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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
二章 魔人と従者、勇名を轟かす
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大断崖 ~ 潜入

 綱の動きが止まって少ししてから、綱が一度強く引かれた。足場の確保を伝える合図だった。ワギが岩棚に辿り着いたのだろう。これから事前に打ち合わせた通り、クラジ、ルオビゴとプリマ、エニシダにギジッツの順で谷を下る。

 クラジが綱に体を預ける金具を装着しているさなか、


「ぎゃああーっ!!………」


 だしぬけに悲鳴が響き渡った。クラジが耳をびくりと震わせた。綱が素早く二度引かれた手ごたえをギジッツは感じ、その意味するところに警戒した。


「敵!?」


 綱の合図は、一度で到着、二度で敵襲、三度でのっぴきならない緊急事態。三度ならただちに綱を引き上げる。


「ワギさんがあんな風に叫ぶなんて」

「エニシダ、確認!」

「やっています」


 地上からは、ワギの携えた松明のオレンジの光がちらちらと踊っているように見えるのみ。生み出された“暗視くん”が谷を降り、ワギの様子を映し出した。足元に視線を向け、あたふたと片足で跳ねていた。見るからに慌てているが、何者かと交戦しているようには見えない。


「何だ?足元に…」松明の明かりを鈍く反射する動くものがある。


「おわ、でかいムカデ」


 ワギと対比して、その身長の三分の一はあろうかという百足がいた。動きはそれほど素早くはなく、魔獣というにはいささかスケールが小さいが、町中ではまず見ない大きさだった。足がわさわさと蠢くさまは気味が悪い。百足が谷の岩壁を地面と同じ速さで這い進むのを、ワギは騒ぎながら避けている。


「クラジ…、あれ平気?」

「あんま速くないんで、なんとか… 燃やしてきます」



「全員無事だな!ワギ、クラジもご苦労さん」

「ああ…」

「オレは大丈夫です」


 百足との熾烈な戦いを終えて、普段の物腰からは考えにくいほど取り乱していたワギは、落ち着きを取り戻していた。綱を三度引かなかったのは彼の意地なのだろう。

 六人は岩棚に降り立った。松明が取り付けられ、ところどころが苔むした岩壁が橙色に照らされる。大断崖の中は地上よりずいぶん涼しい。風が横穴を通り抜けるたびに、唸るような音が鳴った。

 炭化した百足の燃えさしを下に落とすと、数十秒あとに水音がした。確かに水が流れている。


「この底の川が…」

「そうだ。翅族の水場に通じている!」


 ルオビゴが威勢よく頷いた。

 “暗視くん”で探っていたエニシダが、平坦な声を出した。


「ここより下には、丁度いい足場が無さそうです」

「そう都合よくはいかねえか。弱ったな」


 背中の翅で飛べるプリマを除いて、対岸までは川を渡らなくてはならない。そのための船ないし筏は創造魔法で用立てるので、エニシダの集中が欠かせなかった。覚束ない不安定な足場では魔法の行使が少し難しい。


 足場の問題を解決すべく、中継地点の岩棚で休憩したあと、まず組が作られた。

 エニシダと、ギジッツ。クラジとワギ。

 片方がもう片方を背負って手早く崖を下るための組だ。ルオビゴとプリマは組になる必要はなかったが、プリマは”語り部”の傍を離れたがらなかったので、自然と組になった。クラジとワギが組むのは、足がかりになる楔の間隔を合わせるのと、万一ムカデが出た時にクラジが対応するためだった。

 今度はギジッツとエニシダが先行する。錘を付けられた縄が下まで垂らされた。


「しっかり掴まってろよ。うぐぇ」


 アンダーテイカーさんを背に負ったエニシダが、ギジッツの首に腕を回しておぶさった。片腕で従者の体重を支えながら、首筋と背中に体温を感じた。それはともかくとして。


「お゛い゛。ぞの掴まり方……!」


 気道が盛大に圧迫されている。

 首に血管の通っている人間なら十秒ほどで失神しそうな極まり方だ。たしかにがっちりと固定されてはいた。


「しっかり掴まってみましたが」

「ま゛あ、いいや゛…」


 ギジッツは従者を伴って絶壁を降り始めた。

 時折苔で足が滑りそうになったが、先ほどよりも楔を打ち込む間隔が広い分、かなり早く進んだ。


「ちょっ、あんまり揺らさないでください」

「おぶさってる分際で文句が多いぞ」

「好きで背負われてるわけじゃないのでー」


「…おっと、滑った」

 ほんの少し頭に来たので、手を離して二秒ほど自由落下した。

「ひゃああ!!」

「ワハハハハ!…ぐぇっ」


 大人げない行いに抗議するように首を絞める力が強まった。

 わーわー言い合っているうちに谷底が見えてくる。降り続いた雨で増水しているのだろう、流れは速いようだ。


「ここらでいいかな」


 ギジッツは固い岩肌に足を深くめり込ませ、二人分の体重を預けられるだけの余裕を確認すると、綱から手を離して両手で従者を支えた。両腕の自由になった従者が念を凝らし、創造魔法が行使される。ほぼ垂直に切り立った岩壁に係留する筏がギジッツ達の真下の水面に浮かんだ。

 岩壁から足を離したギジッツは筏まで下りた。次に降りてくるルオビゴ達に松明で合図すると、従者から太刀を受け取った。船に弱いワギは、念のため最後の順番に回している。


「よし、サクッと渡っちまおう」


 ここまでで、まだ全行程の半分だ。潜入してからもぼやぼやしていられない。



 やがて夜は更けて――星と月は水平線に隠れて、しかし太陽も顔を出さない、すべてが青に染まる未明。


 勘が告げた。はたまた、それは彼女自身の魔法によるものか。

 どこから忍び込んだものか、巡視の虫どもからの報告はなく、侵入者を知覚できたわけでもなかった。確たる証拠は何もない。勘と、無意識下で行使される魔法との区別は付け難かったが、レビーテはそんなことには拘らない。


 レビーテに属する領域になにものかが侵入した。その直感、ただそれだけで彼女が行動を起こすに十分だった。


 彼女の想像通りならば、現地調達した、血を与えた程度の虫の近衛では少々役不足の相手だ。けれど、まあ、撃退とはいかないまでも時間稼ぎ程度にはなるはず。果たして間に合うだろうか。


「退屈凌ぎになるかしら」


 あのとき追ってくるな、と釘を刺したが、ほんとうはこうなることを望んでいたのかもしれない。少々、来るのが遅かったが。レビーテは口の端を吊り上げると、意識を地上の分身体から引き剥がした。



 大断崖を渡り、地下の天然の洞穴へ入ったあたりで、さすがに休息をとった。全員の疲労の色が濃い。ここまでの道のりだけでも、人間にはかなりの強行軍だったことをギジッツも理解している。


 目的はアケイロンの奪還。だが依然として居場所がわかっていなかった。

 こちらには翅族プリマと語り部のルオビゴがいる。翅族と接触すれば、ギジッツの『拒絶』でレビーテの精神支配から自由にすることで情報を引き出せるかもしれないが、その目途が立たない場合の方針を決めておかなくてはならない。

 方針はすぐに決まった。他に取れる選択肢がなかった。

 すなわち、レビーテを叩く。

 そちらの居場所は見当がついていた。


「おそらく後宮にいる!!」


 ルオビゴは疲れを感じさせず、手振りをまじえて熱弁した。


「奥の院、という奴もいる!ともかくも、そこが統一女王のおわす処だ。その不遜な魔族であれば、女王の玉室を占拠するものと思われる!」


 いかにも、らしい(・・・)。ギジッツは苦笑いした。レビーテがアケイロンと共にいる可能性も十分考えられた。玉室に連れ込んで何をしているかも、想像に難くない。


「問題がひとつ、ありますね…」


 エニシダが深刻そうな顔を作り、重々しく言った。円座する一同の視線が彼女に集まる。


「奥の院は、高地の頂上なのですよね?この地下から、そこまで…」

「うぇぇ!そっか」


 おどろおどろしく語ったのをきいたクラジが頭を抱えた。降りるだけでも一苦労だったが、今度はその倍する距離を上らなくてはならない。顔を落としたクラジの、落ちくぼんだ目の下の隈が濃い。


「心配無用!あるていど進めば、地下茎を行き交う根走り(トロッコ)に乗っていけるぞ!」

「トロッコ?」

「運搬に使われる使役虫だ。なかなか速い!」

「へー」


 エニシダはほっと息をついた。翅族の支配圏には、地上でもここにしか無い、面白そうなものがある。


「むッ、虫!百足はもう御免だぞ」

「連結しなければ、百足にはあまり似ていない…と思うが。まあ、心配するな!」


 ワギが異様におびえた顔を見せ、ルオビゴがそれを宥めた。

 プリマは蜜の入った椀を手に、じっと見つめていた。


カゼぎみです。のどがいてえ。

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