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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
34/51

戦後処理

 かくして”勇者”は彗星のごとくデビューを果たした。


 北大陸最大の都市、フォファガ・ロアンを襲った混乱は、その日のうちに幕を閉じた。混乱は尾を引かなかった。事実がありのままに公表されたのではない。混乱を収拾するため、市民向けのシナリオが作られ、多くがそれを受け入れたことで、事態はあっさりと、一応の収束へと向かっていった。


 事態の首謀者が他ならぬ獅子族酋長その人であったことは伏せられ、裏で糸を引いていた魔族の存在が捏造された。”勇者”によってそれが屠られ、獅子族酋長が己の過ちを認めた形になる。


 魔族とは、平和を脅かすもの。恐怖の象徴にして絶対悪。


 暗躍していた魔人の脅威を取り除いたとあっては、”勇者”が人類の味方であることは疑いようがない。多くの市民はそう受け止め、ガルダノの語った「勇者こそが魔族」という言葉を鵜呑みにしていた者も、ガルダノ自身が公式にこれを撤回、否定する声明を出したことで、『真実』を理解した。前日、街の近くに姿を現した魔族を、既に”勇者”が倒していたことも、歓迎をもってより広く認知された。

 表面上、事態は完全に鎮静化していた。



 『事実』を知るのはごく一部の層だけだ。


 ガルダノは「力」で負けたことを認めると、協力的になった。冒険者ギルド支部の上層部、議会にも情報が共有された。

 ガルダノが命じ、サウラー博士の主導した非道なる実験。傭兵たちの中で、特に身寄りがなく、出自も明らかでないような者達が被験者として供された「実験」について。ガルダノや、サウラーの助手は知り得たすべてを語ったが、サウラー本人の出奔を誰も知らなかった。サウラーが魔族ホロコッドとともにガルダノに近付き、取り入った真の目的は明らかにならなかった。


 ホロコッドはいまだ生かされていた。生きているとはいっても、定期的に攻撃が加えられ、生かさず殺さずの状態で冒険者ギルドに保管されている。彼を尋問することは出来ない。再生能力は低いが、意識をはっきりと取り戻せば、人の手には負えないと目されている。

 その血の研究資料も押収された。「教授(プロフェッサー)」ピレネーデンの調査で、空中移動要塞(ドーントレス)に積まれている魔述装置の多くに、実際にホロコッドの血が用いられていたことが裏付けられ、魔族の血の実用化の目途も徐々に立ちつつあった。


 ただし、研究を推し進める体制は整えられず、保留とされていた。魔族の身とその血の利用に関して、最終的な決定を下すのは、ミティアを筆頭とする議会だ。


 ガルダノは酋長の座を降りた。正確には、酋長の持つ権限の大部分を剥奪する形で、議会に移譲する。獅子族が新しい政治体制に移行するまでの繋ぎとして、暫定的に、ミティアが酋長補佐および臨時代行という地位に就き、議会がこれを後援することになった。

 旧い体制の積み重ねてきた、さまざまな歪みが、ガルダノの代で顕在化した。ガルダノの引き起こした事態は、彼ひとりを断罪することで清算できる類の問題ではない。そのような意見が多かったためだ。

 まさに、激動の数日間だった。



 獅子族の今後についての大雑把なあらましを、ギジッツは伝聞で知った。完全に蚊帳の外だった(魔族の血を吸いに来る蚊はいないので、文字通り蚊帳の外でも、特に問題はない)。

 除け者にされたというより、首を突っ込むのが面倒そうだったので、功労者として部族会議に臨席を求められたのを、頑なに断った結果だ。


「つまり、ええと?ミティアさんが若女王様になるの?」

「若女将みたいな言い方ですね… 形成された合意でも、ミティア様は今後、獅子族を主導する立場にはならないようです」


 酋長一人に権力が集中することを避け、議会による寡頭政治へ。掟から、法へ。ゆくゆくは「民意を問うて政治に反映する」ような、まったく新しい体制への移行も視野に入れているとのことだ。ギジッツには話が理解できている自信はなかったが、とりあえずわかった風に頷いておいた。


「ミティア様の代では成しえないでしょう、と仰っていました。手探りですね」


 ガルダノの野心は、今はすっかり鳴りを潜めたようだった。直に言葉を交わしたギジッツにも、何が彼を衝き動かしていたのか、よくわからないままだ。


「空中要塞はどうすんの?」

「今、ミティア様が最も頭を悩ませているのは、そのことらしいですね」


 此度の勇者の活躍と、空中移動要塞(ドーントレス)は切っても切れない。それに人の口に戸は立てられない。竜虎連合の連絡網、およびギルドを通じて、北大陸中にその武力が知れ渡った。南大陸にも伝わっていくだろう。

 獅子族はもとより大きな軍事力を持っていたが、竜虎連合内外はそれでも軍事的に拮抗し、どうにかバランスを保っていた。均衡をあっけなく崩しかねない強大な力が、降って湧いたような状態だ。


「ドーントレスの制御・運用権限を、竜虎連合の諸部族に分散させる方向で話を進めているそうです」


 南大陸と北大陸の国家の間で、軍事的緊張が一気に高まるだろう。それを逸らすために、またも魔族が槍玉に挙げられる。人類共通の敵がいるというのは、便利なものだ。


「つまり”精霊憑き”の出現を、積極的に喧伝するわけです。これはすなわち、繰り返されてきたような世界規模の厄災の前触れであると。ドーントレスは魔族やその他の脅威への備えであり、それ以外の目的に使用されることはない、と」

「なんか、俺の正体バレちまったら取り返しつかないとこまで足突っ込んできた感じするな」


 あの要塞が最も威力を発揮するのは、人間同士の戦争においてだろう。だが、そんなことは”勇者”の知ったことではない。ギジッツは用が済めばさっさと魔界へ戻ってしまうつもりでいる。後は野となれ山となれだ。


「じゃあ、後は俺達の今後のことだな」



 ワギは真鍮の輪を弄んでいた。822と刻まれたリング。

 大まかな話は、わかった。

 サウラーという男の実験で自分の身が一時的に魔獣に近付いたこと。そして、サウラーがいずこかへと雲隠れし、足取りをつかめていないことも。


(おれは、どうするべきなのだ)


 ワギには人生の目的も何もない。

 サウラーを追い、落とし前をつけさせる。そのような考え方も出来なかった。だが、これまで同様の、気ままなその日暮らしに戻れるとは、どうしても思えない。


 ワギは、生きるためでなく、人を殺めた。それは確かな事実なのだ。


(おれは空っぽだ)


 生きるためならば殺してもよいのか?

 その問いは、ワギの中では成立しない。生きることは食うことだ。動物は例外なくほかの命を食って生きている。食うために殺すのはなんらおかしなことじゃない。間に金という段階を挟んだり、食い物を奪うことで間接的に殺しても、殺しは殺し。そうするしか生きる術がないなら、どうしてそれが罪になる。生きることが罪だというのか。

 生と死はごく隣り合わせで、死は常に身近にあった。

 ワギの生きてきた、社会未満の社会では、それがあたりまえだった。罪という概念も、ごく最近学んだものだ。


 ただし、殺すために殺すことだけは、ワギはこれまでしなかった。


 ベッドに腰掛けるワギの視線の先には、机に向かって何事かをしたためる兎人クラジ。ワギは字を読めないが、少し興味を惹かれて訊ねた。


「それは、手紙か?」

「ええ。オレの故郷、ココルピ村に宛てた手紙です」

「家族がいるのか」

「母親と、妹が。村中皆家族みたいなもんですけどね」

「そうか」


 羨ましいな、と言いそうになる。本心ではそんなことを全く考えていないように思えて、ワギは口をつぐんだ。ワギは自分の心にだけは、正直でいたい。


 家族。これも、言葉でしか知らない。

 ワギの育った貧民窟(スラム)の孤児たちが、最も近いかもしれない。知ってる顔はどれくらい生き残っているだろう。あるいは、兵士として訓練を受けた同僚。訓練所の教官。

 どれも家族とは言えまい。


(空っぽだなどと、思っていなかった。そうとわかると、苦しいものだな)


 喰うだけが、生きる事ではないと知ってしまった。知る以前のワギには戻れない。


「ワギさんはこれから、どうするんです?」


 クラジの方からワギに声をかけてきた。フッ、と笑いがこぼれた。


「さあな」

「南大陸には、狼尾人の国があるらしいですよ。そこを目指すとか」

「しっくり来ないな」

「ここが故郷なんでしたっけ。じゃあ、残るとか?」


 ギジッツ達は、また次の街へ旅立つ。ここには彼らの追っている相手や、『世界の危機』に関する手がかりもないからだ。


「許されればだが」


 クラジがペンを置き、ワギの方を向いた。


「あの”勇者”たちについて行く。すべきことも何もないが、そうしたいと、ふと思った」


 ただの思いつきだ。断られれば従うつもりでいる。

 クラジは破顔した。


「ワギさんにはお世話になりました。そういう事なら、オレからもギジッツさん達にお願いしてみますよ。無理やりにでも同行を許してもらいます!」

「世話……?」思い当たる節がない。

「あの時、ほら。ミティアさんを引き留めてくれたでしょう」

「ああ……そのことか。どうということも」

「あるんですよ」


 違う文化、違う種族に属する亜人種同士でも、笑った顔は似ている。クラジはニッと笑みを深めた。


「ワギさんにはどうって事なくても、オレはそのお蔭で、すごく助かったんです。…いろんな人に、世話になりっぱなしだなあ…」


 コン、コンと部屋の扉を叩く音。ひょいと顔を出したのはギジッツだ。


「おっす。ここにいたか。昼飯だぞ。あと、次の行き先も相談したい」

「次の行き先?」ワギはおうむ返しにした。

「そうだよ。……あ、すまん。もしかして残る気だった?それともアレか、正式に雇ってなかったよな。その話も…」


 ギジッツは懐に手を突っ込んで、じゃらじゃらと音を鳴らした。

 ワギは、表情が緩むのを感じた。


「いらん」

「うん?」

「おれの方から、同行を申し出ようと思っていた。金なぞいらん」


 ギジッツは目をぱちくりさせた。


「そ、そっか。でもなあ、どうせ金余ってるし……」

「金は有意義に使え。おれは野宿で構わんが、宿をとるにも、何をするにも金はかかるだろう」

「いや、俺を何だと思ってるんだよ。宿とったらお前も泊めるよ」


 クラジが笑って、言った。

「それよりほら。エニシダさんを待たせてますよね。行きましょう」


 ギジッツの背中を押しながらクラジが連れ立って部屋を出ていった。ワギは少しの間、部屋に一人残っていた。―――命を断った分は、せめて命を助けよう。あの”勇者”と行動を共にすれば、それも叶うはずだ。

 空っぽなりに、目標は持てるものだ。

 心の中で決意し、ワギは鼻に従って二人を追いかけた。



 ミティアの屋敷、食堂。主であるミティアの姿はない。


「えー、では。次の行き先は……なんだっけ」

「ニ・ビシニナ」

「そう。ニビシニナに決定で!」

「ニ・ビシニナですよ。区切って発音しないと、彼らが怒ります」

「ニ・ビ・ビ… エヘン。ニ・ビシニナ」

「よくできました」


 北大陸南端の港町。蛇鱗族(ジャリーン)が治める。

 蛇鱗族は獅子族と双璧をなす、竜虎連合の有力部族だ。


 大陸最大人口、最大の繁華街を擁するフォファガ・ロアンにレビーテの姿が無かったことで、次に大きい町、という安直な方針で決まった行き先だった。だが、もしレビーテが既にここを訪れていて、その姿がないとなれば、その向かった先の足取りを追うのは難しくなる。


「先にこっちに行くべきだったかもしれませんね。でもそうすると、ミティアさんたちとは会えてなかったわけで…」


 クラジが耳をそわそわ動かしながら言う。クラジは顔よりも耳に出るタイプのようなのだが、どんな感情なのか、まだ付き合いの短いギジッツにはわからなかった。


「うん、ま、結果オーライで」

「出立はいつにしますか?」


 従者は宣言通り、ここ数日、街の美食という美食を堪能した。街に未練はないのだろう。ギジッツはといえば、勇者だ勇者だと祭り上げられ落ち着かない気分だった。ひっきりなしに人が訪れるのを捌ける気がしないので、ミティアの屋敷に篭りきりで居留守を通した。

 心なしか瘴気も薄まってしまったこの街は、居心地があまりよくない。


「明日でいいかなあ。俺、あんまりこの街に居たくない…」

「明日……」


 少し沈んだ声とともに、クラジの耳が垂れた。


「あ、やっぱミティアさんに時間ができて、お別れ済ませてからでいいぞ」


 つい気を遣ってしまった。余計な世話だったろうか。ギジッツも、ここ数日のクラジとミティアの間が、ぎくしゃくしているのを知っていた。ミティアとのパイプを維持したいのが半分。もう半分は、自分でもよくわからない感情。それを善意というのは少し違うように思えた。


「いえ…、アケイロンさんも心配ですし。大丈夫です。明日発ちましょう」


 今生の別れになるわけでもないとクラジは言い、少し寂しげな顔をした。耳は垂れたままだ。


「いいなら、いいんだが」


 本当にいいのだろうか。だがこれ以上、ギジッツが口出しすることでもないだろう。

 昼食の席はお開きとなった。


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