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そうめんに愛を

そうめんに愛を4

作者: 守隆和楽

夏休みを明日に控えた今日。

調理班の僕と新野は成績表授与の儀式を終え、早々に昇降口横の椅子に腰かけて待機をしていた。


「家庭科室の鍵はまだか」


新野が焦りを隠そうともせず声を荒げる。

ホームルームが終わり次第来るはずの女子がまだ来ていなかった。


「鍵は4組の小林さんが持っているはずだけど、もしかすると担任の話が長くなっているのかもしれない」


「4組の担任は木戸先生だったな。堅物の木戸先生のことだ、中だるみするなだとか高校生としての自覚をもってうんぬんと話しているんだろう」


全く、と目を引くつかせる新野から昇降口に目を逸らす。

太陽が最も高く上がった今、照り付ける陽の暑さが反射した光の強さで窺える。

もっとも日陰であるここも蒸し暑さは変わらず梅雨の抜けきっていない纏わりつくような空気がうっとおしかった。


ようやくガヤガヤとした一団が奥の第二棟から渡り廊下を抜けてきた。長いホームルームを終えた4組の面々のうち、始めになだれ込んでくるのはそのまま午後から部活にいそしむ運動部の彼ら彼女らである。そしてその後を少しゆったりとしたペースで小林さんが歩いてきた。

「ああ、ごめんね。先生の話が長引いちゃって」

「大丈夫だよ、まだ時間に余裕があるから」


そういって家庭科室のカギを受け取る。

「ありがとう」

そういうと真剣な顔をした新野は先に行くと言ってその場を離れた。


「あんまり怒られるようなことしちゃだめよ?」


「まあ、ばれたら反省文は免れないかな」

おかしそうな顔でそんなことを言う僕に彼女は困ったように笑った。


「それじゃ、私はご飯を食べて図書館にいるから。終わったら呼んで」

そういうと小林さんは昇降口を出て行った。




家庭科室で大鍋をいくつか用意した僕らはお湯を沸かす。

既にエプロンと三角巾、マスクを着用している。

家庭科室の隅に置いてある中くらいの段ボールは昨日の夕方に運びこんでおいた物だ。


「明石、あれを出しておいてくれ」


「おっけー」


そういうと僕はその段ボールから例のものを何束も取り出した。一緒に5倍希釈のめんつゆもはいっている。これを薄めたものをペットボトルに入れておかなければならない。

それとお湯が沸く間にネギと、すり下ろしたしょうがをタッパーにいれ、チューブのわさびも置いておく。

お湯が沸いた、との新野の合図で僕らは湯がく作業に入った。


湯がく間も外への警戒も怠れない。

何かしていることを気付かれないというのは無理だ。一応今日は家庭科部の活動日になっているので変装しておけば大丈夫だ、というのは小林からの助言である。

そのためのエプロン、三角巾そしてマスクであった。


ちなみに顧問は昼から出張らしい。

抜かりはない。


堅めにゆで終わり、冷水でしめる。

取り出しやすいように小分けにしてざるに盛る。

これで調理班の任務はほぼ完遂した。

ところで教室での組み立て班は気付かれずにうまくやっているだろうか。

こちらの5倍の人を擁している。うまくやってくれていることを祈るしかない。


後片付けを終えた僕らは小林さんに家庭科室の鍵を返すと、そのまま組み立て作業の完了を知らせる連絡が来るのを待った。




***


ピンポーン

連絡が来た。どうやらうまくやったみたいである。

斥候班によれば先生たちはどうやら職員室に集まっているらしい。

首尾よくことが運び過ぎているような気もしたが、これほど周到な用意の下にあるという自信がその不安を覆い隠した。



「いくぞ」

斥候班からの連絡を受け取った新野が家庭科室から5組の教室までの経路を確認し、僕らはそのまま家庭科室を後にした。




***


「どうだ!すごいだろ!」


5組の教室は色めき立っていた。


何人かが廊下に立ち、教室の番をして外からは見られないようにしている。

ものものしい雰囲気を察してか、会議中で職員室に集まっている先生を呼ぶか迷う生徒がちらほら。

それでも廊下に立つ男たちの鬼の様な面構えに気圧されて、ただじっと何が起こるのか見守るだけにしているようだ。


通された僕らの前で組み立て班開発部の佐藤は静かに全身を震わせ、目を爛々と輝かせていた。

一度、工程を確認するリーダーの加賀に作業の完了を伝える。


「例のブツは用意した」

新野がやけに低い声で答える。

頷く加賀。


「そちらもできたか、明石。まあ見てくれ。これが組み立て班の傑作、その名も“バンブーレール”だ」


そういうと教室に巡る流し台を見上げた。

「キャッチスポットを多数搭載してるから誰もがどこからでも食べられる。さらにカーブでの脱線を最小限に抑えるべく竹の加工に工夫があるんだ」


鼻息が荒く、ワクワクした顔で話す佐藤はこの日のために父親の仕事場である木工所の機材を借りて試行錯誤を繰り返していた。


「見ての通り、調理班も準備はばっちりだよ」

佐藤の熱量に負けじと僕は胸を張ってみせた。


「小林さんとパイプがあるのはお前だけだったからな。よくやってくれた」

新野が感慨深げに頷く。


「水流しまーす!」

廊下の水道からホースをつないでスタート地点に立つ男が声を上げた。

その声を聞いて僕らも最後の作業に入る。深めの紙皿と割りばしを用意し、人数分つゆを分ける。ざるは既にスタート地点の男に渡していた。


その時だった。大きな音を立てて教室の引き戸が開けられる。


「まずい!木戸先生がこっちに向かって来てる!」


「なんだって!?」


教室内に緊張が走った。

すべての準備が完了した今、雄叫びを上げて決行を残すのみとなっていた。


「どうする、加賀?」

「リーダー!」


「このまま強行してしまおう!」


「いや、バリケードをはって侵入を阻止すべきだ」


「ばかやろう!そんなことしたらばれちまうじゃねえか」


「どちらにしろ、もうばれてる可能性が高いだろ」


「ここは角教室だ。木戸は4組の担任、用があっても行くのは4組までだ。静かにして職員室に戻るのを待つべきだと思う」


「リーダー!どうする?」

一瞬の沈黙の後、リーダーは決心した顔で口を開いた。


「もし五組の教室まで来るような場合、木戸先生と交渉しよう」

教室にざわめきが広がる中で、リーダーは次いで言葉を並べた。


「僕らはこれをやり切らねばならない。できるものならやってみろと言った僕らの担任に、僕らの可能性と実行力を示さなくてはならない」

そうだろう?、とリーダーはみんなを見渡した。


「リーダーの言うとおりだ。相手が木戸先生だけなら組伏してでも実行してやる!」


「暴力はダメだ。もし見つかって咎められても僕は平和的解決を望む」


「そんなあ」


「校則にやっちゃいけないなんて書いてないのだから僕らは胸を張って流せばいい」

そういうとリーダーは笑った。


「木戸先生、来ます」

その声に教室が一瞬で静かになる。渡り廊下を抜けて右に曲がれば三組から連なる廊下である。生徒がほとんど残っていない棟内で5組の様子は異様だった。

僕らは息をひそめ、木戸先生の用事が4組にある事を祈った。


「木戸先生、4組に入りました」

外から廊下が見える位置にいる斥候班が随時応答してくる声を聞いて少し安堵した。

だがまだ緊張は解けない。出席簿でも忘れたのだろうか。そんな疑問が頭の中を巡っていた。


「木戸先生、職員室に戻ります!」

斥候班の嬉しそうな声と共に僕らはあふれる声を抑えて小さくガッツポーズをした。


そうしてそのまま第一棟に先生が戻ったことを確認している途中で、教室の引き戸を少しだけ開いた。びくりと身を震わせてそちらを見ると、開いた隙間から4組の男子が教室の中を窺っている。

視線を集めた男子はおどおどとした表情で口をひらいた。


「木戸先生からの伝言です。黙っといてやるから今回だけにしとけよ、だそうです」


「ありゃりゃ、ばれてーら」


「どこから漏れたんだ?」


「そんなことより、言わないでおいてやると言ってくれているんだ。それを信じるしかないよ。」

そういうとリーダーは笑った。


「流すぞー!」

スタート地点の男が声を上げた。それに合わせて、水が流れ始める。


「それでは一言」そういうとマイクを渡すようなそぶりをしてリーダーの言葉を待った。


「では。諸君!見てくれ。これは僕らの実行力の証だ。僕らはこの手で有言実行の力を示したのだ。これは担任との勝負ではない。だから勝った負けたという話でもない。しかし僕らはこの偉業を誇っていいと思う。今日はこの偉業を記念する日となる。流れるそうめんの味を噛みしめよう。きっと僕はこれからの人生でそうめんを食べるたびにこの日を思い出し、僕らに眠る可能性を噛みしめるだろう。みんなも味わってくれ。そうめんの味を。何でもできる僕らの可能性の味を!」


思わず割りばしを握る手に力が入った。

「それでは唱和願いたい。せーの!」


「「「「「「「So, men!!!」」」」」」」


***


その後は、ざるいっぱいに作ったそうめんも15分ほどで食べ終わり、後は片づけをするのみとなった。途中素麺がつまって竹から水があふれたりすることもなく、最終地点の桶から水があふれる前に食べ終わってしまったので、危惧していた教室の床もそれほど濡れることはなく心配も杞憂に終わった。

床に敷いたブルーシートを片付け後ろに下げていた机を元に戻す。


全てを元通りにして、一応換気もしておいた。

竹などの資材は一旦演劇部の部室においてくれるそうで佐藤率いる組み立て班が持って行った。

カメラ班がとった製作中の作業風景と決行の様子は後日プリントアウトして持ってきてくれるそうだ。


みんなの作業が終わると僕らは自然ともう一度教室に集まっていた。口々においしかったと頬を緩ませながら言い合い、それじゃあ帰ろうかと席を立った時、教室の引き戸が勢いよく開かれた。



「君たち、まだ残ってたの?」

5組担任の佐々木先生がじろりと教室を眺めまわした。


「はい、先生。ちょうどお昼ご飯を食べ終ったので帰ろうと思っていたところでした」


「そう。なんか教室が騒がしいと聞いたから見に来たんだけど、あなたたち何かしてたの?」

一人ひとり探るような目つきで見つめ、最後にリーダーの加賀を見据えた。


「お昼ご飯を食べていただけです。お騒がせしてすみません。僕らはもう帰りますので」


「ふん、楽しいのもいいけど程々にね。気をつけて帰りなさいよ」


「「分かりました~」」


そう言って僕らは先生より先に教室を出て行った。


「これは、……しょうがの匂い?」

未だ教室に残る先生の声は聞かなかったことにした。




ゆったりとした歩みで僕らは昇降口で靴に履き替え、校門を抜ける。固めていた表情が次第に緩くなるのが分かった。学内敷地の角になる十字路をまっすぐ進み学校が遠くなっていく。誰かが急に走り始めたのをきっかけに僕らは走った。


今は湿った空気も路上を照り返す太陽の光も、胃の中で揺れるそうめんも気にならない。ただ息が切れて走れなくなるまで大声で笑いながら駆けていた。


end


読んでいただきありがとうございました。

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