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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
二章 魔人と従者、勇名を轟かす
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勇者の号

 体の弱い人間なら「風邪」でもひいたかもしれない。雨に打たれながらそんな事を考える。砂地を歩いて先行した馬車に追いつく道すがら、アンダーテイカーさんと話をした。そこで、どうせいつかバレるだろうし、アンダーテイカーさんを通して広まることはまずないからと、魔族の素性を明かしてみたのだが。


(((それは……あるじ殿……いや。何でもない)))


 若干引き気味な思念と、可哀想な人に向ける類の生暖かい感情がビシバシ伝わってきた。


(((かつて、某の二代前の持ち主であった少年が、同じことを言っていたぞ)))

(それ、フォロー……なのか? ていうかマジだから。マジモンの大魔公だからね)


 いつだったか、ムダ知識の権化、大魔公メスから聞いたのを思い出した。『魔族』を自称し始める、地上の一部の少年少女に特有の疾患があると。闇の人格が芽生えたり破壊衝動を抑え込むのに苦労したりするそうだ。どうやらその同類と思われているらしい。言うまでもなく、いい年こいた大人(の外見をしている者)がやっていれば、少年に輪をかけてイタい。


(((わかった、わかった。そういう設定なのだな。某は尊重する)))

「クソが!」

(((そんな事よりも、実のある話をしよう。そうさな、あるじ殿の”勇者の号”について教えて頂きたい)))

(何それ……号?)


 どこかで聞いた覚えがある。あれか、確か、精霊が「定着」すると、この左目に映ってる金の不定形の光が安定するとかいう。その形が意味を持っているとか。精霊憑きになってからかれこれ三週間は経ったが、いまだにその兆しもなかった。


(((なに?)))

(あ、今のは伝わったのか。まだ定着してないみたいなんだよ、俺の”精霊”)

(((あれだけの精神質量を持っていながら…? ばかな)))

(だから言ってるじゃん、上級魔族だって)


 行く手に馬車から降り立つ二つの人影、小さいほうの影が手を振るのが目に入る。もう地面は凍っておらず、雨の勢いも弱まってきていた。


「お疲れ様でしたー…うわ、びしょ濡れっていうか、凍ってません!?」

「ふぇ…っくしゅ!」


 ワギが見た目に似合わない可愛らしいくしゃみをした。鼻先をこすりながら鞘をこちらに差し出すのを受け取り、太刀を収めた。クラジに言われて気づいたので、黒衣の袖にまとわりついていた氷の欠片を振り払っておく。


(じゃ後でな)

(((あっ、こら、まだ話)))


 柄から手を離したことでアンダーテイカーさんとの思念会話も途切れた。


「エニシダは――…」


 中で寛いでるのか、と続けようとして、ギジッツは馬車よりいくらか先でしゃがんでいる従者の姿を見つけた。一人だけ、魔法で生み出したのだろう傘をさしている。

 従者がこちらを向いた時、その足元に横たわる影に気づいて目をやった。


「それがですね…」クラジが困ったように耳を左右に揺らす。「行き倒れた人を見つけちゃいまして」

 ワギが頷いて追従する。

「人間と、翅族と思しき二人連れだ」

「……はあ?」


 意味がわからない。砂漠に雨、だ。



 バイスは、『勇者に会う』という目標を共有した、宿場町で出会った冒険者ケストナーと行動を共にする事になった。


「では湾港都市ニ・ビシニナにも居ない…と」


「僕は大陸を渡ってすぐに町を出たので、来ていないとも言い切れませんけどね」


 ケストナーによれば、黒衣の勇者とその一行は既にフォファガ・ロアンを発ったあとだった。向かった先の情報は持っていない。何か目的を持って旅をしているらしいことだけは判っている。ケストナーは、勇者が冒険者の資格を持っていなくとも、治癒魔法士が常勤するギルドに立ち寄る確率は高いとみて、宿場で聞き込みをしながら、ギルドが支部を構える町をひとつひとつ訪ねるつもりでいた。


 勇者がこのボルドー大陸に留まっている保証もなかった。

 とすればニ・ビシニナを目指すことも考えられるが、黒衣の勇者が獅子族の街フォファガ・ロアンを発ってからまだそう日が経っていない。バイスがケストナーと出会った、フォファガ・ロアンとニ・ビシニナを結ぶ中継点のひとつである宿場町に勇者が立ち寄っていないことと合わせると、ニ・ビシニナに向かった線は薄れる。


 また、街道周辺には魔獣の姿はないが、人の手の入っていない森や山岳となれば話は別だった。魔獣を根絶やしにすべく、敢えて街道から外れたけもの道を進んだ可能性もある。可能性を論じればきりがない。だとしても、必ず人の営みのある場所に、どこかの町か村に寄るはずだ。

 勇者が「人」であるならば。


 バイスとケストナーは、大陸東端の町ヨ・ゼゼシナを当座の目的地として設定した。


 勇者は西の商業都市ワニニールから来たという触れ込みであり、南に向かったのでなければ、魅力の少ない北に渡るよりは東を目指すのではないか、と憶測したためだった。



 途中まで主街道を行く。街道の中ほどの宿場とヨ・ゼゼシナを直線で結ぶ、いまは使われていない古い道があった。それが最短経路。勇者がフォファガ・ロアンから直接ヨ・ゼゼシナに向かったとすれば、遅れを取り戻すには街道を行くより、この隘路を選択するほかなかった。


 ヨ・ゼゼシナは蛇鱗族(ジャリーン)の分派、砂鱗族(サリーン)の町だ。


 蛇鱗族たちは主系である海の民ハイドラ氏族のほかに、山の民クチナ氏族、川の民カガチ氏族といった傍系をもつ。製鉄と鍛冶の一族でもある蛇鱗族はもっとも古くから鉄器を用いており、多層鍛鉄の武具を纏う精鋭「竜戦士」兵団の武力で、いっとき版図を拡大した。


 砂鱗族(サリーン)はそうした、武を誉れとし、竜の末裔を称する蛇鱗族の中にあって、異質な部族である。

 かれらは神代の昔、大地にあった偉大な竜を奉じており、かれらによれば、東の大砂漠はかつてありし古竜の遺骸そのもの(・・・・)なのだという。不毛の砂地は竜の怨念に満ちており、これを鎮めることで砂漠一帯が豊かな緑を取り戻すと信じている。

 そしてヨ・ゼゼシナは竜言語を現代に伝える一族の住まう町でもあった。信教の自由を掲げるギルドは学術目的といって、この町に支部と大がかりな研究機関を置いているらしい。


 馬を休める間、野宿の準備をしながら話をした。

 ケストナーは学者肌のところがあって、嬉々として蛇鱗族の由来や砂鱗族について語ったが、バイスはそんな話に興味を持てない。いま頭にあるのは”勇者”のことだ。

だがもう一つ、気がかりがあると言えば、あった。


「この道はどうして使われなくなったんです?」


 おおよそ見当はついていたが改めて問い掛けた。


「まあ、言ってしまえば野盗や、魔獣のせいだ」


 山あいの峡谷沿いの道は逃げ場が少ない。襲撃に適しているといえた。巡視ルートからそう離れてはいないが、目の行き届いた主要な街道とは異なり、この道を行こうとする者は危険を覚悟する必要がある。

 道を提案したのはケストナーだが、バイスも危険を知ったうえでそれに賛同した。


「野盗に襲われる危険性は無視できる程度だ。極めて小さい。何しろ使われていない道だからね。ひるがえって魔獣だが」

「北大陸の魔獣といえば、黒雲母豹(ギランパルド)ですか」

「そう、ここらもやつらの分布に入る。やつらは大抵縄張りを持つが、”流れ”のように土地を放浪するものもいる。とはいえ、巷で言われているほど頻繁に出くわすことはないよ。だからこの道を提案したんだ」


 おおかた予想した通りの答えだった。そうしているうちに火を焚き終わり、野宿の準備が整った。すんでのところで日が落ちかけていた。携行食料での簡素な夕食をとった。これから、夜を越すため交代で見張りに立つ。一人が警戒している間にもうひとりが仮眠をとる。

 最初に就寝するのはバイスだ。目を閉じると、視界にある金の光も消える。

 ――”精霊”はいまや完全に馴染んでいた。印の形から見て、号は「剣」と呼ばれるものだ。バイスは戦いを心のどこかで望んでいた。その想いが反映されたのかもしれない。

 うとうとしながら、魔獣との戦いに思いを馳せた。


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