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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
11/51

三パン

 浅い眠りの中にいたクラジは、遠くにただならぬ物音を聞いて目を覚ました。

 その目の下には深い隈。耳が良すぎるのも良いことばかりではない。

 雷鳴、いや、もっと別の…聞き覚えがある。


(魔獣……の吠え声。でかい奴だ)


 クラジは胸騒ぎを覚えて跳ね起き、着のみ着のまま宿を飛び出した。

 物見櫓に駆け上る。

 そして…戦いを見た。




「どわっ!!熱ッち!!」


 青白い、岩をも融かす灼熱の炎が瞬時にギジッツを包んだ。

 口調は軽いが彼は特別熱に耐性があるわけでもない。これだけの高温に”素”で晒され続ければ骨まで灼き尽くされる。跡形も残らないだろう。

 たまらず黒衣で全身を覆う。


 そして彼の魔法―――『拒絶』の意思が、業火に向けられた。


 途端、合成魔獣(キュマイラ)の獅子の口から吐き出されている炎が二又に分かれた。熱が拡散する。大気を焼き焦がさん勢いの炎は細切れになって、周囲の空気を伝って散っていった。

 業火はくすぶる煙も残さず消えた。最初から火など無かったように。

 ギジッツがやれやれといった様子で黒衣を翻す。

 その拳が握られた。


「今のはちょっとヒヤッとしたぞ。じゃあな」


 魔獣が竦んだ。唸りながら後退しようと身じろぎする。

 構わずひょいひょいと距離を詰めたギジッツが裏拳を繰り出す。

 まず大蜥蜴の頭が弾け飛んだ。

「ジャレついた分と」

 次に山羊の頭が下から蹴り上げられ縦に割れた。

「ツノの分」

 頭を二つ失った魔獣がバランスを崩したことで、ギジッツの眼前に獅子の頭が降りてきた。

「ラスト、火の分」

 頭突きが獅子の頭にめり込んだ。

 衝撃が放射状に獅子の顔面を伝わり骨を砕く。ひしゃげた頭蓋が脳を押し潰し、目玉が無残に飛び出した。牙は折れ砕け粉々になった。

 司令塔たる三つの頭すべてを失い、合成魔獣(キュマイラ)は絶命した。




 クラジは自分の目が信じられない。耳には自信があったが、遠くで起こっている光景はまったく現実離れしていた。

 大きな、見たこともない魔獣。あんなものがワニニール周辺にいることがまずありえない。

 対峙する徒手空拳の男が一人。男が魔獣を軽がるとあしらう。

 あれほどの魔獣相手には熟練の戦士が束になってかからねばならないはずだ。

 そして、いたって簡単な、何でもないことといった風に、拳や蹴りが魔獣の頭をけずりとった。

 男が魔獣を屠った。

 武器も持たず、たった三発の攻撃で。


 そんなことができる者は。高位の人型魔族?


 しかし魔族が魔獣を撃退する理由が浮かばない。

 クラジが見ていなければ、目撃者すらない戦いだったのだ。

 あの魔獣が町に到達していれば大きな被害を出したろう。

 人知れず、それを未然に防いだ人外の強さを持つ者……


 間違いない。あれは『勇者』様―――




「キュマイラの…熱反応減衰…消失ゥー!?」


 秘密実験室内にサウラーの絶叫が響き渡る。彼もまたわが目を疑った。命令術式によって火焔が放射された。そこまではよかった。高熱が消えたあと、合成魔獣(キュマイラ)の反応だけがその場に残るはずだった。そうならなければおかしい。

 否、キュマイラの炎が辺りを焦土に変えれば、高温の反応は増加し、もっと長く燃え残っているだろう。

 その熱も消えている。


「アアアア!計算上ありえないイイイッ!!何か未知の変数が…」


 髪を振り乱しながら頭を掻き毟っていたサウラーの動きがふと止まり、硝子壁の先の眼帯の獅子族(レイオン)、ガルダノを見据えた。

「ガルダノ殿。不測の事態です。試験は中止とせざるを得ません」

 丸眼鏡が光る。

「しかして…ファホホホホーッ!ボクのキュマイラを破るほどの未知的戦力要因の存在は確実だ!調査の必要性アリと断じます!実に興味深いぞーッ!」

 サウラーは哄笑した。

 その様を見ながら、ガルダノは思案する。

 こいつに任せていて計画は大丈夫だろうかと。




 魔獣は微動だにしない。蛇の尻尾も動いていない。頭を三つ潰したことで片が付いたようだ。エニシダのやる気のない拍手が聞こえてくる。

「おつかれさまでーす」

「マジでベンチから一歩も動かなかったな…」

 ギジッツの従者が目を細めてふわりと笑った。

「それはもう。主の勝利をかたく信じていましたので」

 …多少は、本気のようだ。

「フン」ギジッツはそっぽを向いた。


 さて、この魔獣の死骸。ここに置いて行っていいものだろうか。

 魔獣も死ねば瘴気を撒き散らさない。瘴気が新しい魔獣の発生を招くことくらいは知っている。魔獣がここで腐っていけば悪臭くらいはするだろうが、人間の迷惑を考える義理もない。悪臭程度が『世界規模の危機』につながる訳でもないだろうし放置しても特に問題はなさそうだ。

 ただこの魔獣、新種か、そうでなくても相当珍しい種類じゃないか?

 メスのヤツも欲しがりそうな死体だ。面倒だから魔界への土産にするつもりはないけど。


「コレ町に運んだら毛皮とか爪売れたりしないか」

 エニシダがベンチから立ち上がり近寄る。

「持って行ってみない事には何とも言えません。ただ」

 三つの頭は原形を留めていない。獅子頭の牙はあらかた砕けている。山羊角もギジッツに衝突した時ちょっと曲がった。毛皮も、魔獣が自分で放った炎の余波で焦げているところが多い。無傷なのは蛇の尻尾と爪くらいだ。

「売り物になる部分があまりなさそうですね」

「だな。…あ、アケイロン。もういい」

「はっ」

 すっかりベンチが板についていたアケイロンが立ち上がりエニシダの斜め後方に控えた。二人掛けには少し手狭なベンチ。今度俺も座り心地を確かめたい。

 アケイロンの鼻がひくついて、すぐさま挙手した。

「どうしましたか」

「先ほどの兎人(ラビト)の匂いがしました。ゆっくり接近してきます」

「え?」


 戦いが終わるのを見計らったようなタイミング。もしかして何か試されてた?

 それとも殺しちゃまずかったか。

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