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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
二章 魔人と従者、勇名を轟かす
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対話/逢魔が時

「お、俺達も出なきゃいかんの…?」


 情けない声が出た。

 縞瑪瑙鱓(オニキスモレイ)によって閉ざされていた漁場の再開を祝う名目の宴が明日、催される運びとなった。公の場に出ることは極力避けたい。なんというか、非常に落ち着かないのだ。

 しかし、そうも言っていられないようだった。


「蛇鱗族の面子を潰しかねません」エニシダの言葉はそっけない。


「それに、縞瑪瑙鱓(オニキスモレイ)は大変な美味で知られています」

「そうなのか。おれは何もしていないが、列席していいのか?」

「ワギ君、よだれ」


 大元首も旨いと太鼓判を押した瑪瑙鱓(アゲートモレイ)の希少変種だ。さぞうまいのだろう。

 ギジッツの指摘に、はっとしたワギが腕で口元をぬぐった。

 この狼尾人(ロオレン)は存外に、いや、見た目通りなのか?食い意地が張っているようだ。


「立派な剣も頂いたことですし、断るわけにもいきませんよ」

「うぐ」

 そこを突かれると痛い。

「お、オレもちょっと、部屋に居たいんですけど」


 陸に残った二名と魔獣と対峙した二者で、宴席に対する意欲が対照的に割れた。出るのを渋っているのは実際に苦労して魔獣を仕留めた側だったが。

 クラジは蛇鱗族に囲まれることに本能的な恐怖心を覚えているらしく、耳をしょげさせた。蛇鱗族の方はクラジの活躍を知って一目置いている。


「クラジは出ないとダメだろ…」

「ぜひとも出席して欲しい、との事でしたね。貴賓扱いです」

「うう…」

縞瑪瑙鱓(オニキスモレイ)…!」


 ワギはふさふさの尻尾を左右に揺らしていた。

 駄々をこねても状況は好転しない。ギジッツは観念した。



 全員に個室が用意された。宛がわれたのは街で一番の高級宿だという。

 確かに豪勢なつくりだ。

 寝る前に、ギジッツはもう一度鞘に手をかけ、太刀を抜こうとした。

 あの金剛大鯱の牙の刀身が、蝋燭の灯火や、星や月明かりの下でどう映えるか見たかったのだ。


(((貴殿が新たなあるじか)))


「うん?」

 自分ひとりだけの個室に、自分のものではない…声?

「誰かいるか?」


 辺りを見回すも当然のように返事はなかった。一人芝居だ。壁は厚く、隣の部屋の物音は聴こえない。窓も閉じている。気のせいだと断じかけると――


(((彼我の同一性境界の確立までは円滑に進んだが、意識帯(チャネル)を合わせるのに手こずった。えらく奇特な精神構造をしている。申し遅れたな。(それがし)勇士の墓守り(アンダーテイカー)と申)))


 頭の中を自分のものではない思考が駆け抜けた。ギジッツは剣を置いた。

 鼻から空気を吸って、また出した。深呼吸の真似事だ。

 再び鞘に収まった太刀の柄を握る。


(((こらッ!自己紹介の途ちゅ)))

「待って待って。ちょい待って。喋った?」


(((思念の会話だ。貴殿も、口に出さずとも意思疎通は出来る)))

(こう?)

(((上出来だ。では続きを。某は勇士の墓守り(アンダーテイカー)。いくつか貴殿に質問をする)))

(あのう。あんたホントに、剣?)

(((くどい!あと質問するのは某だといっておろう!)))

(何で喋れんの)

(((某の最初の使い手の「魔法」によってだ。某は、歴代の”勇者”の手にあって、力を貸してきた。そろそろいいか?質問を…)))

(すげー、かっけー。他の奴とも会話できるのか?)

(((否である。某から語り掛け回線(チャネル)を開いた相手が、某を手にしている時のみ、この念話は成り立つ。ああもう、いいか?そろそろ…)))

(なるほどね)


 ギジッツが柄から手を離して太刀をデスクの上に置くと、アンダーテイカーさんの念信の通り、頭に響く声も聞こえなくなった。

 今日は色々あった。もう寝よう。



 人生で一番の充実感。

 バイス・ピューリッタートは心に澱のように降り積もった呪いを、ひととき忘れる。精霊の加護は本物だった。

 精霊憑きが与る恩恵のひとつ、勇者が超人的な力を発揮する理由の一つに、『努力が必ず報われる様になる』という、ささやかで、しかしバイスにとって何より得難い特典があった。


 己に精霊が憑いたと自覚したあの朝から、バイスは少しずつ体を鍛えた。

 痩せた枝のような腕に肉が付き始める。いきなり圧倒的な膂力が身に宿る訳ではない。それでも、人並みの腕力を手に入れていた。このまま継続して鍛えれば、いずれ赤子の手をひねるごとき気安さで、力自慢をねじ伏せられるまでになるだろう。

 バイスは貪るように本を読んだ。

 解る。わかろう(・・・・)という意志に応えるように、頭が書の内容に追いつく。何故、いままで理解できなかったのか不思議なほどだ。癪だが、両親や兄弟の言うことは正しかった。

 これが努力をするということなのだ。


 充実した時間を噛みしめながら、裏腹に、バイスの心に新たな怒りが湧く。

 それは自らを苦しめてきた、ありとあらゆる不平等を憎む気持ちだった。

 最初から出来る奴と、自分のような者がいる。貴族と平民の生まれの違い。草を食む羊。その肉を啖らう狼。大きい魚に飲み込まれる小魚の群れ。弱いものはいつの世も食われる定めで、社会も弱者を守らない。誰かの決めた枠組みが食うものと食われるものを厳格に区別し、階層を作って押し込めていた。下から這い上がれるのもまた一握りの特権者だけだ。

 決して埋まらぬ溝が、圧倒的な隔たりがあった。


 だが、漸くだ。自分はようやく上に立つ資格を手にした。



 バイスはフォファガ・ロアンを救った”勇者”に会うために北大陸へと渡り、ニ・ビシニナを発った。薄気味の悪い蛇鱗族どもの町になど、一時たりとも居たくない。

 道行きの間中、体を鍛えるか、書物を読み漁った。

 海を渡ってから、人間――蛇鱗族をそう呼ぶのなら――とほとんど会話をしていなかった。相も変わらず孤独だ。


 精霊憑きとなってもバイスに才覚は無いままだった。

 きっと何かを成すべきなのだろうが、肝心の、なにをすればよいかがわからない。


 空想の中の英雄はたちどころに戦う相手を探し当てた。

 シンプルで分かり易かった。心中を映したような邪悪な相貌(かお)でにたにた嗤うか、またはぎろりと睨みつけ、罪なきものたちの血を啜り、涙を流させていた。こんな奴等をのさばらせておけない。英雄は悪党を一片の容赦なく叩き伏せる。善悪の所在は明白で、なにも迷うことはない。


 悪はどこにいる。

 現実の空間はバイスの空想する世界よりも、はるかに物事が鮮明だ。にも拘らず、複雑なしがらみで雁字搦めとなってしまい、何の展望も見通せなかった。

 薄っぺらに感じた日常は、膨大な情報密度を咀嚼、濾過しきれなかったために、貧相な頭で辛うじて取捨選択した「現実」のほんの上澄みの、そのまた断片にすぎない。処理能力のもっと高い人間にとっての現実はバイスの見る世界とはまったく違った様相を見せているのだろう。

 想像すら及ばない。『悪』がいたとして、その姿は巧妙に隠されていた。

 空想の中で幾度となく殺した相手を手にかける勇気も起きない。

 それに、さすがに、分別もつく。実際にやればただの犯罪者だ。


 戦うべき悪を見出せない。


 そんな折、勇者の噂をきいた。

 彼は既に戦っていた。魔獣や恐るべき魔族を相手に金星を上げているという噂だ。そうか、こんなに分かり易い敵が、悪しき存在が、この世界にはいるじゃないか。

 “勇者”に会おう。そして彼の仲間に加えてもらう。

 追従する者ではなく、肩を並べて戦う戦友としてだ。そのために力を蓄えなければ。



 湿った空気をはらんだ灰色の曇天。

 日がほとんど暮れかかっていたので宿場町に寄った。

 まだ、フォファガ・ロアンに居ればいいが。少し焦っていた。

 ここいらは蛇鱗族の勢力圏だ。何を考えているかわからない爬虫類じみた眼。てらてら光る鱗。

 この宿場も、あす朝早くには出てしまおう。


 バイスは誰とも顔を合わせないように俯いて歩いていたが、ふと目線をあげた。

 視界を、ヒトが横切ったのだ。久しぶりに見る純血種の人類だ。

 思わずその後を追っていた。

 木の幹の色をした髪の男。早足で背後に追いすがり、声をかけた。


「あの…」


 男が太い首を回して肩越しに振り返る。眼鏡をかけていた。

 中年に差し掛かる年の頃だが、体つきはたくましかった。


「この辺じゃ珍しい、ご同輩か。どうも」

「今晩は。冒険者の方ですか?」

「見ての通りね。とはいえ、休業中……いや。引退する身ですよ」

「引退…?」


 男は体ごとこちらを向き、引きずられるように会話をした。

 バイスが言葉を返すと、男は苦々しい顔をして見せた。


「すみません。何か不快にさせましたか」

「…ああ。いや、貴方には何も非はない。…どちらへおいでで?」


 バイスは、勇者を探している旨を告げようか少しの間逡巡し、何が決め手となったのかは自分にもよくわからなかったが……目の前の男に、それを話した。居場所の目星は付いていないが、とりあえずフォファガ・ロアンを目指していた。


「”勇者”」男がぴくりと片眉をあげた。

「なにかご存知なのですか?」

「いえ。ただ、奇遇ですね。私も”黒衣の勇者”を追っていた」


 男は冒険者登録証を見せ、そこに書かれた名を示した。

 ケストナーとあった。

 フォファガ・ロアン上空に空中移動要塞が接近した前日、”狼の魔人”によって壊滅した冒険者パーティ。その、元リーダーを務めていた、と男は語った。

 狼の魔人は結局、”フォファガ・ロアンの勇者”の手で討滅された。

 バイスも名乗り返した。


「不甲斐ないリーダーだ。引退は決めているが、最後に、確かめたいことがありまして。登録証(これ)を手放すのはその後です」

「”勇者”に会って……何を?」


 ケストナーは声を潜めた。


「迷いがある。それを吹っ切るために」


 バイスには釈然としない。仲間に加えてもらうとか、有名人にひと目会いたいとかの動機でないとしか、わからない。事情に踏み込む気もなかったが、好奇心が疼いた。

 先を促すような沈黙を、ケストナーはどう受け取ったのか。言葉が続けられた。


「”勇者”が魔族だという疑惑ですよ。ガルダノ殿が一度は語り、撤回した……私は、どうしても、確認せずにいられなくてね」


「……お話を詳しく伺ってもいいでしょうか」


 バイスは左目を覆い隠している前髪を掻き分けた。……金の光を発する瞳が露わとなる。


 ケストナーは身を固くし、ややあって重々しく頷きを返した。


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