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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
30/51

交渉/決裂

※誤字修正。

 魔族とその眷族の間にのみ成立するらしい思念通信―――魔人ホロコッドとの、思念通信が途絶えた(・・・・・・・・・)こと。最終的にその事実がガルダノを動かした。

 サウラー博士が契約を交わし、生贄と引き換えにその血液を提供させた、あのべらべらと口の回る魔族……ホロコッドの存在はガルダノにとっても急所だ。思念通信はいっこうに繋がらず、そこから立つ憶測は一つ。ホロコッドは既に死亡している。


 勇者の正体が魔族だなどとは、むろんブラフである。

 そんなことはあり得ないとガルダノは知っている。だからこそ打てる手、ミティアを孤立させるための方便だ。苦肉の策ではあった。市民に時間をかけて根回しし、事が急を要するゆえの虚偽だったと説明する必要が生じた。


 さて、いまはミティアの身柄は後回しで良い。どうとでも料理できる。

 当の勇者との「交渉」に移る段階だ。


 勇者はおそらく身の証を立てようとするだろう。

 だが、所詮は冒険者登録すら無い、どこの馬の骨とも知れない流れ者。

 市民があっさりと勇者を受け容れていたのも、魔人を屠った事以上に、ミティアが付いていたためだ。魔族でない証拠など、誰に提示出来よう。魔族であると立証する事が難しいように。


 大人しく軍門に降ればよし。

 勇者と言えど人である以上、金か地位か…、飼い慣らす術はある。獅子族酋長に恭順を示せば、その後ろ盾を得られるのだ。利に聡い者であれば抵抗すまい。


 愚かにもミティアに義理立てして、ガルダノに楯突いた場合、思い知ることになる。

 真の強者に歯向かう痴れ者の辿る末路を。


 最後に物を言うのは武力だ。


 大衆は被支配を望んでいる。欺瞞に満ちていようとも、安寧を選ぶ。

 それでいい。何も考えず、大きな力の前に頭を垂れろ。

 度し難い―――冒険者という連中が異常なのだ。



 冒険者ギルド支部では、特に大きな混乱が渦巻いていた。上空の得体の知れない飛行物体、おそらくは、兵器。それが発した、確かにガルダノの口から出たらしい言葉が引き起こしたパニックが。


 話題を醸していた勇者の「正体」と、ミティアの、人類に対する裏切り……

 恐慌に陥った人々がギルドへと押し寄せ、詰問した。


 真に魔族と繋がりのあったのが、ガルダノの側であると知る一部の人間も対応に苦慮した。ギルド支部長ビホンソンほか、ミティアが白だと知る者の数は多くない。

 ミティアに逆転の目があるとすればその事実の公表をおいて他にないだろうが、すでに街中を軍の人間が駆け回っている。ミティアがガルダノの手中に落ちた後では、魔族ホロコッドの存在、そして生存を知らしめることは、更なる混乱を招くのみとなろう。

 それに何より、余裕がなかった。市民への対応に手一杯で、ミティアへ連絡をつける手段もない。


 傷病者用のベッドに横たわるケストナーも、ギルド支部下階の喧噪を聞きながら怪訝に思っていた。ケストナーは、『狼の魔人』によって壊滅の憂き目に遭った冒険者パーティの、リーダーを務めていた男だ。

 そう……務めていた。彼はすでに、引退を決めていた。


(あの痩せた、黒い外套の男…『勇者』だったのだろう。彼が、魔族?)


 ほんの、昨日のことだ。金の目を確かに見た。そしてもう一つ確かなのは、黒衣の勇者が『魔人』を破ったという報告がもたらされ、ケストナー自ら、魔人の屍体を検めたこと。あれは疑いようもなく彼の仲間を切り裂いた爪の持ち主だ。そう思った。


(それが… 魔族同士の、仲間割れか何かだったとでも…)


 わからない。ケストナーの体の傷は癒えたが、精神に負ったショックをまだ引きずっていた。



 ギジッツは考える。


 せっかく築きかけた人間社会との接点―――それも有力部族である獅子族の酋長家(おえらいさん)との繋がり。ここで面倒だからと放り出してしまうのは惜しかった。そういった打算からミティア保護に向けて動いていた。

 いや、自分の正体を「暴露」された問題が残る。ギジッツにとっては図星だったこともあって真っ先に否定しにいけなかったが、まともな人間なら、まず釈明しようとするだろう。自分の身の潔白を。

 だがどうやれば証明できるか、方法を思いつかない。

 なんせ本当に魔族だし。

 ミティアを守るだけでは駄目だ。ガルダノの方をどうにかしないと……

 ここでふと思った。


 むしろガルダノに付く選択肢もあるのか?


 何せガルダノは、獅子族酋長その人だ。

 それに人間の国家間の争いは、あくまで当事者の問題だともいえる。勇者が必要とされ、対処に当たるのは人類全体の危機、世界規模の厄災だ。ミティアから聞いたように、ガルダノがどこかの町や国に戦いを仕掛ける気だったとしても、出方次第では手を貸してやってもいいような気がした。

 何を考えてギジッツが魔族だなどと(その通りだが)言って街を混乱させたのか、狙いがよく解らなかったが、確証を得たうえでの発言なら、正体がバレた経路も知りたい。レビーテが噛んでいる可能性もあるからだ。


 屋敷に着いた時にはミティアの姿はなかった。ついでに従者の姿も。

 召使いに聞いたところ、ミティアが散歩に出たあとで先の宣告があり、いまだ戻っていないとのこと。執事エドモンドと、エニシダを同伴しているようだ。

 ギジッツ達三人は、ミティアらが向かったというメインストリートを目指して屋敷を飛び出した。


 エニシダが一緒なら、是も非もない。

 まずお姫様の方を助けるのが先だ。


 クラジが耳を澄ませても、市民たちがあちこちでミティアの名前を口にしているのがわかるだけだった。ノイズが大きすぎる。

 あとはワギだ。ワギの鼻は追跡向きではないらしいが、いま頼れそうなものが他にない。獅子族のひしめく街ではミティア本人より、ミティアのつけている香水と、人間……エニシダの臭いを追ったほうが良さそうに思えたので、そう頼んだ。

 あまり当てにしてくれるなとワギは言った。



 エドモンドの機転と先導で、ミティア達は素早く路地裏に身を隠した。

 あのまま大通りにいればガルダノの放った追手がすぐに嗅ぎ付けただろう。市民たちは表立って庇うことこそしなかったが、ミティア達がその場から去るのを騒ぎ立てたりはせず、見て見ぬ振りをしてくれた。


「(皆さま… 有難うございます)」


 しかし、孤立無援にはかわりない。さしものミティアも意気消沈した…


 否。

 ふつふつと、憤りが湧いてきた。


 巨大飛行兵器が街に落とす威圧的な影。口では獅子族を守ると宣っているガルダノであるが、ミティアの心証はまるで逆だった。フォファガ・ロアン全体を人質に取られたも同然の状況だ。反抗を諦めろと、暗に示しているのだ。


 …ガ、ガッ。


 飛行兵器から、再び声が発せられた。


《「勇者」に告ぐ。我がフォファガ・ロアンに魔族の居場所は無い。必ず排除する》


《だが…今なら、見逃してやってもよい。貴様の一味がわが民と施設に損害を与えることなく、この街を去るならば、我は追わぬと約束しよう。これは最後通牒だ》


《10分以内に南正門より退去せよ。繰り返す。これは最後通牒だ》


(”勇者”に去れという…?)


 ガルダノが本心から、勇者の本性を魔族と考えているわけがなかった。それは市民の喉元に刃を突き付けているに等しい現状の言い訳にすぎず…… 街から出ろというのも、魔族相手にかけるにしてはおかしな言葉だ。勇者とミティアを分断しようとしている。勇者の助力なしに、ミティアが力でガルダノに逆らえるはずがないからだ。


 ミティアはエニシダを振り返った。


「(エニシダ様。行ってください)」

「(――私ひとり、南正門へ?)」


「(ギジッツ様は貴女のお力を必要とするはず。それに…兄は口にこそ出しませんでしたが、応じない場合、街…市民に被害が及ぶような手段をとるでしょう)」


「(…魔族の仕業、といって、ですね。私がついていても、あなたの身を守れるわけではありません。ですが…)」


「(エニシダ様。お嬢様の安全は、私の命に代えてもお守りします)」


 エドモンドが一礼して割って入った。


「(かような事態に巻きこんでしまった事、申し開きのしようも御座いません)」


 そうして深く頭を下げる。

 ミティアは、執事が己の意志を汲んでくれたことを驚くとともに、感謝した。


「(……また、お買い物にお付き合いくださいね)」


 エニシダが感情の読めない目で、正面からミティアを見据えた。

 ミティアは、ちゃんと微笑みを作れているだろうか。


「(ええ。必ず)」


 エニシダは、決然と微笑を浮かべて、礼をした。踵を返して走り去る女の背中を見送ったあと、執事エドモンドは一言も発さずミティアの目を見た。ミティアはその忠誠に労いと謝罪の言葉をかけたかったが、それを飲み込んで、ただ頷きを返した。

 裏路地の薄暗闇の合間に残された二者は、エニシダとは逆の方向へ、光の差す方へと向かって歩き出した。投降するために。



 メインストリートを大勢の兵士が走り回っている。

「外出禁止令だ」「市民は家から出るな!」

 ミティアを捕らえんとしているのだろう。兵士に追い立てられるように人々が散っていく。ギジッツ達はその中を逆行した。

「近い」

 ワギがハッ、ハッと息をしながら短く言った。狼尾人は少し運動すると犬さながらに口から息を吐くが、人が肩で息をしているのとは少し違う。


 メインストリートにはまだ大勢の市民がいる。兵士が探し回っているところを見るに、まだ捕まってはいないようだ。それはギジッツ達も同様で、ミティア達が人込みに紛れていればなかなか見つからないだろう。


 ガガ、と前触れの雑音が再び鳴り響いて、上空の飛行体から再度、ガルダノの声がした。


「南正門から出てけだ…?」


 南正門ってどっちだっけ。


「ギジッツさん、ワナですよ」クラジが言った。

 それには同感だ。先にミティアとエニシダを見つけて―――


「ん…… いた!!」


 兵士と人の間を縫って一人の女が駆けてくる。

 見間違えるはずもない。獅子族たちの中にあって人間というだけで目立つのに、従者の内から輝くような美貌はギジッツの視線をとらえて離さない。

 …一人? ギジッツは我に返った。


「ミティアさんは!?…エドモンドさんも一緒じゃ…」

 クラジが先に疑問をぶつけた。

「(この先、路地の裏手で別れました。お二人はおそらく投降するつもりで――)」


 ミティアは、エニシダ一人を逃がすべく囮になった。


 ギジッツは一般的に人間が抱いているような、血も涙もない魔族……というイメージにはやや当てはまらなかった。人のそれとは少し性質が異なるが、人情らしきものも持ち合わせている。

 ミティアの行動は、ギジッツに決断させるに十分だった。


「クラジ、ワギ。お姫様を頼んだ」

 ワギが頷いた。

「ギジッツさんは?」

 クラジは走り出す準備のように姿勢を低く沈めてから、振り返って聞き返した。


「向こうの希望どおり出向いてやろうじゃん」

 ギジッツが不敵に、にやりと口の端を歪めた。それを見たクラジも、険しい面持ちながら、無理やりに笑った。

「御武運を!」

「こっちだ」

 ワギが促したのを合図に、クラジが走り出した。ワギもそれを追った。


「俺達も行くか」

 ギジッツは言いながら黒衣を翻す。

「ええ」

「……南ってこっちで合ってるよな?」


 エニシダが、心底落胆したように肩を落とし、脱力しながら逆方向を示した。



 人気(ひとけ)のない南正門前には兵士が隊列を維持して控えていた。

 街に駐留している部隊ではなく、おそらくあの飛行兵器から展開した……ガルダノの子飼いの部隊なのだろう。着けている装備もランクが上に見える。


 門から伸びる道を、飛行兵器の真下まで歩いた。雲が太陽を覆い隠し、光量の落ちた昼の空を、直角のシルエットが黒く切り抜く。飛行体は王者のごとく大地を、街を、睥睨する。左後方に控えさせたエニシダがやや距離を開けてギジッツの後に続いた。


 抑えた音量でガルダノの声が投げかけられた。ギジッツは足を止め飛行体を見上げた。


『やあ、”勇者”どの。不躾ながら顔も見せず、上からの物言いとなった非礼を詫びよう』


「こんちは。こっちの声拾えてるの?」


『問題ない。先ほどは魔族呼ばわりしてしまってすまなかったね』


「気にしてねえよ。それで?お喋りを楽しむ雰囲気じゃないな」


『…単刀直入に訊こう。我はこれより、大きな事を成そうとしている。”勇者”どのに協力を仰ぎたい』


「そういうのはもっと、然るべき場所でする話だと思ってたぜ。妹さんはそうだった」


『……返答は』


「ノー。ああいや。きっぱり断る」


『ほう。大した胆力だ』


 ガルダノがそこで言葉を切ると、代わってゴウン、ギイ、ギイ、と何らかの機構の作動音。

 続けて上空から大きなものが降ってきた。

 轟音。巨躯を支える四肢が着地の衝撃を吸収し、地響きとともに降り立った。それは細部こそ違えど、いつか対峙した魔獣とよく似た姿をしていた。

 一体だけではない。二体、三体目がギジッツを中心に囲むように降ってきた。

 エニシダは魔獣を頂点とする三角形から少し外れた位置にいるが、魔獣の一体――正確にはその頭のひとつ――が濁った目でそちらを見、涎を垂らしていた。ギジッツが従者に顔を向けると、心得た様子で護衛騎士(アーマーナイト)が生み出され、エニシダと魔獣の間に立った。


『獅子族酋長としての歓待がまだだったな。これらは、ほんのささやかな贈り物だよ。合成魔獣(キュマイラ)という』


「へえ。そういう名前か」


『…気に入って頂けたかな? では、もう一度だけ聞こう。我と手を組むか、否か』


 ヴルルル…。魔獣の頭のいずれかが唸った。

 爛々と輝く9対の眼が獲物を見る。


 ギジッツは答えず、正面の魔獣に向かって軽く駆け出し、跳躍した。

踵を振り上げ、振り下ろした。キュマイラの樹齢を重ねた大樹のごとき首が刈りとられて、どすんと、頭のひとつが地面に転がった。

 魔獣の残った二つの頭が咆哮をあげた。

 ギジッツは血の流れ落ちる猪の首に平然と歩み寄り、それを拾い上げると、振りかぶって、上空へ投げつけた。


 ゴォン!

 鈍い音が鳴って、ガルダノの声を発していた機構が折れ曲がった。

 もはや声は響かず、ガー、ガガ、と雑音だけが漏れている。


「答えは、」


 ノーだ、と続けようとすると、無傷の魔獣二体がギジッツに猛然と襲い掛かってきた。

 戦いの火蓋が切られた。ギジッツは拳を握った。


ヒィ。ぼんやり考えてた展開と微妙に違う方に進んでく。

当初予定では市街戦になるはず…なりませんでした。

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