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一つの選択

 カイルさんの葬儀はハルメンムルに残った全員で行った。祈りは皆で一緒に捧げて、墓穴は自分たちで掘り、棺もあり合わせの材料で作ったものだった。添えられた花束は、子供達に野で咲くものを取ってきてもらったもの。簡素なものではあったけれど、お別れを言う目的を果たすには十分だった。


 葬儀の最中、俺はカイルさんの娘さんであるエルの事がずっと気になっていた。彼女は幼いながら、泣くこともせず常に毅然と振る舞っていた。悲しい筈なのに、その気持ちを押し殺していないだろうかと不安になる。


 諸々終えて街の人と今後についての話をした。ハルメンムルをどうするのか、その方針を決める。


「ここを作り直して皆で住むよ」

「ああ、ここは俺たちの街だ。俺たちで何とかしないとな」

「去っていった人達も、どこかで話を聞いて戻ってきてくれるかもしれない。どうなっていたとしてもここは故郷ですもの。私達は皆でそれを待つわ」


 復興するという意志を示し、皆の決意は固かった。


「子供達はどうしますか?」

「親が帰ってきてくれりゃそれが一番いいんだけどな、まあでも、皆で協力すれば何とかなるさ。なんたってあんなでかいドラゴンだって倒せるんだぜ?」


 そう言って笑う姿を見て安心した。きっとここの人達なら大丈夫、そう思わせてくれる強さがあった。


「何か私達に出来る事はありませんか?」

「申し出はありがたいよリヴィアさん。でも、いつまでもお世話になりっぱなしって訳にもいかない。あなた達には使命があるだろ?」

「それは…でも…」

「そんな顔しないでエレリさん。私達だってやれば出来るんだって、あなた達が教えてくれたのよ。きっと何とかするわ」


 リヴィアとエレリはそれでも心配そうにしていたが、俺は二人の肩に手を置いて言った。


「二人共、きっともうハルメンムルは大丈夫。皆で恐怖に立ち向かった勇気と、生きる希望さえあれば何度だって立ち上がれるよ」

「そう…ですね、私も信じないとですね」

「街の守りはしっかりとね、皆ならきっと出来るわ。もう一度街をもり立ててね」


 二人も納得してくれたようだ、アドバイスを求められて色々と話し込んでいる。そんな時、ふと見るとこちらの様子をエルが伺っていたのが見えた。俺の視線に気がついたのか、エルは慌てて逃げて行ってしまう。


「皆ちょっと外すね」


 俺はそう断るとエルの後を追いかけた。




「街の外は危ないよ?」


 エルは今まで大人達が拠点に使っていた場所にいた。ぽつんと一人座っている横に俺は腰を下ろした。


「知ってる」

「ならせめて大人に言ってからにしな、いなくなると皆心配する」

「エルがどこで何しててもあなたには関係ないでしょ?」


 ふいとそっぽを向かれてしまった。それでも俺はエルに話しかける。


「優真だ」

「え?」

「俺の名前、鏡優真って言うんだ」

「…私エル。パパはカイル」

「知ってる」


 自己紹介をしてから暫く、どちらも声も出さず黙っていた。でも苦痛な沈黙ではなかった。


「ゆーまはパパと仲良し?」

「ああ、命の恩人だ」

「パパがゆーまを助けたって事?」

「そうだよ。パパが助けてくれたんだ」

「でもゆーまはパパを助けてくれなかったんだね」


 その質問には流石に即答は出来なかった。でもどう答えるかは決まっている。


「…そうだね、助けられなかった。本当にごめんね」


 嘘や慰めも必要だとは思う、けどエルにはちゃんと本当の事と気持ちを伝えたかった。それが俺のエゴだったとしても、それを貫こうと決めていた。


「…エルね、パパと約束したんだ。ここでいい子にして待ってるって。パパが様子を見に行って戻ってくるまでいい子で待ってるって」

「そっか、エルは言いつけを守っていい子にしていたんだね」

「うん。でもパパは帰ってこなかった。パパは嘘つき、エル待ってたのに帰ってこなかった。大人達言ってた。パパはママと同じで死んじゃったんだって。エルは一人ぼっち、もうどれだけいい子にしていてもパパもママも帰ってこないの。本当はエル悪い子だったのかなあ?」


 感情が溢れ出したようにエルはどっと話し始めた。今まで自分の中で留めていたのか、言えずにいたことをどんどんと話し始めた。


 俺はそれをただ黙って聞いて受け止めた。何も言わずにただ聞いてあげる時間が必要だと思ったからだ。エルに待ち受けていた残酷な運命を、俺はどうにもしてあげられなかった。


 カイルさん、エルのお父さんに俺は救われた。しかしエルはどうだ、今回の事件で父親を失った。こんなに救われない事があっていいのか、救えなかった俺が言えた事ではないが、この子を見ているとどうしてもそう憤ってしまう。


 エルが話し終えて泣き疲れて眠るまで俺はずっと隣にいた。眠ってしまった彼女を抱き上げてハルメンムルへと帰る。エルの体は小さくて軽いはずなのに、とてもとても重く感じた。




 街へ戻った俺は待っていた人達に事情を説明すると、エルをベッドへ寝かせた。カイルさんの家は壊れずに残っていたけれど、もうここに帰って来る人はエルしかいないと思うと心が痛い。


 部屋を出るとリヴィアとエレリが待っていてくれた。俺は寝ているエルを起こさないように、声を出さず手招きして二人を居間に連れ出した。


「エルちゃんはどうでした?」

「やっぱり相当心に負担がかかってる。身内はもうこの街に一人もいないみたいだし」

「それは…辛いわね…」


 俺たちが暗くなっても仕方のない事だけど、エルに課された過酷な運命はあまりにも耐え難いものだった。


「兎に角今日はここでお世話にならせてもらおうと思ってる。二人もそれでいいかな?」

「勿論です」

「私もいいわ」

「リヴィア、体調はもう大丈夫か?」

「ええもうすっかり。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」


 後から説明されたが、魔力不足だとか無理を押して魔法を行使したとかそういった無茶をした訳ではなく、それまでの戦いでの疲労が蓄積されて入眠してしまったらしい。究極魔法の行使はきっかけであり原因ではなかったそうだ。


 エルを一人にするのも心配だし、俺一人がついているよりも二人が一緒にいてくれた方が安心出来る。何かあった時の対処も、俺より適している場合もあるだろう。


 俺はこのまま居間で、リヴィアとエレリはカイルさん夫婦がかつて使っていた寝室を使わせてもらう事にした。エルの部屋の隣で都合もよかった。


 そうして久しぶりに街が平和に寝静まった夜、俺はこっそりとカイルさんの家を出た。




 静かな街中をゆっくりと歩き、俺はカイルさんの墓に向かった。何となく足がここへと向かってしまって、墓前に腰を下ろした。


「カイルさん、こんばんは。ごめんなさい、そう何度も顔出されても困りますよね。でも何だか無性にあなたに話がしたくなっちゃって、うるさい独り言だと思って聞き流してください」


 死んでしまった人に声が届くとは思っていない。そこまでロマンチストにはなれない。だからこれは、恐らく俺自身に言い聞かせているのだと思う。


「エルはとてもいい子ですね。一人になるまで泣くのを我慢していたんですよ、きっと周りの人に気を使ったんです。誰かを慮るばかりに、悲しい気持ちを言えず…」


 それで一人で抱え込んでしまった。ああ、カイルさんの子供だからか。俺は言葉の途中でそう気がついた。寂しくもあるが、それより悔しく思っていた。頼りにされる程信頼関係を築けていない事は分かっているけれど、それでも頼りにされたかった。


「…本当に自分勝手な奴ですよ俺は。これじゃあ駄目ですね」

「何が駄目なの?」


 背後から声をかけられて振り返るとエルがそこにいた。


「どうしたエル?寝てたんじゃなかったのか?」

「そうだけど、起きたらゆーまが家から出ていくのが見えたから」


 ついてきていたのか、全然気が付かなかった。これは俺も相当疲れがきているな、リヴィアにああ言った癖して自分がこうでは情けない。


 エルは俺の隣にちょこんと座った。一緒にカイルさんのお墓を見上げる。


「ちょっといいかなエル?」

「なあに?」

「難しいかもしれないけれど教えて?エルはこれからどうしたい?」


 答えるには難しいし酷な質問だとは分かっている、だけどエルの意志を確認したかった。


「どうって?」

「ここで皆と一緒に暮らす?」

「…それってゆーまも一緒?」


 俺は首を横に振った。


「ごめんな、俺にはまだやらなきゃいけない事があるんだ」

「…そっか」

「寂しい?」

「…お友達はいっぱいいるけど、皆自分のパパとママと一緒にいるし、パパとママがいない子は、お喋りしていると一緒に寂しくなっちゃう」


 心に傷を負った子はエルだけじゃない、ハルメンムルの子供達は全員そうだ。そんな子の中に混ざって一緒に居ると、心が悲しみに引き寄せられてしまう事もあるだろう。


「でも大丈夫。パパとママ、きっとエルの事お空で見てる。だからいい子にする、エル出来るよ」

「エル…」


 どこまでも気丈に振る舞うエルを見ていて、俺はどうしても我慢できずに提案してしまう。


「エル、一緒に来るか?」

「え?」

「エラフ王国へ行かないか?全部終わったらそこで一緒に住もう。パパの、カイルさんの代わりにはなれないけれど、エルの力になりたいんだ」


 これはただの自己満足だと思う、本当に責任を持てるのか、そう問われた時自信を持って答える事は出来ない。けれど、この広い世界に一人きりになってしまったエルと、エタナラニアに来たばかりの自分が重なって見えてしまった。


 手を差し伸べずにはいられなかった。どうしても、そうせずにはいられない。エルがゆっくりと差し出してきた小さな手を握ると、温かくて涙が溢れてきてしまった。


 そんな俺の頭をエルはおずおずと撫でた。慰めてくれるんだなと思うと嬉しくて涙が止まって笑みがこぼれた。

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