赤毛のフラン
第五話です
エイミーは半泣きになりながら、ライアンに連れられて人の少ない広場に来た。中央に
は噴水があり、その周りにベンチがある物静かな広場だった。
ライアンはエイミーを慰めながらベンチに座らせた。軽く彼女の肩を叩きライアンも腰を掛ける。
「らいぁぁぁぁん」
「な、何がどうした?おい!抱きつくのはやめろって」
ライアンはエイミーに突然抱きつかれ、焦った様子で彼女の腕をつかんで離す。エイミーはしまいには号泣しだした。
「あたしどうしたらいいのぉぉぉぉ」
「いや、だからどうしたのだって?!おい、だから抱きつくなって!」
エイミーは落ち着かない。ライアンは控えめに彼女の背中をさすってやる。
少し経って、涙を手で拭いながらエイミーはしゃくり上げながら話し出した。
「ぁ、あたし、……お母さんに、お母さんに出す手紙を、落としちゃったみたい……」
「え、お前文字書けないんじゃないのか」
「うん、そうだけど。ライアンに貰った『じじょ』を引いて」
「じ、じじょ?あぁ『辞書』のことか」
ライアンはこの前に拾った学生のものだと思われる辞書を、エイミーにあげたことを思い出した。あげたというよりは、渇望のまなざしに渋々渡したのだが……。
「頑張って書いたんだよ。それなのに……」
「ほんとかよ……」
「ライアンに貰った封筒に入れてね、今から郵便局に行ってだそうと思ったの」
ライアンは『封筒』という言葉に引っかかる。
「エイミーまさか俺が前に鉛筆を入れて渡したやつか?」
「う、うん。鉛筆はちゃんと取っておいたよ」
「やばいな。あれ盗んだやつなんだよ。あの封筒は大概お金が入ってるんだ。だから俺も盗んだんだが」
「どういうこと?」
「要するに、俺みたいな盗賊がお金が入っていると思って盗んだのかもしれない」
「えっ⁉盗まれたの?」
「あくまで可能性の話だよ。本当に落としたのかもしれないし」
「どうしよう」
深刻そうな顔をするエイミーにかける言葉が見つからないライアンは、頭の中で丁寧に言葉を組み立てる。
「また書けばいいさ。俺も手伝ってやるから」
「それは違うね」
二人の後ろから凛とした女性の声がする。
「手紙ってものはな、同じ文章でも気持ちの入り方で全く違うものになるんだよ」
二人は同時に振り返る。そこには背の高く、焼けた肌のまぶしい赤毛の女が立っていた。
ショートパンツに、大胆にお腹と肩が見えるトップス。両手には使い込まれた革の手袋をはめて、腰には上着が巻かれていた。
なにより肩に掛かるほどの赤毛と焼けた肌のせいで明るい印象を受ける。
「一度書いた手紙はもう二度と書くことができないのさ」
赤毛の女はぴしゃりと言い放つ。エイミーではなくライアンの目を見て。
目力から来る気迫にライアンは押されてしまう。
「あんたは誰だよ」
ライアンは負けじと目を見つめて問い質す。
「あたしはフランシスカ・ウォルカー。フランでいい」
フランと名乗る女は跳ねるように歩き出し、二人の前に立った。そして座っているエイミーに目線を合わせて中腰になった。
「青い切手が付いている封筒かい?」
「そうだよ!茶色の封筒に、青い切手付いているの」
「それはね、給料を入れたりギルドからの報酬を入れたりする封筒なんだ。手紙を送るときには白の封筒に赤い切手。赤い花の模様の切手を貼るんだよ」
フランは穏やかな表情でエイミーに話しかけていたが、ライアンの方を見た瞬間、鋭い目つきに変貌した。
「少年、あんた給料が入った封筒を盗むなんてどういう真似だい?」
「……」
「いたずらでそんなことをしたって言うなら、もう二度とそんなことすんな」
「いや、ちが————」
「違うというならなおさらだよ‼クソ野郎!」
広場に怒号が鳴り響く。木々にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立った。
「あんたに事情があるのは分かる。でもなぁ、人が汗水垂らして働いた金をパクるなんてことはなクソ野郎がやることなんだよ!」
「あぁ……」
「お前が盗んだせいで、飯が食えなくなる奴がいるんだよ!」
「……悪いとは思ってるさ」
フランは鼻をふんと鳴らして、しゃがむのをやめた。
「お前、最近増えてる女や子供から金をぶんどってるやつだろ?抵抗したら押し倒す野蛮な奴って噂だ。傭兵に差し出したりはしないから、もう盗みはやめろよ」
ライアンは首を大きく振った。
「い、いや違うっ!俺は子供から金を奪ったりは決してしない!」
「あ?でもそいつはお前ぐらいの少年で……」
「俺は暴力だって振るわない。俺が盗みを働くのは羽振りの良さそうな男だけだ」
「そんなこと信じられるかよ!フエルト通りで多発してるんだぞ。ここにいるお前が怪しいに決まってる」
「ライアンはそんなことしないよっ!」
エイミーが珍しく声を荒げた。
「ライアンは確かに人から物を盗んだりするけど、ほんとは優しいんだよ!」
エイミーの瞳にはまた涙が浮かんでいた。
「自分と同じような人からは盗んだりしないの……。だからだから……」
泣き出してしまったエイミーを見て、フランは意外にもたじろいだ。ライアンは後ろめたい気持ちを隠すように俯いた。
「分かったから泣かないでくれ。……ライアンって言ったな。その封筒はいつ盗んだんだ?」
「え?あぁ、三週間ぐらい前に、太った男のポケットから盗んだんだ」
「……そうか。それなら見つかるかもな」
フランはポケットから革の手帳を取り出した。手帳の表面には何らかの紋章が付いていた。エイミーは小首を傾げた。
「あんた、郵便局の人間なのか?」
「——今からいうことは誰にも言うなよ」
フランは息を吐いて、真剣な面持ちになる。
「切手には魔力がある。それによって今どこに封筒や郵便物があるか管理されている。この手帳を通じてな」
フランが手帳を開くと赤と青の文字が光を帯びて浮かび上がる。
「赤色の文字が通常の手紙で、青色が現金や重要な書面が入ったものだ。指で軽くなぞると手紙の内容、投函日、宛先が浮かび上がる。でもなこれは———」
「ほんとだ!文字が浮かんでる」
「郵便局員にしか見えない……え?なに?」
「おげんきですかわたしはげんきですあなたはいかがおすごしですか————」
「ちょっと⁉なんで読めるの⁉」
「え?エイミー何が見えるんだ⁉」
エイミーには見えているらしい文字がライアンには全く見えない。手帳の文字もぼんやりとしていて、もはや模様のように見える。
エイミーは「この字なんて読むんだっけ」と言いながら浮かび上がった文字を読み上げる。
「あなたとまたあついよるをすごしたい。あのときののかんしょくがいまものこっていま」
「「ストップ!スットプー‼」」
ライアンとフランは慌ててエイミーを止めた。
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