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天職を見つけた女

作者: フゥ

 私は死んだ。

 いい年して人生に何も残せず、何も求めずに無気力で怠惰に生きて死んでいった。

 どうでもいい、どうでもいい。

 私の人生なんてどうでもよかった。

 これで地獄に落ちようと、無に帰ろうとどうでも良いと思えるくらい無気力だった。


 死んだ私は天に昇って三途の川には渡らず、金色の穂がゆれる麦畑をふわふわっとした心持で通り抜けると、人が延々に行列を作る果てに大きな建物があった。

 人々は何の疑問も持たず、それが当たり前のように列に規則正しく並ぶ。

 ぼんやりした頭で私も列に並ぶと前後の人を気にすることなく、時間の感覚もなく気が付くとあっという間に長蛇の列の最前列に行きつき、建物の前と来ていた。


「次の方ー、どうぞー」


 ムキムキの筋肉が隠せもせずにスーツを着た緑色の鬼に、案内されるがままに無数にあるドアの一室に入ると、中央に面接のように机と人が座る相対する位置に椅子が一つ置いてあった。


 座っている人は眼鏡と髭を生やし、50代の大企業の経営者のように威厳と高級感漂う人だった。


「どうぞ、その椅子にお座りください」

「えっと……、失礼します」


 礼儀程度に頭を下げて椅子に座った。


「あなたの罪状は微々たるものですが、少しやる気に欠ける点が気になります。

 やりがいのある仕事を紹介しますので、そちらでやりがいのある仕事をして下さい。

 仕事によって多くの人を幸せにすれば、それだけあなたは幸せになります。頑張ってください」


 それだけを言われると別の扉からムキムキ筋肉スーツの鬼さんが現れて案内される。

 扉を開くとその先はなく、暗闇の中で「お達者で」という声が聞こえて意識は暗転した。




 ***



 

 気が付くと、道の真ん中に一人立っていた。

 周りを見ても人の気配もなく、知っている風景ではない。

 ただ草原と木々が立ち並び、道は丘へと続いていた。


 いつまでも見知らぬ風景を見ていても始まらないので、歩いて丘を目指した。

 その先に何が見えるのか、不安と無気力が混ざった気持ちが足を遅くしていたが、いくらか歩けば丘に着いた。

 

 その先に見えるのは延々に続く道と、丘を下った先に見える止まった荷馬車と人だった。

 焚火を囲った幾人かが確認できる。

 私は警戒心も危機感もなく、ぼけっと彼らを見つめていた。


 人がいることに混乱していた。

 私は死んで閻魔様に会ったのはないか?

 さっきの偉そうな人は閻魔様だったのはないか。

 あの人は何て言っただろうか?

 ぼーっとしすぎていて、よく覚えていなかった。


 しかし、ここは死後の世界なのだろうか。

 私はどこに行って、何をすれば良いのだろうか。

 ここで一歩も動かず、寝転がって過ごせば答えは見つかるだろうか。

 それともお腹が空いて餓死するだろうか。


 ぼーっと丘の上に突っ立って、餓死するまで寝続けるのも一興かと思っている時、荷馬車のそばにいた人が目ざとく私を見つけてしまった。

 私が人間だと認識出来た彼らは、しかし顔立ちや服装からして見たこともなく、奇妙で違和感を覚える人々だった。

 その人々の中で一番恰幅のよい、偉そうな装飾と服装をした中年の男性から声を掛けられた。


「そこのお方! よろしければご一緒に休憩でもなさいませんか?」

「えっ……」

「喉でも乾いておりませんか、お茶でよろしければ我々と飲みませんか」


 にこにこと笑う男性に戸惑ったが、言われてみれば喉が乾いていたのを自覚してしまった。


 会話ができること、話しかけられたこと、お茶に誘われたこと。

 どれも不可解で、奇妙で、違和感を覚えるが、だからと言って何が引っかかっているのか分からない。

 面倒くさいから死後の世界だということで全て解決することにした。

 死んでるから見たこともない人からお茶に誘われても気にしない。

 私は丘を下りながら声をかけてきた男性を注視する。

 中年男性はふくよかな体型を袖や裾が長いゆったりとした服装で包み、持ち運んだであろう椅子に腰掛けていた。

 周りには世話を焼く女性と護衛らしき男達が剣や槍を持って立っている。


 私は見たこともない、しかし一目見て武器と分かる物を持った男たちに気付くと、びくっと震えて足を止めて中年男性を見たが、彼はにこにこ笑ったままだった。


 死後の世界だと古風な武器を持っているのが当たり前なんだろうか?

 物騒な世界に飾りとしての装飾であれと、妄想とも言える次元で自分を誤魔化しつつ彼らの持っている武器について深く考えないことにした。


 武器を持つ男たちから極力離れて、おっかなびっくりしながらゆっくり男たちとは反対の焚火に近づいた。

 

「お一人で旅とは珍しいですね旅のお方。これからどちらへ行かれるのですか?」

「ええっと、……その、あの……」


 答えられない言葉にしどろもどろになっていると中年男性は私が答えないと気付くと、自分のことを話し始めた。


「私は奴隷の町チェインストに住む奴隷商人ススラムと言います。奴隷の買い付けの帰りに一服していた所です。

 町の一角に店を構える次第でして、奴隷を二十人ほど保有しています。

 奴隷の質も量もまだまだの未熟者ですが、中々の目利きと自負しておりましてこれからもっと大きくする野望に勤しんでいます。

 奴隷の町チェインストに用事がおありのようでしたら、ぜひ私の店をご利用下さい」

「は、はぁ」


 よく分かってないながらに衝撃的な言葉を吐き出すススラムの言葉に正直、理解が追い付いていない。

 話す言葉は分かるのに、内容が分からない。


 奴隷? 商人? 奴隷の買い付け?


 私が生きていた世界とはかけ離れた言葉をぺらぺらと喋り続ける中年男性が急に未知の怪物に見えてしまっても私の頭がおかしい訳ではないと信じたい。

 死後の世界には奴隷が平然と存在する世界なのだろうか。

 理解が追い付けなくて、私は決してアホの子ではないと思っていたが、自信がなくなってきた。 


 とりあえず生返事をしていると、奴隷商人を世話していた女性が私に近づいてきて木のコップを渡してきた。


「どうぞ、お飲みください」


 奴隷商人がにこにこと笑いながら言うと、女性は口を開かず蠱惑的に微笑む。

 女性も奴隷なのだろうか、首には武骨で女性に不似合いな首輪を嵌めている。

 しかし不似合いな首輪を嵌めていても女性の魅力は損なうことなく、肉感的な身体と扇情的な身のこなしと目線は女の私でもドギマギしてしまう。


 私は女性から差し出された木のコップを手に取ると、女性はあからさまに私の手を握り微笑んでくる。

 誘惑しているのだろうか。

 女の意味不明な行動に、私は理由が分からずに困惑しながら無造作に木のコップに注がれた液体で喉を潤した。

 液体は少し甘味のあるとろりとした飲み物だった。


 その後も奴隷商人は私のことを根掘り葉掘り聞いてくるが、応えられることは殆どない。

 曖昧にごまかしていると段々眠気と痺れを感じて腰を抜かしてしまった。

 急に倒れる私に周りの人々は慌てることなく冷静に観察している。

 彼らの目は酷く冷たく、先程までの人当たりの良い笑顔は微塵もない。

 そこでやっと自分が謀られたことに気づいたが、すでに身体が動く気配はなかった。


「お主人様、こんなちょろい奴、わざわざ薬を使わなくても良かったのではないですか?」

「まあ、万が一ということもある。鴨が葱を背負って来るように見えて油断させていたかと用心したが、本当にカモだったな」


 奴隷商人と護衛の男が、がっはははっと笑いながら私に近づいてきた。

 奴隷商人の顔は先程見せていたにこにことした愛想の良い笑いはなく、ニヤニヤと酷薄な笑みに豹変していた。


「まあ、年増だが見たこともない綺麗な身なりだ。どこぞの落ちぶれた貴族だろう。そこそこの値段で売れるな」


 べたべたと触る奴隷商人に嫌悪感で顔をしかめるが身体は動いてくれない。


 最悪な状況だった。これが夢ならさっさと醒めて欲しいと思うが悪夢は醒めない。

 なんて酷い死後の世界だ。

 これなら生きていた時のほうが良かったか、いやどっこいな気もするな。

 結論を言えば私の徳は低くて、業は深いということか。

 前世の行いがよほど悪かったと責任転嫁する卑屈で卑怯な自分しか残っていなかった。

 だから人に騙されるし、悪いことは起こる。


 それすらももうどうでいもいいと思う無気力な私がいた。

 痛いのも怖いのも嫌だ。

 だけど自分で何かを起こして行動することが、もう全てにおいて嫌だった。

 何か努力をして行動しないといけないなら、自分の身体すらどうでもよくて、いっそ殺してくれと思っている。

  

 弄られる身体に現実逃避ぎみに焚火を見ていると、荷車の傍で女性と片腕の男が何やら動いている。

 奴隷商人は私が目ぼしい物を持っていないと確認すると女性を呼びつけ、私に首輪を付けようとした。

 しかし首輪を付けようとすると弾かれて付けることは出来なかった。


「なに! 何故隷属の首輪が使えない!? こんな間抜けな女がチェインスト一奴隷魔法が強い私より隷属魔法が上だと言うのかっ!! そんなことがあり得るのか!!!」


 狼狽えた奴隷商人は真っ赤な顔になって怒鳴ったが、さっぱり意味が分からない。

 しかし首輪が付けられないのはありがたかった。

 奴隷商人と周りの護衛の男たちが私をまるで怪物のような目で見て注視しているが、何やら背後では女性と片腕の男性がひっそりと近づいていた。


 そうこうしていると、護衛達の背後から片腕の男が剣で斬りつけた。


「ぎゃあああああああ」


 二人は倒れ伏した私を気にもしないで、片腕の男は護衛たちと剣戟を繰り広げ始めた。

 片腕でも襲った男はかなり強いのか、護衛の男たちと互角にやり合っている。

 目にも止まらぬ剣戟を見せられても私の目を追いつかず、彼らの技量の差がどのくらいあるのか分からない。

 しかし、護衛の男たちの顔には焦りの表情を浮かべ、片腕の男は冷静にしていることから、片腕の男の方が優位のようだった。


「な!? ディーク! 貴様奴隷の分際で歯向かいおって! 『隷属魔法にて命じる。ディークの動きおぉっ」


 奴隷商人がなにか言いかけたが、背後から忍び寄った女性が瓶で奴隷商人の頭を殴り昏倒させた。

 女性は片腕の男の影に隠れて、奴隷商人に近づき、見事倒して見せた。

 奴隷商人を倒して見せた女性の気迫は先程の女性的な蠱惑的な魅力はなく、強く逞しい女の顔だった。

 奴隷商人が昏倒させらて動揺する護衛たちを、片腕の男はあっさりと皆倒してしまった。

 こんな片腕の男に複数の万全な男たちが倒されたことに感銘と驚きを覚えてしまった。

 すごい男である。

 

 奴隷商人も恨みを相当買っていたのだろう。

 その報い受ける時を間抜けな被害者が目撃するとは自分でも驚きだ。  

 期せずして身内争いに巻き込まれた形だが、このまま私も証拠隠滅で殺されるのだろうか。

 初めて間近で見た暴力と殺人現場に、私は動けないながらに動揺しながらどこか冷静だった。

 て言うか、死んでからよく分からないことだらけで逆に悟りを開きそうな心境だ。

 

 うそ、ホントはよくわからな過ぎて、どうでも良くなっている。

 回らない頭と、動かない身体、瞼が閉じそうに重いけど、最後ぐらいは彼らの動向を見てみたいというちょっとした好奇心も混ざっている。


 奴隷商人に止め刺している片腕の男と未だに緊張と興奮で固い顔の女性は全員が死んでいることを確認してやっとほっと安堵の表情を浮かべた。

 そして唯一部外者で、生き残っている私に気付くと女性が私に近づいてきて言った。


「まだ意識はありますね。私達はあなたに手荒なことは致しません。

 あなたにお願いがあります。私が言う文言を続けてしゃべって下さい」

「……はい」


 女性はお願いと言ったが、私には命令にも等しい言葉だった。

 拒否する気概もなく、私は言われたとおりに言葉にした。

 

『隷属魔法にて命じる。奴隷パメラ、ディークとススラムが交わした盟約を取り消す』


 文言をしゃべり終わると今まで保っていた気力が抜けて、途端に眠気が襲ってきた。

 ここで眠るわけにはいかないと思ったが女性が「もう大丈夫です。薬が抜けるまで眠って下さい」と言われて、つい……眠ってしまった。

 まあ、最後が眠ったような死なら、痛みも恐怖もないのでありがたい。

 今度こそはちゃんと死んでくれますようにと願いつつ、本当の死とは何なんだろうと詮無いことを浮かべつつ意識を手放したのだった。



 ***




 私が次に目が覚めたのは荷馬車の中だった。

 ゴトゴトと街道を走る音と振動を受けながら怠さの抜けない身体を動かして周囲を見てみると、私は荷物の詰まった荷車の隙間に毛布を掛けられて横になっていた。

 よくこんな振動で寝ていられたなと思うほど、荷馬車内はガタゴトと揺れていた。

 しかし見回しても人影はなく、布で覆われた天幕の隙間から射す光に目を向ければ、御者台に先程の二人の姿が見受けられた。

 他に人影は見えない。

 

 どうやら私は二人に殺されることなく命拾いしたようだ。

 なぜ二人が私を助けたのかは分からない。

 なにが目的があって、私に何かをさせようとしているのかもしれない。

 しかしそれさえも私はどうでもよくて、考えることを止めた。

 

 ただ静かに瞼を閉じて、揺れる振動を感じながら意識を手放すように念じた。

 しかし期せずして二人の先に見えてきた光景が脳裏から離れず、外から聞こえる声を耳が拾ってしまう。


「奴隷の街チェインストへようこそ! ここは世界中の奴隷が集まる町だよ。必ず気に入る奴隷が見つかるはずさ! 世界中の種族と職業と技能を持ち合わせた奴隷たちが集う場所だから、必ず気に入る奴隷が見つかるはずさ! あとは根気と金と運で手に入れることが出来るでしょう! 

 あなただけの奴隷を見つけるために是非とも長期滞在がおススメさ!!」


 二人越しに見えた光景はそびえる石壁と溢れる人々、大半が首に首輪を着けている光景だった。


 死後の世界がこんな所でも嫌だし、違うとしてもこんな所にいるのは嫌だ。

 早く次のお迎え()が来ないものかと思いながら私は奴隷の街チェインストの城門を潜り抜けてもなお、瞼を閉じ続けたのだった。

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