帰路
暫しの間ハルメンムルに滞在して疲れを取る。エルの為の荷造りもあるし、何より復興を少しでも手伝いたかった。
それに嬉しい事もあった。ずっと街で取り引きしていた行商人さんが、心配して様子を見に来てくれたのだ。街が無事魔物の手から解放された事を知ると、各地でその旨を喧伝してくれると約束してくれた。
すると何人かハルメンムルを去ってしまった元住人が戻ってきてくれた。その中には子供を諦めてしまった親もいて、ようやく再会を果たす事が出来た。
街が負った傷も、人が負った傷も、心に負った傷も、ハルメンムルが被った被害はとても大きい。それでも、いつかきっと乗り越えていけると俺は信じたい。
人が戻り始めれば復興はどんどんと進んでいった。故郷を想う気持ちは強い、ハルメンムル復興の噂が広まれば、これからもどんどん人が戻ってくるだろう。これからの事はもう皆に任せても心配ないと思えた。
エルの事も何度も相談を重ねたが、最終的にはエルの気持ちが尊重される事になった。今はここに居たくないと言われて大人達はショックを受けていたが、心の問題が早々に解決する筈もない、受け入れてエルにこう言った。
「いつでも戻っておいでここは君のふるさとだからね」
俺もそれでいいと思った。今は時間が必要だけど、時間が解決してくれる事もある。エルが戻りたいと決めたのなら、俺はそれを応援するだけだ。
リヴィアとエレリはすっかりエルと仲良しになっていた。姉妹がもう一人増えたようで、楽しそうにお喋りしたり遊んだりしている。二人なら問題ないとは思っていたが、それでも安心した。
そして二人がエルを連れて子供達にお別れの挨拶へ行っている間に、俺はマグメを使ってメグに連絡を取っていた。これからの方針について説明する為だ。
「成る程、それで一時帰還か」
「ああ、どう思うメグ?」
「異論ない。魔物被害は多々報告あれど、優真に何かがあれば何もかも終わる。それに最近はハンターギルド本部と各地傭兵団等ともやり取りをしていてな、どちらも精力的に動いてくれているよ」
「本当か?」
「ああ。ハンターギルドの長シュヴィクの働きかけでな。一度手痛い目を見ているからこそだろうな」
シュヴィクさんも頑張っているんだな、そう思うと元気と勇気が湧いてきた。
「兎に角一度戻ってきていいぞ。勇者が必要なのは確かだが、世界が一人の力で助かる訳ではない。皆それぞれの場所で戦っているんだ」
「…そうだな、ありがとうメグ」
「エラフ王国へと戻ったらアタシも顔を出す。聞きたい事も調べたい事も山程あるから覚悟しておけよ」
「お手柔らかにお願いします…」
メグは不敵な笑みを浮かべて通信を切った。マグメが姿を戻してから深くため息をついた。
「まあまあ、ワテクシもついてますから」
「手加減するように言ってくれない?」
「無茶言わないでください」
必要な事だから仕方がないけれど少しだけ気が重くなった。それでも久しぶりにエラフ王国へ帰る事が出来るのは嬉しい、ドウェイン様もシュリシャ様も元気にしているだろうか。ソルダさんにはまた訓練をつけてほしい、ちょっとは成長した姿も見せたい。
いよいよ旅立つ日がやってきた。街の人総出で見送りに来てくれた。エルは子供達に囲まれて沢山励ましの言葉をもらっていた。
「本当にありがとうございました」
「いえ、この街を取り戻す事が出来たのは、他ならぬこの街を愛し住んできた皆さんの力です。俺たちはそれをお手伝いしただけです」
「…どうしてでしょう、優真さんならそう言うんじゃないかって、私今そう思っていました」
「俺も俺も。やっぱり皆考える事は一緒なんだな」
そう言って皆笑う。笑顔でさよならが言える事が一番いい。ハルメンムルで起きた事、いいことばかりではなかったし、悲しすぎる別れもあった。けれどここで皆と一緒に戦えた事を誇りに思う。
「じゃあ俺たち行きます」
「皆様お元気で」
「復興までまだまだだと思うけれど、負けちゃ駄目よ」
俺たちは街の人の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。ハルメンムル、アリスとジャバウォックとの戦い、カイルさん、俺は絶対に忘れはしないだろう。
さあ帰ろうか、いつまでも感傷に浸っていられない。きっとまだまだ俺に出来る事はある、それを探しに行こう。
エルを連れての旅なので、速度よりも安全性を特に重視して進んだ。歩みは遅くなるが、旅をした事がないエルにとって目まぐるしく変わる環境は大きなストレスだ、配慮しなければいけない。
しかしこちらの心配をよそにエルはどこに行っても楽しそうにしていた。初めて見る物や人、見たことも聞いたこともない国を見て回る事が気に入ったようだった。これは寂しさを誤魔化す為だとか、取り繕っての行動ではなく、心からのものだった。
好奇心旺盛で旅好きな性格なのだろう。こちらが教える事もどんどん吸収して理解していくし、本当に賢い子だ。
エラフ王国へ帰る途中、俺たちはシンラへと立ち寄った。道すがらであった事もあり、その後の様子も気になっていたから丁度良かった。
エルは伸びる根や木々に暮らす人々を見て目を輝かせていた。初めて来た時は俺も色々と驚いたから、やっとソテツの気持ちが分かった。こうした反応を見るのはちょっと楽しい。
すぐにアヤメ様の所へと案内された。挨拶を交わした後は、リヴィアにエルの面倒をお願いして、俺とエレリがアヤメ様の元に残った。
「それにしても実に久しいな。ふふっ、優真もとてもよい顔つきになった。もう立派な勇者じゃ」
「そんな、でもありがとうございます」
うんうんとアヤメ様は頷いた。アヤメ様にこうして褒められると嬉しかった。
「あの、ソテツはどうしてます?」
「あ奴もそうフラフラとしていられないようでな、今はそこら中飛び回っておると聞いた。まあ剣の腕前だけはあるのだから活用しない手はないわ、こんな状況じゃしな」
会えるとは思っていなかったが、働きまわっているとは思わなかった。のらりくらりと躱していそうなものだと考えていたが、流石のソテツもシュヴィクさんにはこき使われるのかもしれない。
「アヤメ様、エルシュリオンの件ありがとうございました。とても頼もしいです」
「うむ。エレリの元にあるのが一番いいと思っておったが、その様子を見ると正解だったようじゃな」
「だけど巫女の遺産があるだなんて知りませんでした。我が国では初代勇者が使用した神獣の剣が国宝として保管されていましたが、こうして残されている物は他にもあるのですか?」
「いや、吾が把握している限りそう残されているものではないな。そもそも記憶が古すぎてちゃんとした手がかりが残されている事も少ない、それに加え代々受け継がれる宝物も、その国が残存していなければならない。人の世の移り変わりは早い、栄枯盛衰、摂理じゃな」
ならば神獣の剣と、神斧槍エルシュリオンは本当に奇跡的な物だろう。こうして受け継いでくれた事に感謝しなければならない。
「…優真、そなたは本当に大きくなったな」
「へ?」
アヤメ様が唐突にそう言うので驚いた。
「どうしたんですか急に?」
「いやなに、過酷な旅を経たそなたを見て思ったのじゃ。シンラに来たばかりの頃は、その心根の優しさにばかり目がいったものだが。今ではどうだ、強靭な肉体と精強な実力、そして覚悟ある眼差しと一本芯の通った意志。旅の中で様々な事を経験し学び、自らを見つけたようじゃ」
そう言ってもらえるのはありがたいし嬉しい。自分が歩んできた道が間違っていなかったと肯定してもらえるようで、目頭が熱くなる。
「…でも救えない事も一杯ありました」
「当たり前じゃ。万人を救う事など誰にも出来ぬ、どれだけ強かろうともな。優真もそれは分かっておるであろう?」
「はい」
「ならば聞こう。優真は勇者としてどう世界を救う?」
どう救う、その言葉が胸にずしんと重く響く。色々なやり方があると思う、それを過去の勇者達は成し遂げてきた。それぞれの答えを胸にして。
ならば俺はこう答えよう。これは俺の勇気の答え。
「俺は皆が持っている小さな勇気の、一歩目の人になります」
「ほう?」
「どんなに些細な事でも、踏み出すには勇気が要ります。足が出ない事や、下がってしまう事。時には他人の足を引っ張ってしまう事もある。だけど誰かが一歩前に出てくれたのなら、自分もと勇気を出してくれる人がいるかもしれない。それが一人でも二人でもいい、その踏み出した勇気がきっと世界を救うから」
俺は人より少しだけ一歩前に出る人になる。誰も続いてくれなくてもいい、だけど俺は少しだけ一歩前にいるから、それを知っていてくれていればいい。勇者の肩書は、それを知る事に役立てばそれでいい。
「うむ、いい答えじゃ。では吾はその一歩に続く事を約束しよう。そなたは決して一人ではないぞ」
「ありがとうございます。心強いです」
俺たちはアヤメ様との謁見を終え、エラフ王国へと歩き出す。何だか今は、この一歩一歩が誇らしかった。