3万字 『分所、気を使う』
分所 文匁、
高等部2年。専門は出版、特に校正に秀でる。
校誌「王文」の編集委員の一人であり、
市内の出版社に籍があるセミプロでもある。
小瀬通与と須堂礼多は
王文へ寄稿した経験があり、文匁の洗礼を受けた過去がある。
苦手かそうじゃないかについては
通与「締め切りが絡まなければ悪いやつじゃない」
礼多「怒られる原因は十中八九こちらなので」
だそう
「何度となく私を見ていたのに
なんで気づけないんですかねこの人たちは」
「だって……」
「正直ガラじゃない……ですよ」
「そうだそうだー
『鉛の女』分所文匁が
クラシカルメイドやってるなんて気づけるか」
「?……ツーさん、なんですかその『鉛の女』って」
「赤ペン片手に校正に容赦しない姿から付いた渾名」
「ああ、サッ○ャーになぞらえてですか」
「私としては不本意なんですけどねその渾名、
なんですか鉛って、微妙に柔らかいし、毒あるし」
「そこも加味して『鉛』なんでしょ
つか言い出したのあたしじゃないし」
「まぁいいでしょう……」
そう言って文匁は眼鏡もカチューシャも外した。
「ここでの私は文匁ではなく『アヤ』です
正体は明かしたのはこちらですし、うちはバイトも可ですが
この件はくれぐれもご内密にしていただけると……」
「別に元から言うつもりないけど?」
「好きなんですよね?それ」
二人の屈託のない笑顔に、文匁の顔が少しほころんだ。
「気に入りました
では私が首を突っ込んだ件について……」
「バイトいいの?」
「忙しくなる前なら良いと許可はいただいております」
3人の視線の先には、バックヤードからこちらを覗く
店長の川瀬暝の姿があった。
「気にしないでいいのよー
私の見立てではあと30分はゆっくりできると思うわ」
頭が引っ込んだ。
「あの人の勘が外れたことはないのでまぁそうなんでしょう
さて、お二人の意見が相容れなかった件について
食事も終わったのでケリをつけましょう」
「あ……」
「あぅ……」
二人ともモゴモゴしていた。
「まず創作上の衝突というのはよくあることです
その上で人格の衝突は切り離すことが肝要です
意見はぶつかりましたが、別に二人は互いに
悪感情は抱いていないでしょう?」
「それはそうさ」
「はい、別にツーさんが嫌いになったわけじゃないです」
嫌いというかむしろ……と礼多はごにょったが
あまりにも声量が小さく、二人には聞こえなかった。
「目指すのは歩み寄りではなく昇華です
互いのどちらかの要求を飲むのも一つの手ですが
相乗効果により高みに至ること
それが共同制作がもたらす化学変化の肝とも言えます」
「つまり乳首を描く描かないの問題だけではなくて
二人で納得のいく描写に至れってことか」
「あ、伏せなくなりましたね」
「先に言ったのは礼多だろ」
「ナンノコトダカ」
「あ、こいつ!」
「ではまず須堂さんの言い分からどうぞ」
「はい、唯一の挿絵なので極力エロくというのが望みです
流石に下はダメですけど、乳首はやはり描いて欲しいです
ツーさんの描くえちぃ絵は好きなので」
「では小瀬さん」
「あたしは文章から受けた印象で隠した
あまり理論的な説明はできんが、
乳首を出すとエロに振り切れそうだったんで止めた」
「え?じゃあ描こうと思えば描けるってことなんですか?」
「出来はするさ、ただ……
それで挿絵周辺の文章を雑に読まれたら......嫌じゃないか?」
「......ん?そうなんですか?
え?……私のことを思ってセーブしたんですか?!」
「......そうです」
通与の耳が赤くなった。
「人の文章で絵を描くんだ、自分の色出しすぎたらダメだろ......」
「......分所さん聞きました?!この人やっぱアホですよ!」
「な?!」
礼多がグイと顔を近づける。
「そういうときはやり過ぎて少し削るくらいが
一番バランスが良くなるって言ってるんです!
文章だって後から増やすよりも
最初書きすぎて減らすほうが良いやつが書けます!
そうでしよう!?」
「あ......はい......そっすね」
通与がしょぼっとなった。
「あるんじゃないですか?初稿!」
「え?」
「“描きすぎた初稿“が実はあるんじゃないですか?!」
「うっ......」
通与はタブレットを数回ぽちぽちすると、二人に画面を向けた。
「すみません、描いてました」
「おぁ!!」
「ほう、これは......」
確かに描きすぎだった。
女海賊の乳首はバッチリ描かれているし、
下も毛が見えるレベルまで下着が引き裂かれ、
顔もトロトロのいわゆる「オホ顔」で描かれ、
とてもじゃないがレーベルが違った。
「これが小瀬さんのファーストインプレッションということですね?」
「はい......ほんとはこれぐらいに見えてました」
通与の顔は真っ赤になった。
「どうですか須堂さん?」
「こ......これですよ!この発露が見たかった!!
これをそのままというわけにはいきませんけど、
こっちをベースにして少し表現を抑える方法にした方が断然良いです!!」
「結論は出たようですね
では私はそろそろ引くことにしましょう
......おかえりなさいませ、お嬢さま」
丁度客が来たタイミングで文匁が離脱した。
そこからの絵の軌道修正は早かった。
オホ顔は表現を緩め、下の毛は隠し、
乳首の隠し方を少し控えめにする。
タコの足の締め付けで肉が少し盛り上がる表現にし、
それを礼多はいたく称賛した。
出来上がった修正稿は
最初に通与が出したものと露出量の差は少ないが、
絵の完成度は2段階は違っていた。
......
一息つき、作業の方針も立った二人は店を後にすることにした。
「いってらっしゃいませ、ご武運を」
アヤが送り出した。
......
通与は歩きで駅へ、
礼多はロードバイクで家へ向かう、
「じゃ、また月曜に」
「ツーさん、最後にちょっといいですか?」
「ん?」
礼多は通与の両手を強く握った。
「んん!?」
「ツーさん、このまま完成まで頑張りましょう!
私、すごいものが出来る確信があります!」
「お......おう......」
「じゃあイラスト楽しみにしてますね!」
礼多はロードバイクを走らせるとすぐ見えなくなってしまった。
通与は握られた手の暖かさの余韻に浸っていた。
「礼多、ああいうタイプなのか」
礼多は顔を赤くしつつ帰路を飛ばした。
「これを完成させたら......やるぞ!」
続く!
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次回予告
ついに完成した合作
投稿した作品の反応は?!
そして通与と礼多のこれからは?!
次回 4万字「二人、投稿する」
あと多分第一部完!
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用語まとめ
・小瀬 通与
私立文王女子学園高等部2年。
美術専科。
特に水墨画に秀でる。
微エロ絵描き「オズ(OZ)」の裏アカウントを持つ。
背は低い。
着物女子。
・須堂 礼多
私立文王女子学園高等部1年。
詩歌専科。
特に俳句に秀でる。
微エロ小説書き「レターパックマン」の裏アカウントを持つ。
背は高い。
ギャル(2010年代基準)。
・分所 文匁
私立文王女子学園高等部2年。
出版専科。
特に校正に秀でる。
川瀬(と書いてリバーサイドと読む)の人気メイド「アヤ」でもある。
普段は髪をカチューシャでかき上げ、
赤色のナイロールの眼鏡をかけている。
・川瀬(と書いてリバーサイドと読む)
メイド喫茶。
文王市のほぼ市境にある。
すべてが店長の川瀬暝の趣味で作られた店で、
クラシカルメイドと豊富な種類のコーヒーと
安くて量が多いメシが売りの店。
・川瀬暝
川瀬(と書いてリバーサイドと読む)の店長。
商売上手で自由人。
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