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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
二章 魔人と従者、勇名を轟かす
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二人組②

 獣人族の男が上半身を起こし、すんすん鼻を鳴らした。その腹がグウと鳴った。


「これは…ここはどこだ!?」


 男は呆然と呟きながら鍋に目を向け、彼の方を見ていた四人の顔をかわるがわる見た。次いで、傍らで横になっている翅族を振り返ると、ほっと溜息をついた。


「おはようさん。スープいる?」

「あ、ああ…助かったのか!?…礼は……いつかする。すまんが、頂こう!」


 意識ははっきりしている。言葉も通じるようだ。

 エニシダが椀にスープをよそって配りながら、一人ずつ簡単な自己紹介をした。


「俺の名前は、ルオビゴだ。ここは、砂漠だな!」

「そう。なんで砂漠の真ん中で倒れてたのか、教えてもらってもいいか」


 ギジッツはスープに口をつけた。温度は感じるが、味はわからない。

 食前の祈りを済ませたエニシダもゆっくり食事を始めた。クラジはひと言頂きますとだけ言い、匙でスープを口に運んだ。ワギは湯気の立つスープを口で吹いて冷ましながら黙って食べ始めた。

 ルオビゴと名乗った男もごくりと喉を鳴らして、椀から直接ズズズとスープを啜った。


 ―――獣人たちの顔が、ほぼ同時に、三者三様に奇妙に歪んだ。


「これは…ええ、その、なんというか…個性的…な」

「……食える」


 クラジとワギはいったん手を止め、それぞれ感想を口に出した。ワギの簡潔な一言が感想と言えるかはわからない。クラジからは表情を取り繕おうとしている努力が見て取れるも、耳が力なく垂れている。ルオビゴは表情をやや曇らせながらも黙々とスープを口にしていた。

 エニシダはひとり喜色をたたえた顔だ。


 ギジッツはなんとなく察した。


「……そっちの翅族の人には何か、別のもん用意するか」


 不慣れな様子で匙を手に具をかっこんでいたルオビゴが顔をあげた。


「ああ!もし、あればだが…そいつは蜜が主食だ」


「そっちの人、名前はなんてえの?」

「無いっ!」

「ない」

 ギジッツは復唱した。

「ちょっと呼びづらいな」

「強いて言えば…そうだな。プリマ・ノーヴェ…プリマ。プリマで良い」

「プリマか。可愛い名前じゃん」

「名前ではないぞ!」


「ルオビゴさん。貴方がたはどうしてこんな場所に?」


 エニシダが早々に食べ終わり、椀を置いて訊ねた。

 ルオビゴの椀もちょうど空になったところで、彼は椀を差し出しながらいった。


「…俺たちは、察しの通り、逃げてきた!奴等……あの二人(・・)からな。もう一杯貰えるか!?」

「ふたり?」



 『翅族の支配圏』に姿を現したという二人……

 ルオビゴの語ったあらましを、ギジッツは整理した。


「つまり、あんたらの統一女王がそいつらに殺された、と」

「だいぶ端折りましたね。理解できてますか?」

 エニシダがすぐさま突っ込みをいれた。

「もももちろん?」


 『二人組』、男と女のペアは当初、翅族の支配圏に客として迎え入れられた。

 武装しておらず、なにより少人数だったからだ。


 一般的に語られる翅族のイメージでは、その支配圏に迷い込んだ人類は、彼らの階層支配の最下級に位置づけられ、奴隷としての労役を強いられる。そして人類の領域に戻ることなく一生を終える。だが、ルオビゴの語った実態は大いに異なった。


 ルオビゴは自身を”語り部”の一族だといった。


 語り部とは、まつろわぬ民。人類が「公式に」この大陸に渡る以前、古くから、翅族とともにあることを選んだ亜人の一党なのだそうだ。定住せず、砂漠地帯周辺を渡りながら、竜虎連合や人類の国家群が認めない歴史を語り継ぎ、また翅族たちと意思疎通ができる唯一の部族でもあった。


「翅族の会話は、ある種の芳香によるんだ。音声会話も少しはできるが、人類のそれとは異なる発声器官をもっていて、『歌』をうたう時くらいにしか使われなかったらしい!」


 『歌』とは、求愛行動だとルオビゴは補足した。


 いまだ目を覚まさない、ルオビゴと共に落ち延びた翅族プリマ……プリマ・ノーヴェ……は、次代の女王候補の一人なのだという。


 翅族が統一女王を頂点に戴く階層社会を築いているのは事実だが、外敵に対する備えである戦士階級、民の大部分が占める労産階級に大きく区分されており、その差は体を形作る食餌だ。戦士階級も有事の際を除いては生産活動に従事する。

 人類社会でいわれているような、「外」から攫われるか、迷い込むかして苦役を課せられる奴隷階級は存在しない。労産階級はそれぞれの職能ごとの細かい部門に分かれ、食料生産や建築、”語り部”を窓口として他種族との文化交流をはかる部門などがある。


「あの、工匠の町ミッドイェッドの名高い『ミッド細工』ってもしかして……」

「翅族のもたらしたものだろうな!」


 クラジの質問に、ルオビゴはあっさりと頷いた。


「翅族からは主にそうした工芸品。翅族への見返りのなかでは、人間のつくる『物語』が好評を博しているぞ。近年の主な交易品は美術品のほかには、なんといっても本らしい!古くは吟遊詩人が語り部に雇われていたそうだぞ」


「うわあ… オレ、知ったらまずいことになりそうな話を聞いてる気がしてます」

「今さらだろ。言いふらさなきゃ平気だって」

 獅子族の事情にかなり深く突っ込んでいるのに、何をびびっているのか。

「まあ、そう…ですけど」


「もういちど聞きたい。客として迎えられた二人というのは、何をしたんだ?」


 ワギが、すっかり冷めたスープを一息に飲み干して問うた。聞いておきたかったことをワギが訊ねてくれたので、ギジッツは心の中でワギに喝采をおくった。


「さっきも言ったが、俺もわからん!ただ、プリマ(こいつ)を逃がすように言われた……あれは内乱だな!」

「内乱?」

「……突然、統一女王による支配を、覆そうという動きが起こった。あんまりにも急だった。戦士階級の一部、あるいは相当数が賛同したらしい。考えられん!!あの客が、なにか妖しいわざを使ったとしか……」

「女王候補の身にも危険が迫り、外部に逃がしたということですね」

「俺はよく、外と中を行き来してたからな。客も、内乱のこともよく知らなかった」


 二人組は、レビーテと、アケイロンだ。ギジッツは確信を深めた。

 内乱を起こしたのはレビーテの仕業だろう。

 

「これから、あんたたちはどうする」


 ワギの問いに、ルオビゴは三杯目の入った椀を置くと、腕を組んだ。


「あてもなく飛び出したからな…… 追手がかかると思って、裏をかくつもりで砂漠に入ったんだが、見事に失敗して、あのざまだ。困った!」


 用意もほぼなしに砂漠越えを試みたのは無謀というほかないが、怪我の功名というべきか、確かに追手の姿は無かった。ルオビゴは気丈に振舞っているが、実際、かなり切羽詰まっていたのだろう。


「翅族の支配圏から来たんだよな?」

「その通りだ。竜骨大橋を渡って大断崖を越えてきたぞ!」

「俺達、実はそっちに用があるんだわ。多分、その二人組に」

「……なにっ!?」


 ルオビゴが狼狽して立ち上がった拍子に、尻尾が翅族プリマを撫でた。体を震わせたプリマが両手で身を起こし、頭を振った。装身具がシャリン、シャリンと涼しい音をたてた。


「あ」


 プリマの瞳孔のない大きな眼に炎と、彼女を囲む四人の顔、ルオビゴの背が映った。照り返しで甲殻が輝き、その輪郭が小刻みに震えた。


「お、起きちまっ―――」


 敵に囲まれているとでも思ったのか、プリマはびくりとして、ルオビゴの背後に素早く身を隠した。彼女本人に関していえば好戦的な性格ではなさそうだ。ルオビゴの外套を掴み、顔だけをひょっこりのぞかせながら装身具をちりちり鳴らして、震えている。


「やたらと臆病なやつでな…寝ててくれた方が、都合が良かったんだよなぁ…」


 四人はそれぞれ顔を見合わせた。

 ギジッツが目で合図すると、心得た様子の従者が空の椀を手に取って、ふうと息を吐き出すや否や、ぼうっと仄かな光を放って、椀からとろりとした蜜が湧き出した。


「とりあえず、彼女にこれを」


 差し出した椀をルオビゴが受け取ると、中身を確認して目を見開いた。鼻を鳴らし、指ですくい取って一口舐める。


「蜜だ!どこから…あんたらは」

「その話も、追い追いしよう」


 ルオビゴは体を屈めてプリマに椀を手渡した。小さな口が開いて、蜜を舐め始めた。彼女も体力を消耗しているはずだ。これだけで警戒が解かれるとは思わないものの、少なくとも敵でないと認識してもらえればいいが。


 しかし、蜜は創造魔法で再現できるのか。


「なあ、今度から、ちゃんとした料理を”魔ほ”…」


 ギジッツは言いかけて、止めた。どの道エニシダが創造すれ(つくれ)ば、味も彼女がイメージしたものになる。手料理だろうと魔法だろうと出来はそう違わないだろう。むしろ、魔法のほうが悲惨な結果になってもおかしくない。


「何か?」


 口に出してはいなかったが、仕草から心中を読み取ったように、従者がじろりとギジッツを睨んだ。クラジはややきまり悪そうに、ワギは我関せずと目を逸らしている。


「すいません、何でもないです」

「ぜひ忌憚のないご意見をお聞かせ下さい。さあ」

「ごめんて!」


「何なんだ、あんたらは一体」ルオビゴが当惑した調子で言った。


お待たせしましたー。

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