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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
20/51

顔合わせ/飛翔

 ギジッツは寝起きだけは良い。というのも、魔族の身体は睡眠を必要としないので、眠ろうと決めればきっかり決めた時間だけ眠れる。エニシダが時折やる二度寝であるとか、寝坊などは生まれてこの方したことがない。

 その代り一度眠りに就けばよほどのことがなければ目覚めなかった。夢も見ない。どちらかといえば気絶に近い。

 相部屋のクラジが夜、獅子族(レイオン)の荒くれ相手に立ち回ったことも知らなかった。


 翌朝、宿の食堂。朝食の席に寝ぼけまなこのエニシダを伴ったギジッツは、仕立てのいい衣服に身を包んだ獅子族の少女と、その執事だという背筋をピンと伸ばした壮年の男性を紹介された。

 壮年の執事のてきぱきとした動作は年齢を感じさせない。力の充実した頑健な肉体に、弛まぬ鋼のごとき精神を宿しているのが見て取れた。

 少女は、育ちの良さからくる自信と奔放な性格をにじませた目をしていた。その眼差しに、少しの翳がさしているようにギジッツには思われた。


「こちらが獅子族の前の酋長さんのご息女…」

「ご紹介に与りました、ミティアと申します。何卒よろしくお願いします」


 クラジを胸に抱いた少女が挨拶した。なんでもクラジにフォファガ・ロアンへの同行を申し出たらしい。

 申し出は二つ返事で了承した。

 ミティアの膝の上のクラジは些か居心地悪そうだが、されるがままである。

 ギジッツは呆気にとられていた。


「どうも。ギジッツといいます。訳あって旅の途中です」


 こっちはエニシダ。部下です。横の従者を紹介しながらギジッツは少女を観察した。

 ミティアの身なり、それに付き従うエドモンドという執事の物腰からも本物の前酋長の令嬢のようだった。いろいろと訊きたい気分だ。なぜそんな身分のある人物がここにいるのか、なぜクラジをいたく気に入った様子なのか、というかなんで抱きしめてるのか、等々。

「失礼ですが、お二方は何をしにフォファガ・ロアンまで?」

 ギジッツが悶々としていると逆にミティアの方から訊ねられた。

「ああ、その。ちょっと人探しを」


 どこまで話していいものか。

 少し迷ったが、獅子族のお姫様を頼れば物事がスムーズに運びそうな予感がした。

 ギジッツは深く考えず直感に任せた。


「俺達の…仲間の、アケイロンという男が拉致されまして。魔族に」

「魔族が!?」ミティアは目を丸くした。

「アケイロンを取り返しに行くところです。人の多い大都市なら何か手がかりがないかなと」

 レビーテのことは詳しく話さずともいいだろう。


「実はですね、このギジッツさんは、異国の出の”精霊憑き”なんですよ」

 諸国を回って世界の危機について調べているんです、とクラジが補足した。異国出身、のくだりはクラジがそう思い込んでいるらしい。

 言われて初めて気が付いたように、ミティアはテーブルにぐいっと身を乗り出してギジッツの左目の光をまじまじ見た。クラジの頭が少女の胸に埋もれた。

「まあっ…!これが、かの名高い”勇者の金の眼”なのですね!」

「…あの」「お嬢様」エドモンドとクラジが同時に声を出した。

「……あら、失礼」

 こほんと可愛らしい咳ばらいを一つして、ミティアが着座した。

「街に着いたら、わたくしの方でもその魔族が訪れていないか、人をやって調べさせましょう。…その代わりといってはなんですが」

 神妙な表情になって続ける。

「厚かましいお願いなのは承知しています。どうか、わたくし達にお力をお貸し下さいませ」

「へっ?」

 その席ではギジッツの予想の外の出来事ばかり起こった。



 ミティアの語ったところによれば、彼女の父親の違う兄――獅子族新酋長ガルダノには不審な動きが多い。前酋長の突然死に端を発する酋長の交代劇を含め、なんらかの策謀が動いているとみてほぼ間違いないと彼女は言った。戦争の影のちらつく大きな企みが。


「わたくし達は、兄を止めるべく、ワニニールへと赴く道の半ばでした」

 そこでガルダノの張った網にかかってしまったらしい。

 窮地を救ったのがクラジという事だった。

「へえー。やるなあ」

 ギジッツはクラジの腕っぷしを知らなかった。強そうには見えないが、やる時はやる男のようだ。

 小さな体で、暴漢に敢然と立ち向かった話を聞いているとギジッツよりよほど勇者らしいと思えた。

「オレなんか全然ですよ。エドモンドさん頼みでしたし」

 それより、とクラジが言う。

「ギジッツさんはオレの村を魔人の襲撃から救ってくださいました。オレからもお願いします。戦さが起これば、あちこちの町や村も無事でいられないでしょう…オレの故郷も、たぶん」

 そうしてぺこりと頭を下げた。


 ギジッツは当惑した。

 正直言って面倒ごとは御免被りたいし、具体的に何をしたらいいんだ。


 微笑みながら会話を見守っていたエニシダが口を開いた。

「ギジッツ……様は、困っている人を放っておけない性格をしています」

 魔人は素早く首をひねって横に座る従者を見た。

「まあ!でしたら…!」間髪入れずミティアが答える。

「喜んで、ミティア様にお力添えさせて頂きましょう」

 口をぱくぱくさせているギジッツに代わって、エニシダが話をまとめた。



 獅子族の男たちは宿場の牢に入れられた。

 ミティアがこの宿場町を訪れたのは、まだガルダノの知るところではないだろう。


 宿場を出て少し歩いて、人の目がないことを確認するとエニシダが魔法を行使した。

 地表に雲が生まれる。雲はたちまち凝集して、真白い馬四頭と、五人が乗り込んでも十分な余裕のある馬車を形づくった。

 馬車が街道を駆け出す。


「フォファガ・ロアンに戻り、兄の足取りを追うとともに、資金と物資、それから兵の動きを確かめます」


 ガルダノはここ数日、公務があるといってフォファガ・ロアンの邸宅に戻っていない。

 ミティアの権力は大きくなかった。ギジッツ達はミティアのボディガードのような立場で、行動を共にすることになった。


「あとは、貧民街(スラム)や、主要な賭場に、仰られたような人物が訪れていないか調べさせましょう」

 レビーテの性格から目星をつけただけで、フォファガ・ロアンにいる確証はない。

 ギジッツとしてはあちこち探し回るのはとにかく面倒だからいてくれればいいな、くらいの気持ちだった。


「ギジッツ様とその魔族の間には、なにか因縁があるのでしょうか?」

 ミティアが興味津々といった様子で質問した。何にでも首を突っ込みたがる性質のようだ。

 因縁か。あると言えばある。

「まあ少し。できれば争いたくないんですがね」

「勇者様のお仲間というアケイロンさんも、どんな方なのでしょう!」

 ギジッツは”勇者然”としているとは言い難い。そういえば初対面のクラジも、アケイロンの方を勇者だと思っていた。

 ミティアは隙あらばクラジに絡んでいる。どうやら一方的に。

 ふと気になっていたことを聞いてみたくなった。

「お嬢さんは、ずいぶんクラジがお気に入りみたいだけど」

「…えっ!?」

 火が噴き出たようにミティアが顔を赤らめた。

 まさか、クラジをどう思っているか、自分では意識していなかったのだろうか。

「その、わたくしは、あの。婿様をお迎えするにはまだ」

 婿。話が飛躍したのがギジッツにも判った。クラジの目の下の隈は、この一晩でいっそう濃くなっていたが、今また深くなった気がした。

「いや。すんません。俺が口を出す話じゃなかった」

 クラジが助けを求めるようにギジッツの方を見たので、お茶を濁しておいた。

 執事エドモンドも何も言わない。

 もはや建設的な話し合いをする空気ではなくなっていた。



 ワニニール南方に位置する森の一角の、秘匿された砦。

 その夜、ガルダノは砦を引き払うと決めていた。

 それは即ち合成魔獣と対を為すもう一つの新兵器の起動実験が、これから開始されることを意味する。彼の切り札となる、戦いの歴史を塗り替える代物。


 主要な人員と地下の秘密実験場の重要設備、器具類はすべて砦に移されていた。

 それ以外は…不要だった。

 機密漏洩につながる前に始末をつけた。ガルダノは、不要なものを躊躇わず切り捨てる。

「博士、最終確認を」

「ファホ、ファホホホーッ!問題ッ、などあろうはずも無し!」

 この狂人は、紛れもなく狂人ではあるが、やはり稀代の天才かもしれなかった。

 小型の試作機での試験はとうに完了している。理論上失敗する要素はない。

 そう、この日…ついに動くのだ。

 砦そのものが。

 

 堅牢な装甲に守られる、緊急脱出艇を兼ねた司令室。

 明滅する計器類に向き合う者、操舵輪を預かる者。ここには最精鋭の乗組員が揃う。

「浮遊炉、一号、二号、三号ともに正常圧!」

魔述回路(サーキット)、循環値ヨシ!」

 サウラーが満足気に丸眼鏡を持ち上げた。

「では、ガルダノ殿」

 ガルダノは頷いた。

「出せ」

 重い声が告げた。管制官が秒読みを始める。

「十秒前。…サン、ニイ、始動!」


 大地が束の間揺れる。森の木々をなぎ倒しながら、空中移動要塞がその威容を見せた。

 狂気と野心が産み落とした怪物は夜の闇の中を音もなく飛翔した。


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