爆破してあげる
誰もいない教室から、外を眺めていた。
まだつぼみばかりの桜の木が、自分に重なる。
クラスメイトは、みんなそれぞれの花を咲かせるが、私に花はなかった。
まだつぼみだな、というか雑草かもしれないなとも思う。
このクラスで私はいじめられていて、放課後の掃除当番の交代制は、とっくに機能していなかった。
最近帰りが遅い理由は、それだけではない。
卒業の季節が近づき、卒業アルバムを作らなければいけなかった。
仕事内容が面倒くさいという、卒業アルバムの作成委員には、二十五人が私を指名していた。
幅広いダムが決壊するみたいに、放課後になると校門から、一斉に生徒たちが流れる。
私はその水の中を、前の人に、後ろの人に、気を配りながら歩くのが苦痛だったので、こうして残されるのも悪くないかな、とも考える。
卒業アルバムの進捗度は順調で、あとは見開き一ページ分の写真を選ぶのみだった。
視線を窓の外から手元に戻し、最後の仕事を始める。
修学旅行や体育祭、文化祭などの写真から一人一回は映る様に選んでいく。
自分をいじめている人、無関係を貫いている人、そいつらの笑顔を選んでいく時間は、永遠にも思えた。
本当に腹を立てていたのは、自分に対してだった。
クラスメイトみたいに、花が咲くような笑顔ができない私。
いつまでも、辛気臭くうつむいている私。
なにをされても、なにもやり返せない私。
そんな思考が脳に絡みつき、手が止まった時、ふと自分の写真だけ選んでいないことに気が付いた。
写真の束の中から、自分の写っている物を探す。
クラスメイトの笑顔の後ろ、うつむいている自分が映り込んでいる写真を見つけた。
そして、それ以外に自分が写っている写真はなかった。
先生が目立つ子ばかりを写真に残し、そうでない子は、そうでないからだ。
私は、本当にこのクラスに存在していたのかな、とも思うし、こんなに惨めな気持ちになるのなら、存在していないほうがいいな、とさえ思う。
隅っこに移った自分を、アルバムに並べ完成させた。
我ながらよくできた物だな、と思う。
この見開き一ページは、見ただけで、誰が、どんな学校生活を過ごしてきたか、がわかるような「見開き一ページの物語」だった。
私は、この見開き一ページの物語の中に登場する、いじめられっ子の美咲という人物が、可哀想だと思った。
自分自身に、可哀想だと感じた時、何かのタガが外れる音がした。
いつもの、自分へのいらつきとは違う、「可哀想」なんて、自分に思ったら終わりだ。
目じりが熱くなった。
全部がどうでもよくなり、何もかもを壊したくなった。
丁寧に選んだ写真をすべて投げ捨て、見開き一ページの物語を白紙に戻した。
それから、涙をこらえ図書室に走った。
印刷機で、隅っこに映っていた可哀想な美咲を、最大サイズで印刷した。
教室に戻った私は、作業を再開した。
「できた」
見開き一ページに拡大した画質の悪い自分の顔を、一枚だけ貼り、そう呟いた。
続けて、
「こんなところ、私が卒業式の日に、爆弾で爆破してあげる。」
見開き一ページの物語の可哀想な美咲に、そう言ってやった。
一か月が経ち、桜が咲き始めた頃。
今日は卒業式であり、学校が爆破される日。
学校に向かう朝、三年間で今日が、一番いい天気だなと思った。
うきうきで登校したが、クラスメイトはうってかわって、みんな緊張していた。
時間になり、いざ式が始まれば、場が緊張に包まれた。
さんざん練習させられた、歩き方とか、返事の仕方、思ってもいない「アリガトウゴザイマシタ」の言い方を思い出し、順番にこなしていく。
式の後、目立たたない生徒には全く興味がなかった担任が、涙を流していた。
終学活が終わり、卒業記念品などをもらった人から順に、教室を出ていき、それぞれが帰路につく。
私は最後に教室を出たが、その時には担任の目は乾いていた。
校門から出た後、踵を返し校舎の方を向いた。
下ばかり向いていたからか、こんなにきちんと校舎を視界に入れたのは、初めてな気がした。
全部、吹き飛んじまえ。
私は、学校に爆弾を投げた。
その爆弾は、校舎の壁を跳ね返り、パサッと音を立てて地面に落ちる。
修正され、クラスメイトの笑顔が載った、見開き一ページが開かれた。
私の中で、この学校は爆発してなくなったのだ。
それは、誰にも悟られない、小さな小さな仕返しだ。
それでも帰り道、美咲は前を見て歩いていた。