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もう一つの選択

「お姉ちゃん、もう寝ちゃった?」

「ううん、起きてるよ」

「少し話がしたいんだけど、いいかな?」

「勿論。私もエレリちゃんに話したい事があったから一緒だね」


 私はベッドから体を起こした。隣で横になっていたお姉ちゃんも同様に体を起こす。あまり明るさが強すぎない照明魔法を唱えると、出来た小さな光の玉を宙に浮かべる。


 ほのかに照らされた部屋の中でお姉ちゃんと私は向かい合って座った。


「話したいのは優真の事なの。自我が戻ったあの時、優真は自分で自分の腕の骨を折った。手を止める為にあれしかなかったから無茶には目を瞑るけれど、その後の事はどうしても説明がつかない、というより明らかに異常だった」


 優真は確かに強くなった。数多の実戦と積み重ねられた鍛錬、経験に裏打ちされた戦闘の呼吸、そうそう見劣りする者はいないと思う。


 それに加えて勇者の戦技と、そこから編み出された優真の戦技がある。思いがけない実戦で味わったから分かる、この戦技は文句なしに強い。お姉ちゃんのアイオン、私のエルシュリオン、どちらも武具として伝説級の強さを誇るが、この戦技に比べると一歩劣ると感じる。


 ただし、それを加味した上でもあの急激な戦闘能力の上昇には説明がつかなかった。アリスもジャバウォックも今までの魔物と謙遜無く強かった。それを、まるで赤子の手をひねるかのように手玉に取っていた。


 煮えたぎる怒りや様々な感情の発露によって一時的に本来以上の実力が発揮出来る事はままある。だけどそれが余りに度が過ぎていれば話は別だ、そんな事はありえない。


「きっと優真の身に何か変化があった筈、見過ごせない程大きな何かが…」


 今の所見ている限り優真に変調はない、少々疲れが出ているものの、それ以外はまったく問題がなかった。手当をして診たから分かる。


「柔和調はあの骨折を即座に完治させる程の力は今までなかった。他の戦技もそう、今までよりも効果が高まっていた。その理由は何故?」

「…私もエレリちゃんと同じ事を考えていたの、あの時の優真様はご様子も変だった」


 私も頷いてお姉ちゃんの意見に同意する。カイルさんを目の前で亡くした怒りがそうさせたのかと思ったが、優真とは違う別の意識のようなものを感じた。


「それでね、私がエレリちゃんに話したいと思っていた事も優真様の事なの。しかも今の話に関係があると思う」

「どういう事?」

「戦闘中の出来事で詳しくは見て取れなかったのだけれど、優真様の左腕に刻まれている神獣様の紋章が赤く光っているのが見えた。ただ、ちょっと自信がないの。私じゃ優真様の動きを目で追いきれないから…」


 獣駆けを使われていたら私でもそうそう目で追えない、お姉ちゃんは尚更そうだろう。近接戦闘が出来ない訳ではないが、専ら後衛に回り援護や攻撃に徹している。


「それでね、一度エラフ王国へと戻るべきかと思っているの。紋章の事を調べる必要があるのは勿論だけど、優真様がアリスに支配された影響も気になるから」

「そうね…、うん、私も賛成。エラフ王国以上に神獣様の事が分かる所はないし、アステルからメグを呼び寄せる事も出来る。メグになら安心して優真を任せられるわ」


 私達は二人同時にうんと頷いた。優真と相談して一度エラフ王国へと帰国しよう。何か分かる事があるかもしれない。


 そんな話を終えた後、玄関から扉が開く音が聞こえてきた。何かあったのかと思い駆けつけると、優真がエルを連れて戻ってきていた。


「優真!それにエルちゃんも。いつの間に外にいたの?」

「ごめん、ちょっと眠れなくって。エルは俺を見てこっそりついてきたんだ」


 私はお姉ちゃんと顔を見合わせた。二人してエルちゃんが出ていく事にまったく気がつけなかった。疲労と心労、どちらも相当きているようだ。


「それでさ、二人に相談があるんだけどいいかな?」

「え?優真も?」

「俺もって?」

「実は私達からも優真様にご相談がありまして…」


 つい話を始めてしまいそうになった時、エルちゃんが大きくあくびをした。本人はハッとして咄嗟に口を手で抑えたが、私達は全員それを見てくすりと笑うと言った。


「取り敢えず今日はもう休もうか」

「そうしましょう」

「話はまた明日ね」


 三人でエルちゃんを部屋まで送って寝かしつけると、それぞれ眠りについた。今度は眠れないなんて事はなく、全員泥のように眠った。




 翌朝、相談の場にはエルちゃんも一緒にいた。優真がどうしてもと言ってエルちゃんを同席させた。そしてその理由はすぐに判明する。


「エルちゃんをエラフ王国に?」

「うん連れて行きたい、エルも同意してくれた。ドウェイン様とシュリシャ様に相談出来ないかな?」


 この話は流石に想像していなかったので私は一瞬面食らってしまった。しかしすぐにエルちゃんの前だからと気持ちを切り替えた。


「勿論。ね、お姉ちゃん?」

「ええ、お父様とお母様ならば聞き入れてくださると思います」

「…言っておいてこんな事言うのも何だけど、いいの?」


 優真が申し訳無さそうに言うので私は言った。


「優真が決めた事でしょ?それにエルちゃんもそうしたいって言ってくれた。なら断る理由なんてどこにもないでしょ」

「エレリちゃんの言う通りです。優真様は御心のままになさってください、それがきっと最善であると私は信じています」


 これだけの決断優真が簡単にする訳がない。絶対すごく思い悩んだ末に出した答えだ。お姉ちゃんと私は口に出さずとも考えている事は一緒だと確信していた。


「それに私達の相談も優真と同じなの」

「同じって?」

「一度エラフ王国へ戻りたいと思っています。ええと…」


 私は立ち上がってエルちゃんに声をかけた。


「エルちゃん。お話長くなるみたいだから私と一緒にお外に遊びに行こうか」

「うん。分かった」


 聞き分けのいい子だ、よすぎるくらい。優真が何故連れて帰ると決断したのか分かった気がする。私はその場をお姉ちゃんに任せて、エルちゃんと一緒に家を出た。




 エルちゃんに行きたい所はあると聞いたら、街の中にある小高い丘へと連れてこられた。綺麗な花々が咲き誇る気持ちのいい場所だ。


「もしかしてあの花束ってここで摘んだの?」

「そうだよ。皆で一緒に集めたの!」


 ここもきっと、アリスに襲われる前は人々が集まる憩いの場であっただろう。またいつの日か街が再建されここに人が戻って来ることを願わずにはいられなかった。


「ねえねえ」

「ん?なあに?」

「エレリお姉ちゃんの事えっちゃんって呼んでいい?」

「それってあだ名?」

「うん。友達とはあだ名で呼び合うの。駄目かなあ…」

「いいよ。素敵なあだ名をつけてくれてありがとう。何して遊ぼうか?」


 エルちゃんは顔をパッと明るくした。ようやく子供らしい所が見れた気がして私は嬉しかった。あだ名も、きっとエルちゃんなりに私に歩み寄ってくれているのだと思う。強くて優しい子だ。


 それから二人で跳び回って遊んだ、おいかけっこをしてかくれんぼをして、二人で草原に寝転がって空を見上げたり遊びに遊んだ。


 遊んでいるエルちゃんを見ていると、体は疲れている筈なのに、心はどんどん癒やされていった。笑顔がほころぶと、私もつられて笑顔になる。


 散々動き回った後は、丘に咲く花を摘んで冠を一緒に作った。そんな時間を過ごしているとお姉ちゃんと遊んでいた時の事を思いだす。こんな風にずっと一緒に遊んでいたなと懐かしく思えた。


「出来たっ!!」

「おっ、エルちゃん早いね」


 見ると綺麗に作られた冠が二つあった。その器用さと手早さにも驚いたが、もう一つ気になる事があった。


「二つ作ったの?」

「こっちはゆーまにあげるの。こっちはりっちゃんに!」


 りっちゃん?一瞬誰だろうと思ったが、すぐにお姉ちゃんの事を指していると気がついた。あだ名、お姉ちゃんにもつけてくれたんだな。


「二人共きっと喜ぶよ。じゃあ、これは…」


 私は出来上がった花の冠をエルちゃんの頭に載せた。


「私からエルちゃんにあげるね」

「わあ!ありがとうえっちゃん!」


 エルちゃんは私の作った花の冠を気に入ってくれて、頭に載せたままくるくると回ったり、優雅にお辞儀をしてみせたりしてくれた。小さくて元気なお姫様に拍手を送ると、エルちゃんは照れくさそうに笑った。


「あっ!ゆーまとりっちゃんだ!」


 話が終わったのか二人がこっちへと歩いてくるのが見えた。エルちゃんと一緒になって手を振った。振り返す二人の姿を見ていると、何だかとてもいいなあと、言葉では言い表せない幸福感が胸の奥を満たした。

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