3.息子と娘
母が亡くなってから数か月後、正子は再婚した。
相手は、真美の姉である真理だ。
子供達にはまだ母親が必要だと思い、真美と付き合う前の恋人だった彼女と再婚したのだった。
美鳥は、母が亡くなってまだ二年も経ってないのにと反感を覚えたが、藍子は、割と直ぐに受け入れた。
一年以上も経っているし、父も伯母も好きだからだった。
藍子が三年生になった夏休み、二人は、他の子供達と一緒に公園で遊んでいた。
美鳥は彼女の友達と、藍子は彼の友達と。
そして、藍子はまた死んだ。
友達が蹴ったボールが公園の外に出て、それを追って車道に飛び出し、車に撥ねられた。
車に気を付けるようにと何度言われても、藍子は、咄嗟の時に思い出せない。
どうしようもない事だった。
「どうして、ちゃんと見ていなかった!? お姉ちゃんだろう!」
正子に怒られた美鳥は、理不尽だとしか思えなかった。
「お母さんと引き換えに助かった命を大切にしない藍子が悪いのに! 何で! わたしが悪いの?!」
美鳥は、泣きながら叫んだ。
「お父さんは、わたしが……、お母さんみたいに死ねば良かったって言うの?!」
正子は、自分がそんな酷い事を考えていると決め付けられて、カッとなった。
「そんな事は言っていない! 危なくないよう見ていなかった事を叱っているんだ!」
頬を平手打ちにされて倒れ込んだ美鳥には、ぶたれたショックで正子の言葉は耳に入らなかった。
「お父さんなんて、大っ嫌い!」
「美鳥ちゃん?! ……何があったの?」
買い物から帰って来た真理は、泣きながら飛び出して来た美鳥に驚き、二階に駆け上がるのを見送った。
そして、嫌いと言われるような事を何かしたのかと、正子に尋ねた。
「……何でも無い」
「何でも無いって……」
「風呂に入って来る」
正子は問い質そうとする真理から逃げるように、風呂場へ向かった。
その夜、正子は夢を見た。
『息子の死を、無かった事にしてやろうか?』
その声に、正子は安堵した。
今回も、藍子を取り戻せるのだ。
「ああ。頼む。娘と引き換えにしてくれ」
『良いだろう。……それにしても、良く死ぬ子供だ。後はお前しか居ないぞ』
謎の声は、『ククク』と嗤う。
「同居家族なら、もう一人……」
正子は真理を思い浮かべて、疑問の声を上げた。
『ただの同居家族では駄目だ。息子が生まれた時から同居している家族でなければ』
「そう……なのか」
藍子の死を無かった事にする為に真理と結婚した訳では無いのに、正子は当てが外れたような気分になった。
翌朝。
藍子の死は無かった事になっていた。
美鳥が突き飛ばした事で彼は助かり、代わりに美鳥が撥ねられた事になっていた。