7万字 『二人、喚く』
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前回のあらすじ
順番にスランプに陥っては解決した
礼多と通与。
寄稿原稿が仕上がり、
裏アカでの投稿作の結果が迫る。
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校内の一室にある
校誌「王文」の編集部。
原稿チェックのため
小瀬通与と須堂礼多は
分所文匁のもとを訪れていた。
近くでは爽田丁夏が
デザインチェックをしつつこちらを眺めている。
「原稿ありがとうございました
申し分ない作品だと思います
締め切りに間に合ったのも素晴らしい」
「あ、なんか今日の分所さんめっちゃ機嫌いい」
「締め切り前に出した反応が露骨すぎるだろ……」
「今回、お二人の作品が出るって
もう結構話題ですよ」
「え、なんで?まだ載ってないのに?」
「いま文王のゴシップでたぶん一番有名なので、お二人とも」
「そんなに気になるもんかね?なぁ礼多」
礼多の顔は真っ赤だった。
「こ、こういう方向で話題になるのも
なんか悪くないなぁ……って……」
「声が上ずってるぞ」
「気に留めてないのは、小瀬さん
あなたの方だけですよ」
「えぇ……」
「ところでお二人とも、れ……」
自分で言って、文匁がスッと口を覆った。
文匁が何を言おうとしたのか通与と礼多は気づいた。
「例の」裏アカ投稿作のことだ。
だがここには丁夏がいる。
それに気づいて文匁は口を止めたのだ。
「あ、分所、春葵賞のことなら」
「二人で爽田さんには話そうってことにしましたから」
「......そうですか」
文匁はスッと手を下ろした。
「良いのではないでしょうか
爽田さんは真摯ですから、口も固いでしょう」
「え、なんか私の知らないところで
話が進んでるんですけど何ですか?!」
二人は裏アカと投稿作のことを丁夏に話した。
ついでに作品も見せた。
「へぇ……」
「もしかしてこういうのダメだった?」
「いや……そういうのはないんだけど
いま目の前にいる二人が
これを書いたんだって思うとなんか……生生しくて」
「あ、なんかそう言われるとちょっと恥ずかしいかも!」
「普段は隠している部分を見せているわけですから
そう感じるのも仕方ありません」
「下着みたいに言うんじゃねえよ分所」
「そんな表現するのはツーさんだけです……」
「それで、これのコンクールの結果が出るのはいつ?」
「応募は昨日で締め切られてて、結果発表は1ヶ月後だよ」
二人の投稿作「スペース女海賊サカナ屋さん」は
ダントツ一位というわけではないが、
ランキングに名を連ねるには十分な評価数が並んでいた。
「この評価数……素人目に見ても凄いと思うけど
分所さんはどう見ますか?」
「大賞を取る、というのは難しいかもしれませんが
編集部から声がかかるという可能性は十分ありえるのではないでしょうか」
「「「おー」」」
「あ、早合点しないでください
私そこらへんの事情あまり知らないので……」
「まま、でもそうなったら嬉しいですよね」
PON
「なんかがDM来ましたね」
「スパムか?」
「読みます……うっ!!」
「どうした?」
「……双星社の編集の方だそうです」
「マジ?」
「投稿作の今後の取り扱いについてお話がしたく……って
これ本物っぽいです!」
「分所!ちょっと見てくれ」
分所がDMの内容を見る。
「ふむ……アドレスは双星社のもので
名前は……高槻さん
……ああ、会ったことはないですが、選考委員の方で間違いないです」
「ということはこれは本物?」
文匁が頷いた。
「「うおー!!」」
二人は叫んだ。
「あ、すまん」
「大丈夫です、それより、受けるんですか?その話?」
「そりゃ……」
「「受けるでしょ!!」」
……週末……
「おー……」
「来ちゃいましたね」
双星社文王市支社、
服に迷った二人だったが、
二人共「休みの一張羅」にすることにした。
通与は着物、
礼多はギャルルック、
互いにいやらしくない程度に化粧をバチバチとキメた。
先方からも「別に制服でなくても大丈夫ですよ」
と言われているので問題はない。
「行くぞ!」
「はい!」
双星社のミーティングブースの所々で話が聞こえていた。
自分たちと同じ境遇の人達だろうか。
ブースのひとつで背筋を伸ばしていた二人の背後で
パーティションボードをコツコツと叩く音が聞こえると
二人は振り向いた。
相手は髪をローでポニーテールにまとめたパンツスーツ姿の人物で、
顔の端正さから中性的な印象を与えた。
「小瀬さんと須堂さんですね、
……で、どっちがどっち?」
「あ、あたしがイラストの小瀬です!」
「小説の須堂です!よろしくお願いします!」
それぞれ順に手を上げた。
「OK、ありがとうございます
よいしょっと」
相手は椅子に軽めに腰掛けると、
ペットボトルの水を机にトントンと置き、
懐から名刺を出した。
「双星社の高槻です
あ、名刺、SNSには上げないでね
あと水でごめんね
お茶淹れる対応がおっつかなくて」
「いえ」
渡された名刺には
「双星社 編集部 高槻 菫」と書かれてあった。
ペットボトルの水は簡素なパッケージで
「AG水」と書いてあった。
(……どこの水だこれ?)
採水地は山梨と書かれており、
怪しい水ではないらしい。
あとで知った話だが、この「AG」というのは
双星社と縁が深いセクシービデオメーカーだそうだ。
「まず初めに念のため聞いておくけど
お二人はふたなりと会うのは初めてですか?」
「「え?」」
「学校で習ってるかもしれないけど
いわゆる『第三の性』ね
私もそうなの」
文王市の隣にある双星市はやや特殊な街であり、
住人のほとんどが第三の性「ふたなり」である。
双星社は双星町の頃に出来た会社であり、
社員の9割をふたなりが占める。
「あ……テレビとかで見たことは何度かありますが
実際の方に会うのは初めてです」
「私もです」
「ぶっちゃけ印象はどう?」
「女性かと思いました」
「まぁ格好とかいろいろ気をつけてるからね
男性でもあり女性でもあるから
あとでいろいろ面倒にならないよう
初対面のとき話をしておくことにしてるの」
「へぇ」
「まま、何か問題があったら言ってね
今日はそれより大事な話があるから」
菫は原稿と書類を出した。
「『スペース女海賊サカナ屋さん』面白かった
まぁ細かい指摘はいろいろあるけど
書きたいものを書いてるっていう勢いと心意気を感じたわ」
「「ありがとうございます」」
「で、DMには書いていたけど
この作品を加筆して、同系統の他作品とまとめて
アンソロジーでの刊行を計画しています
どうですか?」
「なんかトントン拍子で怖いんですが
大丈夫なんでしょうか?」
「うちのところはしっかりしてるから大丈夫、
と言いたいけれど
これを見て判断してもらおうかな」
菫が差し出したのは紙束だった。
「契約書です
権利関係で二人に不利にならないよう
いろいろ配慮がされている内容だけど
流し読みしないでちゃんと熟読してね
もちろん、返事は持ち帰ってからでOKよ」
礼多はその場で文書をザババと読んだ。
「大丈夫だと思うのですが……
小瀬と意見を一致させてから返事させていただきます」
「うん、よろしくね」
通与は内心(え、それで全部読めたの?怖!と思った)
打ち合わせはそこでお開きになった。
…………
そのちょっと後、メイド喫茶「川瀬(と書いてリバーサイドと読む)」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
出迎えたのは「アヤ」こと分所であった。
「よう、行ってきたぞ」
「どうでしたか?」
「これから作戦会議です」
続く!
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次回予告!
契約書を前にセルフブランディングを考える二人
ペンネームと二人の関係に変化が?
次回8万字「二人、改名する」
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用語まとめ
・高槻 菫
双星社編集部所属。
春葵賞選考委員の一人。
双星市では一般的な第三の性別「ふたなり」。
仕事では中性的な服装を好む。
・小瀬 通与
私立文王女子学園高等部2年。
美術専科。
特に水墨画に秀でる。
微エロ絵描き「オズ(OZ)」の裏アカウントを持つ。
背は低い。
着物女子。
礼多と共同創作者以上恋人未満の関係。
・須堂 礼多
私立文王女子学園高等部1年。
詩歌専科。
特に俳句に秀でる。
微エロ小説書き「レターパックマン」の裏アカウントを持つ。
背は高い。
ギャル(2010年代基準)。
通与と共同創作者以上恋人未満の関係。
・分所 文匁
私立文王女子学園高等部2年。
出版専科。
特に校正に秀でる。
川瀬(と書いてリバーサイドと読む)の人気メイド「アヤ」でもある。
通与と礼多の裏アカの存在を知る数少ない人物。
・爽田 丁夏
私立文王女子学園高等部1年。
礼多と同じクラス。
デザイン専科。
特に装丁に優れる。
背は低め。
通与と礼多の裏アカの存在を知る数少ない人物になった。
・ふたなり
男性と女性を併せ持つ第三の性。
ふたなりのみで構成された特区「双星町(のちの双星市)」が設けられ、
ふたなりに関する社会理解は非常に進んでいる。
現在の双星市は居住に性別を問わないが、
それでも人口の9割超はふたなり。
・双星社
双星町時代に生まれた出版社。
漫画から小説、小学生向けから成人向け、純文学からオカルトまで
広範囲なジャンルを扱う総合出版社。
成り立ちの関係上、社員の9割超がふたなり。
・川瀬(と書いてリバーサイドと読む)
メイド喫茶。
文王市のほぼ市境にある。
クラシカルメイドと豊富な種類のコーヒーと
安くて量が多いメシが売りの店。
ちょっと補足
当作品は拙作の別シリーズと世界観を共有しており、
そちらの世界のキャラをスターシステムで呼びました。
大人になった高槻菫をお楽しみください。
なおふたなり要素はあまり強くは押し出さない予定です。
この作品のメインはあくまでも通与と礼多なので。