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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
9/51

モンスターが来た!

 ボルドー大陸西端の町、ワニニール。

 部族ごとの自治都市の多い竜虎連合にあって、この町は多様な人種のるつぼだ。

 クラジが無事に町の入り口に着いたのはその日の未明。

 蛇鱗人(ジャリーン)の門兵に名前と所属を伝え、通行手形を提示したところでようやく人心地つく。

 襲撃はなかった。

 結果的に彼を救った兵士三人組とおぼしき声もはるか後方に残してきた。泳がされているとも思えない。尻尾はつかまれていないはずだ。

 自分の下した判断は正しかったろうか。

 命には代えられないとはいえ依頼を反故にした。

 さっさと報告を済ませよう。次の仕事を探さなければ。


 町はまだ寝静まっていたが『窓口』はあいていた。

 周囲に素早く目をやり、路地にひっそりと佇む建物に滑り込む。

 『窓口』の代理人に声をかけた。


「クラジだ。急を要する事態があった。オレの判断で依頼は中断した」


 報告を終えると、約束の半額を渡された。


「ビタ一文出ないと思ってたよ」

「優秀な人材を買っている証拠だ。口止め料も込みでな」


 クラジほどの耳をもつのは、兎人(ラビト)にもそうはいない。


「…なあ、あの砦は何だったんだ?」緊張の糸が切れ、ふいに好奇心がわいた。声を落として訊く。

 代理人は取り合わず『窓口』の奥に引っ込んだ。

 藪をつつく気はない。クラジも切り替えて砦のことは頭から消した。

 今考えるべきなのは、金だ。

 あと1000ジェムも稼げばいいだろう。ツキがあれば三日ほどで用立てられる。急がなければ。

 クラジはひと眠りしたあとギルドに顔を出すつもりで宿に戻った。




 クラジがワニニールに入っていくところを”暗視くん”で確認すると、エニシダが声をあげた。

「疲れました。休みましょう」

 率直な物言いだ。

「どこで?」

「贅沢は言いません。プライバシーの守られた部屋に、美味しい料理と清潔な柔らかいベッドがあれば十分です」

「それだけあったら十分だろうよ」

「贅沢を言えば湯浴みもしたいのですが」


 魔族であれば一昼夜歩きづめで眠らなくとも平気だが、不死とはいえ人間はそうもいかない。寝床を確保しなくては。


「町なら宿屋の一つや二つあるだろうが…」

 宿があっても金がない。


 エニシダは創造魔法で金品をつくることに大きな抵抗があった。

 というか作れなかった。

 服だとかの消耗品、”暗視くん”や護衛人形(オートマトン)、移動の足に使う疑似生物なら簡単に創造できるが、どういうわけか小粒の宝石ひとつ生み出せない。


「手っ取り早く金になりそうな、例えば薬を作れるか?薪でも何でもいいが需要がありそうな物を」

「必要に迫られれば作れると思いますが…」


 売ることを前提にものを生み出そうとすると集中できなくなるのだという。

 金銀細工でなく薪のような生活備品なら可能かと思ったが、初めから売るつもりでいれば同じことのようだ。


「クソ。何か元手のかからない金儲けの話がないもんかね」

 そんなうまい話が転がっているはずもない。…リスクを伴う話を除いては。

「ひとつ思い当たるのは”魔獣狩り”ですが…」

 ギジッツは周囲を見渡す。

 ワニニールの町は治安が良いのだろう、瘴気が薄い。

「いなさそうだよな。この辺」




 魔獣はふつう、瘴気の濃い場所を好む。

 主に野生生物が魔族の眷属となるか、長期にわたって強い瘴気に晒され続けることで魔獣(モンスター)と呼ばれる全く異質な生物になる。戦場跡のような場所ではとくに魔獣が生まれやすいとされる。

 魔獣の多くは他の生物を見境なく殺傷する本能を備えており、人畜に害をもたらす。

 また、魔獣は存在するだけで環境を瘴気で汚す。

 土地に瘴気が満ちれば、そこから新たな魔獣が生まれる。

 そのため多くの場合魔獣は討伐の対象となり賞金がかけられる。


 大陸北の山麓のクラジの育った村の近くに「流れ」の魔獣がやって来た。


 「流れ」は縄張りを持たず、一つ処に留まることはない。

 めぼしい餌場を荒らしつくしてまた次の土地へ流れる。


 縄張りを持つ魔獣は居場所もはっきりしており、討伐に必要な作戦や、戦力の予測が立て易い。放置すれば瘴気が広がるため、その存在が確認されればすぐさま賞金がかけられ討伐隊が動く。結果として被害も抑えられることが多い。


 対して「流れ」を相手にするのは不確定要素が大きい。

 言ってしまえば割に合わないのだ。

 大きな被害が確認された後なら話は違ってくるが、「流れ」狩りの依頼には相応の額を用意しなければならなかった。


 クラジのちいさな集落が魔獣に襲われればひとたまりもない。

 それは他の村も同じだ。

 周辺の村々がなけなしの金を出しあって、魔獣に賞金をかけた。

 ワニニールに出稼ぎに来ていたクラジは、村が共同で出した依頼がギルドに張り出されているのを見て、故郷が直面している危機を知った。

 彼は、はした金で賞金稼ぎが動かないことをよく承知していた。

 金が必要だった。

 それもできるだけ早く。

 腕利きを動かすにはあともう少し足りない。




 金の問題は解決していないが、ギジッツの脳裏に閃くものがあった。


「休むだけならベンチがあればいいだろ。アケイロン」

「はっ」

「んーと、そこでいい。膝をかがめて、地面に両手と両ヒザをつけ。そうそう」

「こうで御座いますか」アケイロンはただちに四つん這いになる。

「よし。じゃあその姿勢を維持しろ。エニシダ、はい」

「え?」

「座っていいぞ。アケイロン、貴婦人のイスらしい座り心地を心掛けろよ」

「御意!」

「ベンチに口はないからな」

「………」


「ええと、これは」


 エニシダにも状況は理解できるようだが座ることに抵抗があるらしい。

 いや、違った。単に呆れている。


「…はぁ。では、ありがたく座らせていただきます」


 しぶしぶといった様子のエニシダが、着座と同時に表情を変えた。

「…!」

 ここまで歩きどおしで疲れていたのもあるのだろうが、ベンチが予想外にいい具合だったらしい。

 口元を押さえている。満面の笑みなのは丸わかりだが。

 心なしかアケイロンも緩んだ表情をしているような気がする。

 ……俺が椅子になればよかった。



 魔獣(モンスター)がいないのなら、作ればいいのでは?

 ベンチで寛ぐエニシダを眺めながら、そんな考えがよぎった。


 当初はアケイロンに暴れてもらうつもりだったが、魔獣でいいだろう。

 魔獣退治がうまくいけば賞金を得るのみならず町に恩を売れる。ついでに顔も売れる。

 魔族――アケイロンの血を、ここらの生き物に与えて眷属にする。

 自分の血を使う気はない。

 あんまり弱くてもダメだが、強すぎてもいけないからだ。

 町への被害が大きすぎると国を挙げての討伐になってしまう。その加減が難しい。

 魔獣を暴れさせたらタイミングを見計らって、俺達が華麗に魔獣を片付けて賞金を受け取る。

 このタイミングも難しい。

 賞金がかけられるまえに倒しては何にもならないし、他人に先を越されてもいけない。

 気をつけるのはそんなところか…よし、魔獣を作ろう。

 その前に段取りがいる。

 まずは町に潜り込んで魔獣討伐依頼を斡旋するギルドに登録…



 計画を練っていると、ふと、椅子になって下を向いていたアケイロンが顔を上げた。

「どうした」

 くんくんと鼻を鳴らしている。

 どさくさに紛れてエニシダの匂いを堪能していたら殺す。


「こちらに向かう臭いがあります。なにかが…森を出たようです」

 森。丘の下にあったやつか。

「何かってなんだ」

「申し訳ございません。複数の臭いが混ざっており、断定致しかねます」

「エニシダ」


 エニシダがひとつ頷く。"暗視くん"が「何か」をとらえ、映した。

 四足歩行する大きな動物が森からワニニールに向かって移動している。


「なんだありゃ?」


 たしかに、何かとしか言いようがなかった。

 大きさは百年竜ほどもあるが胴体を覆う体毛は哺乳動物のそれだ。

 それぞれが山羊の角、獅子のたてがみ、大蜥蜴の特徴を持つ三つの頭。

 鱗に覆われた丸太のような尻尾がうねっている。その先によく見ればヘビの頭がついていた。

 魔界でも見たことのない生物。


「魔獣…でしょうか。あんなものは初めて見ます」

「夜明けごろにはワニニールに着きそうだな」


 一直線に町を目指している。魔獣がこんな動きをするだろうか?


「どうも、只事じゃなさそうだが…」


 呑気にはしていられない。

 アレが森からワニニールに向かっているということはつまり、その途上にいる俺達がこのまま動かなければ、カチ合う。

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