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アリスとの戦い その1

 優真の傷はまだ完全に治療出来ていない筈だった。少なくとも対処に当たっていたエレリはそれを知っていた。しかしその前提が覆る出来事が起こる。


 骨折していた筈の右腕はすっかりと治り、優真は手にした神獣の剣でジャバウォックの首を斬り落としていた。何が起こったのかアリスと、首を斬られたジャバウォックですら把握出来なかった。


 柔和調によって即座に体を回復させた優真は、誰の目にも止まらぬ速さの獣駆けでジャバウォックに肉薄し、燦集烙によって硬い鱗によって守られているジャバウォックの首を焼き斬った。融解した傷口からぶしゅぐちゅと血が吹き出す。


 優真は斬り落としたジャバウォックの首を即座に掴むと、それをアリス目掛けて全力で投げつけた。切断面から飛び散る血、そして重い頭がアリスに襲いかかる。それを避け、頭は地面に落ちたものの、血によって出来た死角を利用して優真は次の行動に移っていた。


 低い姿勢から放たれた死蜂突きはアリスの胸を刺し貫く、アリスを貫いたまま獣駆けで更に踏み込み跳躍すると、そのまま建物の壁に押し付け縫い付けた。


「がッ!!このお!!」


 この程度の傷でアリスが死ぬ事はない、この時もすぐさま反撃に転じようとした。しかし優真の攻め手は止まらない、剣を胸に深く差し込んだまま四式重戮を発動しようとした。


 アリスは初めての感覚を思い知った。全身全霊がこのままでは死ぬと警告していた。咄嗟に爆破魔法を発動し両手に込め、自らを巻き込みながらもそれを炸裂させた。


 当然アリスは無事では済まない、広範囲を爆破の威力と熱風が襲う強力な魔法だ。しかしこれで一応は剣を抜く事が出来たし、優真諸共吹き飛ばす事が出来た。互いに避けようも防ぎようもないタイミングだった。


 しかしアリスの期待した通りの結果ではなかった。優真は無傷だった。爆発の直前剣を抜いてマントで体を覆うと、護硬を発動させて至近距離からの爆破の威力を完全に防ぎきった。剣に付いた血を振り払うと、すぐさまアリス目掛けて攻撃を再開しようとした。


「ひぃッ!!」


 生まれて初めて死の恐怖を感じたアリスは短い悲鳴を上げて顔を伏せた。優真はそのチャンスを見逃さない。しかし斬られた首を再生させたジャバウォックの横槍によってそれは邪魔された。


 強靭な顎に屈強な四肢、およそ生物の頂点に君臨するドラゴンの肉体。翼をはためかせたジャバウォックは優真に高速で体当たりを仕掛けた。単純な攻撃だが、もっとも威力が高い攻撃でもある。その質量が高速でぶつかれば優真は原形を留める事なく粉々にされるだろう。


 だがここでも優真は冷静だった。最小限の動きで突進を避けつつ、流れるような動作で倶利伽羅を発動し、口の中の舌に首、体から四肢と尾、両方の翼を斬って落とすと、胴体だけとなったジャバウォックが勢いそのままに壁に叩きつけられた。


「リヴィア、エレリ」


 ようやく言葉を発した優真に呼ばれ、リヴィアとエレリの両名は思わずスッと姿勢を正した。その凄みと迫力に気圧されていた。


「ジャバウォックを頼む、どうせこれだけやっても再生する。完全に消滅させるまで油断しちゃ駄目だ」

「ゆ、優真はどうするの…?」

「俺はアリスと決着をつける」


 戦いのドサクサに紛れてアリスは何処かへ逃げていた。しかし優真には何処へ逃げたのか分かっているようだ、リヴィアは杖を構えて優真に言った。


「こちらはお任せください。そちらは優真様にお任せします」

「ありがとう。行ってくる」


 優真はリヴィア達皆に微笑みかけると、獣駆けによりシュッと音だけを残してそこから消えた。


「皆様聞きましたね!私達でジャバウォックを倒します!破綻してしまった前の計画通りに行きましょう、私の詠唱と魔法の発動まで全力で援護をお願いします!」

「行くわよ皆!」


 双子は檄を飛ばし皆を奮い立たせた。カイルの事もあり皆大いに沸き立った。




 エレリは変わらず最前線に立ち、ジャバウォックの動きを牽制し続けていた。しかし直前の優真との戦いもあって疲労が蓄積されている、リヴィアの指示によってゆっくりと戦線を広場から下げていった。


 下がれば用意されたバリケードがある、簡易的な物ではあるが、これなら全員で足止めをするのに十分な役目を果たせた。エレリによって鍛え抜かれた戦闘部隊が訓練通りに備える。


 一度エレリがバリケード内まで下がった。休息と回復の為に自らに回復魔法をかける。邪魔者がいなくなったジャバウォックはバリケード目掛けて突進を仕掛けてくるも、広場より狭い街道と、強固な防御陣形によってそれを阻まれた。


 ならば飛び立とうとするジャバウォックを、回復を終えたエレリが飛び出してそれを止めた。背に乗って翼に斧槍の重い一撃を叩き込むと、ジャバウォックは悲鳴を上げて暴れ回った。


「やはり硬い…、優真はどうしてああも簡単に斬ったっていうの?」


 手応えは悪くなかった。エレリの一撃でジャバウォックは深い傷を負った。しかし優真のように斬り落とすまでとはいかなかった。優真に一体何が起きているのか、エレリはそれが気になるも今は目の前の事に集中と切り替えた。


 エレリを振り落としたジャバウォックは、首を高々と上げて咆哮の準備に入った。するとすかさず魔法部隊は前に出ると、呼吸を合わせて同時に抗魔法による障壁を展開した。


 ビリビリと鳴り響く咆哮は多重展開された障壁によって防がれた。耳をつんざく轟音は防げなくとも、動きを止めさせられるという効果はまったく効かなかった。


 準備してきた事が尽くはまり、役割が回り始めた。皆それぞれに出来る事を分担し奮闘する。当初の想定に戻ったとも言えるが、やってきた事が間違いではなかったと実戦を通して知った事で士気はより高まっていた。


 邪竜ジャバウォックを人々の団結の力によって抑えている。目の前の恐怖に敢然と立ち向かうその姿は、優真に重なるとエレリは思った。




「エレリちゃん。皆の指揮は任せる」

「…分かった。お姉ちゃん、お願いね」


 私がそう言っただけでエレリちゃんはすべて察してくれたようだった。これから究極魔法の準備に入る。術式は出来ている、繋げる為の武器アイオンもある、後は私がそれを形にするだけだ。


 詠唱はただ魔法を発動する為のものではない、魔力の込められた言葉は力を持ち、言霊となりて理と対話する。一連の儀式めいたそれらは、どこか祈りにも似ていると私は思う。


“地は猛り”


 魔力が杖の先へ収束を始める。


“水は満ち”


 杖を握る手が熱い。


“火は盛り”


 ぶるぶると小刻みに震える腕をもう片方の腕で掴んで抑える。


“風は奔る”


 収束する四属性の魔力は杖の先で螺旋を描き、魔力の奔流は今や遅しとその時を待っていた。


“世界に遍く四属の精霊 理を成す偉大なる叡智 我が呼びかけに応じその力を示せ”


 詠唱は終わった。後は放つだけ、私はエレリちゃんに合図を送った。


 それを見て早速行動に移してくれた。身体強化の魔法をかけると、ジャバウォックに斧槍を深く突き刺し、そのまま巨体を持ち上げて投げ飛ばす。相当な無茶をさせてしまっているが、これを放つにはこの方法しかなかった。


「行けえええ!!!お姉ちゃん!!!」


 ありがとう、心の中でそう呟く。そして私は、その魔法の名を呼んだ。


“アルス・マグナ・アルクス”


 杖から放たれた螺旋描く閃光は、天に打ち上げられたジャバウォックの体を貫き包み込んだ。炸裂する魔力の奔流に飲み込まれ、一片の塵一つ残す事なくジャバウォックは消滅した。


 アルス・マグナ・アルクスは謂わば魔法の四式重戮、その威力は究極魔法と呼ぶに相応しい。神獣様から賜ったアイオンと、エステル様から頂いたスミス夫妻の魔導書がなければ辿り着けなかった境地。


 ジャバウォック討伐に沸く歓声を聞きながら、私は早く優真様の元へ向かわなければと思っていた。しかし一歩たりとも足は動かず、意識が保てていたのはそこまでだった。

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