はじまり ~精霊さんいらっしゃい~
新しい朝が来た。
魔界の朝は暗い。
さほど広くない自室。ベッドの上で目が覚める。
視界の隅に光の塊があった。
ん。
目を閉じると消えたが、再び目を開ければ間違いなくそこにある。
光の塊。今はまだおぼろな形をしているそれは「精霊憑き」となった証。
靄のかかった思考が冴えてくる。同時に、彼は困惑を深める。
え、え?
目をしばたたかせる。光が明滅した。
面倒ごとの予感しかしない。
ウソでしょ…?
いや、確認が先だ。何かの間違いだろう。そうだよ。
冷静になろうと努めて、寝間着を着替え、歯を磨いた。光の塊は消えない。まだ慌てる時間じゃない。ただ一人の配下を呼びつける。
待つこと15分。
エニシダが姿を現した。
「お呼びでしょうか。ギジッツ……様」
整った人形のような美貌。ただし目は半開き。
どう見ても寝起きです。本当にありがとうございました。
「おい…まず言うことあんだろ」
「おはざっす。遅れて、申し訳、アリマセン」心底面倒くさそうな声音で彼女が応対した。
舐めきった態度を隠そうともしない。いつもの事なのだが。
しかし溜息をつく気にもならない。今はそれどころではない。
「朝っぱらから、どんな下らないお考えを思いつきになられたのですか」
ギジッツが彼女を呼び出す時というのは、暇つぶし計画を自信満々で開陳する時と決まっていた。
そこでふと、エニシダは怪訝な眼差しを彼の主に向ける。
「気づいた?」
「ギジッツ……様、その目は…」
ギジッツの左目、その虹彩が金色の微光を放っている。
自分のカン違いではないようだ。そうならどれだけ良かったか。
「やっぱそうか。アハハ。こんな事ってあるんだなぁ。精霊かー」
投げやりな気分とともに吐き捨てる。
「クソがっ!」
「…見たところ…光が弱いですね。まだ定着していないのでは?」
他人事なのだろう。言いながらあくびしている。
「どうしたもんかね、これ。無かったことにならないかな。消す方法とかわかるか」
「分かりかねます。ご自分でどうにかなさってください」
「だよな」
新しい朝が来た。陰鬱な朝だ。
「メス公に面会を取り付けろ。なるべく早くな。出来次第支度しろ」
「仰せのままに」
魔界有数の実力者にして、博識を誇るメスならば、あるいは何か。
精霊は気まぐれと聞いてる。でもなあ。まさかだろ。
魔界の片隅に領地を構える彼、第四位魔公爵ギジッツはその日、「精霊憑き」となった。
精霊憑きとはすなわち、「勇者」の別称である。
なんちゃって中世風味ファンタジー世界を舞台に、
ぶち込める限りいろいろぶち込んでみたい実験作です。
力量不足をヒシヒシ感じています。よろしくお願いします。