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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
28/51

教授による魔述概論

 クラジはこれでも、自分の身の程をわきまえているつもりだ。ギルドの一室を借りて開かれたこの極秘会議にいる自分が、明らかに場違いな存在だという自覚ももちろんあった。

 とはいえ心の片隅に、故郷ココルピ村を実質無償で救ってくれたに等しいギジッツ達に、なにか恩返しがしたい―――そのような思いがあるのも事実だ。クラジの取り柄といえば耳の良さ、斥候として磨いたささやかな技術だけ。武術に秀でているわけでもなければ魔法も使えない。小柄な兎人(ラビト)の身で強大な魔獣相手に立ち回るのは難しいし、ギジッツの目的である”世界の危機”に対して何ができるわけでもない。

 会議の内容は耳に入っていたが、考えていたのはそのことばかりだった。


 ギジッツは、クラジの意を汲んでくれた。稼いだのはクラジだが、きちんと報酬を支払われて一行の先導役として同行することになった。与えられた役割に不満があろうはずもない。それでも……


 自分はどうすれば、あの人たちの役に立てるだろう。


 そんな折、闖入者によってループしていた思考が断ち切られた。



「…おまえか、ピレネーデン」支部長ビホンソンが疲れた声を出した。


 ギジッツは肩越しに背後を振り返って、会議室に突如姿を現した男を見た。

 たてがみを短く刈り込んだ獅子族(レイオン)ピレネーデン。

 冒険者ギルド、客員研究員の肩書を持つ男だとビホンソンは言った。

 通称、教授(プロフェッサー)


「そうだろう。耳が早いだろう!おおっ、それか、魔人は!さすが魔族だ、すばらしい。人体の構造を完全に無視した姿勢!どのような関節構造をしているんだ!?」


 ビホンソン以外の面々は、半開きにした口が塞がらない者、困惑を隠せずにいる者、さまざまだったが、各々一様に呆気にとられている様子だ。ピレネーデンはずかずかと円卓へ歩を進め、空いていた席のひとつに勝手に腰を下ろした。


「何をしに来た…」

「決まっているだろう。生きた魔人を見学に、もとい引き取らせて貰えないか交渉に来たんだ!」

「「…引き取る!?」」ミティアとクラジの声が重なった。

「なにか、不味いかね」


 まずい、まずくないどころではない。


「いや、おっさん。無力化してあるけど、魔族なんだぜ」

 ギジッツが言った。ミティアがその後を継ぐ。

「ええ、危険です。その者、ホロコッドを連れ帰ったのは、魔人がフォファガ・ロアンにいた証拠を示すためでした。それを果たした今となっては生かしておく理由はもはや…」

「大!あり!だッ!」

 ピレネーデンが叫んだ。

「いいかね。その魔族は、生きているのだろう。生きているから、すばらしい。それこそが肝要なのだよッ!」


「…だから、危険なんでしょう?」クラジが口を挟んだ。

 ビホンソンは黙っている。何を言っても無駄だと悟っているかのようだ。


 ピレネーデンは大げさに肩をすくめて、出来の悪い生徒に教え諭すように言った。


「ものごとを、愚直に、ただ一側面からのみ見ていては、真実の在り様は明らかにならない。わかるかね?常に多角的な視点をもって判断し、知性の光で照らせばこそ、科学は進歩する。仮説を立て、検証!実証実験の裏付けを経て理論は完成するのだ!その先に人類の発展は約束される!」


「カガク…ジッショウ…ジッケン?」ギジッツは反復した。


「ん、んん。そちらの君はどうやら、端的に言ってアホの様だね。よろしい」

 ピレネーデンはおもむろに腕を組むと、思案気に目を閉じ、ほんの一秒ほどでまた開いた。


「知識のない者に、そこの生きた(・・・)魔人の重要性を理解させるには、少し前置きが必要だ」



 『魔述』というものを、ギジッツは知らなかった。

 遡ること百五十年ほど前、その基礎が確立された新しい技術。


 ひとことで言うなら、それはいにしえの秘術――竜言語魔術の分析と再現。


 失伝せし真言(ロストワード)とも呼ばれる神秘のことば。知恵ある竜のみがあやつる言語。

 神代の昔、竜が地に満ちていたころ、その言葉でさまざまな奇跡が起こされた。

 いまや知恵ある竜など、世界全体を見渡しても数えるほどしかいない。

 竜族そのものが滅びの瀬戸際だ。


 だが、竜言語の一部は、秘跡を伝える一族に受け継がれて生き残った。


 竜言語は厳格な様式に則る舞踊であったり、人間の可聴域の外の音階の楽曲であったりした。儀式と言い換えてもいいが、多種多様な表現形式に翻訳され伝わっていた。その全容を知る者はない。


 竜言語魔術は、魔法の素養を持たない人間にも起こせる奇跡だ。

 その力で洪水を治めたり、大地に豊かな実りをもたらした。

 竜言語による秘術をあつかう一族は各地に散り、その命脈を保つとともに、人々から必要とされ続けた。


 やがて時代が下る。天文学や数学、自然哲学が発達した。教会は土着の信仰を駆逐する形で勢力を伸ばし、徐々に奇跡は廃れていった。儀式を必要としない”魔法”の使い手がほんの少しずつだが、人口を増すとともに数を増やしていったことも一因なのだろう。


 古いものは新しいものに取って代わられる運命だ。

 竜言語魔術もいつしか忘れられ、そうなっていった。

 そこに再び光が当たったのは、ほんの些細な偶然からだ。


 骨董、否、がらくた集めを趣味としていた人物がいたらしい。

 古い遺跡の発掘品や、民間伝承、忘れかけられた神話などを収集していた、どこかの放蕩貴族が、たまたま手にしたとある古い、古い文献。あるいは紋様で埋め尽くされた粘土板。学問的価値などまるで無かったそれらに、共通する奇妙なモチーフの図案があることに、誰かが気付いた。


 一纏めにされたがらくたは、古物商の蔵に眠っていた。

 それが日の目を見た。竜言語を解読する手がかりとして。

 また、誰かは当然、考えた。

 これらを遺したものは、竜言語を記述しようとしたのではないかと。


 一定の法則が見出され、研究に携わるものが増えだした。実利などない純粋な学問としての始まり。式と式が連立され、組み合わせが発見されたことで、「再現された竜言語魔術」はしだいに実用的なものになっていった。

 竜言語魔術の叙述式(デスクリプション)、縮めて魔述。研究は加速していく。

 冒険者ギルドの後押しもあって、特に「使える」魔述の研究が飛躍的に進んだ。魔述式を組み込んだアイテムも、つぎつぎに開発された。

 そして……魔獣の血を使って記述するという、はじめ受け入れられなかった画期的なアイデアにより、魔述は魔法にも匹敵する力を発揮するに至った―――



「端折ってしまったが、こういうことさ。解ったかね?魔人の重要性が」

 両手を広げたピレネーデンは身振り手振りを交えながらよどみなく語り、最後に言い添えた。


「あのう、すんません。いまいち」

 ギジッツは正直に答えた。


「クッ…思考の鍛錬を怠る無知蒙昧な輩はこれだからッ!」


 深呼吸のあと、いいかね、とピレネーデンが言う。

「つまり、魔述は次のステップへと至る条件を満たしたのだ。歴史的案件だ!すなわち、魔人の血が手に入る!それによる竜言語魔術の記述が―――」

 そこでもう一度、深呼吸した。

「やって見せよう。論より証拠、などというくだらない言葉があるが、一面では真実を突いてもいる。見よ、理論上予言されていた、魔族の血のもつエネルギーを!」


 成り行きを見守っていたビホンソンはそこで、おい、と声を出した。

 ピレネーデンはペンと紙を取り出すと、ペンを…魔人ホロコッドに突き刺した。

 それから猛烈な勢いで紙に何事かを書き連ねる。

 会議の卓を囲む全員がまたもや呆気にとられた。


 ピレネーデンは真っ黒に染まった紙をひらひらさせて、円卓を見回した。


「即席、”潜在精神質量探知式”だ。そこのアホ…、ああいや、黒い君」

「今アホって…」ギジッツのことだろう。

「プッ」

 従者が笑ったのも聞き逃さなかった。いつものことだが。

「ちょっと、ここに掌をかざしたまえ。それでいい」

 言われたようにすると、紙が震えて、音声を発した。


『暫定値、10,000,000,000メタグラム。計測値超過』


「なんだとォォォッ!」ピレネーデンが天を仰いで絶叫した。

「ちょ、何」

 何かまずいことをしたのかと、ギジッツは焦りを覚えた。

「……フゥー。そうか、納得いかないが君が”精霊憑き”か。なら当然の帰結だ」


「それは、”魔法の素養”の有無、キャパシティを測る計測器(カウンター)か」

 支部長ビホンソンが問うた。


「その通りだよビホンソン。見かけによらず君は理解が早い。予測の通り、圧倒的に効率化できた。この”生きた魔人”が、フェイクでないことも同時に立証された」


「計測器は本来であれば、…いや、従来のものならば、だな。机ひとつ分ほどの魔述装置になる。つまり、魔人の血を使うことで、それを紙切れ一枚で再現可能。それだけのポテンシャルが魔人の血にある、というわけだな…」ビホンソンは己の推測を語った。


「補足すると、魔人の血を用いたこの式は、より効率的な形に圧縮できる。おそらく最終的にコインひとつ程度の範囲の記述に収まるだろう。今書いたものはあくまで即席品だ」


 ピレネーデンは、ここまで言えば解るな、という風に円卓を見回した。


「では!そういうわけで、この魔人を―――」

「「いやいやいや」」ミティアとクラジの声が再び重なる。

「有用性は、ある程度理解できました。ですが安全性の問題が残ります」

 ミティアは言った。ほとんど他人事だが、もっともな意見だとギジッツにも思われた。


「しかしながらこちらも、死体には用がない。魔獣と同じであれば、死んだ魔人の血もまたエネルギーを失ってしまうのでね。昼、勇者が倒したという魔人の死骸から採取した血液には何の力もなかったのです」溜息をついた後、ピレネーデンは肩をすくめた。

 ビホンソンはしかし、「教授」に魔人を託すことを考えていたようだ。


「ミティア様、この魔族が手に入ったことは……チャンスかもしれません」

「…チャンスとは?」

「魔人の血によって、『魔述』がさらなる発展を遂げる事は、ほぼ間違いがない。ホロコッドを保有していることは、わが国の大きな武器となります。すぐに公には出来ませんが、研究が一定の成果を上げ、冒険者たちがその有効性を認めたあとでならば、民も忌避はしないでしょう」


 ビホンソンはギルドの人間だが、フォファガ・ロアンに生まれ、そこに暮らす一人でもある。

 ギルドにもある程度のフィードバックはするが、ここで行われる重要性の高い研究内容は漏らさない。

 取り扱いにはむろん厳重に注意すると、ビホンソンは言った。


「…仰る事はわかります」

 ミティアは少しの間、言葉を探すように逡巡した。

「魔族の身柄の件は、今後考えていく課題として、一先ず保留といたしましょう。この場で判断を下すことは、結論を急ぎ過ぎているように…思われます」


「そんな!ミティア様!」

 ピレネーデンが悲痛な叫び声をあげたが、ミティアは取り合わない。


 会議はそこで、お開きとなった。


 軍内部でもホロコッドの存在は知れ渡っていなかった。

 知る者は、いまは少ない方がいい。すでに勇者が倒したとはいえ、魔族が街中にいたのだ。市民の間に無用の混乱を招くことを避ける意味合いもある。



 ギジッツは、ピレネーデンやビホンソンのような人物を目の当たりにして…また、サウラー博士の研究内容を知って、「人間」に対する、矮小で取るに足らないものという評価を少し改めた。


 人間は必要とあれば、魔族すらも利用する。

 なかなか残酷な顔を持つ、強かな存在だ。



 (魔述…か)


 クラジは寝付けずにいた。また目の下のクマが濃くなりそうだ。


 魔述士。

 竜言語魔術に精通する技能者。アイテムの力を引き出し、魔述を自在に操るもの。亜人種のように特に秀でた身体能力を持たず、座学に熱心な、純血のヒトの冒険者に多い。

 遁走丸のような誰でも使える魔述道具(アイテム)はその分、高価だ。

 魔述士は、アイテムの助けを借り、自ら略式の竜言語魔術…魔述を扱う。


 熟達した者は戦闘におけるサポートは勿論のこと、攻撃、回復までこなすという。

 戦闘外でもその能力は重宝される。

 魔述を使うたびにアイテムを消費する…その分出費がかさむことと、魔述そのものの習得難度の高さから、魔述士の数はさほど多くない。


 だがクラジには、兎人の誇る高性能の耳がある。

 ヒトには聞き取れない音を聴き分ける耳。


 (オレが…役に立てるとしたら、これっきゃ…ない…)


 ぼんやりと考えながら、ようやくクラジは眠りに落ちた。



 翌朝のフォファガ・ロアンは普段と変わりなかった。

 ……前日、「勇者」の活躍で魔人が討伐された、その噂が広まりつつあったこと以外は。大きな混乱は起こらず、静かな波紋のように、噂は流布されていた。


 勇者を見た。獣人族ではない、槍を手に身の丈2メートルはあろうかという精悍な男だ。いやいや、立派な装飾の刀を携えた美男子だ。ミティア様が行動を共にしている。いや、勇者はどうやら兎人だそうだ。

 等々…

 あることないこと、色々と囁かれてるらしい。

 人間とは噂好きなものだという、大魔公メスの言葉をギジッツは思い出した。


「ギジッツ……様が出て行ったらガッカリされそうですね…」

「言い方ちょっと引っかかるけど、うん…」

 エニシダの指摘を否定できないのがなぜか、少し悲しい。

 人間の間での評判なんてどうでもいいと思っていたものだが。


 ワギはすっかり回復した。

 薄汚れていた毛並みも整えられて、引き締まった若者という風情だ。

 ミティアの屋敷の広間で顔を合わせながら食事を摂った。


 獅子族酋長ガルダノは何処へ消えたのか。

 市民はまだ、その出奔を知らない。


 ギジッツ達はガルダノの行方を追うというミティアへの協力を約束した。


 そして、捜すまでもなく、答えは向こうから「やってきた」。


广まだれに「マ」って書く略字の「魔」が好きです。

魔述のマにはそれを当てたかった。

マ述や㋮述だとやっぱりいまひとつだったので、魔述になりました。

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