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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
二章 魔人と従者、勇名を轟かす
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騎甲虫兵

 ぴちょん――

 また、どこかから音がした。あちらこちらに点在する、地下水の湧く泉のいずれかに水滴が落ちる度、音が響くのだった。石筍の立ち並ぶ岩窟を松明が柔らかく照らし、一列になって進む六人の影を揺らした。

 地下の鍾乳洞には、松明の火の他に明かりはない。生物の姿も彼ら以外にはなかった。


「なあ、ホントにこっちで合ってるの」


 小石を蹴飛ばしながらギジッツが問いかけた。いま、一行を先導しているのはルオビゴとプリマだ。

 石窟の道は自然にできあがったもので、人の往来など考慮されていない。狭い曲がりくねった道が続くかと思えば、ふいに大きな空間に出たり、天井はところどころ、高くなったり低くなったりした。ゆるやかな坂を上がっている――ようではあるのだが、時おり段差を下りもした。根走り(トロッコ)という輸送機関もまだ見えない。


「たぶん…いや!間違いないぞ!」

「んんっ?」


 潜めた声が石窟内に反響した。ぴちょん。水が滴り落ちる。


「これ、迷子じゃない……よな?」

「う…む! 光る苔(・・・)が目印だ!が、それがわかるのがプリマしかいないんでな!」

「不安!」


 否定の意味か、プリマが背中の翅を少し震わせて、身につけている装身具をちりちり鳴らした。

 光る苔?そんなものがあったろうか。ギジッツはきょろきょろ辺りを見回した。


 ぴちょん――


「翅族の目にしか光って見えないのでは?」エニシダがぼそりと呆れ声を出した。

「いや、ちょっと気になって」


 ふいに、ギジッツの前を行くクラジが耳をぴんと立てた。


 ぴちょん――


「…みなさん。気をつけて」


 油断なく笛を手にしたクラジは、小声で、しかしはっきりとした警告を発した。


「なにか大きなものが……こっちに近付いて来てます」


――ドォン。…


 一行は足を止めた。断続的な鈍い音が、かすかに聴こえている。松明が照らす水面に小さな波紋が起こっていた。


「来ます!」


 クラジが言うが早いか、進行方向の左側の壁面にぴしりとひび割れが走ると――次の瞬間、ごばっ、という音とともに、何かが突き出た。暗褐色の、それは角のようにみえた。


騎甲虫兵(ゼムピーダ)か!」


 ルオビゴが叫んだ。ゼムピーダ、というのは翅族の戦士階級の中で、上位にあたると以前に聞いていた。岩壁をゆっくりと砕き、崩しながら姿を現した怪物じみた巨大な甲虫が、一行の行く手を塞いだ。直線上に並ぶ六人を、ワギとクラジが主導して防御に適した布陣に配置した。ひと塊になっていれば格好の的になってしまう。


「ワギ、後ろの警戒頼んだ!」

「…オヤ、相棒、どんぴしゃり(・・・・・)というやつらしいぞ。それとも『一バン乗り』かな?」


 甲虫の巨体が進み出て、その背に跨る翅族が――声を発した。四本ある腕のうち、三つの腕に長尺の槍を携える翅族の騎士のがっしりとした体格は、プリマと比して二回りは大きい。翅族は顔を動かさずに一行を一瞥して、名乗りをあげた。


「ヤア、ヤア。我こそは、統一女王近衛が一人、……トゥアガー。こいつは相棒。相棒には、ナマエが無い。あ、なくていいのか。どうせ君らを、今から殺すし」


「喋った!?」

「喋ったというか、それよりも物騒な単語が聞こえましたが」


 騎甲虫兵(ゼムピーダ)トゥアガーは翅を振動させて甲高い『声』を出しているようだった。その流暢といえるほどの話しぶりに、ルオビゴは動揺を見せた。自分の知っている翅族の常識に当てはまらないのだろう。語った内容も、友好的には思えない。


「ナマエ――ナ乗りも、要るかなあ。女王サマのお考えはわからない。上に行ったまぬけの、…ベユンスどもめ。ざまを見ていろ!おテガラは僕のだ。早く殺そう!早く殺そう!」


 トゥアガーはやや興奮した様子で独り言を続けている。おそらく、正確な位置は把握されていなかったためだろうが、不意打ちを受けなかったのは幸運だった。あの甲虫が壁を破って突進して来ていれば、只では済まなかっただろう。ギジッツは松明をルオビゴに預けると前に進み出て、眼前の甲虫とトゥアガーに対峙した。鞘に収まる勇士の墓守り(アンダーテイカー)を握る。


「あのう、なんかの間違いじゃない?」

「アン?」


 言葉は一応、通じるようだ。ギジッツは対話を試みた。


「いや、まあ、俺達は侵入者だけど。見つけていきなりぶっ殺そうって、ちょっと穏やかじゃないんじゃない?あんたの女王様はなんて命令したんだい」


「オモテナシしろ、って。僕には女王サマのお考えはわからない。でも」


 キチキチと、トゥアガーの顎が鳴った。


「僕たちにやり方を任せるって!サキに行かせるなって!だから全部、殺せばいいよね!」


(((あるじ殿、構えよ。此奴は敵。やる気だ!)))


 トゥアガーと会話をしながら、『拒絶』の魔法によってレビーテの精神支配から解こうとしたが、失敗した。そのことからわかるのは、トゥアガーは操られている訳ではない。向けられている殺意はどこかぼんやりとしているが、アンダーテイカーさんの言うとおり、対話の余地はないようだった。


「しゃあないな…!」

「首ひとつは、おテガラひとつ。おテガラ六個。全部!僕のだ!」


 トゥアガーの跨る甲虫が身震いすると、突撃した。



 謁見の間を雷光が白く染めた。

 荒涼たる暗黒の魔界、不吉な雲が渦を巻くその中心にそびえる魔王城。広々とした謁見の間には、わずかに三名のみ。いずれも人ではなかった。

 床をズシン、ズシンと鳴らしながら傲然と歩き、壁と一体になったような玉座に腰を下ろした巨大な影は、魔王ディヴァン。その傍らに腹心、ヒューリーが直立不動で控える。他に護衛はつけていない。


「第六代魔王ディヴァン・クィービアヴァン陛下、ご入来」


 階段上の玉座で肩肘をついて、ディヴァンは拝謁する者を見下ろす。

 魔王城に滅多に顔を見せない大魔公レビーテを。


「――顔あげろ」


 ディヴァンは尊大に言い放った。その言葉に従い、妖艶なるレビーテは目線を上げた。

 供も連れずに現れたこの女は、第一位魔公爵の称号、すなわち魔界での最高の権勢と力を持っている紛れもない強者だが、ディヴァンは興味がない。


「楽しい提案があるって話だったな」


 レビーテは顔に笑みを湛えて、目だけ動かしてヒューリーを見た。

「ああ。面倒くせえ」ディヴァンがヒューリーに向かって頷くと、腹心は恭しく礼を返した。「拝謁者の発言を許す」


「ええ、陛下」

「言ってみろ」


「わたしと、第四位魔公爵ギジッツとが相争うことを許可していただきたく、参りましたの」


 聴く者を侵す甘い毒のような囁き声でレビーテが告げた。その声は実際に精神を支配する力を伴う。爵位も持たない下級魔族程度であれば、抵抗(レジスト)も許されず膝を屈するだろう。


「ふん?貴様らの間に、何かあったのか」ディヴァンは片眉をあげた。


「わたしの勘では、これから(・・・・)出来ますわ」


 上級魔族同士の戦いには魔王の許可を要する。ディヴァンが定めた数少ないルールだった。

 精霊憑きとなったあの黒ずくめの無精者は今、地上のはずだ。

 魔王の座に就くディヴァンは魔界を維持するため、軽々しく地上へ出向くことができない。”精霊憑き”とやってみたかったが、逃げられてしまった。自分が許可することでギジッツはルールを盾にレビーテとの争いから逃れる術を失う。争う経緯は不明だが、ディヴァンにとってもどうでも良いことだった。


「――ブワァッハハハハ!!いいだろう。退屈してたしな」


 謁見の間へと足を踏み入れてから、ディヴァンは初めて笑った。



 散開していた一団は大甲虫の突撃をいなした。

 速度はさほどでもないが、あの角に突かれれば、人体などたやすく貫かれ致命傷を負うだろう。エニシダの護衛人形(オートマトン)が守っているが、戦闘能力を持たない後ろの三人の身を案じながら戦う必要があった。そして甲虫の岩より堅い甲殻の前には、尋常の攻撃手段は通用しないと見てよさそうだ。ワギの持つ短刀や護衛人形の打撃は通りそうにない。攻撃に回れるのは、ギジッツ、クラジのみ。他に敵が来ないとも限らないので、ギジッツとクラジでこの敵に対処しなければならない。


 突撃を回避して、甲虫の背後に回る形になったギジッツは太刀を抜いた。シャン、と涼しい音色が石窟に響く。甲虫の死角から斬りかかるも、トゥアガーの槍のひとつがそれを阻んだ。火花が散り、ギャキン、と金属的な衝突音。槍がさらに一本、ギジッツ目掛けて続けざまに繰り出された。


「クソが!」


 二本の槍の連続攻撃をすべて逸らして攻撃を加えるだけの技量と余裕が、ギジッツにはない。槍と太刀が打ち合わされ、ガキン、ガキンと音がした。アンダーテイカーでも両断できない硬度だ。敵の三本の槍の、残る一本は笛を構えるクラジを狙っていた。クラジの「魔述」の効果範囲はまだ狭く、敵に接近しないと使えない。


「クラジ、回避に集中しろよ!」

「はいっ!」


 今のところ増援がくる気配はなかった。一番手柄に拘っていたトゥアガーの言動はミスリードではないらしい。敵の注意はうまく惹きつけられている。しかし、こちらも効果的な手が打てていない。

槍が厄介だ。一本でも無力化できれば有利になる。


「ワギ、クラジのカバー頼む!」

「心得た」


 ワギは素早く移動してクラジと敵の間に入ると、槍のひとつを受け流した。

 機を逃さず、クラジは甲虫に小さな袋を投げつけた。槍は袋を迎え撃って真っ二つにしたが、中に入っていた粉末が甲虫に降り掛かった。クラジが『演奏』をはじめる。

 初等魔述のひとつ、『発火(イグニト)』が起動した。粉は瞬時に発火点に達して燃え上がった。


「ギッ!!」


 高温にさらされた甲虫がもがいた。炎を浴びた甲殻の一部が炭化し、ごそりと崩れた。トゥアガーがほんの少し体勢を崩して、槍による連撃に隙が生じた。


「――もらった!」


 ギジッツは太刀を振り抜いた。甲殻に覆われていない関節を狙って、甲虫の手近な脚をひとつ斬り飛ばした。機動力を奪ってしまえば恐れるに足らない。


「相棒ッ!!」


 翅族の騎士が金切り声をあげた。


「相棒ッ!相棒ッ!相棒ッ!アイボウッ!!キサマが!!僕の!!」


 トゥアガーは甲虫から飛び降りると、甲虫の失った脚を庇う位置に立った。槍を手にギジッツと向かい合う。


「コロしてやる!!」


「やってみろよ」


 膨れ上がった、本気の殺意がギジッツに叩きつけられる。トゥアガーの眼が濁った光を発したかのようにみえた。


お待たせしましたー。

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