決戦!空中移動要塞ドーントレス
※誤字修正。ひと段落するまで投降済みのお話の手直しはありませんので、(改)は誤字修正の印となります。
それは初めての体験だった。
飛行兵器がパチパチと火花を散らした―――かと思うと、
衝撃が襲い来た。
途方もない大電流がギジッツの全身を焼いたのだ。
たまたま自分に雷が落ちたのではなかった。稲妻という、自然現象そのものに襲われたかのようで、決定的に違う。それは確かに“敵愾心を伴わない攻撃”だった。
対峙したのが普通の魔族だったならば、これほどの――ギジッツを脅かすほどの力を相手にぶつける時には、敵意が膨張する。ギジッツは自身そのものでもある魔法の特性として、その害意を受け取り、攻撃の予兆を察知するとともに、自らの力に転化した。上乗せされた力で強化した身体は、これまでどんな攻撃もはねのけてきた。
しかし今回、ギジッツが身に受けた雷は、エネルギーの量に見合うだけの巨大な悪意によって落とされたものではない。心のままに大きな力を揮う魔獣や、魔族にはできない芸当。
それこそが人間のみが扱う「兵器」の最も恐ろしい点といえた。
ほんの小さな害意で撒き散らされる、確かな形を持った「死」。
「ゴホッ」
咳とともに口から煤煙が出た。
人間でいう胃にあたる、食物を分解吸収する模造臓器の中に残っていた朝食が炭化して、模造肺から漏れた息とともに、逆流したのだろう。
肉体に受けた甚大なダメージと裏腹に、そんなことを考える奇妙な余裕があった。
いや、現実逃避か。ギジッツの全身が熱されている。
体力をごっそり削られた。
かなりの血が蒸発し、失われた。立っていられず膝をついた。
しばらくの間、目に映るものすべて白濁していたが、徐々に視力が戻ってくる。
当たり前だが、エニシダは雷撃に巻きこまれながらも、まったく無傷のようだ。
ほんの少し安堵した。従者が駆け寄ってくるのが見えた。
ギジッツはうつ伏せに地面に倒れた。意識は保っていたが、体を動かすのも億劫だった。
「睡眠」時にはエニシダを護る『拒絶』も維持されているが、意思に反して気を失えば、その加護も途切れる。意地でも、いま意識を手放すわけにはいかない。
…だが、どうしようもなかった。
雷はたとえ万全の体勢でも避けられはしない。
いま、従者と自分の身を守るだけの魔法も行使できない。
なんてこった。手詰まり―――
バチ、バチと、上空でふたたび火花が鳴り始めた。
*
ガルダノの号令により『雷火箭』が放たれた。
着弾を確認。
これも本来は、人ひとりに対して用いる武器ではない。ガルダノは勇者をそれほどに警戒していた。そして、さすがに、この一撃は通じたようだ。
標的からもうもうと煙が立ち上っている。
しかしながら、標的いまだ存命の模様。
雷の充填率を確認し、ガルダノはすぐさま第二射を用意させた。
効いている。次こそ仕留められる。
だが…
もう一人……仲間か?
合成魔獣の一体を屠った、超自然の戦士を喚び出す魔法の使い手。そちらが大したダメージも負っている様子もないのが少しばかり気にかかった。
まあいい。何ほどの事もあるまい。
どの道、次ですべて、終わりなのだから。
「『雷火箭』二射、準備完了!」
命を踏みにじることに、ガルダノは何の感慨も覚えない。
淡白な感情のままに命令を発した。
「放て」
*
(『精霊』の力を借りられてたら、何とかなったのかなあ)
炎は、鎮火するイメージ。
打撃なら、それが届かない、あるいは跳ね返すイメージ。
もしくは『力学の拒絶』。これは便利だが、ギジッツは「力学」をきちんと理解し、イメージできないため、一定以上の魔的な力に対しては抵抗できない。
そして――稲妻を防ぐイメージはついに思い描けなかった。リソースもとうてい足りない。
バチッ。
最期を告げる音は味気のない、栗が火鉢で弾けるような音。
まさか自分がこんなところで死ぬとは。
それはどうでも良かったが、なんて謝ろう。
従者の身だけは何としても守る、そう決めていたが、アホの頭ではどう考えても、次にやってくる雷をやり過ごす方策が浮かばない。ギジッツは目を閉じて謝罪の言葉を思案していた。
だがそれも、こんな短い時間では到底まとまるはずもない。もっとも時間があっても同じだろうが。
絶命は必至であろう衝撃を伴う閃光と爆音が、再び―――
到達しなかった。
ギジッツは怪訝に思って、目を開いた。暗い。
まだ状況がよく飲み込めない。
「まったく、あなたには、ほとほと呆れますね」
上から、世界で最もよく知る声がした。
暗いのはカーテンのようなものが視界を覆っているからだと気づいた。
なんだろう、これは。なんせ死ぬのは初めてだ。
自分はもう死んでいて、ここが話に聞くあの世と言うやつなのだろうか?
だが、たしか……『精霊憑き』は命を落としても、即座に復活するはずだ。
まだ”定着”していないと思われる自分の精霊でも適用されるのだろうか。
目だけを動かして身体を見回す。うつ伏せに倒れたままの姿勢は先ほどとそう変わっていない。
ダメージもまだ残っている。
「あなたは死んでいません。私が生きているのが証拠です。…それよりも!」
思考を読まれたように自分はまだ死んでいないと言われた。
大事なのはその後だ。ここが死後の世界でなく、聞こえてくるのも幻聴でないのなら、そいつは―――何よりだ。
ところで、なぜカーテンで覆われているのだろう?
「いつまでもあなたを匿っておきたくないので、」
うん。うん?
「無い知恵を雑巾みたいに絞って、上のアレを何とかする手立てを考えて下さい」
「す…すまん」
従者が明らかに不機嫌そうなので、とりあえず謝っておいた。
ほんの僅かに体力も回復した。何はともあれ、身を起こそう。
「――わ、っわあ!!ちょっと!!」
カーテンをどけて立ち上がろうとすると、背中にぼすっと柔らかい感触が乗った。心地いい重み。
顔を上げようとすると頭頂部を弱い力で殴られた。
重みが持ち上げられた。
何が乗っていたのか、うっすら察しがついた。
それとともに、ようやくわかってきた。
自分は、スカートの下にいた。上半身がすっぽりスカートに蔽われている。
『ありとあらゆる被害』からの、拒絶。
ギジッツはどんな外的要因も彼女を傷付けないよう願っている。
二度目の雷は、たしかに落とされたのだろう。
従者に庇われ、従者の身を守る、自らの魔法が雷を防いだ。
「お、俺……カッコ悪…」
口をついて出たのは白々しい台詞だ。さっきまで考えていたような謝罪を、ここでは決して口にすべきでない気がして、かわりに何か気の利いた言葉を捻りだそうとしたが―――妙案は出なかった。
そしてやはり、女子のスカートの下で庇われている現状を謝罪しないのはまずい気がして、もう一度謝った。
「そうじゃないな。すまん」
「いつものことですよ。今は、それより」
「…わかってる」
手も足も出ない距離の巨大な敵を落とす方法。
奇跡的に、ひとつだけ浮かんだ。
といっても従者頼みだ。
実に情けない主人だと思いつつも、今は他に、手を思いつかない。
「『流星墜の破城槌』、いけるか」
「…一度きりですね」
「十分。……なんとかなるさ」
駄目ならその時また考える。
その前に、敵を落とせた場合、ここから離脱しなくては巻きこまれることに思い至った。今の体勢ならどんな破片が崩落して降り注いでも問題ないが、早くスカートの下から這い出たい。
ギジッツはなけなしの回復能力を総動員した。
*
サウラーの発明のひとつ、黒雲母豹から採取した発電器官を束ねた「起雷器」。
雷火箭はおよそ二発が限界だ。しばし起雷器の冷却が必要となる。
二撃目が着弾した。はやく、生死を確認――
「…熱源反応!急速に接近中!これは…」
乗組員のひとり、対外脅威感知網の監視員が叫んだ。
高高度を飛翔する空中飛行要塞よりも、さらに高みから。
燃え盛る流星が、要塞の中心に落ちてくる。
「なんだと…?」
偶然である筈がない。それこそ天文学的確率だ。
つまり。
「ファホホホホーッ!隕石となァーッ!非常に!興味深いぞーーッ!!」
伝声管を通じてサウラーが叫ぶ。
続けて捲し立てた。
「こんなッ!ファホーッ!前例のない”魔法”を!ううううむ!テーマからは逸れる、がッ是非研究したいィ!ああぁ…しかし残念だ、それどころではありませんな。ガルダノ殿。この相対速度、回避は間に合いますまい」
サウラーのもとにも、乗組員の感知した情報は共有されている。
ガルダノは即断した。
「各員!衝撃に備えよ。全自動障壁を上方に振り向けろ!魔述回路、出力最大!」
一か八か。ここが正念場だ。
*
かつてレビーテの下僕と化した魔人に使った手、“鉄槌”は、石柱を空中に生じ、敵めがけて落とす「対人」広範囲攻撃だ。これは威力の割にコストパフォーマンスも良いが、使いどころもあんまり無かった。
“流星墜の破城槌”も「上から物を落とす」点では同じだが、こちらはただ落とすのではない。燃焼する巨岩は自ら加速し、落下地点に極大の衝撃をもたらす。地形をも変えてしまう大規模破壊攻撃。"鉄槌"と異なり着弾地点を微調整できる利点もある。威力こそすさまじいが、当然ながら、その分だけ精神質量を食う。かなり大きな感情を消耗する、とっておきの奥の手だった。むろん、"鉄槌"に輪をかけて使いどころは無い。
「美味しいものをたらふく食べます…あとで」
エニシダはしんどそうな声を出した。大魔法を使うと、どっと疲れが来る。
ギジッツが常にくたびれ気味の顔をしているのも、常時大魔法を維持しているから――おそらく違う。
「そうだな。…どうだ」
まだ音も聞こえない。
地上にいるギジッツ達からは、飛行兵器の向こう側の景色は見えないが、きっと、雲の間に赤い点が見えるはずだ。それはたちまち大きくなっていくことだろう。
はるかな天の高みから猛烈な速度で迫る星屑。
如何な巨大飛行兵器といえど、直撃すれば破壊できる公算はかなり強い。
飛行不能となって墜落した場合の街の被害を考えていなかったが、街から多少距離はあることだし、大きな塁壁もある。大丈夫だろう。たぶん。
バチッ、とひときわ大きな音とともに、ギジッツ達からは陰になる、飛行兵器の天面から強烈な稲妻のような曙光が発された。
飛来した流星が――光の壁に阻まれて弾けた。
ズズズ…ン…
大気すら割らんばかりの衝撃が、飛行兵器を激しく揺らす。
だが……
「クソが…! 持ちこたえやがった」
兵器はいまだ泰然と、音もなく上空に浮かんでいる。地上全てを嘲笑うように。
「…いよいよ、厳しいですね」
万策…というほど試してはいないが、思い浮かぶ手は尽きた。奥の手が通用しなかったのは痛い。
どうすればいい。
せめて、あそこまで飛んでいけたら―――
飛んでいく。
立って歩けるほどには、体力は回復した。
ギジッツはエニシダの下から這いずり出ると、石ころを掴んで、上に放り投げた。
そうか。
考えてみれば、空中を移動するのに、翼が必須なわけじゃない。
*
「蓄雷率ゼロです。起雷器、励起状態まで10数分を要します」
「自動障壁停止!」
防いだ。赤熱する破片が要塞上部へと降り注いだが、勢いを殺されていたため、いくらかの損害を出したに留まった。空中移動要塞そのものは健在だ。
“勇者”が魔獣の首をこちらに投げつけてから展開していた全方位自動障壁。飛来物を迎撃するための、指向性の魔述的波状攻撃を、上空の一点のみに集中した。賭けだったが、上手くいった。
とはいえ首の皮一枚で繋がった格好だろう。あれを受ければ、城壁に等しい装甲といえどもおそらく持たなかった。
あと10数分だけ稼げば―――
煙は晴れていた。“勇者”が動いたのが確認できる。
何故、まだ、生きている……?
いや、今は。
自動障壁を展開するだけの蓄雷率も無い。もう一度隕石が降れば、次は持ちこたえられぬ。
「サウラー。先の攻撃は…」
「ボクは”魔法”に関して造詣が深いとは言えません。ですが、あのようなもの、そうそう乱発は出来ませんでしょうな」
だとすれば、ただちに離脱する必要はなくなる。隕石――あれは果たして”勇者”の魔法なのだろうか。
あの場にいる、勇者の仲間。
雷火箭二発は確かに直撃した。確かに浴びせたはずだが。まったくの、無傷に見える。
本当に警戒すべきは、あちら……?
下方、地上に、また何かが”出現”した。合成魔獣を屠った超自然の戦士のように、どこからか現れたとしか言いようがない。あのような「魔述」は存在しないだろう。魔法にはちがいない。
拡大された地上の映像は”勇者”たちの動きを追っている。
乗組員が警告を発した。
聞くまでもなく、ガルダノもそれを目の当たりにしていたので、驚愕に目を見開いた。
出現したモノは、よく見れば、投石器を彷彿とさせた。
そこから飛んできたのは…「勇者」本人だった。
決着は次回! 一章ラストバトルです。




