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優真との戦い その1

 対優真戦が幕を開ける。前衛に飛び出したエレリは、自分だけが唯一優真と打ち合うことが出来ると分かっていた。だがこれで戦闘において指示役が一人減った事を意味していた。


 目の前の事に集中し続けなければ負ける。エレリはそれを知っていたし、リヴィアもすぐに理解した。だから咄嗟に役割を分担した。


 優真は数多くの実戦を重ね、多様な経験をし、今や一流の剣士となっていた。エラフ王国で訓練中ボロボロにされていた素人はもういない。この世界でも屈指の強さを誇る存在だった。


「いいですか?私が指示を出すまで全員動かないように。下手な動きをすれば隙となり、その綻びに躊躇なく付け込んできます。そう鍛えられてきたし、そう教えてきました」


 リヴィアは戦場の様子を注視しながら皆に言って聞かせた。ここに聞き分けない人がいない事が救いであった。


「魔法部隊はいつでも抗魔法を展開出来る準備をしてください。そして戦闘部隊は魔法部隊の護衛です。しかし絶対に攻撃を受け止めてはいけません。いなすか逸らすかして、兎に角安全に後退してください」


 優真には失牙撃がある。攻撃を態と当てて弱体化を狙う恐れがあった。その対処は難しく、エレリが鍛えた戦闘部隊でも対応しきれないだろうとリヴィアは考えていた。


「攻撃を受け止めない事を最優先にしてください。守りながら下がる、それを厳守。魔法部隊はそれに従う、いいですね?」

「わ、分かりました」

「優真様と通路作りをしていた人たちは、街から門へと至るまでの道に簡単でいいのでバリケードを作ってください。戦線を引き下げる時足止めに使います」


 指示を聞いてすぐに全員動き出した。これまで培ってきた信頼関係のお陰で指示もスムーズに通る。あの時間は無駄じゃなかったとリヴィアは心の中で思った。


 一方優真とエレリは激しい攻防を繰り広げていた。獣駆けによって縦横無尽に動き回る優真に対して、エレリは自らに補助魔法をかけながら対処していく。


 目で追えない動きでも、経験と勘、そして共に戦ってきたからこそ知る癖が体に染み付いているエレリは、斧槍を巧みに操り攻撃を捌いていた。


「しかしこれはっ…!」


 エレリは戦いの中で、自分が防戦一方になる事を早々に悟った。優真の攻撃は一手一手が重く、リヴィアでも防ぐ事が精一杯であった。今は戦技を使う頻度も少ないが、戦いが進む内にそれも織り混ざればどうなるか分からなかった。


 しかし同時に違和感も感じていた。どう考えても優真が戦技を使う回数が少ない事だった。これは直接相対しているエレリにしか分からない事だった。動き鋭く攻撃は重いが、優真は決め手に欠ける攻撃を続けていた。


 エレリは打ち合いながら考えていた。普段の優真がそのまま操られているのであれば、もっと手段を選ばない筈だと思っていた。こうして自分と攻防を繰り広げている事も不自然であった。真っ先に弱い所から潰してそれを利用する手を使ってきそうなものではないかと思案していた。


 葛藤、攻撃を何とか防いでいるエレリが思いついた事は、優真が葛藤しているのではないかというものだった。攻撃するという意志としたくないという意志が同時に存在しているようにエレリには感じられた。


 操られている事は確定でも、優真の意識が完全に無い訳ではないとエレリには分かった。しかしこれはチャンスでもあり、同時に窮地でもあった。


 これではこちらから攻勢に出る事は不可能だ、優真がどのように操られているのか分からない上、もし体を傷つけた事でそれが悪化したらと思うと手が出せない。


 この状況ではいつものように相手を考察する事も出来ず。優真を元に戻す方法が分からない。分からないままに戦ってもし自分が優真に手をかけたらと思うとエレリの動きは鈍った。


 その隙を優真は見逃さない、避ける事も防ぐ事も出来ないタイミングでエレリの死角から死蜂突きを繰り出してきた。


 エレリの絶体絶命のピンチを救ったのはリヴィアだった。死蜂突きの出足を攻撃魔法によって止める。杖アイオンによって詠唱不要になった牽制用の初級魔法が役に立った。


「エレリちゃん集中して!!」


 姉リヴィアの叱咤により再度エレリの動きにキレが戻る。目標をリヴィアに定めた優真をエレリが横から入り込んで止めた。そして勢いに乗せて優真の体を斧槍に巻き込んで投げ飛ばす。大したダメージは入らなかったが、再び距離を取る事に成功した。


「ありがとうお姉ちゃん」

「ううん。それよりまた来るよ!」


 エレリは言われるよりも前に動き出し優真の攻撃を受け止めた。戦況は膠着し、互いに一歩も譲らない。近接攻撃はエレリが止めて、リヴィア達を狙った斬空等の戦技は抗魔法で止める。そのやり取りが延々と続いていた。


 何かこの戦いを止める一手がなければ、二人の間にある考えは同じでもその一手が見つからないのも同じであった。打開する為の何かが必要であった。




 子供達を避難させたカイルは、街の方から激しい戦闘音が響いているのを聞いていた。遠くからハルメンムルをじっと見つめて、物思いに耽る。


「パパどうかしたの?」

「ああ、いや何でもないよ。エルが怖がる事は何もないからね」

「エル何も怖くないよ」

「そうか偉いな。じゃあじっとして大人しく待っていような」


 待っていると口にしたカイルは、その一言で心の中にずしんと重りが落ちたように感じた。情けなさに苛まれていたのだ。


 街の人達は勇者を助けに行くと言って態々危険な場所へと戻っていった。それと今の自分を比べると、あまりに惨めな気持ちになった。カイルはアリスの口車に乗り、仲間の情報を売った事を後悔していた。


 あの時はそうするしかなかったとカイルは思っている、しかし本当は仲間に相談出来たのではないのかと、カイルは自問自答をしていた。


 自分一人で背負い込んで、何も相談もせず目先の子供の安全に思考を囚われた。戦いに行った皆にも自分の子供達がいるというのに、その子供達と再会出来た上で危険を顧みずそこへ飛び込んでいった。


 対して自分はどうだ。今ここで子供達と一緒に居る事が出来るのは、勇者が何も言わずに身代わりになる事を受け入れてくれたからだった。それどころか、子供達を連れて行けと言った。自分は裏切られて囚われの身になったというのに、そんな事は構わないと言った。


 カイルはそれが未だ信じられずにいた。そんな事が出来るのかと思っていた。しかしそんな自問が無意味なのはもう知っていた。何故ならそれを実行したのを目の前で見たからだ、勇者はそれをやった。迷いもなく言い切ったのだ。自分は置いていけと。


 その勇気並大抵のものではないと理解していた。そして自分にはどうしてそれがないのかとカイルは打ちひしがれていた。本当は自分もそうありたかった。皆と一緒に戦えるようなそんな人間にとカイルは思っていた。


「パパ、パパ!」

「ん?どうしたエル?」

「何か街の門の方が騒がしいよ、何かあったのかな?」


 エルの指摘でカイルもようやく気がついた。見に行くと何人かが正門まで戻ってきている、カイルは何があったのか気になると同時に、自分にも何か出来るのではないかと考えた。


「エル、聞いてくれ。皆と一緒に小屋の中で待てるか?なるべく静かにするんだ、どうだ?出来るか?」

「パパはどうするの?」

「ちょっと何があったのか見てくるよ、パパにも何か出来る事があるかもしれない」

「分かった!エルいい子にしてるね」


 カイルはエルの頭を優しく撫でた。我が子を思い笑顔を向け、安心させるようにギュッと抱きしめた。そして子供達に大人しく待っているようにと言いつけると、正門へと向かった。


「なあ、何があったんだ?」


 正門では一緒に通路を開通させた仲間達が忙しそうにバリケードを築いていた。


「カイル!実は…」


 現状を聞いたカイルは一瞬で顔が青ざめた。勇者が人に刃を向けている。操られているとは言えその事が勇者にどれだけの精神的苦痛なのかをカイルは知っていた。何故ならカイルはずっと勇者の事を見ていたからだった。それがアリスからの指示だったからでもあるが、人一倍努力をし、皆を奮い立たせる勇者の姿にカイルは憧れを抱いていたからだった。


「お、俺行かないと!」

「カイルやめろ!危険だぞ!」

「でも行かないといけないんだ!誰か子供達の事を頼む!俺は勇者の所に行く!」

「カイルッ!カイルッ!!」


 カイルは周りの制止を振り切り走り出した。いち早く勇者の元へ行かなければと、その使命感がカイルを突き動かしていた。自分に何が出来るのか、それは何も分かっていない。だけど勇者の為に何かがしたいとその一心が足を前へと動かしていた。

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