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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
序章 魔人と従者、魔界を発つ
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最後の契約

「勇者」の定義とは?

 国家規模、否、世界規模の災厄をもたらす怪物を討滅すべく現れる、人類の守護者。希望の体現者。人々の認識はその程度であろう。


 平時においては必要とされない存在である。人々に望まれ勇者が立つ時、英雄を必要とする時は、危機の差し迫った状況以外ではありえない。

「勇者の資質」を持ち、世界を災厄より救う者。それが勇者の定義だ。


「勇者」の資質とは?

 強さではない。勇者は人類に仇なすもの全てを屠る存在だ。そして強者は数多いるが、当代の勇者とされるのはほんの一握りの者達。

 強さ、それは必要条件に過ぎず、勇者たりえるにはそれのみでは不十分なのだ。

 求められる資質は、強さや高潔な人格、求心力でも、ましてや血統でもない。


 精霊憑きであること。


「精霊」――――


 便宜的な呼び名であり、詳細は不明。何しろ、精霊とは意思の疎通ができない。何らかの法則に従って現れる現象、あるいは法則そのものとされる。

 高次元からの来訪者であるなどという異端の学者もいる。

 精霊に人格らしきものがあると仮定するならば、気まぐれな性格であることも予想された。

 精霊憑きとなる者は、年齢、性別、人種などの条件によらず、まったく無作為に選ばれるのだから。


 精霊憑きは、ほんのささやかな変化でその自覚を持つ。

 視界の左端にあらわれる光の塊だ。

 光の塊は、日が経つにつれて、次第に輪郭がはっきりし、剣、杖、護符、杯のいずれかの形をとっていく。

 片方の瞳は元の色に関わらず金に変じ、ゆらめく微かな光を宿す。

 光の塊が定着するとともに、黄金の輝きも安定する。

 そして精霊憑きとして覚醒が完了する。


 精霊憑き=勇者となった人間には、いくつかの特異な能力が備わる。


 一つ、死ぬことがなくなる。

 首を刎ねられようが、燃え盛る炎に包まれて炭化しようが、病死、毒死、溺死でも、「死ぬ」と同時に肉体が光の泡となって分解され、直前に就寝した場所に湧き出す光の泡から健康体で再生する。

 光の泡が周囲の状況を生存に適したものにするため、就寝した場所が水没するなどして水中で再生が始まれば、光の泡が空気を確保してくれたりもする。


 一つ、いかなる経験をも己の糧とできる。

 本を一度読めばその内容をいつでも思い出せ、筋肉は鍛えた分だけ力を増す。戦えばそれだけ強くなる。さらには死なないため、命のやりとりの果ての敗北すら成長のステップとなるのだ。


 一つ、あらゆる技能を習得できる。

鍛えればその分だけ身につくため、努力でカバーできる範囲ならば、本人の得意不得意による習得速度の違いこそあれ「できないこと」が何もなくなる。きちんと訓練すればの話だが。


 一つ、精霊憑きは精霊のもつ膨大な精神質量を借り受け、そのエネルギーを行使する権利を得る。

 精神質量、すなわち精神エネルギーは、「魔法」を使う代償となるものだ。

魔法は本来、その素養を持つ者のみが使うことを許される。比率にしておよそ100人に一人ほどの割合。

 精霊憑きは素養の有無にかかわらず、精神エネルギーを自在に取り出し、望みのままに使えるようになる。


 勇者は世界の危機に呼応して現れ、その力を揮う。そして勇者の力の源、「精霊」は、その役目を果たすと消えてしまう。逆に言えば、平時に勇者が生まれることはないのだ。

 有史以来、人類が滅亡に瀕するほどの危機と呼べる事態は五回あった。

 偶然か必然か、その度に「精霊憑き」が現れ、滅亡は回避されてきた。


「―――とまあ、そんな具合だね。

 精霊憑きは、人類にとっての救世主というわけだね」


 ギジッツの数少ない友人、第二位魔公爵メスは、口の端を吊り上げそう告げた。

 その目を好奇に輝かせながら。


 御託はおおかた聞き流した。


「うん。しってる」


 うんざりとした気分でギジッツは応じて、出された黒桜茶に口をつけた。苦い。


「念のためだね。君は頭の程度がやや残念だから、おさらいをしたわけだ」

 ギジッツの背後に控えるエニシダは無言だが、たぶん内心では爆笑しているだろう。

 肩くらいはプルプル震えてるかもしれない。


「いやー、バッチリ憑いてるね、精霊。魔族に憑いたのは、たぶん初めてだね。興味深いよ、じつに」


 聞きたいことはまだ何も聞いていない。


「相談はこっからだ。俺は何をしたらいいと思う」

「何、とは?」

「俺は魔族だ。人間を守る義理はないし、今日から勇者、って言われてもな。なんせ魔族だからな」

「精霊憑きになったからと言って、人類種を敵対者から守る義務が生じる訳でもないのは事実だね」

「そうなの?」

 メスは笑顔のまま数秒、思案気にゆっくりと視線を泳がせる。


「確認されている限り、同時期、同時代に現れる勇者は最大で、四人」


 へー。

「…その豆知識がなんだってんだよ」

「順を追っていこう。過去の五回の大災厄ではしかし、常に勇者四人組が活躍したわけではなくて、ただひとりの勇者の活躍によって退けられた災厄もあるんだね。

 というより、勇者が四人揃って災厄に対処した例は、たったの一回しかない」


「じゃあ勇者一人の時代に、精霊憑きがあと三人いたなら、そいつらは全員どっかで遊んでたのか?歴史の表舞台に出てこないで」

「その可能性があるという話だね」


 人類の救世主、精霊憑きの伝説は、魔族の間でも有名だ。


「なんだ。俺はてっきり、精霊憑きになったら否応なく面倒に巻き込まれるのかと思ってたよ」

 ほっと息をつく。


 ギジッツは厄介ごとを何より嫌っている。

 人間を脅かすのがなんであれ、それに立ち向かうなどと面倒極まりない役を押し付けられるのは、まっぴらだった。


「救世主もごめんだが、あるかもわからない、クソ精霊を追っ払う方法を探すのもそれはそれで面倒だしな。けど最悪、そうなるかもしれねーってうんざりしてたんだ」


 人類が滅亡するとしても、これといって困ることはない。

 心置きなく放っておこう。


 そのとき―――


「ギジッツ様。お願いがあります」


 鈴の音のような、りんとした声が通る。影のように佇んでいたエニシダが口を開いた。


 ぎくりとして、ギジッツは居ずまいを正す。

「…なんだ」

 振り返ることができない。その表情を見ることが。


「お願いというより…契約を。来たる災いより、人類を、お救いください」


「こんなタイミングで、お前の方から契約持ちかけてくるとはな」


 一拍置いて切り出す。


「何を差し出す?」


 ――ふふ。

 澄んだ笑い。


「私、エニシダ・プラセンタの、すべて。父と母より授かったこの名にかけて誓いましょう。永劫の時を貴方とともに」


 メスは、薄い笑顔を張り付けたままギジッツとエニシダを交互に観察している。


 拒否できるはずもない。提示された対価は、ギジッツの望みそのものだった。


「いいだろう。その言葉を忘れるな。ただし…俺が価値を認める人間は、お前だけだ」

 肩越しに従者を見る。


「人間どもを見守り続けるつもりはさらさらないからな。本当に来るのかもまだわからん危機だ。いいだろう。救ってやるよ。ただし一回だ。俺からこのクソ精霊が離れるまでが期限。それまでに”危機”が来なくても、責任は持たん。どうだ?」


「不服はありません」


 こうして契約は成った。

 なりゆきから惰性の主従関係を続けていた魔族と不死者の、最後の契約が。


説明回。

まじめに読まなくてもたぶん大丈夫です。

フィーリングで何とかなるようなファジーさを大事にしたい。

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