第二の故郷
俺たちはとうとうエラフ王国へと帰ってきた。長旅でエルの疲れが気になるが、その足で城へと向かう事にした。まずは色々と挨拶をした方がいいと、リヴィアからの提案だった。
どちらにしてもドウェイン様とシュリシャ様に相談しなければならない事だ、俺としても早くそうしたいと思っていた。エルはまだまだ元気があり余っているし、その提案を入れた。
事前に手紙を出し帰還の報せをしておいたので、混乱もなく円滑に城に帰る事が出来た。何故そんな事を気にする必要があるのかと言うと、俺たちの活躍の話題がエラフ王国で持ち切りだからだそうだ。
国の象徴たる神獣に選ばれた勇者が、エラフ王国から旅立ち、各地の魔物を倒して救う話はおとぎ話そのものらしく。生ける伝説を耳にしているが如く盛り上がっているという。
それは正直恥ずかしいのだが、一歩目になると決めたばかりだ。これもまた役目だと受け入れる事にする。だけど噂されるのはまだちょっと受け入れがたいので、こうして隠れるように城に入れたのはありがたかった。
もう一つ嬉しい事がある、それは出迎えに来てくれた人だ。
「ソルダさんっ!!」
「優真様、お久しぶりでございます。随分逞しくなられましたね」
ソルダさんが出迎えに態々出てきてくれた。変わらずの騎士然とした立ち振舞いに懐かしさを覚えた。
「積もる話もありますが、ドウェイン様とシュリシャ様を差し置いて聞くわけにはまいりません。お二人とも待ちかねていますよ」
そう俺たちに言った後、ソルダさんは姿勢を低くしてエルの目線までしゃがんだ。怖がらせないようにするためか、柔らかな笑顔を浮かべる。
「あなたがエル様ですね。私はソルダ、お見知り置きくださいませ」
「そーだ?」
「ソ、ソルダです。エル様」
あのソルダさんがたじたじになっている。珍しい姿が見れてちょっと面白い。思わずくすりと笑ってしまい、ソルダさんがごほんと咳払いをする。
「すみません、つい。エル?エルは友達にあだ名をつけるんだよな?ソルダさんとも友達になろうか」
「うん!」
「じゃあ、あだ名は何にする?」
「そーだ!」
ソルダさんが頭を抱えて首を振る。それを見て俺たちは笑った。何だかとても穏やかで気持ちのいい時間だ、こんなに心安らぐのは、エラフ王国が俺にとってのふるさとのようなものだからかもしれない。
懐かしさを胸いっぱいに吸い込むと、俺たちは玉座の間へ歩き出した。
ドウェイン様もシュリシャ様も、俺たちの帰還をとても喜んでくれた。リヴィアとエレリも、久しぶりに両親に会えてとても嬉しそうにしている。旅先であった数々の出来事を話したくて仕方がなさそうだ。
興奮する二人をドウェイン様がなだめてから、今度は俺に向き直って改めて言う。
「よくぞ戻られた優真殿。その活躍は遠いエラフ王国にも届いておったぞ」
「本当にご無事でよかった。私も王も、いつもあなたの事を心配していましたよ」
「ありがとうございます。心から嬉しく思います」
その言葉に思わず目の奥がカッと熱くなった。こんなところで泣くまいと堪えるが、お二人からの労いの言葉は特別にくるものがある。
まったく何の力を持ち合わせていなかった俺を勇者として認め、その背を押してくれた人達だ。どうしたってグッときてしまう。
諸々の挨拶を交わした後、今回何故帰国の途についたかの説明に入る。エルの事情は勿論、リヴィアとエレリの懸念や、神獣にまつわる話等、重要な事柄が沢山あった。
「概ねの事情は手紙にて聞いておった。アステルのオルドに使いを送り調査を始めてもらっている、娘のメグは先にこちらへ来ると言っていた。恐らくそう遠くない内に報せを持ってやってくるだろう」
取り敢えず俺の体に異常があるかどうかの検査も、神獣の紋章と勇者の力の因果関係についても、メグの到着を一度待つ必要がありそうだ。
「お父様、私達は私達で神獣様ともう一度交信を試みようと思います」
「何?そんな事が可能なのか?」
「実は旅の最中で一度近しい現象を起こす事が出来ました。その時に神獣様より賜った杖がこのアイオンです」
リヴィアが杖を掲げると、エレリも同様にエルシュリオンを手にとって見せた。
「私には古き巫女の遺産である神斧槍エルシュリオンがあります。優真の剣と合わせて、神獣様にまつわる神器がこれだけあり、今一度神殿へと三人揃って向かえば何か起こるかもしれません」
「鍵は恐らく優真様の紋章です。試してみる価値はあるかと」
「分かった。そなた達に任せる。なんともまあ立派になったものだ、お前たちも旅に出て大きく成長したようだな」
ドウェイン様から褒められて二人は照れ笑いを浮かべていた。嬉しさを隠しきれないその様子がなんとも可愛らしいなと見て思う。
「さて、話はまだまだ尽きないが、今はさておくとしよう」
「リヴィア、エレリ、あなた達は先に下がりなさい。私達は優真様とお話しなければならない事があります」
「分かりました。では…」
「エルちゃんも一緒にです。あなた達だけ下がりなさい」
ほんの少しだけ語気が強めで、シュリシャ様にしては珍しい態度だなと俺は少し気後れした。大丈夫かなと不安に思っていると、手がぎゅっと握られた。
エルの手だ、恐らく俺の不安を感じ取って安心させようとしてくれたのだろう。俺はエルの手を優しく握り返すと、リヴィアとエレリに言った。
「じゃあまた後で」
俺のこの一言で二人も渋々ではあるが下がる事に了承したようだった。こうでも言わないと残るとも言いかねないので、この申し出はシュリシャ様にとっても都合がよかったようだ。
「ではこちらへ」
二人の後を、俺はエルの手を引いてついていった。
玉座の間から場所を改め、俺たちは机を挟んで向かい合う。そしてゆっくり穏やかにドウェイン様が話を切り出した。
「エルちゃん、君にお部屋を用意したよ。これからは儂らの事をおじいちゃんとおばあちゃんと思ってくれていいからね。エルちゃんがいいなら、ここでおじいちゃん達と一緒に優真様の帰りを待たないかい?」
あまりにも寝耳に水で声を上げそうになるが、シュリシャ様がエルに気が付かれないように「静かに」と俺にジェスチャーを送った。
「ここで?エルここにいていいの?」
「勿論いいよ。ここなら安全だし、人だって沢山いる。そうだな、今度城下町の子供達が集まる公園に一緒に行こうか、きっとお友達が出来るよ」
友達が出来ると聞いてエルは嬉しそうに顔を明るくした。しかしすぐに不安そうに曇らせて言う。
「…でも、ゆーまは、一緒にいられないの?」
「エル…」
もう一度旅に出なければいけない事はエルも薄々分かっていると思う。それでも離れるのが寂しいと思ってくれているのだろう。嬉しくもあるが、もっとちゃんと説明するべきであったと反省もした。
「エルちゃん、優真様は好き?」
シュリシャ様の問いかけにエルは頷いて答えた。
「私達も同じ気持ちよ。だからねエルちゃん、おばあちゃんと一緒に優真様の帰りを待ちましょう?優真様が安心してただいまって言えるように、エルちゃんも一緒にここを守ってくれないかしら」
「守る?」
「そうよ。優真様が疲れて辛い時に、ここに帰ってきてエルちゃんの顔を見たらすぐに元気になるわ。そんな安心出来る場所をおばあちゃんと一緒に作りましょう?」
「…うん!分かった!エルゆーまの家守るよ!エル出来るよ」
エルは自慢げに胸を張って答えた。それを見てシュリシャ様はにっこりと笑うと立ち上がった。
「リヴィアとエレリがエルちゃんのお部屋に案内してくれるわ。二人の所まで一緒に行きましょうか」
「うん!」
シュリシャ様はエルの手を引いて部屋を出た。残された俺はそれを見送った後ドウェイン様に言った。
「ありがとうございます。元はと言えば俺のわがままなのに…」
「儂もあの子の境遇は聞いておったからな、何とかいい環境を作ってやりたいと思案した。方法は多々あるだろうが、手元に置いて養育した方が優真殿も安心出来ると二人で結論つけたのじゃ」
「しかし城になんて」
「なあに、可愛い孫が早く出来たと思うと嬉しいものじゃ。それに今見ていただけでも賢い子だと分かる。なるべく優真殿に負担をかけないであろう選択をした。子供とは周りの人の顔色をよく見ているものだ」
俺にはまだよく分からないけれど、子を持つ親の目で見られるからこそドウェイン様はそう考えられたのだろう。ならばそれが正しい。
「今回の事、儂は優真殿に聞かねばならない事がある。本当に君があの子を引き取るのだな?儂らはあの子を預かるだけ、そうだな?」
「はい。預かっていただけるとは思いませんでしたが、俺がエルを引き取るという決意は変わりません」
この質問の意図と意味は俺にも分かる。そしてこう答えた事で、俺の今後の身の振り方まで決定づけた。
「この世界に骨を埋めると言うのだな?」
「その通りです」
「元の世界に家族もいるだろう。帰るという選択肢を捨てる、それで本当にいいのか?」
もし俺が魔王を倒す事が出来たのなら、元の世界へ帰る事も出来ると以前リヴィアから聞いた。しかし俺はエルを最後まで面倒を見ると決めたのだ、ドウェイン様の言う通り、魔王を倒す事が出来たとしてもこの世界に残る決意を固めた。
「エルは、俺の命と心を救ってくれた恩人の大切な宝です。この先彼女がどう成長するにしても、最後まで寄り添い続けたいと決めました」
「…そうか、ならばこれ以上は何も言うまい」
そうしてドウェイン様と話している内に、シュリシャ様が戻ってきた。
「優真様から話は聞けた?」
「うむ」
「じゃあ次は私達の番ね。優真様、ここエラフ王国をふるさとに、そして私達を親として頼ってくれていいのよ。あなたには帰る所があると忘れないで」
「シュリシャ様…」
とても嬉しい物言いであると同時に、とても頼もしい態度でもあると感じた。本当に心からそう思ってくれているのだと、心で理解が出来た。
「勇者としてだけじゃない、努力してきたあなたを見てきたからこそ。私達は自分の子供のようにあなたの事を思い、そして力になりたいと思ったのよ」
「出来る事があるのなら何でもしよう。儂らは神獣様に選ばれた勇者様だから君を応援するのではない。我が子も同然と思うからこそ手を貸したいと思うのだ」
二人がこれだけ俺の事を考えてくれた事に、感謝と感動が同時に押し寄せてくる。俺が深々と頭を下げてよろしくお願いしますと頼むと、二人は優しい笑顔でうんうんと頷いた。