明暗
俺はリヴィアと一緒にマグメと話し合っていた。どうやらメグがアリスの能力に関する考察に一区切りつけたらしい、解決策とまではいかなくとも、何かしら対策ができればいいのだが。
「では繋ぎます」
マグメが姿を変えメグが現れる。そして彼女は単刀直入に言った。
「現時点で根本的な解決策、または対策法は提案出来ない」
予想はしていたが落胆は大きい、これで救出の難易度が跳ね上がった。子供達が何人ハルメンムルに取り残されているのか、騒ぎのせいで大人達は誰も正確な数を確認出来ていないのだ。
アリスが一纏めに管理しているとも思えない、指示通り動くのだから監視は必要ないし、街の何処でさえも隠し場所になりうる。分散させ、人数もまばらにしてあるだろう。
「だが分の悪い賭けなら提案出来る。これは本当にただの博打だ。ただし成功すれば大きなアドバンテージを得られるぞ」
「賭け?」
「有効な手立ては何一つ思いつかなかった。だけどアリスの能力が洗脳に近いものだとすれば、より高度な強制魔法によって上書きする事が出来るかもしれない」
魔法に詳しくない俺がどういう事かと聞こうとする前にリヴィアが言った。
「それは賛成出来ません。強制魔法は強力過ぎます。子供達に後遺症を残しかねません」
「悪いリヴィア、どういう事か説明してくれ」
「強制魔法は相手の行動を縛り付ける魔法です。魔法によって命令を強制的に行わせるんです。例えどんな命令でもです」
「聞いた限りではアリスの能力と近い気もするが…」
「アリスの能力は詳細が分かりませんから今は何も言いません。しかし強制魔法の方は研究解析されています。脳や霊体、精神に大きなダメージを負わせる可能性があるんです」
それは例え上手くいったとしても使えない。方法の一つではあるのかもしれないけれど、子供達の安全が確保出来ない。
「悪いがメグ、その案は却下だ」
「待て待てせっかちだな、アタシの話はまだ終わってないぞ」
「どういう事です?」
「強制魔法が悪影響を及ぼす状況は、その人が取りたくない行動や、取った事のない行動などを強制させる時だ。心が拒否している事や、体が覚えていない事を無理やりさせるのは確かにダメージが大きい」
まあ確かにやりたくない事や、やれって言われた所で出来ない事とかは自分にとって不可能に近い事だ。それを強制されれば悪影響も出ようか。
「逆に言えばだな、普段から行っていて抵抗感もなく、体も覚えているような行動であれば問題はないということだ」
「そんな都合のいい話がある訳…」
リヴィアがそう言いかけた時、俺は一つ思いついた事があった。これならばもしかしたらすべての条件を満たしていて、抵抗もないし体が覚えているかもしれない。
「避難訓練はどうだ?」
「ひ、避難訓練?」
「そう、街に住む子供達に、もしもの場合を想定しての避難行動を大人が教えていないかな。街の脅威って何も魔物だけじゃないだろ?人災も自然災害も、どちらも初動対応が遅れたら致命的だ」
避難訓練とまではいかなくとも、それに準ずる何かをやっていないだろうか、どちらにせよ聞いてみる価値はある。
俺とリヴィアは一旦メグに待つように伝え、そういった避難行動が決められていないかの確認に行った。
「ああ、やってるよ。もしそういった避難の必要がある場合には、一度街の広場へと集まるようにしている。その後子供達は年長者の誘導に従って街の外へ出るように教えてある」
「訓練に子供達も参加してましたか?」
「勿論。緊急時子供達がどう動くか大人が把握してなければ意味がないからね」
それを聞いて俺とリヴィアは顔を見合わせた。その時お互いの頭の中に浮かんだ考えはまったく一緒だった。
「いけるかもしれない」
すぐさまメグの所へと戻り結果を伝えると、彼女も同じような反応を示した。
「こいつは思ったよりいけそうだ。命令が単純なもので済む事もいい、これなら影響は残らないと断言出来る」
「じゃあ後の問題は、アリスの洗脳を上回る強制魔法の行使だな」
「それは問題ないだろう。今リヴィアとエレリの手には、アイオンとエルシュリオンという二つの神器が揃っている。二人が力を合わせれば、避難という命令を差し込む事は訳ないよ」
メグの言葉を聞いて俺はリヴィアを見やった。彼女がこくりと頷いたので、実行可能だということをさとる。
「ありがとうメグ、何とかなりそうだ」
「ああ。但し賭けになるという事だけは忘れないでくれ。これしかないのも事実だがな」
「分かってる」
マグメは元の姿に戻って画面に引っ込んでいった。俺とリヴィアはこの事を伝えて相談する為に皆を集めた。
会議は紛糾した。リスクがリスクだけに仕方のない事だが、決断までの時間に迫られているのもあり、賛成派と反対派は割れに割れた。
しかし決して諍いに発展する事はなかった。お互い子供達の事を一番に考えている事を知っていて、争っている場合でない事を弁えているからだ。話し合ってお互いに納得する為に、とことん議論を尽くす。
「じゃあ実行して構わないという結論でいいな?」
「ああ」
「異議なしだ」
「ええ、納得したわ」
最終的に賛成という結果で話はまとまった。これが成功すれば、街の子供達の多くを救う事が出来る。皆口には出さなかったが、今のままでは救える子とそうでない子が大きく分かれる事が分かっていたからこその決断だ。
「すまないな優真さん。こうしている時間も惜しいってのに」
「いえ、皆が納得して前に進むのが一番ですから。それにお互い協調はやめなかった。俺はその皆さんの強さに敬意を表します」
「ありがとう。だが、肝心の役割はすべてあなたがたに任せきりだ。リヴィアさんにエレリさんも、辛いことを任せてしまうね」
そう話を振られても二人の表情は穏やかだった。
「私達も覚悟の上ですから」
「出来る限りを尽くすわ」
二人の言葉を聞いて寧ろ大人達は安心したようだった。共に訓練で汗を流し、一緒に技を磨いてきたからこその信頼が生まれているのだろう。リヴィアとエレリなら大丈夫と俺もそう思っている。
「これで一通りの案は出揃った。街の安全な出入り口に、子供達を誘導しそれを援護する防衛力、そして抗魔法による魔力防壁。出来る限りの準備は整ったと俺は思う」
「私も同意見です。もう時間もありません、実行に移す時かと」
「ええ、子供達を取り返してハルメンムルを開放しましょう。そしてアリスとジャバウォックを倒す」
皆お互いの顔を見合って頷いた。いよいよかと気合いを入れ直す者もいれば、祈りを捧げ成功を頼み込む者もいる。そうした喧騒の中、カイルさんだけは何故か特に何の反応も示さなかった。
「どうかしましたか?」
「…ん?ああ、勇者か。ちょっと頭が重くてな、疲れが出たのかもしれん」
「大丈夫ですか?エレリに一度診てもらった方が…」
「自分の体調なんだ、自分が一番よく分かっているよ。悪いが一足先に休ませてもらう。大方の仕事は片付けたから俺がいなくても回るだろう?」
「ええ分かりました。ゆっくり休んでください」
顔色もよくないけれど大丈夫だろうか、しかしあまり心配して踏み込み過ぎるのもよくないか、相変わらず打ち解けられてないしずかずかと踏み込まれては迷惑だろう。
俺はカイルさんを見送ると、皆の輪の中に戻った。具体的な作戦や動きを決めて詰めていかなければ、失敗は許されないのだから。
人々の輪の中から外れカイルはこっそりと鳥を飛ばした。パタパタと羽ばたく鳥はハルメンムルへと吸い込まれるように飛んでいく。
飛ばしたのはアリスの使い魔だった。報告用に渡されたもので鳥の形こそしていても悪魔の一種、カイルに聞かされた話をそのままアリスに伝えるものだった。
自分が知り得た情報をすべて吹き込んで飛ばした。今頃アリスもすべてを把握しただろう。カイルは強烈な自己嫌悪に苛まれながらも、これが一番いい方法なのだと必死に自分に言い聞かせるのだった。