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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
序章 魔人と従者、魔界を発つ
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vs.魔王

 魔界の法はシンプルだ。

 ギジッツ様は本物のアホですね。よくそう言われる俺でも覚えられる。

 原則は二つしかない。


 一、力が全て。下剋上、上等。

 一、最強である魔王の命令は絶対。


 アホの俺にも矛盾してるとわかる。

 だが実際に力でもって魔王に逆らったり、下剋上を目論む魔族は少ない。

 上に立つのは、席を奪い合い勝ち残ったまぎれもない強者なのだから。


 魔王含めたトップ5に入る魔公爵様ともなれば、雑魚にケンカをふっかけられる事もそうはなくなる。

 現に魔公爵となって二百年、俺はくだらない争いには巻きこまれなかった。

 ボッチとかそういうのではない。


 原則とは別に、上級魔族同士が争う場合は、一応、魔王に事前に届け出るように、とのお達しがある。

 楽しそうなケンカなら魔王がちょっかいをかけたり、レジャー感覚で観戦したりするためだ。


 この命令に限らず、魔王に逆らった場合、気分次第で魔王直々に制裁に乗り出すことがある。

 法を破ったペナルティも規定されていないので、本当に気分次第だ。

 力が全てと第一条にある。弑逆に成功すればそれでよし。

 さもなければ…


 魔王命令で運動に付き合えと言われたら、実質選択肢はない。


 運動だ。戦闘じゃない。そう。あくまで遊び。




 ……ガゴゴゴォォ……ンンン………


 轟音が重く響く。


 荒廃した大地がわずかな時間、揺れる。


 流星が墜ちたような(クレーター)ができた。

 割れ砕ける大小の岩石が大量の土砂を巻き上げながら舞い上がっていく。

 爆心地近くにいたためモロに岩を浴びた。ダメージはないけど。


 「クソが!!殺る気じゃねーか!!」


 悪態をつく程度の余裕はあったが、余所見をしていたせいでややシビアなタイミングでの回避になった。

 直撃したら、『力学の拒絶』張っててもブチ抜かれてた。


 「『魔王さまお戯れパンチ』を見切るか!!!!

 ブワァッハハハハッハ…ハッ…ゲェーッホ!!!!!!!

 ゴホッ!!!

 ウェーーッホ!!!!」


 周囲に濃く立ち込めている砂埃が魔王の笑いと咳で吹き飛び、一気に視界が開けた。


 間合いを取って走る。魔王ディヴァンは咳をしながら俺に併走しつつ、その目は油断なくこちらを窺っている。

 隙を見せれば即座に追撃が飛んでくるだろう。


 魔族の肉体には寿命がない。

 いわば半不死。精神が肉体を超克し、存在を維持する魔法が常に働いている。

 この世の理の外にある生物。


 ただし、心が折れれば死ぬ。

 あるいは魂の充足――平たく言えば心からの満足感を得られれば死ぬ。


 長く生きる魔族は、それだけ尽きることのない欲望や渇望に突き動かされている。


 魔王ともなれば言うに及ばず。


 戦いへの意志に満ち満ちた眼差し。

 過去には穏健派魔王もいたらしいが、目の前のおっさんはクソバトルジャンキーだった。


 ブワハハハハハ!!!笑いながら手頃な大きさ(馬一頭程度)の岩を掴んでは投げつけてくる。


 岩を受けとめたり、避けずに食らってもダメージはないが、慣性を殺しきれないで吹っ飛ばされるだろう。宙に浮いた瞬間、拳か蹴りか頭突きか何か仕掛けてくる。

 避けるのは面倒だ。こっちも岩の破片を蹴り返す。

 岩と岩が空中で衝突し破片がまき散らされた。


 そうだ、このまま逃げちゃえ。

 岩投げの応酬をしながらそんなことを考える。

 ランニングも立派な運動じゃん?

 魔王はエニシダには手を出さない。

 ギリギリ逃げきれなくはないだろう。あ、でも腹いせに城をオブジェにされそうだ。

 廃墟の二歩くらい手前とはいえ一応は大事な住み家。

 どうしよう。



 …ふいに笑いが止んだ。



 「準備運動はぁ、もういいなっ!!!!」



 ぞわりと悪寒が走る。時間が鈍化する。

 十分距離を取っていたはず―――うん、それどころじゃない。

 ヤバイ。

 これはヤバイ。

 もう回避は間に合わない。本能が警鐘を鳴らす。



 ギジッツの目と鼻の先に”出現”した魔王、その右拳に力が集中する。

 ミシッ、ミシッと音を立てながら上体を捻り物理エネルギーを蓄えている。引き絞られた強靭なバネ。

 分厚い上体の陰になってギジッツからは拳が直接見えないが、虹を凝縮したような複雑な光が漏れ出て空気を歪ませている。

 王者の圧力。



 暴威は解き放たれ……


 空気が割れる。



「フンッ!!!!!!」



 インパクトの瞬間、ギジッツの黒衣が眩く輝く純白に変じた。


………

……


 手ごたえがなかった。

 熱も音も光も。

 何もかもを砕く拳が…確かに当たった。

 魔王ディヴァンの自信に溢れた表情がほんの一瞬、ほんの少し、崩れる。

 そして破顔した。

 ギジッツの衣は元の黒に戻っている。


 …そこで、時間切れを悟った。高揚した気分が沈む。


「……ディヴァン閣下」


 低い声。上空から第三者が降り来る。


 ギジッツは胸をなでおろした。

 同時に憤りがこみあげる。何やってんだお目付け役。


「来るのが遅ぇ!!…ですよ」


 憤っているのは魔王も同じだった。

 つまらなそうに鼻を膨らませ、大量の空気を噴出した。


「ハンッ。思ったより早かったな」


 だがこの場で最も怒っているのはこの第三者だろう。


「わが君……戯れが過ぎます」


 相対する者を射殺すような視線をまっすぐ魔王に向け、低い声で告げる。


 帝王の腹心。

 背丈はギジッツとそう変わらない。荘厳な彫刻を思わせる引き締まった体躯。

 ただしその男の風貌は底知れない怒りの気配と相まって、悪魔としか形容しようがなかった。

 大魔公(デュークス)ヒューリー・ジストラゴ。


「護衛も無しにわたしの目の届かぬ―――」

「あーあーあー。説教はいらん。全部わかっとる。きさまの小言は聞き飽きた。なあ、それより今いいところだったんだよ。もう少し遊びたい」


 怒気を叩きつけられて尚、魔王は平然と耳をほじりながら駄々をこねたが、ヒューリーは取り合わず恭しく一礼する。


「…興がそがれた。また今度な」


 ギジッツに背を向け魔王はずしり、ずしりと歩き出す。

 クソが。二度とご免だ。

 ヒューリーは振り返らず目のみを動かしてギジッツを一瞥し、黙って魔王に付き従った。


 そのまま三頭翼竜にまたがって暴虐の化身は去っていった。

 静寂が辺りを包み、破壊の跡だけが残った。

 ボロ城はなんとか無事だったようだ。


 ぱち、ぱち。


「さすがはギジッツ……様」


 遠巻きにのんびりと寛いでいたエニシダが、適当な拍手とともにやって来る。


「…はぁ…」


 あのおっさんの遊び相手は大魔公(デュークス)くらいでないと務まらない。

 これまでのらりくらりとやり過ごしてきたが、精霊憑きになったことで本格的に目をつけられたな。

 クソ。


「あ、金せびるの忘れた」


 上級魔族自ら地上に出向くには魔王の許可が必要。

 無視して絡まれるのも嫌だったが、むこうから絡まれたら結果は同じ。前途多難だ。


 ちゃんと届け出ていれば地上の通貨を貰えたかもしれない。

 今から改めて魔王の下に参じたら、「運動」の続きが始まるのは明白だった。


 このまま行こう。


 …文無しからのスタートになった。

 も、元からそのつもりだったし。



ギジッツさんから仕掛けないで防戦一方なのは、魔王にカスリ傷でも負わせるとヒューリーさん激おこだからです。

ちなみにガチバトルならボッコボコにされて負けます。

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