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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
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攻勢

 一足先に屋敷に戻っていたクラジはミティアに事の次第を伝えた。

 それからミティアはすぐさま各方面に働きかけた。


 魔人出現の報。魔獣(モンスター)と、その上位存在にあたる魔族に対してはギルドと国家が共同して対処する規定だ。

 ひとまず目端の利く者数名を送り込んだ。

 事は急を要する。討伐に割ける頭数と編成、都市防衛に必要な人員を見繕わなければ……対応に憂慮していたギルド支部長は、ミティアが助力を仰いだ「勇者」が既に魔族討伐に赴いたとの連絡を受け、半信半疑ながら胸をなでおろした。

 勇者が立ったなどという話はとんと聞かなかったし、ミティアが繋がりを持っている理由もわからない。しかし、「勇者」の働き如何によっては魔族の件での支出と犠牲は最小限に抑えられそうだ。

 そいつが贋者でさえなければ。



 街に戻る道の途上、こそこそ隠れながら移動する一団と出会った。

 そのうちの一人が荷車を引くギジッツに向かって叫んだ。

「貴様ら、どこから来た!?その方向は…」

 魔族が出たっていうからピリピリしてるんだな。ギジッツはのんびり考えた。

「魔人なら俺がやった。街は大丈夫だ」

 一瞬の間。

「何を言っている?」

「この先に転がってるから確かめてくれ。あ、こっちは襲われてたケガ人ね」

 ワギの事情を話せるのは、クラジやミティアくらいだろう。

 じゃっ、そう言って一団を置いてすれ違った。


 日がだいぶ傾いたころフォファガ・ロアンに着いた。

 街は厳戒態勢かと思いきやそうでもなかった。

 出た時と変わらず門前には列を成して人が群がっている。

 並ぶ必要はない。ケガ?人連れだし、何よりミティアに貰った通行証がある。


 通行証を掲げる。すると衛兵がわらわら集まってきた。

「え?」

 ぼけっとしていると、そのまま囲まれた。

 街に来た時のようにすぐ通れると思っていたが。

「どうぞこちらへ」

 有無を言わさぬ雰囲気。あれ、どうなってる。



 どうやら引っ立てられたようだ。

 ワギは立って歩ける程度には体力を回復していた。

 ギジッツとエニシダ、それにワギの全員がじめじめする狭い部屋に押し込められた。部屋にはかすかに瘴気が漂う。なんか知らんが、何もしていないのに牢屋行きになったら洒落にならない。


 検査員が通行証を矯めつ眇めつする。

「…本物のようだな。どうやって手に入れた」

「いえね、だから、ミティアさんに渡されんですって」

「はん。バカな」

「ホントですホント。それにほら。なんたって俺、勇者なもんで」

 腕力に物を言わせればここから出るのも容易い。だがそんな事をすればたちまち本物のお尋ね者になってしまう。何もかもがシンプルな魔界と違い、人間社会とは実に面倒くさいものだ。この状況は何かの誤解に決まってる。誤解はとけばいい。この場は何とか穏便に済ませたい。

「勇者?」

 片眉を吊り上げて、獅子族(レイオン)の役人が通行証を返してよこした。

「ほら~、”金の目”。それよかミティアさんに確かめて下さいよ」

 テーブルを挟んでギジッツの差し向かいに座る役人は、横のもう一人と二言三言交わしてから、改めてギジッツに向き直った。

「まあ、いい。出ろ」魔界の門の整列係と同質の横柄さで告げた。

 少し腹立たしかったので、ギジッツは無言でその場を立ち去った。

 さて。少しトラブルはあったものの無事に街へ入れた。

 レビーテの行方の進展も気になるし、ワギのこともある。

 魔人を斃した手柄を宣伝しにギルドへ向かう選択肢もあったが、真っすぐミティアの屋敷へ向かった。



 夕刻、日暮れ前。ガルダノはフォファガ・ロアンに戻り、留守中の報告をきいた。

 まさに今日のことだったが、その中に知性のある魔人によって冒険者に死傷者が出たとの報。

 魔族…? 珍しいことだ。

 魔獣ならばいざ知らず、過去に勇者が活躍した大戦以来、人類の領域で魔族が暴れたなどという話は聞かない。大戦ですらガルダノの父がまだ幼いころの昔話だ。

「あとで目を通しておく」

 書類の束を机に置くよう命じて、ガルダノは伝令を下がらせた。


 確認すべき喫緊の案件がほかにある。


 空中要塞の飛行実験は上首尾に終わっていた。

 その結果はガルダノを満足させた。

 懸案事項…反乱分子を燻りだすために撒いた餌と罠に獲物がかかっているかどうか。

 ガルダノは武官二人を伴い、執務室を出た。



 ミティアは”森の砦”に関する報告をうけて、驚愕に目を見開いた。

 砦は焼け跡だけを残して忽然と消えてしまったというのだ。そして監視につけていた斥候の一人が消息を絶ったという。

 建設よりは解体の方が楽だとはいえ、一夜にして砦が消えるなんて。そんなバカなことがあるだろうか。クラジが砦監視の任にあたっていたことを知らされたときも驚いたものだが、その比ではない。


 ギジッツ達が、人数をひとり増やして戻った。

 相談があるというので人払いをして会議の卓を囲んだが、その内容もまた大きな衝撃をミティアにもたらした。


「こ、こちらの方が、魔族?」

「ウッ、…ぐ、苦じいでずミティアざン」驚きのあまり、つい腕に力がこもってしまった。

「キャア!クラジ様!すみません!」

「なんていうか、魔獣モドキというか。騒がれてた『魔族』の正体はこいつ」

 狼尾人の男、ワギはぺこりと頭を下げた。

「おれ自身にも何が何だかわからない」

 ワギは沈痛な面持ちでゆっくりと語った。

 話が本当なら、彼は少なくとも三人の冒険者の命を奪った。


「なんの根拠もない話だけど」

 ギジッツが顎に手を当てて言った。

「クラジも知ってるが、ここに来る前、ワニニールって街の近くで魔獣を一頭しとめた」

 クラジが頷く。ワニニール。

 ミティアの兄の、政敵とも呼べる人物の治める町だ。

「そいつがでかい図体のブッサイクな変なヤツでさ。それはどうでもいいんだが」

 魔獣の三つの頭。その正体を失くしたような()が、ワギのそれに似ていた気がする。

 ギジッツはそういった。

「ワギ様は、以前はどちらに…?」

 奥ゆかしくミティアの背後に控えていたエドモンドが発言した。

「……獅子族の頭が、傭兵を募集していたろう。おれはそのひとりだ」


 今も多くが行方不明の傭兵たち。

 魔族めいた姿となり人に手をかけ、人に戻った傭兵の男。

 ワニニールに迫っていた得体の知れない魔獣。

 ワニニール近郊の森に確かに存在した、消えた砦。


 常識で考えれば、これらの点を繋げる線などあり得ない。

 だが行動を起こすに足る状況証拠が揃ったとミティアは感じた。

「兄が酋長となってから、兵器開発顧問としてわが軍が登用した人物がいます。名はたしかサウラー博士」

 研究室がこの街にある。

「彼は魔獣を兵器として用いる研究を進めているとまことしやかに噂されていました。博士にお話を伺いに参りましょう。ギジッツ様がたにも同行をお願いしてよろしいでしょうか」

「レビーテも見つからんし、いいぜ。サクッと行こう」


 ミティアは再びギルドに使いをやった。

 打てる手は打っておいた。あとは虎口に飛び込むのみ。



「ミティア……か」

 ガルダノはコツ、コツと眼帯を突きながら重く呟いた。

 街道の宿場町では捕え損ねたようだが、情報は伝わった。

 驚くにはあたらない。薄々わかっていたことだ。


「もうすこし賢い子だと思っていたよ」


 誰に言うともなく独りごちた。

 そうして自嘲気味な笑いを浮かべた。

 ガルダノは不要なものを切り捨てることを躊躇わない。

 何人たりとも、楯突く者は赦さない。


 眼帯に蔽われていない目で己の掌を見た。

 ずっと昔、危なっかしいミティアがどこかに行ってしまわぬよう繋いだ手。

 いまや血に塗れた簒奪者の…否、支配者の手を。

 ガルダノは支配される側ではなくする側に立つ。

 そうあらねばならぬ。私欲はなく、それを天命といってもよかった。


 獅子族酋長は拳を握りこんだ。

 いっさいの表情を消すと、ゆっくりと立ち上がった。

 ある決断とともに。



 サウラー博士の研究室は軍の詰め所の敷地内にある。

 博士に面会を申し込むと、許可が下りるまで時間がかかると言われた。

 だが、軍を掌握するのは酋長であるガルダノだ。楽観的なギジッツをして、ミティアといえども面会を許されるとは思えなかった。

 この場にいるのはギジッツ、クラジ、エニシダ、ミティア。

 最後にエドモンド。ワギは屋敷で養生している。

「いいのか?」

 ギジッツは念のため訊いた。

「手段を選んでいられません」

 獅子族の少女が獰猛に笑った。

 内心を巧みに隠しているが、不安でないはずがない。

 どのみち、露骨に嗅ぎ回ればガルダノの知るところとなる。派手に動くのなら先手を打つ方がいい。立場は窮鼠とそうかわらないが、追い詰められた者の足掻きではない、正当性をもって挑む。


「じゃあ手筈通りに」


 目標は、サウラーが「魔獣化」にかかわっている証拠となる資料。

 ワギを魔獣に変えた奇妙な寄生生物が見つかれば決定的だ。

 あるいは本人か部下を締め上げてその口から直接聞きだすか。


 研究室は広大な軍駐屯地の中でもかなりの面積を占める。

 機密を預かる研究室の警備が薄いわけがなかった。

 ミティアの顔が利くのはごく表層まで。用があるのは、その先。

 ここからは覚悟をもって臨まねばならない。

 日没間もない、昼の空気が夕闇に溶け残る時刻。

 詰め所の柵を破って五人は侵入した。


 ギジッツが扉を指さした。

「あれなんて書いてある?」

「関係者以外立ち入り禁止、ですね」

「よし。そっちだな」


 誰何される前に見張りに立つ兵士を黙らせた。

 上級魔族の前には、人間用の錠なんてあって無いようなもの。

 ギジッツは扉に手をかけ引いた。

 失敗すればお尋ね者。だが通行証の時の謂れのないイザコザとは状況が違い、理はこちらにある。失敗しなければいいだけだ。



 執務室に戻ったガルダノのもとにギルドを経由して情報が舞い込んできた。


 「勇者」が現れ、その手で魔族を斃し、街に凱旋した。

 民衆は救いの主たる勇者を持て囃している。


 ―――勇者だなどと、誇張表現もいいところだ。

 ガルダノは鼻で笑おうとして――最後の一文に目をやった。

 ギルド支部長からの書信にはこうもあった。


 「『勇者』は街に巣くう悪を裁くべく行動を起こすらしい」と。

空中移動要塞の出番はもう少し先です。

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