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とっておきの玩具

 街の時計塔内、アリスはここを根城にしていたらしい。連れてこられた俺は拘束されたまま椅子に座らされた。


「ふふっ、上手くいった上手くいった。優真お兄ちゃんが手に入ったわ」

「…」

「やっぱりお喋りは嫌い?」

「お前とはな」

「酷い事言うなあ、アリスじゃなかったら傷ついてたよ」


 抜け抜けとよく言う。だが、今俺に何が出来る訳でもない、取り敢えず話だけでもしてみるか。


「一体どうやってカイルさんを誑かした?」

「誑かすだなんて人聞き悪いなあ」

「そういうのいいから」

「取り引きしたのよ。カイルにはあの状態のまま街の外に子供を連れ出したら死ぬよって話したの」

「何っ?その話本当か?」

「嘘に決まってんじゃん。大体使うってアリス言ったんだからみすみす殺さないでしょ普通。手駒にするつもりだったから大切に扱ってたし」


 成る程、俺の推測は大体当たっていたのか。こんな所でこんな形で知りたくはなかったが。


「カイルはとても愚かな子、でもお陰で優真お兄ちゃんが手に入ったんだから感謝しないとね」

「馬鹿言うな、カイルさんは勇敢な人だ。お前の話だってカイルさんには確かめようがない事だ。口車に乗ってしまうのは仕方のない事だ」

「ふふっ意味のない強がりね」

「強がりだと思うのか?なら愚か者はお前だ」


 俺が吐き捨てるようにそう言うとアリスの表情がぴくりと動いた。ころころと表情を変える奴ではあるが、態度に表したのは初めて見た。


「そんな無様な格好になってまだそうまで言えるのね」

「そう思うのなら早く殺ってくれ。それが慈悲ってもんじゃないか?」

「…何だかアリスの予想と違うなあ、優真お兄ちゃん状況分かってる?助けたい人に裏切られて売られたんだよ?もうその命をどう扱うかアリスの気分次第なの」


 アリスは面白くなさそうにぷくっと頬を膨らませた。魔物でなければこれも子供っぽい仕草とも言えるのかもしれないが、白々しさの方が勝っていてなんとも思わない。


「どうもこうもあるか、俺を殺して終わりだろ?」

「え?何でそんな勿体ない事するの?」


 その返答があまりにも意外なもので今度は俺のほうが眉を顰めた。何か他に考えがあるとでも言うのか。


「アリスの力を洗脳と勘違いしていたみたいだけど、本当は違うのよ。まあ近いというかそれも当たりではあるけれど本質は違う。アリスの力は人の恐怖の感情を押し広げてそこに入り込むの。条件さえ整えば心の中に入り込めるのよ」

「心の中に?」

「そうよ。恐怖という原始的な感情、抗うことの出来ない強い強いもの。悪魔の女王のアリスにとって一番の好物。例え浅い傷口であってもそこをこじ開けるの、指でなぞって刃を立てて、より深く深く傷を広げて、その深みに手を入れてかき回すの」


 耳元にかかるアリスの息、それはとてもとても冷たくて、まるで氷を直に当てられているようだった。頭によぎる景色は視界のない程の吹雪、そこにぽつんと一人取り残されたような錯覚。


 ふと気がつく、膝が震えている。いやそれだけではない、足がガクガクと、歯はカチカチと鳴り響いていた。ただ寒いだけじゃない、これはアリスの言う恐怖だ。恐怖にすっかり心が震えているんだ。


「どう優真お兄ちゃん、今のはほんの序の口。もっと恐ろしいのはこれからよ」

「…俺は負けない」

「そうね、裏切りに絶望して負けるかと思っていたのに負けなかった。それはアリスも予想外だったわ。だからこれからやることはある意味アリスの敗北、優真お兄ちゃんを完全に堕とす事が出来なかったアリスの負け。でも、きっとお兄ちゃんは耐えられない、心が壊れたらアリスが大切に使ってあげるね」


 何をと言う前にアリスの両手で目の前を塞がれた。暗くなって、それがいつまでも続いた。体の感覚がなくなってきて、自分が今何処にいるのかも定かでない。


「今このハルメンムルにアリス達を殺そうとする敵が来ているよ。どうすればいいか分かるよね?」

「はい、アリス様」


 俺は依然暗闇の中に居るはずなのに、俺の声が聞こえてくる。喋っている言葉が聞こえてきている、それが直感的に分かった。


「誰だろうねあの目障りな女二人、それにずらずらと大人達も来ているよ。皆アリスとあなたを殺そうとしているの。守らないとね」

「はい、始末します」

「いい子ね、さあ剣を取って。殺される前に殺すのよ、全員の首を持ってきなさい」


 待て、待て待て待ってくれ。俺はそんな命令に従う気はない。何も見えないけれど体が動いているのが分かる。そしてそれを止める事が出来ない事も分かった。


「ふふっ聞こえているかしら優真お兄ちゃん、あなたの意識はそのままに、心の隙間に入り込ませてもらったわ。強引だけど、体の思考と自由を奪う事くらいは出来るの。あなたの手で巫女とこの街の大人達を殺すのよ」


 そんな馬鹿な真似させてたまるか。止まれ、止まってくれ。


「折角我が子と再会出来たのに可哀想。そうだ、これを終えたら次はあの子達を殺してもらおうかな。そうすれば死んだ後会えるもんね。アリスって優しいでしょ?」


 悪魔の囁きが響き渡る、俺は暗がりに閉じ込められたまま、意志を奪われてリヴィアとエレリ、そして協力しあっていた皆を殺しにいく。頼むから止まってくれと願うも、ただ虚しく祈りはかき消えていった。




 リヴィアとエレリは共に無言のまま街の中心部へと足を運んでいた。その後ろを追いかけてきた人たちの声でようやく止まって振り返った。


「皆様どうして!?」

「俺たちも一緒に戦うよ、二人共!」

「ああ、その為に今まで訓練してきたんだ。今こそそれに報いる時だ」

「何か出来る事があれば何でも言ってくれ、力になりたいんだ」


 巫女達はこの状況に大いに困惑した。まさか追いかけてくるなんて夢にも思わなかったからだ。


「でも皆、折角子供達に会えたのに…」

「エレリさん、勿論その事も大切ですが、私達はこのまま引き下がる訳にはいきません」

「そうです。私達に立ち向かう勇気をくれたのは優真さんです。その人が捕らわれている、しかも子供達の身代わりとなって、なら私達は戦わないと。親として大人として、子供に誇れる自分になりたいんです」

「それに皆でも言ったんだ。きっと優真さんなら迷わずこうするって、俺たちもそうありたいと思ったんだ」


 優真の蒔いた小さな勇気という種が、大人達の心の中で芽生えていた。皆怖いという感情を隠しきれてはいない、だけどその恐怖を乗り越えて今ここに助太刀に来た。


 リヴィアとエレリ、二人で一つの巫女は感涙していた。それは巫女として勇者を思う気持ちよりも、一緒に旅をしてきて苦楽を共にし、その人となりを知っている二人だからこそのものだった。優真の精神が人と人とを繋いでいる、そして勇気を奮い立たせている。


 優真が神獣に選ばれた事を二人は頭ではなく心で理解した。困難に立ち向かう時、どんなに小さな勇気でも踏み出す事の出来る人は強く気高い。だからこそ勇者に相応しいと二人は思った。


 二人は涙を拭いて前を見据えた。皆の顔をしっかりと見て言う。


「危険ですよ、何が起こるのか分かりません」

「私達は守れないかもしれない。それでもついて来る?」


 皆黙って頷いた。それに二人も応えて、全員で街の中心部へとアリスの元へと向かった。


 街の広場につく、そこでリヴィアとエレリは凄まじい殺気を感じて皆を手で制した。下手な動きをすれば一瞬で皆殺しにされる、そう二人は直感した。


 最初はその殺気の元はアリスとジャバウォックのものかと思われた。しかし広場で一人剣を手にして待つ人を見て、殺気が誰から放たれているものなのかを知った。


「優真様…?」

「どうして?」


 その場にいた全員が絶句した。待ち構えていたのは優真で、自分たちが助けにきた人。その人が今、全員に向けて痛い程の殺気を向けている。


 優真がゆらりと動いた。何が起こるのかまでは分からなかったが、兎に角今動かなければ危険だと判断して指示を出したのはリヴィアだった。


「魔法部隊!抗魔法障壁展開ッ!!」


 エレリはそれを察知すると、全員をその後ろに下がるように指示した。多重に同時展開された障壁は、リヴィアの一枚目で大きく威力が減衰したものの、最後の一枚にヒビが入る所まで押し込まれた。


「この威力、轟砲砕破か」


 爆風と土煙が晴れるとそこには拳を突き出した優真がいた。高火力の統合戦技、優真だけの特別な技、それが自分たちに牙を向けてきた。


 エレリはすかさず斧槍を構えて前に出た。リヴィアも後衛へ下がり次の手を考える。優真の身に何が起きたのか定かでないが、対勇者戦が避けられない事を感じ取ったのだった。

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