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前略、魔界の実力者でしたが勇者やってます  作者: おいかぜ
一章 魔人と従者、獣人の国を巡る
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合成魔獣

 俺達はそれ(・・)と向き合った。

 といっても向き合ったのは主に俺で、わが部下エニシダはベンチに腰掛けたままだった。完全に観戦モード。ベンチはベンチとしての役割を全うしていた。訂正する。俺達じゃなくて俺が向き合った。


 試作型・合成魔獣(キュマイラ)―――その醜悪な生物の名前を俺達が知るのはもう少し後のことになる。




「ファホホーッ!想定する平均速度のおよそ1.4倍は出ている!試算以上だ!これは嬉しい誤算!」


 地下にしつらえられた実験室。丸眼鏡をかけた男が興奮して捲し立てた。室内を等間隔に設置された瓦斯灯が照らす。壁ぎわには棺桶ほどの大きさの硝子製容器が所狭しと並んでいる。容器は蛍光緑色の保存液で満たされ、生き物の頭部や脚、臓器が浮かぶ。部屋中央の腑分け台は血錆で黒ずんでいた。

 丸眼鏡が瓦斯灯の光を妖しく反射した。男は興奮冷めやらぬ様子で、手に持ったチョークで黒板をガリガリと引っ掻き文字と数字の羅列を書きつけていった。


「抜かりは…なかろうな」


 実験室の一方の壁は厚い硝子張りになっており、その向こうに座る眼帯の獅子族(レイオン)の男が重い声を発した。傍らには武官らしき獅子族がふたり、不動で控える。

 丸眼鏡は伝声管からの眼帯の獅子族の声にも振り返らず、黒板に向き合ったまま、調子っぱずれの鳥のさえずりのごとくがなり立てた。

「ファホホーッ愚問!この!ボクが!被造物の制御を失うなどと本気でお思いなのですか!?」

 グルルゥ……その声に武官が顔をしかめて喉の奥で唸る。

「よい」眼帯が短く言った。武官の唸りが止む。

「貴様の好きにやれ。ただし……」

「わかっておりますゆえに!ホホ…素晴らしい、ここは!最適化された研究環境!みすみす手放すほど愚かではありませんよ!」

 丸眼鏡の意識の大半は黒板に向けられつつも、ぎょろぎょろと忙しなく目を動かして「作品」の動向も確認していた。自身が開発した熱探知術式を組み込んだ大がかりな板水晶を。実験室のほかの設備類と同じく、技術の粋と途方もない資金を注ぎこんだ代物だった。


 サウラー博士―――国を追われたあの狂人の学者はいい拾い物だった。

彼の理論が正しく、また彼の造った合成魔獣(キュマイラ)が要望通りの性能を持っていれば、町ひとつを一日で滅ぼすことができる。

 砦での試験はすべて終わった。実地試験がこれから行われる。

 めざわりな、愚鈍な腰抜けの支配する町。

 流れの魔獣がやったと誰もが思うだろう。

 獅子族の現酋長ガルダノは眼帯で覆われた右目を細めた。


「ファホッ…小さい熱源、3。ジャマですねぇーッ!捻り潰せ!ボクのキュマイラ!」




 魔獣は、俺たちを確認するとゆっくり足を止めた。

 三つの頭が俺を注視している。獅子の口、牙の間から炎の吐息がこぼれる。


「うーん。正面から見ても知ってる限りのどの魔獣とも違うな」

「無知なギジッツ…様の知識に無い魔獣という線は十分あり得ますが、やはり私も初めて見ます」

「お前の知識、俺と大差ないと思うんだけど」


 逃げ遅れたというか、エニシダがもう少しここで休みたいと言うのでそのまま魔獣を待っていた。

 むこうの出方次第では見逃してやるつもりだったが…

「やる気っぽいな」

「ゴォアアアアア!!」

 咆哮が空気を震わせ、魔獣の四肢に力がこもった。強靭な右前脚が振り上げられ、四つの爪が魔人に襲いかかる。

 しかしギジッツにとってその動きはひどく緩慢だ。少し後ろに下がって爪の通り路にあった体をずらす。

 爪は獲物を捉えることはなく空を切った。


(ポウルもよくこうやってジャレてきたなぁ。あいつよりちょっと大きいけど)


 ギジッツに戦闘をしているという意識はない。かつて魔獣(ペット)と過ごした懐かしい八十年間の記憶がよみがえる。魔界のひび割れた荒野を駆けるギジッツ…それを追うポウル…笑い声…おだやかな日々。感傷。

 魔獣は右前脚を続けざまに振り回して魔人に追いすがるが、黒衣にかすりもしない。

(もっと遊んでやればよかった。しっかしコイツは不細工だな)

「ヴルルル…」

 業を煮やした山羊頭が魔獣の体の主導権を握った。

「ん?」

 魔獣の重心がなめらかに動き、上体を低く構えた。ねじれた角の先端をギジッツに向け後足で何度か地面を蹴る。

 そして―――爆発的に加速した。




「接近遭遇から一分…なぜ潰れない?」

 サウラーは疑念を抱いた。丸眼鏡の奥の両目がぐるぐる動いている。

 キュマイラの猛攻に晒されているはずの熱源の一つがまだ粘っているのだ。熱源の大きさは人ひとり程度。人間などキュマイラの前腕のひと薙ぎでたやすく蹂躙できるはずだが…

「どうした」

「…少々計算違いがあったようです。が一切問題なしッ!」

 彼の造ったキュマイラは無敵だ。試算では、同サイズならば最強の種たる竜と交戦しても七割以上の確率で勝利できる。

「何を遊んでいるんだ……獲物を嬲るクセか!よくないクセだ!」

 やはり机上の計算と性能試験だけでは検証できないことがある。サウラーは納得すると、埋め込んだ命令術式の一つを遠隔起動した。




 ギジッツは少しびっくりした。ポウルとの思い出に浸っていた意識が現実に引き戻される。

 どうしようもなく油断しており、魔獣とのサイズ差もあり、加えて至近距離から突っこまれた。そのため避けられず角が直撃したのだ。

 突進を受け、後方に吹っ飛ばされた体が宙で回転する。

 くるんくるん回る視界の中でエニシダがこちらを見ている。

 みっともないところを見せた。

 バサッと黒衣が広がり、片膝をつく格好でふわりと地面に着地する。


「この、第四位魔公爵たる俺に膝をつかせるとは――」

「何遊んでるんです」

「いや別にね!?油断してたとかじゃなくてね?」


 ギジッツを吹き飛ばして様子を窺っていた魔獣が、びくりと大きく震えた。

 六対の目に仄暗い光が灯る。

 そして二つの頭から空気を吸い込みはじめ……

 残るひとつ、火炎混じりの息を漏らす獅子の口が大きく開かれると、業火が吐き出されギジッツを飲み込んだ。


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