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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
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ミティアとの邂逅

 ガルダノがワニニールの町を快く思っていないのは知っていた。

 そのため彼が『軍事演習』を計画していることを掴んだミティアには、ガルダノの狙いが読めた気がした。挙兵し、ワニニールを陥とすつもりなのだ。


 裏付けはある程度取れていた。不審な物流と、少なくない予算が裏で動いている。

 ミティアはお飾りの令嬢だ。表立った行動をとれるだけの権能はなかった。

 だが、いま紛争を防ぎうるのはミティアだけだ。

 兄の行動を見過ごしにはできない。

 流れるであろう多くの血と涙と、わが身の安全。天秤にかけるまでもないことだ。


 ミティアは自ら動くことを決意した。

 ワニニールにただ使者を送っても信用されるかわからない。

 事は重大。ここで後手に回るわけにはいかない。


 忠臣は当然、彼女を止めた。

 ミティアは真摯に粘り強く説得を続けた。ミティアの決意の固さにとうとう折れた。


 フォファガ・ロアンから最短距離でワニニールを目指す。ミティアの得た情報の全てを材料に、ワニニールの中枢に働きかけ、諸部族を動かす。そうして争いを食い止める。

 うまくいく保証などない。最善の手とはいえないかもしれない。

 それでも何としても兄の愚行を止めねばならなかった。


 自分が網にかかった魚だと思い知らされたのは、中継地点にあたる宿場での事だった。



 日はとうに沈んでいる。フォファガ・ロアンを発ってから走り通しだった。

 給水と、馬を換えるために宿場に立ち寄ることを馭者台の執事、エドモンドが告げた。

 贅を凝らしたものではない、目立たない馬車での移動。

 旅人を装って宿場に入る。


 手続きをしていたエドモンドが―――獅子族の男たちに取り囲まれた。


 揉め事を起こしたわけではなかった。…つまりはガルダノの差し金だ。

 既に、この宿場に手が及んでいたらしい。


「お嬢様!」


 馬車の扉が乱暴に開け放たれる。ミティアの口から悲鳴が短くこぼれた。

 状況を理解するとともに顔から血の気が引いていく。

「おやおや。ミティア様がどうしてこのような場所に?」

「ご自分のお立場をわかっておられないようだ」

「近づかないで!」

 エドモンドが男たちの中に飛び込んだ。

 この執事は護衛も務めるだけあって腕も立つが、しかし多勢に無勢だった。

 奮戦むなしく獅子族三人がかりで取り押さえられる。


「わたしら、これが仕事なもので」

「お嬢さま、お逃げくださ――」

 エドモンドが顔面を蹴られ口から血を吐いた。

「エドモンド!」

 ミティアはほとんどすすり泣くように声をあげた。

 残ったふたりの獅子族が馬車に乗り込んできた。男の一人がミティアの手を強い力で掴んだ。

「いけませんな。兄君、ガルダノ様を悲しませては」

「縄。ふんじばれ」

「だ、誰か――」

 誰も…助けはこないとわかっていた。

 ミティアの目に涙が溜まっていた。恐怖ではなく、口惜しさのためだった。


「何してんだ。あんたたち」


 ふいに獅子族の背の向こうから声が飛んだ。

 ミティアのにじんだ視界に、月明かりで照らされた大きくはない背丈が映る。

 耳……らしき長いものが二つ、その頭の上でぴこぴこ動いた。


「オレは自慢じゃないが耳がよくってね。悲鳴が聞こえた」


 よく見れば寝間着姿のようだ。獅子族の男ふたりが目を見合わせた。

兎人(ラビト)か。取り込み中なのは見てわかるよな」

「怪我したくなかったら、すっこんで布団でも被ってろ」

 こんなありきたりの台詞を言う日が来るとはな。そういってミティアの手を掴んでいる獅子族の男が笑った。

 執事を取り押さえている三人も、兎人を一瞥すると鼻で笑った。

 成人し、荒事に慣れた獅子族が二人。対する小さい兎人。

 誰がどう考えても兎人に勝ち目はない。


「女の子相手に二人がかりかい?」


 兎人が挑発した。ミティアは――つい先ほどまで助けを求めていたのも忘れて、兎人の身を案じた。


「…いいかい、おチビさん。てめえの出る幕じゃねえ」

「これは身内の問題だからな」

 獅子族が凄むが、兎人は飄々とした態度を崩さず続けた。

「身内、ね。でも、そっちの女の子を泣かせた。それでオレの安眠を妨害したろう。その落とし前はつけてもらう」

「生意気なチビが!」

「おい!殺すなよ」

「あなた、いいから逃げて!」ミティアが叫んだが、遅かった。

 獅子族の一人、ミティアを縛る縄を用意していた男が兎人に襲い掛かった。

 ミティアは兎人が獅子族の爪を受けて大怪我をする場面を想像し、目を瞑った。


「グァッ!」


 予想に反して獅子族の男の声がした。

 ミティアの目が見開かれる。


 兎人は……襲い掛かった男に背を向け逃げたようだった。

 そして、エドモンドを押さえつけていた無防備な一人を、したたかに蹴りつけたのだ。兎人の脚力は強い。急所を蹴られたらしい男が縮こまっている。

 まさしく脱兎のごとくというべき速さで兎人が駆け回った。襲い掛かった獅子族がその背を追うが、兎人の軽やかな身のこなしに翻弄されている。

「何してやがる!」

「うるせえ。野郎、すばしっこい――」

 男たちが浮足立ったのを見計らって、エドモンドが、押さえつけている男の片方を跳ね飛ばし、蹴りを叩きこんで気絶させた。

 獅子族の男たちはすっかり統制を失っている。


 エドモンドはすぐさま身を起こして、再び取り押さえにかかったもう一人の男を打ちのめした。

 自由になったエドモンドが馬車へと向かう。地面にはいまや、獅子族の男三人が転がって呻いていた。


「お嬢様ご無事ですか!」

「エドモンド、あなたも―――」

「糞ッ」

 馬車の中、ミティアを掴んでいた獅子族が手を放り出し、エドモンドと向き合おうとした。真っすぐに突き出された正拳が獅子族の顔面をとらえ、昏倒させた。


「な、畜生がっ!」


 兎人を追いかけていた獅子族は、自分がどうやら動ける最後の一人になったらしいとようやく自覚した。そして足を止めると懐に忍ばせていた短刀を抜き放った。


 兎人が振り返り、男の手の短刀を目に留める。

「おっと。抜かれたら手加減できないぜ」にやりと笑うと不敵に言い放った。

「う。うるっせえ!てめえは死ね!」


 獅子族の男が駆け出す。刃が月明かりを反射した。

 ミティアは思わず口許を押さえた。

「危ない!」

 エドモンドは倒した獅子族の動きを縄で封じていて、助けに入るのが遅れた。

「若者、逃げ―――」

 男が到達するかと思われたその時、兎人の姿が消えた。

 否、音もなく、大きく跳躍していた。月を背にして、獅子族の頭上を軽々と越えていく。

 そして跳び越えざま、空中で何かを放り投げた。

 それは先端に分銅をくくりつけた縄―――分銅が遠心力によって風を切り、獅子族の男の頭を打ち据えた。

 獅子族の男が前のめりに倒れた。


 宙で一回転した兎人が着地した。

「物騒な宿場だな」

 

 ミティアは―――思わず馬車から駆け出していた。兎人がミティアを振り返る。

 ミティアが、小さな騎士を抱きしめた。



 獅子族の男たちは、ミティアを縛るはずだった縄で縛りあげられていた。


「なんと御礼を申し上げたらいいか」

 兎人―――クラジに、エドモンドが畏まって一礼する。

「お礼なんて別に…いいですよ。あの。それより」

 にっこりと笑みを浮かべるミティアの腕の中で、クラジはひどく狼狽していた。

 ミティアからはクラジの顔は見えないが、長い耳が垂れていた。

「…あの…」

「クラジ様。此度は危ない所を助けていただき、わたくし、感謝にたえません!」

「わかりました。わかりましたから、はなして」


 ミティアが腕の力をゆるめると、クラジはばつが悪そうにさっと離れた。


「ああ。先を急ぐ身でなければ、どんなお礼も致しましたのに…」

 先を急ぐ身?クラジが訊ねた。

「はい。我々はフォファガ・ロアンより参りました。ワニニールを目指しております」

 エドモンドが答えた。

「そうですか。オレ…オレ達は、フォファガ・ロアンへ行くところだったんです」

「お連れ様がいらしたのですか」

「ええ。オレは案内役です」


「―――よければ、わたくし達も、同行させて頂けないでしょうか」


 短い時間、口を閉ざしていたミティアが、真剣な顔でゆっくりと言った。


「お嬢様?いまは…」

「エドモンド。この状況、わたくし達は……お兄様に、燻り出された可能性が高いわ」

「ですが…でしたら。尚の事!フォファガ・ロアンに戻られるなど―――」

「わたくしは逃げるためにワニニールへ向かっていたのではありません」

 ミティアは毅然として言った。

「無用の血を流させないためです。お兄様…兄の名が、賊どもの口から出ました」

 ひと呼吸の間、目を伏せる。そして決意をたたえた表情をみせた。


「対決すべき相手は……フォファガ・ロアン。その主」


 ミティアが改めてクラジに向き直った。

「わたくし達二人も、フォファガ・ロアンに参ります。同行をお許し願えませんか?」


 クラジには詳しい事情はわからないが、少女の、意志の強さを秘める…何か、重大なものを背負っている者の眼に、ウソはないと思った。断る理由は見当たらない。

「…わかりました。あすの朝でかまいませんか?オレの同行者二人に話してみます」

 あの人たちはたぶん、断らないでしょう。クラジはそう言い添えた。


「よろしくお願いしますね!」


 ミティアはどうにか、クラジに飛び掛かりたい衝動をこらえて、大輪の花のように笑いかけた。


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