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着実な準備

 俺たちは協力しながら地下通路までの穴を掘り進める。崩れないように補強し、大量の土を運び出すのは結構な苦労だった。


 しかしカイルさんが手を貸してくれて本当に助かった。大工仕事はカイルさんが仕切ってくれているので、俺たちは安全に掘り進めていく事が出来る。重労働が続くが、誰一人として疲れを見せる者はいなかった。


 目指す場所が決まっているというのもあるが、子供達の命がかかっているという責任が大人達を突き動かす。その姿を見ていると俺も力が湧いてきて作業に身が入る。


「おうい、ちと休憩しようや」

「だなあ。優真さん、どうですか?」

「そうしましょう。結構進んできましたし」


 外で作業している人達とも合流して、卓を囲んでお茶を飲む。一息つくと作業の話に戻った。


「どうだろう、そろそろ繋がるかな?」

「分からんな。カイルどう思う?」


 掘る場所はカイルさんが決めたので話を振られる。しかしいくら覚えがあるとはいえ、カイルさんも手探りの状態だ。表情はあまり芳しくない。


「地図の通りには進んでいると思うのだが…、そろそろ繋がってもいい頃合いだと思う」

「思う思うか…。ああいや、責めてる訳じゃないぞ。俺たちだけじゃどうしようもなかった作業が進んでいるんだからな。気を悪くしないでくれ」

「いいんだ。こういう地道な作業ってのは心にズシッとくるもんだ。不満が出ない方が不健康な事もある」


 やっぱり大工さんの経験からくるのだろうか、カイルさんはどっしりと身構えている気がする。


「大分掘り進んできたし、きっともうすぐですよ。もうひと踏ん張りいきましょう」

「…そうだな。この道が繋がれば気づかれない出入り口として機能する筈だ。他の班の皆も頑張ってるし、俺たちも頑張ろう」


 俺が励ます必要もなく、皆はやる気を失っていない。用意されたお茶を飲み干し立ち上がろうとすると、カイルさんに呼び止められた。


「ちょっといいか」

「どうしました?」

「本当にそろそろ繋がると思うんだ。俺も直接入って確認したい、同行して構わんか?」


 俺が勿論と答えると、カイルさんは外で作業している人に一声かけて、俺の後に続いて穴へと入っていった。




 ガンッガンッとスコップで土壁を叩く、ボゴッと穴が空いて勢いあまってスコップが吸い込まれた。空いた穴の向こうを明かりで照らすと、俺たちが掘り進めてきたような道と同じような空間が広がっていた。


「繋がった…!」


 一人が噛みしめるようにそう言うと、皆歓声を上げそうになった。俺は慌ててシーッと人差し指を口に当てた。


「気持ちは分かりますが、ここはもうハルメンムルの街中です。あまり大きな声を出すとアリスに感づかれますよ」

「おおっといけねえ、そうだな」

「でも繋がった事は本当に喜ばしいです。一度引き返して皆に報告しましょう」

「ああ皆喜ぶぞ」


 今にも喜びが爆発しそうな人達とは別に、カイルさんは何処か表情が暗かった。


「何かありましたか?カイルさん」

「ん?いや別にな…、それよりこの道は随分と昔に作られている。老朽化が進んでいて酷い状態だから、これからの作業はより慎重にいかないと」

「ですね、崩落して生き埋めになったなんて洒落になりませんから」

「そういう事だ。行くぞ勇者さん」


 それだけ言うとカイルさんは踵を返して歩き始めた。浮かれず冷静に状況を観察しているのは流石だなと思ったが、どうも少し様子が変な気もする。


 しかしそれを俺が聞いていいものかという懸念もあった。どうもカイルさんとはあまり打ち解けられていない気がする。ずっと勇者さん呼びだし、接する時にも余所余所しさが抜けない。何というか、常に警戒されているように感じる。


 カイルさんの葛藤を思うとそれも仕方のない事かもしれない。あちらが馴れ合う気がない時、どうやってこちらから踏み込めばいいのだろうか。中々難しい問題だ。


 兎に角今は道が繋がった事を報告しに行こう。その後の事はリヴィアとエレリに相談しよう、俺一人で考えるよりずっといい考えが浮かぶ筈だ。


 俺が穴から出ると、すでに全員が集まっていた。皆口々に喜び合い、お互いの成果について話し合っている。すべてを諦めて覇気を失っていた時を思うと別人のようだった。


 きっと元々は皆こうしてやる気と活気に満ちた人達だったのだと思う。それをアリスとジャバウォックに奪われた。子供達という希望の象徴と共にだ。


 故郷にもう希望がないと立ち去った人、自分の子供がまだ捕らわれていると知っていて何も出来る事がないと絶望した人、きっとその人達と同じ気持ちを抱えているだろう。それでも尚諦めずに残っていてくれてよかった。その小さな勇気がこの結果に繋がったのだから。


「優真様」

「優真」


 リヴィアとエレリがパタパタと駆け足で近寄ってきた。


「カイル様からお聞きしました。道が繋がったんですね」

「これで街への道筋が出来たわね」

「ああ、だけどまだ色々と手を入れて補強とかもしなきゃいけない。もう少し時間はかかると思うけど一応の目処は立った。二人はどう?」


 二人はそれぞれに担当している班の進捗を教えてくれた。どちらも順調そうでなりよりだ。


「リヴィア、アリスの能力について何か判明した事はあるか?」

「メグがあらゆる予測をして、マグメがそれを処理してくれていますが。やはり何処までいっても推測の域は出ないと言っていました。実際に調べられたらもっと違うとは思いますが…」


 現状子供達は全員アリスの支配下にある。それは不可能だろうなと思った。リヴィアも同じ事を考えているのか、言葉を濁すだけにとどめている。


「ただ私に一つ考えがあります。それが上手くいけば、ジャバウォックに関しては何とかなると思います」

「本当か?どんな方法だ?」

「あの究極魔法を使います」


 それはリヴィアがエステルから受け取ったあの魔導書に書かれていたという魔法だ。強力無比ですべての攻撃魔法を凌駕する威力があるとの事だが。


「使えるのか?」

「術式は完成していますし、神獣様から賜ったアイオンもあります。後は私次第です。威力が威力だけに試し打ちとはいきませんが、自信があります。信じて任せていただけないでしょうか?」


 リヴィアはそう俺に懇願した。答えは決まっている。


「リヴィアが出来るって言うなら俺はそれを信じるよ。いつだってそうさ」

「私も優真と同じ意見。何か手伝える事があったら言ってよね」

「…二人共ありがとうございます。でもどうしてでしょう、二人ならそう言ってくれるとも思っていた自分もいるんです。ご期待に添えるよう尽力します」


 リヴィアは両手で握りこぶしをつくってぐっと力を込めた。彼女がそう言うのなら絶対に成功させると俺は信じている。だから不安は一切なかった。


「エレリはどうだ?」

「防御防衛に専念出来るなら形になってきたと思う。ただ無理はさせられないわ、元々武器を持った事もない人達だし」

「うん、攻勢には絶対に出しちゃ駄目だ。子供達を確保して安全に脱出出来るような想定をして訓練する方向で考えてみてくれ」

「分かった。基礎はしっかりしてきたし、実戦訓練はその想定で考えてみる」


 時間はあまり残されていない。アリスの洗脳を解く手段が確立出来なかったら、子供達を力づくでも外に連れ出すしかないだろう。お互い多少の負傷は覚悟で制圧する事を想定する必要がある。


 エレリなら上手く考えてくれるだろう。大人達もその覚悟もなく武器を握っているとは思えない、実際に子供の手によって殺害された人を見ているのだから、俺たちより覚悟の程は上だ。


 やらなきゃいけない事は沢山あるけれど、やれる事は限られている。時間の制限もあり限界は近い、決戦はそう遠くなく訪れる筈だ。


 逆境はいつもの事、不利は当たり前、それでも前を向いて覆していくしかない。ハルメンムルと子供達を救う為に出来る事を皆で一緒にやるんだ。

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