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短編大作選

両面イケメン

作者: 高島トモツグ

週に一回は同じ夢を見る。


ブサイクが原因で、いじめられる夢。


それがたぶん、前世の記憶というヤツだろう。


それを自分の記憶として、だんだんと認識し始めていた。


いじめられて精神が病んで、自殺したブサイクの夢を見て、ハッとなった。


今は、すれ違う女性みんなが見てくるくらいの、超絶イケメンな姿を、与えていただいている。


でも、前世の影響か、女性に自分からは話し掛けられないし、一生、人を好きになれないと思う。


一生、誰とも付き合えないと思っている。


夢から推測した前世からは、何にも変わっていない。


夢のブサイクは、今の性格と全く同じだった。


前世は、あんなに女性から拒否されたり、暴力をされたりしていた。


なのに今は、女性に優しくしかされていない。


嫌ってくる女性が、一人もいない。


逆に、恐ろしいと思うほどだ。


でも、それは好かれたいがため、猫を被っているのかもしれない。


真実なんて、本人とメンタリストくらいしか分からないだろう。




廊下を、ただ普通に歩く。


今は、久し振りに、まわりに誰もいない。


そこに、後輩らしき女子が現れた。


「許してください」


そう言ってすぐ、ほっぺにキスされた。


嬉しいのか、嫌なのかさえも分からなかった。


何も言えないまま、ひとりになった。




休み時間は、友達になりたい女子がまわりを囲んできた。


「これ、私が作ったクッキーなんだ。食べてね」


「ありがとう」


自信がある性格ではない。


だから、モテる要素は全くない。


「好きなタイプ、聞いてもいい?」


「しっかり想いを、ぶつけてくれる人かな」


この性格がマイナスにならないくらいの、顔面なのか。


そう思うだけで、おこがましく感じてきた。




デートの予約が、かなり埋まっている。


僕は、こんなにも自信がないのに。


逃げたくなった。


心から、楽しめていないから。


まだまだ、女子への恐怖が拭えない。


いい人も、いるとは思う。


でも、こんな僕でも裏の顔は見抜けない。




どこかの高校の女子が、小さな橋をのぞいている。


川に飛び込む予感がした。


足を橋の手すりくらいまで、上げた瞬間に走っていた。


すぐに近づき、ギリギリで抱きついた。


抱きついて、止めてしまった。


女性への恐怖より、誰かが不幸になる恐怖が勝つ。


「ありがとう、抱き締めてくれて。愛を感じた」


「ああ」


「誰も、私を見てくれないから」


「そうですか」


思いっきり、相手からも抱き返してきて、女子を感じた。




泣いて泣いて、泣いていた。


涙が、枯れていきそうなほどに。


強く強く、腕を掴まれていた。


ずっと、ずっとずっと。


「いじめなの」


「はい。そ、そうですか」


いじめられて、自殺しようとしていたようだ。


前世であろう自分と重なり、泣きそうになった。


気持ちは、少し理解できる。


でも、この状況への対応はよく分からない。


無意識的に、女子の身体から、小さい声が漏れる。


「大丈夫ですか?」


それしか言えない。


曇っているか、晴れているかさえも分からなくなる。


「好きになっていいですか?」


「ああ、はい」


橋の下に広がる水面は、ギラギラと揺れていた。


女子は、真剣な目をしている。


まっすぐな目で、こちらを見ている。


「キスしたい」


「ああ」


戸惑った。


思ったことが、口に出てしまうタイプなのだろう。


キラキラと揺れながら光る、水面を見つめるしかなかった。


この川のように、どこかで塞き止められることなく進む。


それが、この女子の特徴だろう。


「私、思ったことを頭にとどめることが出来ないの」


「はい。脳が坂になっていて、溜められずに、自然と口に滑り落ちてくる、みたいなことですか?」


「そうそう」


脳内が、すべり台になっている。


そういう人の気持ちは、あまり理解が出来ない。


僕は、容量ありすぎるパソコンくらい、思ったことを溜められてしまうから。


「ねえ、言葉選びも、私の理想なんだけど」


「あ、ありがとうございます」


空気が読めず、言動が抑えきれない。


だから、いじめられる。


それは、普通だろうか。


普通ではない。


相手の気持ちになって、考えてしまう僕からしたら、おかしい。


いじめられているという女子と、自分を重ねた。


毎晩、夢でうなされている。


だから、気持ちは僅かにだが、分かる気がする。


いじめられる気持ちを、分かった気でいる、自分が嫌になった。


「ありがとう」


「はい」


現実と夢は、全く違う。


だから、分かっていると言っては、ダメなのかもしれない。



川には落ちていない。


だが、胸元は濡れていて、制服の布に僅かに染みていた。


染み込みきっていない滴の塊が、ピカピカと反射していた。


女子の美しさを、表すように。


「これから、ずっと一緒にいたい」


「ああ、はあ」


ずっと女子は、僕の腕に、くっついて離れようとしない。


僕は、このままいてもいい。


そんな気持ちに、変化していた。




「お母さん以外に、なかった」


「えっ」


「お母さん以外に、こんなに私に目を向けてくれる人はいなかったの。ありがとう」


「そんなに、目を向けてはないというか。自分と重ねているというか」


女子の顔が変わった。


パーツパーツが、丸くなっていた。


目も口も、鼻もカタチを変えていた。


驚いたのだろう。


下には、蟻たちが、せっせと歩いている。


僕も女子も、スムーズに、今を生きているように感じる。


「イケメン君には、普通ってこと?」


「普通に近いかな」


話している間も、ずっと離れようとしなかった。


こちらも、離れたいとは、まったく思わなかった。


まわりに、それほど目は無さそうだ。


「こっち来て」


「うん」


右腕に、くっつかれながら歩く。


ずっと、重たい。


今、離れられたら、反動でバランスを崩しそうで怖い。


表情を確認するために、ずっと右を見ていた。


だから、少し首が痛い。


「こっちだよ。大好きなイケメン君」


「カラダ痛い」


「あっ、ごめんね」


女子の目指す先に、誰かがいた。


目の前には、髪の長い女性が立っていた。


若くて、スタイルのいい薄着の女性。


路肩に停められ、チカチカと光る車の前にいる。


「ママ!」


「もあ!」


同世代にも、見えなくはない。


たぶん、女子の母親だろう。


女子が、スピードをあげる。


僕も必然的に、足を動かすペースが早くなる。


やさしくふわっと、抱き合っていた。


抱き合う姿に、瞳が熱くなった。


やはり、一番は母親なのだ。


こちらに気付いた母親が、軽い会釈をする。


僕も、素早く頭を下げた。


「昨日は、体調不良で早退してきて、心配していたんです」


「そうなんですか」


「あなたのような人がいてくれて、良かったです」


「あ、はい」


「いつもは、送り迎えはしないんですが、昨日のことがあって」


「そうだったんですか」


再び、女子は僕の腕をつかんだ。


「ありがとう」


「うん」


その時も、ずっと女子の手は、震えていた。


あれだけ、僕に気持ちをだだ漏れにしてきたのに、今は隠している。


自殺をしようとしたことなどを、色々と。


そういうことは、やはり言えない。


そこは、一般的な女子だ。


親だからこそ、言えないこともある。


「たまに、娘に会いに来てくれる?」


やさしく、母親のなめらかな声が入る。


「付き合わなくてもいいから、一緒にいてあげてほしいの」


「もちろんです」


「良かった」


特殊な人が好き。


だから、この女子といるときが、一番落ち着けた。


もしかすると、好きなのかもしれない。




運転席に、乗り込む母親。


別れ際、女子が僕に駆け寄り、耳元に、口を近づけてきた。


「クラスの女子には、私の存在を伝えないでね」


「うん」


気持ちが分かった。





今日の朝も、あの夢を見た。


ブサイクが原因で、いじめられる夢。


前世らしき、人になっている夢。


前なら、もっとぐったりしていた。


でも、今は平気だ。


あの女子と、仲良くなったから。




住んでいる街は、駄目だ。


世間は、広いように見えて狭い。


一緒に歩くと、クラスメートに見つかる。


そういうリスクがある。


みんな、意外と活発。


だから、デ一卜はやや気が引けた。


するとしたら、初めて同じ学校ではない、他校の女子とのデート。


今までと、全く違う。




電話が鳴った。


あの女子からだ。


「もしもし会いたくて近くに来てるんだけど」


「うん」


休日も、賑やかだ。


本当に言いたいことなのかは、分からないが、思ったことを全て口にする。


それは、僕に合っている。


部屋から見える空は、色がなかった。


でも、綺麗だった。


「私キスがしたくてしたくて」


「さっきメールでも、言ってたよね」


「うん気持ち全部言っちゃうからね」


「ありがとう」


「えっうん好き」


彼女は、句点も読点も入らないくらい、早口で喋っていた。


僕は彼女を好きになった。


でも、やはり自分からはキスが出来ない。


思ったことを何でも口にする。


とても、彼女らしい。




今日は、予定を開けていた。


彼女から、連絡がある予感がしたから。


まだまだ、自信も強さも蓄えられていない。


前世はきっと、いじめられて精神が病んで自殺した。


だから、躊躇が残っているのは、しょうがない。


自分から、話し掛けることはない。


誰かと、付き合うこともない。


そうと思ってきた。


でも、自然とその考えは薄れてきた。


エキセントリックな女子が、好きなんだ。


斜めがけの鞄を、右肩から掛ける。


その紐が馴染む前に、彼女が僕の左手首を引っ張る。


カラダは、前のめりで外に飛び出す


「ああしあわせだなあ。ありがとう私と一緒にいてくれて」


「うん。こちらこそ、ありがとう」




もつれる足で、連れてこられた。


そこは、ゲームセンターだった。


「ずっとくっついていたいな」


「うん」


「プリクラ撮らない?」


「うん、いいよ」


彼女から、色々してきた。


カップルみたいなこと。


カラダの皮膚の半分以上は、触られただろう。


美しい顔がこんなに長く、目の前にあることも、初めてだった。


「私プリクラって初めてなんだよね」


「そういう人いなかったの?」


「一緒に撮る人?いないよいない」


その表情は、素直だった。


僕しか信じない、みたいな笑顔でこちらを見る。


「ごめんね。エロいことしたくなっちゃって」


「うん大丈夫だよ。いいよ」


息は、ほぼしていなかった。


胸の奥の、奥の方が光った気がした。


これから、彼女と共に、人生の最後まで歩き続ける予感がする。


「あのぬいぐるみ欲しい」


「やってみようか」


「うんありがとう。ぬいぐるみカワイイな」


心を幸せが、支えている状態。


何も意識することなく、未来に向かっている。


UFOキャッチャーの、左側のガラスの先に、女子高生らしき集団が見えた。


少し顔が強張った。


よくない予感がした。


見覚えのある制服。


クラスの女子たちだった。


休日なのに、いつも通りの制服と、スカートの短さ。


確実に、彼女だと思っていそうだ。


「えっ、彼女?」


「うん」


その、2文字しか出なかった。


否定するのは違う。


肯定しすぎるのも怖い。


「彼女いたんだね」


「はい。私、彼女です」


一気に、5人にバレた。


通っている高校とは、離れているはずなのに。


「よかった。お似合いだから」


「そうだね。裏表なさそうだし」


恋を応援してくれた。


未だに、僕のことを攻撃して来る人はいない。


僕のまわりに敵意を見せる人も、ひとりもいない。


いい人だから憎まれないんだよ、と彼女に言われたことがある。


そんなにいい人ではない。


こんな僕にしてくれた彼女こそ、とてもいい人だ。

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