スタードロップ〜星のひとしずく〜
流れ星がこの世から見えたときに強く願い事を思うと願いが叶うと言われている。
少女は願う。
あの人と両思いになれますように、と。
少年は願う。
テストの点数がよくなれ、と。
青年も願う。
就職先がよくなってほしい、と。
老人も願う。
孫が元気で生まれますように、と。
皆願う。
老若男女問わず。
そして、それを叶えている星──は宇宙の中での尊い流れ星の女王。
女王が流れ星を作っているのだ。
「地球ってキレイ。青く輝くホシだね。憧れる」
女王は地球を暗い宇宙空間から見つめた。
「ホシはわたくしよりキレイかもね」
見とれた顔で女王は続ける。
「ふふ、ではキレイなホシさんにはご褒美をあげましょう」
女王は地球にこう言った。
「願いを何でも叶えて差し上げます」
女王は星の体から輝く細い星を放つ。
「これが流れてきたら願い事を言って下さい。叶えますよ」
しかし、と続ける。
「確か、人口が79億人でしたよね…?なので一人一つ。79億分しか差し上げません」
女王は微笑んだ。
地球も喜びに満ちる。
「願い事、叶えます」
しかし、これが悲劇を生むとは知らずに。
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79億人分。
それが今の地球の総人口だった。
79億人分しか願いが叶えられる権利がない。
一人一つ。
しかし、人々は一つの願いだけでは心を満たせなかった。
「あれも」
「これも」
「この願いも」
「お願いします」
次から次へと欲望に掻き立てられ、もっともっと叶えてほしい…と思うようになった。
もっともっと。
ほしい。ほしい。
願い事を叶えられる権利が。
願い事を叶えられる権利が。
願い事を叶えられる権利が。
そう人々は考えると、人口を減らすことを考えた。
人口を減らせば、自分の叶えられる権利が増える。
はじめは数人同士の争い。そして殺し合い。
それから、国を動かし、国を滅亡させ、多くの人口を減らすことを考えた人もいた。
戦争になり、地球は血まみれていく。
毎日繰り広げられる人々の戦争は誰もとめられなかった。
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「どうしてなのですか、どうして」
女王は悲鳴をあげる。
「なぜ、権利を巡って戦争などするのです!?」
なぜ、なぜ。
「キレイな青のホシが…血濡れてしまっている!」
どうしてそうなってしまうのか。
その答えは簡単。
人間は欲望に流されやすい人が多いからだ。
もちろん、流されない清らかな人もいる。
そんな希少な人間も戦争に巻き込まれなすすべもなく死んでいた。
「ああ、せっかくのキレイなホシがぁぁぁぁぁぁ…わたくしのせいで…!」
泣き叫ぶ女王。
女王の涙も輝いていた。
キラキラ
その涙も流れ星として宇宙に流れ出した。
地球人はその流れ星を見ると手を合わせた。
「女王様。流れ星…叶う権利与えてくれてありがとうございます」
そこでも、取り合いになる。
「どけ!」
「おまえこそっ!」
「あ?かかってこい。相手してやる!」
「流れ星のためなら‼」
武器を取り人々は今も争う。
「ああああああ……なんで……こんなことにぃぃぃぃ!」
そこに一人の泣き叫ぶ女王がいることを分からずに。
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「……流れ星などくだらん」
そこに一人の青年がいた。
彼が持っている剣は血が滴り落ちている。
「涙の、ようだ」
赤い涙。
人を殺すことは褒められることではない、決して。
けれど、この争いの中だ。青年も巻き込まれてやむなく応戦したのだろう。
「……いくらやっても感触はキツい」
かかってきたから返り討ちにしたのだ。
そんな仕方のない理由でも、やはり殺すことは慣れなくて。
青年の心を揺さぶる。
「まず、流れ星を与えた者が悪いのだ。しかし、今更恨めない。こんな乱世、ではな」
自嘲気味に笑い、剣を鞘に収めた。
こんな乱世を終わらせたいけど、無理だと思う青年であった。
荒れ果てた道を進んでいく。
砲撃の後が痛々しく、ここで流れ星を巡っての戦争があったことを物語っていた。
ただ流れ星だけのために。
願いを叶えるためだけに。
「……ホントにくだらん」
願いなんて、出そうと思えばたくさんあるのだから。
たった一つだけなら願い事はしたくない。
「地球はどうなるのだろう…この後」
いつか人類は絶滅するだろう。
このままだと。争いをし続けると。
「!?」
青年は思わず飛び退いた。
眩しい粒子が現れる。
──そしてそこに立つのは流れ星の女王だった。
黄色い羽衣を身に纏った天女。そう読むのが正しいだろう。
「貴様…流れ星の女王だな?」
青年が剣の柄に手をかけ、構える。
「はい。ラモン・ド・シルエ。わたくしが探していた人材そのものです」
本名を呼ばれ青年はムッとした。
「人の本名をそう安安と言うな」
「わたくしは貴方にお願いがあります」
真剣な顔で女王に見つめられた。
「……話は聞こう」
青年、否、ラモンはため息をついた。
警戒はまだあるが、話だけなら聞こうかと思う。
「ありがとう。……では本題。貴方がこの地球を統べて下さい」
「!?…戯れ言を」
「わたくしは本気です。この地球はキレイでした。青く生命の息が感じる珍しいホシ。しかし、その欠片は今もうありません」
「貴様が流れ星など振りまいたから」
ラモンは女王を睨む。
しかし、女王も真っ直ぐに見つめ返してきた。
「はい、それは認めます。わたくしのせいです。しかし、一人一つと限定しました」
「それが原因だ」
ラモンは今までの大惨事を思い返す。
「人間は誰でも欲が出る。この私もだ。無限まで願いが叶うというなら、願っていただろう。しかし、一つだけだ。それだけで願ったならば、欲が出てしまう」
「では聞きます。このホシの住人は約束も守れない欲がある人達なのですか?」
「……──ああ、今残っているのはそういうヤツラだ」
「でも、ラモンさんは数少ない争いをしない人間、ですよね?」
「欲に動かされないように耐性があるからな」
「わたくしは信じたいのです」
女王が寂しそうにつぶやく。
「こんなキレイなホシに住んでいる人たちもきっとキレイだと」
「昔はそうだったけどな…」
ラモンも遠い目をした。
善意に溢れた人間が、果たしてこの世にいるのだろうか。
いてほしいとは思う。
「なら、ラモンさんが蘇らせて下さい、本当のキレイな人間を」
女王の瞳からつぅ──と一滴の涙がこぼれ落ちた。
「……」
「お願いです。今までのことは全てわたくしの責任…何してもいいですから、この地球に住むのが相応しい人間を取り戻して下さい」
ラモンは黙っていた。
でも、この地球を前に戻したいとも思う。
「分かった。引き受ける。でも私でいいのか?」
「貴方しかいません。まずは説得。地球をとりもどして下さい…」
頭を下げ続ける女王の姿を見ながら、ラモンは元の地球の平和に戻すことを決意した。
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それから約30年後──。
地球の色はまた青みがかかってきた。
そして生命の息吹の気配もし、武器の気配は一切しない。
完全平和な世界が色づいていた。
そこで、帝王になった者がいる。
名はラモン・ド・シルエ。
そう、女王に懇願された青年だ。
「女王…見よ、地球を。綺麗な星に戻した」
地球を綺麗に戻したい仲間や国を集め、説得してきた。
説得を聞かない場合は、武力でねじ伏せたこともあるが。
今ではもうみんな反乱する人はいない。
「まさか、この私がするとはな……こんな大事を」
青年はフッと笑い、緑の大地を眺めた。
「やってくれたのですか……」
宇宙の流れ星の女王は満足げにうなずいた。
ありがとう、そう意味を込めて。
「ラモン…どうもありがとう」
女王は青く綺麗な地球を見つめた。
「いつまでも、綺麗で…」
女王は宇宙を飛び出す。
「もう、願えを叶える流れ星など必要ではないですよね」
女王は宇宙に身を投げる。
最後の最後の願いを叫びながら。
「いつまでも綺麗で…」
女王の身は綺麗に輝いていた。
地球から宇宙を見つめていた青年は輝くものを見つけた。
「む?流れ星…?」
今までの流れ星の中で一番綺麗な。
「もしや、女王!?」
青年は初めて叫んだ。
「女王‼」
しかし、流れ星は微笑んだ。
「……」
そうして、宇宙の彼方へ消えていった。
「女王、必ずしも平和にし続ける」
青年はつぶやく。
もう消えた女王の最後の願いを。
そして、宇宙の彼方では世界一綺麗な流れ星が流れていた──。