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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
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フォファガ・ロアン

 亜人種の中でも狼尾人(ロオレン)という種族はボルドー大陸には珍しい。

 かつて、彼らの祖先の多くが純血人類(ヒト)との共存を選択した。亜人種の北大陸への大移動の原因となった迫害から逃れ、南大陸―――ムスカデ大陸に残った。その子孫である現生の狼尾人たちもまた、南大陸に国家を築くか、”人間”の社会の中に溶け込んで暮らしている。


 ワギは、数少ない北大陸に暮らす狼尾人(ロオレン)であった。


 親兄弟がいたとして、顔は勿論知らない。ワギという名にも由来はない。なんとなく自分でつけた。名無しだと多少不自由したから、それだけの理由。

 生まれて初めて嗅いだ臭いが何だったかはもう忘れたが、物心ついた時にはフォファガ・ロアン――町の名前は後で知った――の貧民窟の片隅で、カビと泥のにおいを嗅いでいた。孤児の先輩たちに倣って、生きるために大抵のことはやった。

 ワギは年中泥にまみれていて、鼻にもすっかり泥のにおいが染みついていた。


 いくつの時のことだったか。いちいちそんな下らないこと覚えちゃいない。

 ワギの周りにほかの狼尾人など一人もいなかったため較べようがなかったが、彼は狼尾人の中でも体格に恵まれていたらしかった。

 目にとまったのは恐らくそのおかげだろう。軍はものになりそうな若い者をかき集めていた。

 ワギは訓練場に放り込まれ、初めて衣食住の足りる生活を知った。泥以外のにおいを嗅ぐことが増えた。

 乞食や盗み、スラムで這いずり回るほかにも生きる術があるのだと教えられた。殺しはスラムでもやったが、より効率的に殺傷する手管を叩きこまれた。

 獅子族のように常備軍をもつ部族は少ない。獅子族の直轄地に捨てられていたのも、思えば運が良かったのだ。

 ワギは一兵卒となった。軍を放逐されるまで時間はかからなかったが。


 人間の走狗(イヌ)と揶揄される狼尾人の身の上で皮肉なことだが、ワギはどうやら自分本位な男だったらしい。尻尾を振って上の命令に従うことに耐えられなかった。度重なる命令違反の末除隊された。


 自分ひとりで生きるのはワギの性に合っていた。

 気ままに、のらりくらりとその日暮らしをしてきた。傭兵に応募したのもたまたまだ。

 彼は何度か傭兵としてはたらいたが、それなりに割が良かった。


 泥と灰の中から抜け出すのは難しい。

 ぬかるみに足を取られたまま冷たくなっていった孤児たち。ボロ雑巾とかわらない命。

 今もまだ鼻にわだかまっているにおい。


 クソくらえ。おれはもう、泥の中には戻らない。



 五人になったギジッツ達一行を乗せた馬車がフォファガ・ロアンに到着した。

 街は四方を高い塀に囲まれていて圧迫感がある。ほとんど塁壁といえそうな堅固な壁だ。

 ここまでの道行きに妨害は一切なかった。

 獅子族(レイオン)の追手もない。ギジッツが勝手に抱いていた地上のイメージは、往来を行けば盗賊やら追い剥ぎがわらわら湧いてくるものだった。


「いたとしても、エニシダさんの馬車に追いつけるようなやつは居ませんよ」

 クラジが笑った。街道で狼藉をはたらくバカはそういないらしい。主要な街道には各部族国家の目が及んでいる。取り決めでフォファガ・ロアン周辺は獅子族が巡回している。

 五人は馬車から降り立った。


「それにしても。すごい魔法をお持ちなのですね!わたくしの家の馬車よりも遥かに速いです」

「…大したことでは」

 エニシダは、ギジッツ以外からはあまり褒められ慣れていない。

「ふふん」

 ギジッツは褒められた時の反応のお手本のつもりで、鼻高々にふんぞり返ってみた。

 従者が取り繕ってもいない不快そうな顔になった。

「なぜギジッツ……様が得意げなのですか」

「いや、手本を…」

「次やったら移動の際馬に括り付けますよ」

「そこ怒るとこなの!?」


 物々しい警備兵に守られた検問所の前には隊商や旅人が列を成している。

 街の外からでもわかる。地上に出て初めての、瘴気の鬱積する土地だ。

 列の横をすり抜け、短いやりとりの後エドモンドを先頭に門をくぐった。


「顔パス…ってことは、お姫様の動きはお兄さんにゃバレてないな」

 ミティアが頷いた。

「姫ではありませんが。わたくしとエドモンドは、まず軍事演習の件を洗い直します」

「俺達もついていくか?」

「それには及びません。ギジッツ様のお手を煩わせるのは、兄の拠点に乗り込むときに」

 冷静沈着を絵に描いたかのようなエドモンドが、目を白黒させ慌てふためいた。

「お嬢様、それ、いったいそれは」

「見苦しいですよ!もはや、ほかの部族や――連合を、あてにしてはいられません。幸いにもわたくし達は、勇者様のご助力を得られる事となりました」

 ミティアは深呼吸して、小さい…ただし揺るがない声で言った。

「この上はお兄様に、真意を直接問いただします。可能なかぎり裏を取る必要はありますが…元より、ネズミのようにこそこそと動き回るのは、わたくしの本意ではありませんでした」

 エドモンドはしばし頭を押さえて黙っていた。ミティアを説得する言葉を探していたのか、しかし彼女をよく知る者として諦めたように長く細い息を漏らした。

「決まりですわね!」エドモンドが口を開く前に、ミティアがぴしゃりと言った。



 客人としてミティアの屋敷に通された。街に滞在する間ご厄介になる。

 レビーテらしき連中が訪れていないか、顔の割れていない人員を調査に割いてくれるらしいので、ひとまずこの街ですべきことはなかった。

 あいつは美貌をハナにかけているから、人間に擬装していても一発でわかるだろう。


「じゃあ俺達はギルドにでも顔を出してみるか。いっぺん行っときたかったのよ」


 冒険者ギルド。その成り立ちは比較的新しく、二百年前…ギジッツの知る時代には存在しなかった、町や国を越えて活動する”冒険者”たちを管理、支援する組織だ。本拠は南大陸。種族の垣根も超えて北大陸の各地にも支部を構える。

 ギルドという単語自体には互助会程度の意味しかなく、商人ギルドや職人ギルドも存在するが、いまやギルドといえば冒険者ギルドを指すほどになった。

 大魔公メスの受け売りらしいが、エニシダに事前からそう聞いていた。


「”流れの魔獣退治”のような依頼を探すんですか?」

 クラジが訊いてきた。

「それもあるけど、まあ、雰囲気が知りたくってさ」


 目指す建物はそこそこ目立っていてすぐに見つかった。見晴らしの良い大通りに面した四階建ての高さと、木造の建築物の中にあって煉瓦?造りらしい様式が浮いていたためだ。

 そしてもう一つ、その建物の前に人だかりができていて、ちょっとした騒ぎになっていたこともある。


 一瞬、有名人でも来てるのか?なんて呑気に考えた。だがよく見ればギルドまでの道のりに、点々と赤いものの跡がある。

「魔族だってよ!」

「町の近くに…」

 噂話が耳に飛び込んできた。恐慌というほどではないが、人だかりの様子は穏やかではない。

 思わずエニシダと顔を見合わせた。

 レビーテ……はもう少し巧妙に街に潜り込むだろう。

 それに人間は知らないだろうが、地上にも多くの魔族が闊歩している。他の魔族がいても不思議はないが、このタイミング…


「…違うよな?」


 このあたりでは暴れていない。

 正体がバレる兆候はなかったはずだ。そう思いたかった。


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