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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
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ミラージュ

 すこし名残惜しいけれど、潮時ね。冒険者のひとり、ミラージュは撤退を決めた。

 目的は達成できなかったがそれは重要ではない。

 ミラージュはそこそこ名のある冒険者二人に近づき、唆した。罪なき人々から金を巻き上げることを企んだ。あまつさえ、ひとつの村を血祭りにあげることも。

 しかし彼女は金銭など欲してはいなかった。

 殺しは過程に過ぎない。目的は、男漁り。

 ファヴニルの方は見どころがなかったけれど、ロシウというオトコ。

 じっくりと時間をかけて堕とすつもりでいた。

 あっちはなかなか期待できそうだったのに。


 何故彼が――魔族アケイロンが――この場に、地上にいる?


 未練はない。彼女はあっさりとロシウ(ついでにファヴニルも)を見限った。撤退はほぼ決定事項だが、少し思い直して、独断で動くよりまず報告を優先することにした。主への報告を。

 眷族とその主人の間にのみ成立する思念通信が、ミラージュと、大魔公レビーテとを繋いだ。



 アケイロンの鼻はずっと人間二人(・・・・)の臭いを捉えていた。

 少し考えを巡らせればそれがおかしなことだと解る。敵、冒険者たちは姿を消す前、たしかに三人いたのだ。

 二人分の臭いしかしない理由にアケイロンが思い至ることはない。アケイロンは、エニシダに近づく危険の全てから彼女を庇うよう言いつけられていた。彼は忠実に言いつけを守った。

 もっとも、気づいていても時既に遅し。たいした違いはなかったろう。



 ギジッツが『戦って』いる相手、隻腕の剣士が、何かに気が付いたようにかすかに表情を変えた。

 ここまでかな。もう少し『戦って』いられるかと思ったが、地上の冒険者の実力も大体わかった。と思う。

 殺さずに相手するのも案外難しくなかったし。

 冒険者たちの狙いは推測できていた。その魔法の正体も。ギジッツも魔獣を町にけしかけようと考えていたので、同じ穴の狢といえるかもしれない。本物を用意するか、見せかけかの違いしかない。

 あいつらは要は詐欺師だ。

 後ろ盾のない村をターゲットに、流れの魔獣の噂を流してそれらしい痕跡を用意する。そうして何食わぬ顔で張り出された依頼を受けるわけだ。

 “流れ退治”は人気がない。依頼金を横取りされることも無いのだろう。

 この詐欺の成立には冒険者としての実績と、相応の実力。それに欺く手段が必要だ。それは魔法だった。魔獣の正体はすなわち、こけおどしの幻覚。

 そしてその魔法で詐欺師たちも姿を隠している。

 ギジッツは視覚に頼っているところが大きい。幻覚を織り交ぜた攻撃をされていたら、何発かもらっていた可能性はある。そうなったとしても痛手にはならなかったろうが。


「そろそろいいぞ!」


 ギジッツの合図でエニシダの足元に生い茂る花が結晶化し、砕け散った。微細な淡い光の粒子が空間を満たしていく。夜の闇を侵すように。そうして不可視の冒険者たちの、透明なシルエットを浮かび上がらせた。



「…なッ!?」


 ロシウは困惑とともに叫んだ。


 どうにかして、ロシウに痩せ男の危険を伝えねば。そう考えていたファヴニルは頭の隅で訝しんだ。

 敵の誰かの魔法であるらしい、光の粒子によってミラージュの偽装が暴かれた。ロシウがその程度の些事に声をあげる男ではないとファヴニルは知っていた。


 ロシウが声をあげた理由は―――遮蔽されているミラージュの姿と、光の粒子が見せるシルエットが、大きく食い違っていたためだった。透明な影はミラージュの赤いローブよりも一回り大きく、覆い被さるようにしてミラージュの姿に重なる。頭部には角らしき突起があった。


「あーあ。ちょっと遅かった」


 ロシウはよく知った女の声をきいた。ミラージュの声。しかしどこか異質だ。

 その声音は、この場にそぐわない、吹っ切れたような響きを帯びていた。


「もう意味ないね。ほどいちゃっていいかな?」


 ロシウとファヴニルに向けられた声は同意を求めるような調子だったが、二人の返事を待つことなく、ミラージュの魔法によって隠されていたすべてが曝け出された。魔獣の影はたちどころに消え、ロシウを覆っていた不可視のベールが晴れた。

 そして―――ミラージュが姿を見せた。

 ミラージュではない姿を。

 光の粒子がきらめき、その者を妖しく照らした。眼前の光景には現実感がまるでない。

 ファヴニルが硬直している。ロシウは、何のことはない、自分たちが組んでいたものが今、本性をみせたのだと悟った。酒を呑みすぎたとロシウは思い込みたかったが、シラフであることは彼自身よくわかっていた。



「グリューゼ」ぽつりと呟きが口をついて出た。

「お久しぶり。アケイロン」


 突如現れた大魔公(デュークス)レビーテの分身体、グリューゼの姿を認めると、アケイロンの全思考が中断された。

「レビーテ様のペットふぜいが、こんなところで、何をしているの?」

 夥しい汗がアケイロンの額から吹き出した。


「そっちのあんた、魔族だったの」

 状況をよく飲み込めていない様子のギジッツが口を挟んだ。

 グリューゼがそちらを見る。ギジッツのことを知らないようで小首を傾げた。

「なに?貴方」

「アケイロンを知ってるみたいだが、なんか用か?」

「用事は、ないのだけど」

 グリューゼが軽く夜空を見上げてしばし言葉を切った。

「迷子になったのかしら、レビーテ様のペットがどういうわけか、勝手に地上をほっつき歩いてる。彼のお方のしもべとして、そのまま放っておけるはずもないじゃない?」

「アケイロンはウチの部下なんだが」

「だから、保護して帰ろうと思って」

 魔人の視線が交錯した。

「そう。貴方が彼を連れ去ったのね」

「人聞き悪いな」


「――あら。レビーテ様が、貴方に話があるって。光栄に思いなさい」


 替わるわね、グリューゼはそういうと、ロシウにとって二度目の、変貌をとげた。

 角はそのままだが身長は頭ひとつ分縮んだ。肌の色が青みを帯びる。

 その肌に貼りつけていた襤褸切れのようなものが蠢いて、深い臙脂色のドレスを形成した。


「うわ…」ギジッツが露骨に嫌そうな顔をする。


 それは、長い睫毛に縁取られた瞼をゆっくりと開いた。肉食獣を思わせる縦長の瞳孔がのぞいて、アケイロンを凝視すると、淫靡に舌なめずりをした。

 アケイロンは慄いた。


「うーん。地上ひっさしぶり」


 第一位魔公爵レビーテが顕現した。きょろきょろと辺りを見渡す。


「あ、やっぱり。ギジギジぃ。仮の体でごめんね。わたしのペット、返してもらいに来たわ」


当初、分身体には(ドーター)ってルビ振ってありました。

通読してみると大魔公(デュークス)分身体(ドーター)。くどすぎた。

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