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スクールカースト


 翌日の朝になって目を覚ますと、学園から手紙が来ていた。

 起き抜けの頭で考えたから、何か規則違反でもやらかしたのかと一瞬思ったが、手紙の内容をみてすぐに昨日のことを思い出す。そう言えばクラス分けの選別をしたんだ、と。

 その後にあったことが強烈すぎて、すっかり忘れていた。クラス分けの結果は、個人に伝えられるのだ。それが予定通りに今届いた。さっそく手紙を開いて内容に目を通す。


「俺のクラスは……クラブか。まぁ、妥当なところだな。……ん?」


 概ね予想通りな結果が書かれた手紙の中に、他の何かが入っている。取り出してみると、それはクラブのマークが描かれたカードだった。その裏側には俺の顔写真と名前、その他もろもろが書かれている。

 普通の学校でいう学生証のようなものだろうか。これは肌身離さず持っていたほうが良さそうだ。


「さて、飯だ飯」


 学生証を眺めているうちに、腹の虫が鳴き始めた。そろそろ朝食を食いに行こう。

 クローゼットから制服を取り出して着替えを済ませ、部屋の鍵をしっかり持って玄関で靴を履いた。そうして学生には勿体ないくらい豪華な部屋を出て、校舎にある食堂へと向かおうとした、その時だ。玄関扉を開いた向こう側に、見知った顔の女子を見付けたのは。


「あっ」


 彼女――アルフィードは俺を見るなり目を丸くした。


「いま呼び鈴を鳴らそうと思った所なのに」

「そりゃあタイミングがいいな。どうしたんだ? こんなに朝早くに」

「言いそびれてたお礼を言いに来たのよ。昨日、誰かさんがいつの間にか居なくなってたからね」


 そう言ったアルフィードはすこし不満そうにしている。

 何も言わずに帰ったのが気に入らないらしい。だが、あの場に図太く居座れるほど、俺の肝は据わってない。俺なんかに気を割くくらいなら、もっと家族のことを考えるべきだ。少なくともあの場では。


「ありがとう。貴方のお陰で、トリッシュ姉さんともう一度、言葉を交すことが出来た。本当に感謝しているわ」

「それは何よりだ。その言葉が聞けただけで、俺は満足だよ」


 元々の動機は、遺体の修復を決意したのは、アルフィードを助けたいと思ったからだ。そして今、彼女はとても良い笑顔をしている。それを見ることが出来ただけで、心が満たされた。他にはもう何も要らない。


「あら、ダメよ。満足するのはまだ早いわ。何かもっと、具体的なお礼をさせてよ。言葉だけなんて、こっちの気が収まらないわ」

「そうか? でも、具体的なって言われてもな。そんなに直ぐには……とりあえず、食堂に行こうぜ。朝食まだだろ?」

「えぇ。じゃあ、とりあえず行きましょうか」


 いい加減、腹の虫が五月蠅くするのでアルフィードを誘って食堂へと向かう。

 朝の校舎は少し騒がしい。みんながみんな食堂に向かうため、この時間帯は多少混雑するみたいだ。それでも世のサラリーマンが苦しめられている通勤ラッシュに比べれば可愛いものだけれど。


「なぁ、アルフィード」

「ティフよ」

「ん?」

「私のことはティフって呼んで。私も貴方をラクドって呼ぶから、いいでしょ?」

「あぁ、もちろん。じゃあ、俺もそう呼ぶことにするよ」


 友達になれたってことで、これは良いのだろうか? こう言うのに慣れていないから、わざわざ確認したくなる。変に思われたくないから実際には聞かないけれど。


「それで? 私に何を言おうとしていたの?」

「ティフの姉さんのことだよ。あれから一夜明けたけれど、変わりはないか?」


 話し声が聞こえる範囲に生徒がいないことを確認しつつ、小さめの声で問いかける。


「大丈夫よ。まだ立って歩くことは出来ないけど、順調に回復してる」

「そうか、それなら良かった」


 異常はなしか。


「たぶん、何週間かはその状態が続くと思う。とにかく飯を食って、失った分の血と肉を増やすことだ。食った分だけ回復が早くなる」

「失った分? トリッシュ姉さんの身体は修復されたんでしょう?」

「そうだが、それは飽くまで俺の魔法によるものだ。失った物が、真の意味で返ってきた訳じゃあない。少しずつ、少しずつ、魔法から自分の血肉に変えていくこと。それが必要なんだよ。たぶん、ティフの姉さんがまともに歩けるようになる頃には、それも終わっているじゃあないかな」

「なるほど……」


 ティフは目を伏せて、深く思いを巡らせる。


「心配するな。失った分が返ってくるまで、魔法はきちんとパトリシアさんの肉体になってるよ。俺が保証する」

「うん、分かった」

「やけに簡単に信じるんだな?」

「私はこれでもラクドのことを信頼しているのよ? こと死霊術に関して、貴方の言葉は疑わない。それだけのことを、ラクドはしてくれたから」


 随分と信用されたものだ。

 嬉しいことだが、この信頼を裏切らないようにしないとな。


「ところで、ラクドのクラスはどれになったの?」

「クラブ」

「クラブ!?」


 素っ頓狂な声を上げて、ティフは足を止めた。


「なんで? どうしてクラブなの?」

「どうしてって、魔法とか諸々の知識が足りないからだよ」

「知識が足りない? ……死霊術に関して、あれだけ理解があるのに?」


 ティフは途中で周りを警戒し、声を潜めて言った。


「逆を言えば、それしか理解してないってことだ。他はからっきし。俺は別の世界から来た人間だからな」

「あぁ……そっか、そうだったわね。それなら……うん、納得した」


 俺のように、現代からこの世界に来た人間は複数いるらしい。今年の話だけでなく、毎年毎年だそうだ。それだけ現代で魔法使いの血統を受け継いだ子供がいるということだから、俺みたいな奴は特に珍しいということでもないのだろう。

 ティフもそれで納得したみたいだし、間違いはないはずだ。


「そう言うティフはどれなんだ?」

「私はスペードだけど、一応」

「へぇー、凄いな。一番いいクラスじゃあないか」


 道理で選別のとき余裕そうだった訳だ。あれは自分のうちからくる絶対的な自信が、そうさせていたに違いない。そしてそれは実力と結果を伴うものだった訳だ。やっぱり貴族ってのは一般人とは違うもんなんだな。


「なんというか……複雑な気分だわ。姉の命の恩人なのに評価がクラブなんて」

「なんでティフが不満そうなんだよ」

「んんん、言葉にするとかなり身勝手な感情だけれど。姉の命を救ってくれたラクドが、評価の上でとは言え下に見られていることが我慢ならないのよ。……分かるでしょ? この気持ち」


 まぁ、家族の命を救ってくれた人が実は大したことのない奴でした。って発覚したら、そう言う気分になるかも知れない。ことの本人である俺に同意を求められても返事に困るところだが。


「そんなにクラブのクラスってダメなのか?」

「勿論よ。あー……でも、そうか。違う世界から来たんだものね、私とはちょっと認識に齟齬があるみたい。いいわ、食堂に行けば嫌でも分かると思うから、さっさと行きましょう」


 何か含みのある言い方をして、ティフはすたすたと歩いて行く。隣に並んで歩いていたのが、背中を追いかけるような形になる。食堂に何があるのか? その疑問を問う暇もなく、俺達は食堂に足を踏み入れた。


「ここが食堂か、かなりデカいな」


 この広い空間には幾つものテーブルとイスが並んでいる。すでに大勢の生徒が朝食を取り始めており、五月蠅くならない程度のほどよい賑わいを見せている。

 ティフは此処に来れば嫌でも分かると言っていたが、はてさて。


「ん? なんだ? あいつら」


 料理が乗ったトレイを持ったまま、端のほうで立っている生徒がいる。そいつらの中には、立ったまま飯を食っている奴もいた。

 なんなんだ? あいつ等は。テーブルのスペースもイスの数も余っているのに、なんであいつ等は席に座って飯を食わないんだ? 意味不明な行動をする奴等を目にして、ぽかんとしていると服の袖を引っ張られる。


「ラクド、こっち」

「あ、あぁ」


 誘導されるがまま食堂の奥まで行き、空のトレイを手に取った。

 食堂の形式はバイキングだ。好きなように皿を取って、好きな物を取っていく仕様になっている。俺はティフの後ろに続いて行列に参加し、それぞれ喰いたい物を選んで列から抜けた。


「なぁ、あいつ等はなんなんだ?」


 空いていたスペースに向かい合うように座りつつ、抱えていた疑問をティフにぶつけた。


「あの生徒はラクドと同じクラブのクラスだからよ」

「……どう言う意味だ?」

「そのままの意味よ。クラブの生徒が食堂で使えるスペースはもう埋まっている。だから、あの人達は立っているの。同じクラブの誰かが食べ終わるまでね」


 ひょっとして俺は、かなり楽観的だったのか?


「要するに、クラスの優劣がそのまま優先順位に繋がっているのよ。例えば、行列に並んでいても自分より上のクラスの人に求められれば、その人は順番を譲らなければならない。すでに腰を下ろしていても席を立たされるわ」

「あー……なんとなく見えてきたぞ。つまり、あれだ。ドラマとかで良く見る、スクールカーストって奴だ」

「そう言うこと」


 あの薄い桃色の髪をした巨乳先生の言っていたことの真の意味が、ここに来てようやく理解できた。このスクールカーストを教師側は黙認していて、だからあの時あの先生は残酷な選別と言ったんだ。

 残酷。たしかに残酷だ。俺と同じ評価だった奴が青ざめていたのも今なら納得できる。


「うわぁぁぁあっ! 面倒くせぇぇぇええ!」

「それには同意するけれど、大きい声を出さない方がいいわよ」


 予想以上に面倒臭いぞ、この魔法学園。あの無精髭の男め、なんて面倒な所に放り込んでくれやがったんだ、まったく。……もう辞めちまおうかな、この学園。孤児院への寄付は終わっているんだし。いや、ダメだ。すでに今月の奨学金がこの世界にある俺の口座に振り込まれている。それに此処を辞めて行く当てもない。

 耐えるしかないのか、卒業まで。


「なんか……どっと疲れた気がする」

「やっと現状を正しく理解できたみたいね」

「あぁ、お陰様でな。……って言うか、今のこの状況は不味いんじゃあないか?」


 クラブの俺が堂々と座って飯を食おうとしているけれど。


「大丈夫よ。私がスペードだから、今のラクドは一応セーフ。私がいないとアウトだけれど」

「ははー、ティフ様々です」

「ふふんっ」


 ティフはすこし得意気になった。

 俺は今後のことが不安になった。

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