで作業に没頭していたわ」
「ちょっとお母様!!」
エレリの抗議をあしらって、シュリシャ様は俺を手招きした。それに従って俺が近づくと、シュリシャ様は装備にかけてあった布をバサリと取り払った。
そこにあったのは服や肩当て、胸当てに小手、ベルトにブーツ等、思わず目を輝かせてしまう品々ばかりであった。
「使われている布に使われている糸は、しなやかで軽くて丈夫。身につける者の魔力をよく通し身体能力を引き上げ、濡れず燃えず汚れず、攻撃魔法からも身を守ります」
「各部位の防具は動きを制限しすぎないよう、急所を守る箇所に重点を置きました。シュリシャ様による防護魔法が施されていますので、軽装ながら見た目以上に頑強です」
説明を聞きながらも俺は思わず手に取って色々と見るのに夢中になってしまった。心躍るとはこの事を言うのだろう、目の前に自分の装備があるという事実に、興奮が止まらない。
「…聞いておられますか?」
「あっ!は、はい!ご、ごめんなさい、つい興奮してしまって…」
「うふふ、喜んでいただけたようで何よりだわ」
シュリシャ様はにこやかに笑っているが、ソルダさんはため息をついて俺に詰め寄った。
「いいですか?私がこの後一通り装備の仕方と手入れまで教えます。あなたの命を守る大切な物ですから、しっかりと覚えてくださいよ?」
「はい!ご指導お願いします!」
俺がソルダさんに返事をすると、リヴィアに声をかけられた。
「優真様、もう一つ贈り物が。ほら、エレリちゃん」
「う、うん。ゆ、優真、これ」
エレリに手渡しされた物を広げてみた。これはマントだ、柔らかながらしっかりとした手触りの布地に、エラフ王国の印にもなっている神獣を象った文様が刺繍されている。
「こ、これ、私が魔法を込めて作ったの。身を守るだけじゃなくて、環境に合わせて体温を調節したり。身にまとうだけで、ゆっくりだけど周囲の魔力を取り込んで体力を回復させるわ」
感動して言葉を失ってしまう、はっと気がついてマントを羽織って見せ、エレリに言った。
「ありがとうエレリ!どう似合ってるかな?」
「…まだまだって感じね、でも、きっとこれからそのマントの似合う勇者様になって見せて」
「おう!」
自分の姿を見ることが出来ないけれど、きっとエレリの言う通り似合っていない。だけどこの身の引き締まる思いは、この先の未来には、きっと勇者として着こなして見せるという気持ちを与えてくれた。
シュリシャ様とソルダさんに手伝ってもらって、用意された装備を身にまとった。色々と教わりながらなので手間取ったが、何とかすべて装備すると、最後にリヴィアとエレリの手でマントを付けてもらった。
「うんうん、とっても素敵よ。用意した甲斐があったわ」
軽く体を動かしてみたが、驚く程に動作を邪魔しない。装備をまるで気にする必要がなく、重さも全然感じなかった。
「どうですか?」
「すごいです。何も身につけてない時より体が軽くなったような気がします」
「シュリシャ様とエレリ様の魔法の賜物です」
俺は改めてみんなにお礼を述べた。こうして装備を整えると、いよいよ何だか本当に旅が始まるんだなと実感した。
「では明日からその装備をつけて訓練しますよ」
「えっ?」
「えっ?じゃないです。身につけてすぐに動けるようになる訳じゃありません。自分の体の一部として扱えるくらい馴染ませなければなりません」
「もしかして走りもですか?」
「あれは普段のままでもいいです。代わりに負荷を増やします。装備によって優真様の身体能力は向上しますので、素の状態での底上げは必須です」
さっきまでのうきうき気分が嘘みたいに引いて、これから待つ地獄の訓練を思うと苦い顔しか出来ない。
「優真様、ご心配にはおよびません。これからの訓練、私とエレリちゃんもつきっきりで見させていただきます」
「私が回復魔法使えるからどんどん怪我していいわよ。手合わせの相手もできるし、魔法の勉強の方はお姉ちゃんの方がもっと詳しくできるから」
リヴィアは優しく微笑み、エレリは自慢げに少し胸をそらした。しかし二人の申し出はありがたいが、以前忙しいと聞いていただけに大丈夫なのだろうかと思った。
「二人共、俺に付きっきりでいいの?色々仕事とかあるんじゃない?」
「勇者様と共に在るが巫女の務め、それ以上に優先するべき事などありません」
「でも…」
「でもも何も、ありません」
そう断言するリヴィアの顔は、にこやかながらも何処か有無を言わさない迫力のような物を感じさせられた。そこまできっぱりと言われてしまっては、俺から何か言うのも野暮だなと、心の中で言い訳をして頭の中を切り替えた。
「シュリシャ様、改めて素敵な贈り物をありがとうございます。この装備に見合う人になれるか分かりませんが、俺なりに努力しようと思います」
「…優真様、一度勇者としての旅路が始まってしまえば、後戻りは出来ない過酷な運命があなたを待ち受けています。この装備がその旅の一助となれば、これほど嬉しいことはありません。娘のことをよろしくお願いします」
シュリシャ様のお言葉により一層身が引き締まった。旅支度は着々と進む、来るその日には笑顔で手を振ってここを去りたいものだと俺は思った。




