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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
序章 魔人と従者、魔界を発つ
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不運なアケイロン

 苦節40年…


 41年だったか? 魔族は時間認識が曖昧である。

 なんにせよ、ここまで長かった。

 万感の思いが去来する。時は満ちた。


 今宵この夜こそは記念すべき旅立ちの夜。


 腰まで泥に浸かったような、まとわりつく不快さとともにあった日々は終わった。


 清々しい解放感。

 さらば、大魔公の奴僕であった自分。


 否が応にも期待が高まる。


 新天地。地上への期待が。




 その男、アケイロンは43年仕えた主の下を無断で離れた。

 周到に用意した地上行き。失敗はしない。


 彼はむろん好き好んで仕えていたわけではない。

 主に仕える前は子爵位の上級魔族としての誇りを持ち、それなりの権勢をふるっていた。

 ある時たわいのない諍いが起こった。

 彼もまた多くの魔族がそうするように力で解決を図ろうとした。


 だが、いささか相手が悪かった。

 転機というのは前触れなく訪れるものだ。

 敗れた末、屈服させられた彼の新たな地位は"ペット"にまで落ちた。


 恐るべき大魔公(デュークス)。その称号を戴くのは魔界全土にただ四柱のみ。

 そのうち最も美しい魔族、そして最も嫉妬深い魔族と呼ばれるものがいる。


 妖艶なるレビーテ。


 彼女に仕えることを至上の喜びとする者もいるが、アケイロンにとって彼女に目をつけられたのは不運でしかなかった。

 屈辱の日々をアケイロンは耐えた。

 そしてこの夜、彼は晴れて自由の身となれる。


 彼の後ろに並んでいた男に声をかけられさえしなければ、そうなっていたはずだ。




 感動に浸っているところに、後ろから肩をポンポンと叩かれて振り返った。


「なあ、あんたさあ、それ」


 痩せっぽちのいかにもひ弱そうな魔族。


「なんだ貴様は。我に気安く触れるな。馴れ馴れしいぞ」


 軽く威圧したが、アケイロンの後ろに並んでいた男は気に留めた様子もなく、整理券を広げて見せる。

 書かれている数字はアケイロンの持つものと同じ。1460。


「んん? 我のものと同じ番号であるな」


 ギジッツの券と被ったのは偶然だが、番号被りは当然だった。

 アケイロンの券は正式に発行されたものではなく彼が入念に準備した偽造券だ。


 レビーテの目を盗んで地上行きを申請することは出来なかった。

 そのため、地上行きの切符を兼ねる偽造整理券がどうしても必要だったのだ。


「どこでそんなモン用意したのかしらんが、割り込みはよくねーぜ。あんた」


「何を言うか貴様。不遜な」


「整列係さんに言っちゃおうかな~?ズルしてるのがここにいまーすってな。それが嫌なら……」


「目障りな羽虫が。それぐらいにしておけよ。我の怒りを買いたくなければな」


 同じ番号の券があれば、片方は整列係につまみ出される。

 先に並んでいたのはアケイロンだ。

 後ろの男の券が本物だが、整列係は本物かどうかなど確認しない。排除されるのは後ろにいた男の方だろう。


 男と、同行者らしい女は奇妙な組み合わせだった。

 男の方は魔族だが、見れば女は魔界には珍しい人間のようだった。


「フン。ヒト連れか。それに貴様のその目は何のつもりだ」


「目…? ああ。これは」


「金目だなどと、忌々しい精霊憑きの真似か?

 下賤なヒトを連れているだけはあるな。考えが理解できん」


 下賤なヒト。痩せっぽちの男はへらへらしていたが、アケイロンのその言葉で纏う空気が一変した。

 眼光がアケイロンを射抜く。

 アケイロンはしかし、それを虚勢と断じた。

 女は一切表情を動かさず何も言わない。


「あんたに頼みがあったんだが、止めだ」

「フン?何を――」



 男の右手が霞んだ。

 グシャリという音。アケイロンの整理券が彼の腕ごと潰れた音。

 刹那、痛みが思考を塗りつぶした。


 痛い痛い痛い。

 痛い痛い痛い。


 音。痛い。何が起きた。


 痛み。

 腕の? 腕が……ない。


 …少し遅れて恐怖が痛みを上書きし頭を埋め尽くす。


 目の前の男がやったのだとわかって。



「ヒッ……ィい…痛いいいああ!!!うでがあああああ!!」


 現実が追い付き、ようやく叫び声をあげた。

 横面を殴り飛ばされた。

 前歯が二本、飛んで行くのが見える。


「うるせえぞクソ野郎。自己紹介するからしっかり覚えろよ。俺のために働いてもらうことになるからな」


 口を押さえて、涙目になりながら素早く頷く。



 男はギジッツと名乗った。



 彼のかつての主である大魔公(デュークス)の一員として名を連ねる、魔族の名だった。





 ついカッとなってしまった。

 反省してまーす。

 まあしょうがないよね、ムカついちゃったもんね。


 整理券の事をダシにして取引、もとい協力を頼むつもりでいた。


 大魔公ともなれば整理券を持たない配下も同行者として連れていける。


 目の前の魔族――アケイロンとか言うらしい――を地上に連れてく代わりにどっかそのへんで適当に暴れてもらう。竜虎連合ピンチ。

 颯爽と通りがかった俺が成敗するフリ。

 強さを見せつけて、獅子族(レイオン)の傭兵に取り立てられる。

 そうして連合の懐に潜りこむって寸法よ―――

 なんて事を考えていた。


 アケイロンの態度は180度変わった。やたらペコペコされている。

 歯は生え揃った。腕の方も再生が始まったようだ。


「魔公爵閣下とは存じ上げませんでした!無知なわたくしめに、何卒、慈悲をお与え下さい!」

「あの…もういいよ」

「平に!平に!」


 め、面倒くせえ。


「働いてもらうけど、俺の部下はこのエニシダだけだから。役目が済んだらどっか行っちゃっていいから」

「わが主!斯様な事を申されますな。忠実なるこのアケイロン、全霊をもって御身にお仕えさせて頂く所存に御座います!」

「話聞こう?」


 アケイロンをグーで軽くはたく。パカンといい音がした。


「ああっ!お許しを!」


 悦んでないよな?


 ところで…この反応…何か引っかかる…

 ……そういえば。

 レビーテの所で躾けられた"ペット"がこんな感じの反射的な応答をしてた。

 よく見たらアイツ好みな魔族だ。

 なんかトラウマを刺激しちゃったのかもしれない。


「許す許す。じゃなくてちゃんと聞け。もう一回だけ言うぞ。地上に出たら一個命令するけど、その後はお前の好きにしていい」

「御身のお心のままに!」


 わかってんのかな。

 こいつも色々大変だったんだろうけど、それはそれとして付いて来られたらかなわん。


 エニシダは我関せずだ。最悪、エニシダに押し付けてしまおう。

 そうなったらどんな顔をするだろうか。

一言、ついてくんなと命令すればいい事には気づいてません。

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