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豪雨とエイミー

第二話です


 ライアンとエイミーの出会いは一年前の豪雨の夜だった。


 ライアンは雨宿りができる場所がないかと、ふらふらと夜の街を歩いていた。普段は雨が降っていても強行で野宿をするのだが、この豪雨では流石に屋外で眠ることは難しかった。

フエルト通りのとある横道を抜けると、廃業した飲食店だろうか、ぼろい建物があった。ライアンは試しに木製のドアを開けようとするが。鍵は掛かっているようで中には入れなかった。仕方がなく店のドアの前に腰掛ける。ドアの上に雨除けの屋根があったので、ずぶ濡れの状態からは逃れた。しかし、強い風の影響で雨は時折斜めに降る。体は冷える一方だった。


 ライアンは眠気に襲われ、意識が朦朧とし始めてきた。


 そのときだった。誰かが話しかける声。


「君、だいじょうぶ?」


 呼ぶ声に顔を上げると、そこに立っていたのは金髪碧眼の少女だった。


雨に濡れているというのに、彼女の肩に掛かるほどの髪は水を弾いてに輝いていた。そして愛らしい表情を浮かべている。

 

 しかし、彼女の来ている服は薄汚い茶色のコートに、膝が見えるほどの短いハーフパンツ、裸足のままサイズの合わないやけに重たそうな革靴を履いていた。そして、彼女の背丈には合わない大きなリュックサックを背負っていた。

 

 ライアンは察する。彼女も『異風』であると。

「こんな雨の中、さむくない?」

「……寒いさ」

 少女は心配そうに話しかけてくるが、その声は何故か明るい。

「……何か用か?」

 ライアンは寒さのせいもあり、少女に対して苛立ちを隠せずにいた。

「うん、あの良かったらうちに来ない?」

「……なんだって?」

 

 予想外の言葉にライアンは目を丸くする。


「い、いやぁ。その、あたしの家そんなに大きくないけど。こ、こんなところで寝ていたら、風邪ひいちゃうよ?」

「いや、そういうことじゃなくて」

 ライアンは疑念を抱いた。何か裏があるのではないかと。この少女は俗に言う蛮族の手下で、ほいほいと付いていったら「有り金を出せ」とでも脅されるのではないかと。

「いいからおいでよ」

「いや、あんた。見知らぬ人を家に泊めるなんて、頭の中お花畑なのか?」

「お花?あたしの家には庭はないけど」

 ……駄目だこいつ。ライアンは引きつった顔になる。皮肉を込めて言ったにも関わらず、華麗にかわされてしまった。

 

 雨脚は更に強くなる。少女は耐えかねたらしく、ライアンの腕を掴んだ。


「いいから、行くよ!」

「ちょっと!おい!」


 昨日から何も食べていないライアンは、彼よりも小柄な少女に簡単に引っ張られた。



 少女に連れられるがまま、ライアンは雨の中を俯きながら歩く。


 この街の地理をよく知るライアンでさえ、来たことがない奥地を進む。人気がなく、周りには木々が生い茂っていた。豪雨は少しずつ勢いを弱め、木々の隙間から雨粒がぽつぽつと落ちるだけになった。雨の影響で気温は下がり、薄い霧がかかる。


 五分ほど歩いただろうか。ライアンは思わず少女に話しかける。

「おい、どこまで行くんだよ。そろそろ腕を離してくれ」

「もうすぐだよ」


 少女は草が生い茂った一本道をひたすら進む。まだライアンの腕を掴んだままで。

「俺を謎の樹海に迷い込ませるつもりか?それともあれか?エルフの里にでも連れていくつも……はっ」

 ライアンは思わず、息を呑む。


 そこには神秘的な風景が広がっていた。


 暗い夜道から、一気に明るい場所に出たのでライアンは思わず目を細めた。


 広がった草原に、小さな古民家。周りを囲む瑞々しい木々。そして、何百年もそこに存在していたのではないかと思うほど堂々とした大樹が、古民家を見守るように根を張っていた。


 その風景を際立たせるぼんやりとした月の光と、しとしと降りしきる自然の恵みによって、その空間はまるで風景画の一部であるかのようだとライアンは思った。

「ほら、着いたよ!早く入って!もうびちょびちょだよー、もう」

「……あぁ」

「うふふ、いいところでしょ?」


 少女はライアンの思いを見透かしたように、にっこり笑った。そしてライアンの腕をそっと離し、跳ねるように古民家の方へ歩き出した。そしてくるりと回ってライアンの方に向き直した。

「あ、そうだ!あたし、エイミー!はじめまして」

「い、今更かよ」

 その様子を見てライアンは可笑しくて笑ってしまった。

 エイミーは不思議そうな顔で小首をかしげた。



 エイミーの住む家の中は薄暗く、外と変わらないほど空気が澄んでいた。中は思ったよりも広く感じた。あまり家具や雑貨が置いていないからだろう。玄関の先にはすぐに四角いテーブルがあり、テーブルを囲むように椅子が三つ規則正しく並んでいた。それ以外には異様に大きなリュックサックや、旅行鞄のようなもの、肩掛け鞄などが部屋の隅に置いてあるだけだった。「(……なぜこんなに鞄ばかりあるだろう)」ライアンの頭の上に疑問符が浮かぶ。それにしてもこの部屋には生活感がなく、まるで引っ越したばかりの部屋のようである。


 エイミーは背負っていたリュックを「よいしょ」と声を出しながらその場に置いた。

「待ってね、いま灯すから」

「へ?ともす」

 不意に投げかけられた言葉にライアンは間抜けな声を上げる。



『   フィリオ   』



 彼女がそう呟いた刹那、テーブルの上に置いてある蠟燭に眩しい光が灯る。

「なっ、うわっ!」


 ライアンは腰を抜かして、木製の床に尻をつく。眩しい光にまともに目を開けていられなくなる。


 エイミーは手と手を組み、祈るように消え入りそうな声でまた『何か』を呟く。

 するとすぐに、眩しい光は小さくなり、ぼんやりと部屋全体を照らすだけの光になる。まるで生き物のように。


 ライアンはゆっくりと目を開き、この非現実的な状態を目の当たりにした。彼の目に入った蝋燭の上に灯った光は、何故か青白い。霊気を帯びているようだ。何が起きたのか全く分からなかった。

「ごめ~ん!あたし『光源魔法』は苦手なの」

「?」

「どうしたの?なんでそんなに目をまるくしているの?」

「……な、なんだ今の」

「『光源魔法』だけど」

「まままままま魔法だぁ?!」

「にゃぁぁ!な、なに?!大きな声出さないでよ」


 猫のような反応で驚くエイミーには目もくれず、ライアンは立ち上がって彼女に詰め寄った。


「あ、あんた魔法が使えるのか?」

「へ?な、なに?怖い」

「魔法がつかえる……のか?」

「うん」


 ライアンは口を半開きにしたまま、エイミーのことを見た。彼が魔法を見たのはこれが初めてだった。

 それもそのはずである。


 魔法を使うことができる者は約一万人に一人しかいない。農村部を含め、ノルトザ王国には約五十万人が住んでいるが、魔法を使える者は数えるほどもいない。


 『魔法使い』についてはまだ科学的に解明されておらず、突然変異という言葉で片付けられている。

 ノルトザ王国に残る伝承によると、古代にはほとんどの人間が魔法を使えたという話がある。書物でしか残っていないので、真相は確かではないが、現在でも年寄りの方が魔法を使える者が多い。それは長い年月をかけて力が失われつつあることを暗に示していた。


 『魔法使い』たちはその希少性から、現在では無条件で政府による好待遇を受けることができる。国立の魔法学校に無償で入学することができ、将来は上級職に就くことができ、魔法学校での大規模な研究への参加の承諾、ノルトザ王国に住まう限り生活保障を受けることができる。その代わりに、自らも研究対象にされるらしく、一日中魔法を唱え続けさせられたという事例もあるらしい。しかし研究は概ね公表されておらず、平民の魔法についての知識は、絵本やおとぎ話の中のもので、魔法についての噂は、噂に過ぎなかった。


 『異風』であるライアンにとっても魔法は馴染みのないものであった。貧しく、教育も受けていないライアンの魔法に対する知識は、雀の涙ほどのものである。

 エイミーの『光源魔法』がライアンにとって初めて触れる魔法だったことは言うまでもない。

 そしてライアンが驚いた訳はそれだけではなく、自分と同じような『異風』の少女が魔法を使ったからである。『異風』の少女が魔法を使うなんて常識を逸脱している。いくら身分が低かろうと『魔法使い』ならば魔法学校に通えるはずだ。ライアンは思わず口にする。


「———『魔法使い』が『異風』なわけないだろ!」


用語

異風エアロと読みます。

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