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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
二章 魔人と従者、勇名を轟かす
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モンスターハント

 ギィンッ―――

 シァホの背後で、闇の中に青白い電光を瞬かせる爪と、白銀の刃が打ち合わされた。

 ィン…ィィン…音が峡谷に反響する。シァホは恐る恐る振り返った。

 黒雲母豹の爪を受け止めた剣の持ち主、甲冑を纏った男の足元からは砂煙が上がっていた。魔獣と人間の力比べは拮抗していた。男は片手剣を右手に、刃を左腕の甲冑で支えている。火花を散らし、金属音をたてながら、鋼鉄に匹敵する硬度の爪と、魔法の剣の鍔迫り合いが続く。


「シィィィ……グォオオアアアッ!!」


 黒雲母豹が威嚇的に吼えた。

「ちっ」

 側面に斬り込もうとしていたケストナーを押し留めるように、斑点が魔獣の体表に電光を迸らせる。

 魔獣の両のまなこは凶暴な性質を隠しもせず、甲冑の男と、その背に守られる形のシァホを射竦めた。虎に睨まれた兎よろしくシァホは震え上がり、尻餅をついた。

 模様を明滅させながらぱちぱちと鳴っていた魔獣の体表が、ふっと、闇に溶け込む漆黒に沈んだ。


「離れろッ、まずい!!」


 臨戦態勢で魔獣の出方を窺っていたケストナーが警告した。

 シァホの膝は笑っていた。尻を地面についたまま、手足を使って不格好に後ずさった。

 鍔迫り合いはまだ続いている。徐々に、剣が爪を押し戻し始めていた。

 チッ……ジジ…バチッ。

 これは。シァホは息の詰まるほどの恐怖に襲われ、後退しながら目を瞑った。

 黒雲母豹を彩る斑模様が一際大きい閃光を発した。

 次の瞬間、


 爪を起点に、局所的な雷が放射された。



 魔法とは――この世の法則を超えたところにある力だ。

 白紙に文字を書きつけるように無から有を生み出す。

 また、既に何かが書かれていようとも、望むままに書き換えられる。空想(イメージ)が現実を改竄する。


「バイス!!」


 ケストナーが悲痛な叫びをあげた。

 一体何だというんだ。

 黒雲母豹(ギランパルド)が稲妻を放った。ただそれだけ(・・・・・・)じゃないか。相手が雷を操る黒雲母豹だと言ったのはケストナーだ。バイスはその言葉に従って耐電の魔法鎧を召喚したのだから、無事にきまっていた。

 ああ、でも、そんなことを説明してる時間は無かったな。ケストナーが慌てているわけがようやく飲み込めた。


 魔獣の前肢の力が緩む手応えをバイスははっきりと感じ取り、チャンスを見逃さなかった。

 腕により一層力を込める。魔法甲冑が増幅した筋力が魔獣の膂力を上回り、剣が横薙ぎに振り抜かれた。人間の血に濡れていた黒い体毛が裂かれ、魔獣の鮮血が飛び散る。


「ゴアオオオォウッ!!」

「はっ…ははは。あッははははは!!」


 バイスの口から笑いが溢れ出した。こんなものか、戦いとは。


 いや――蹂躙か。

 おもしろくてたまらない。


 研鑽を積んだ冒険者のパーティですら苦戦し、命がけで討伐するという黒雲母豹も、初心者(バイス)に軽くあしらえる程度の敵でしかなかった。実のところ鍔迫り合いをする必要もなかった。”魔法”を重ね掛けして膂力を強化すれば、たやすく黒雲母豹の爪を跳ね返せる確信を得ていた。


 ぼたぼたと血を零し、呻きながら黒雲母豹が飛び下がった。


「お、お前、ぶ。ぶじ、平気なのか」


 バイスの背後、庇う格好になった蛇鱗族が声をかけてきた。驚愕の視線、なのだろうか、蛇鱗族の表情をバイスに見分けられるはずもなく、凝視されても不快でしかない。ケストナーはひと目で女だと見抜いていたが、声をきいて、ようやくそれを納得した。


「あたりまえだろう。何を言ってるんだ?」


「――呆れたな。バイス、仕留めろ!必要ならフォローする」


 ケストナーは黒雲母豹の方を向いたまま、動きを警戒しつつ、その死角へと移動していた。


「やれるところまで、このままやってみますよ」


 手を出すなとは言わなかったが、バイスは自分が止めを刺すつもりで駆け出した。

 魔獣が呻きとも吠え声ともつかない声をあげた。黒雲母豹はもはや、蛇鱗族はおろか、ケストナーにも注意を払っていない。その目線はバイスだけに注がれていた。脚をひとつ潰したことで、黒雲母豹の強み、本領である立体的な機動が死んでいた。

 バイスは「加速」する。

 移動の速さのみならず思考速度も上がった。周囲の世界がのろくなった。音声までも遅れるようだ。体を動かすのに、水の中にいるようなまとわりつく抵抗感がある。それでも意思を強く持てば、手足はついてきた。


 振り回される爪を掻い潜るように、前のめりに魔獣に肉薄する。

 そして空を切った、無事なほうの前脚めがけて剣を振るった。

 まったくでたらめな剣筋だが、精霊による”魔法”の剣に今の膂力が乗っていれば、そんなことは関係なかった。刃は敵の前脚を斬り飛ばし、血が、剣を追いかけるように噴き出した。

 鈍化した時間の中、いまのバイスの極度の集中を以てすればしぶきの一つ一つも見分けて数えられそうだ。それでも返り血すべてを避けきるには至らず、胴鎧がいくらか赤黒く染まった。


 魔獣が吼える。斑点がちかりと弱々しく瞬いたのを最後に、光が全て消えた。

 だがそれは、先ほど見せた攻撃の予備動作ではなかった。夜の闇をうつしとったような黒い体躯は、月の明かりすらない宵闇によく馴染んでいた。黒雲母豹は、全身のバネでバイスから飛び離れ、背を向けた。


 逃がすまいとケストナーが駆け出した。

 バイスにも逃がす気はない。

 そして、一撃では終わらせない。人喰いの魔獣に思い知らせねばならない。


 跳躍しようとする魔獣の横にするりと回り込み、加減して、刃先を浅く毛皮に沈め、切り裂く。畳みかけるように斬撃を見舞う。一太刀浴びせるごとに血飛沫が舞った。黒雲母豹(ギランパルド)が吼え、巨体を地面に投げ出し転げ回った。血溜まりが地面に広がっていく。もう、「加速」も必要ない。バイスは痙攣する魔獣から距離を取ると改めて背後に歩み寄った。ケストナーの唖然とする顔が目に入った。

 剣を無造作に振り下ろす。魔獣の後ろ足が胴から離れ、地面に転がる。バイスが切断面を蹴ると、それに合わせて黒雲母豹がギャンッ、ギャウッと喚いた。傷口から噴き出す血で鎧が汚れてしまった。


「ふうっ―――」


 終わった。

 あとは放っておいても失血死するだろう。

 魔獣も痛みを感じるようだ。ひとおもいに楽にしてやることもない。

 ケストナーが剣を鞘に収めてこちらに歩いてくる。

 波が引くように昂揚が醒めていった。血溜まりは広がり続け、魔獣もいつか事切れていた。


 バイスはいまだ甲冑を身につけていた。

 残るは、へたり込んで震えている蛇鱗族の女盗賊の処遇だ。



「っひ……い…」


 まともに呼吸ができない。シァホはヒュー、ヒューと息を浅く吸い、吐いた。

 恐怖心が全身の隅々にまで満ちて、支配していた。身じろぎひとつさえ自由にならない。

 甲冑の男が体ごとシァホに向き直った。兜の中の表情はわからなかった。

 部下はみな、死んだのか。いや、すでに退却命令を出していた。

 生き残っていたとしてもこの場には一人もいない。

 シァホは人を見る目はあるつもりだった。そうでもなければ、蛇鱗族とはいえ、腕力に劣る女の身で、荒くれどもを押さえつけてトップに立つことはできない。

 その直感が告げていた。


 この男は、魔獣に対してみせた酷薄さを、自分にも向けるだろう―――


「……ぇて」

「何だって?」


「った、すぇて」


 男……バイスと呼ばれていた……は、横に立つケストナーの方を向いた。


「僕ら、殺されてたかもしれませんよね。盗賊に」

たまたま(・・・・)黒雲母豹と遭遇したせいで、そっちと戦うことになったが… そうじゃなければ、殺し合いになっていただろうね」

「この国では、盗賊はどうするんですか?」


「ころ、おねが……殺さないで」


「竜虎連合の取り決めでは、検挙された盗賊は罪状を調べられる。現行犯は即、投獄される。こういった場合は…何とも言えないな。盗賊との交戦のさなかに殺してしまっても罪には問われないが」


「そうですか」


 ぞっとする声色。その言葉にはシァホの運命を左右できる自覚と、つまらなそうな響きだけがあった。命を奪うことに躊躇いを覚えている様子もない。シァホは気が遠くなりそうだった。


「おい。殺しは…」


 ケストナーが言いかけて、バイスは首を横に振った。

 だが、シァホの胸中に安堵は無い。


「お前が僕達に近付いたのは、魔獣の囮にして自分だけ逃げるつもりだったんだろう?まあ、それ自体は、そこまで責められたことじゃないかもしれないけど――」


 バイスが、掌をかざした。


「――気分が悪い。罪を悔いろ(・・・・・)


 その言葉とともに、シァホの体は凍りついた。



 直剣が光の粒になって消えた。

 魔法の甲冑が頭から順にバイスの体から剥がれて、宙に浮かんだ。分解した時と同じように部品がひとりでに集まり、装着者のない全身鎧が組みあがると、眩しい光を放った。光が消えたあと、そこにはもう何も無かった。


「どういう事だ?これは」


 ケストナーはバイスに問うた。盗賊は石像になったように固まっている。


「殺してませんし、死にませんよ。反省(・・)するまでこのままですが」

「それは……」

「僕が許すか、心から罪を悔いたとき、勝手に魔法は解けて息を吹き返します。そう設定しました」


 剣と甲冑といい、そんな魔法の存在も聞いたことがなかった。


「もっとも、僕には許す気なんてありませんけど」


「わけがわからないな。精霊憑きというのは」


 ――この若い「勇者」の卵は危うい。

 ケストナーの見たところ、根は悪い人間ではなさそうだった。だが、それだけだ。

 心の内は測り知れない。バイスはほとんど自分の事を語らなかった。


 道行きを共にすることを決めたのは、目的を共有する以上に、この男を誰かが見ていてやらなければいけないと思ったからでもあった。ケストナーがその役を負えるかどうかも定かではなかった。柄でもない。何かの導きで出会ったなどと、夢見がちな年頃でもなかろうに。


 盗賊の身柄はここに置き去りにする事にした。身なりから見て、頭目か、少なくとも幹部級。

 わざわざ町から二人を追ってくるとは考えにくいため、この付近にねぐらがあるのだろうが、情報は適当な町についてから流せばいい。盗賊に施した私刑に近い魔法のことなど、説明しにくいことが多かった。


 それから冒険者らしく黒雲母豹の耳を削いでおいた。

 耳は討伐の証明になり、依頼が出ていなくとも討伐等級(ランク)に応じた報奨金が出る。すでに依頼が出ていた場合、規約により報酬の半額を受け取ることもできる。揉め事の種になるため、横取りは嫌われているが、ケストナーが最後にギルドに立ち寄ったとき、一帯に黒雲母豹の出没情報は無かった。おそらく横取りはしていない。

 高ランク魔獣は血も売り物になるのだが、価値があるのは生きているうちに限られる。それに、高価な採血の道具は貸出で済ませる冒険者が多く、ケストナーも持っていなかった。


「では…、野営地を移すか。魔獣の死骸と添い寝する趣味はないだろう」


黒雲母豹くん、バイスの瘴気につられてのこのこやって来てます

(魔獣は瘴気の濃い場所を好む)。

この場に瘴気を感知できる人がいないので作中で説明挟めませんでした。

という補足だったのさ。


シァホさんは加入しませんでしたが、バイスパーティもいずれ人数増えます。

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