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夜空に浮かぶ月の祝福


 俺達がパトシリアの部屋を出て客室についた頃には、すでにアルフィードの両親が到着済みだった。どこに行っていたのか? と、咎めるような視線がアルフィードと俺に向かう。実際に言葉でも問われた。


「ティフ。彼をどこに連れて行っていた?」

「トリッシュ姉さんの部屋よ」

「なんだと! ティフ、お前!」

「あなた、そう声を荒げないで」


 すぐにでもソファーから立ち上がりそうな父親を、母親がなだめるように制する。そして「なにか理由があるのよね? ティフ」と語り掛け、アルフィードはそれに頷いた。

 それにより爆発寸前だった父親の感情もいくらか落ち着きを取り戻し、深くソファーに腰掛けて大きく息を吐いた。


「とりあえず、腰掛けたまえ。話はそれからだ」


 促されて、俺達は向かい側のソファーに腰掛けた。そうして合う視線は厳しいものだ。特に父親の目が敵意剥き出し。ネクロマンサーに対する――俺に対する苛立ちや不快感を隠し切れていない。


「私の娘が君にパトリシアの遺体修復を頼んだようだが、単刀直入に言わせて貰う。私達にそのつもりはまったくない。あんな無残な死に方をしたのだ。これ以上、パトリシアの遺体をどうこうして欲しくない」

「それが……元の姿に戻すことでも?」

「そうだよ、ティフ。パトリシアの身体に魔法を掛けるなど以ての外だ。それも死霊術なら、尚更ね」


 やはりネクロマンサーの名前が悪影響を及ぼしている。だが、理由はそれだけじゃあない。例え俺がネクロマンサーとしてではなく、もっと別の方法で遺体の修復をしようとしても、両親は首を縦には振らないだろう。

 この二人が望んでいるのは平穏だ。遺体となったパトリシアの平穏、それのみだ。けれど、それじゃあダメなんだ。なんとしてでも遺体の修復を了承して貰わなければならない。


「もし」

「もし、なんだね?」

「もしパトリシアさんの幽霊が見えるって言ったら信じますか?」


 瞬間、父親の視線が更に鋭く尖る。


「どう言う意味かね? それは」

「言葉通りの意味です。俺にはパトリシアさんの幽霊が見えている。今も部屋の隅に立っています」

「ふざけているのか? それとも頭が可笑しくなったか。こんな時期に、こんな状況で」

「本当よ、パパ。ヨミサカくんにはトリッシュ姉さんの幽霊が見えている。私はそれを確信したわ。だって、私達家族しか知らないことをヨミサカくんは知っていたんだもの」

「ティフ……お前」


 思わぬ所に伏兵あり。アルフィードの思わぬ言葉に、父親は混乱しているようだった。その隣にいる母親も父親ほどではないが困惑が表情に出ている。この動揺が吉と出るか凶と出るかだな。


「……仮に、仮にだ。幽霊が、パトリシアの霊がいたとしよう。だから、なんだと言うのかね」

「まず、これを見て下さい」


 俺はパトリシアの部屋から持って来たノートをテーブルの上に置く。


「このノートの、このページを見て下さい」


 ノートのページを開き、それを両親に見てもらうう。

 これはアルフィードも初めてみるものだ。


「……見たところパトリシアの研究ノートのようだが?」

「よく見て下さい。そのページの研究対象はなんですか?」

「研究対象……反魂丹はんごんたん?」

「そう、反魂丹です」


 俺がノートを見せた理由は、このことを知って貰うためだ。これで全ての説明に、説得力が生まれる。これは他ならぬパトリシア・アルフィードが自ら記したものなのだから。


「反魂丹とは、丸薬の一種で主に腹痛などを治すための薬です。ですが、反魂丹にはもう一つ意味がある。古来より伝わる死者蘇生の霊薬という意味が」

「死者蘇生……だと」


 それは奇しくも俺がネクロマンサーだからこそ、たどり着けたことだった。

 もしパトリシアの幽霊が見えて居なければ、このノートは見付からなかった。もし仮に見付けられていたとしても、ネクロマンサーとしての知識がなければ、反魂丹のことを何とも思わなかった。

 二つが同時に成立していたからこそ、たどり着けたのだ。


「此処からは俺の推測になりますが、恐らくパトリシアさんは反魂丹を作っています。少なくとも形になる所まで研究は進んでいたでしょう。そして、それが彼女の死因です」

「自分が作った反魂丹を飲んで死んだというのか」

「そうです。飲んだ理由は研究成果の確認か、それに類する何かのため。動物実験では成功していたのかも知れません。ですが、人間相手にそれを試すことは出来なかった」


 人間の死体を調達する方法は、あるにはある。たとえば死刑囚だ。死刑執行された囚人の死体なら用意は出来る。だが、それには色々と人権問題だとか、道徳問題だとか、そんなことが当然絡んでくる。

 パトリシアという人間の性格の問題か、はたまた単純に権限の問題なのか。彼女は人間の死体を用意できなかった。


「だから、仕方なく自分で飲むことにした。たぶん、薬か何かで自身の身体を仮死状態にして」


 パトリシアという人は、調合薬師としてとても優秀だったのだろう。だから、反魂丹などという霊薬を作れてしまった。本来、人間が作ってはならない物を。


「なら、なぜ娘は死んだのだ? 成功していたんだろう。娘が自分で飲んでも良いと判断するほどに!」


 ついに我慢の限界が来たのか、父親はソファーから立ち上がった。今度は母親もそれを制するようなことはしなかった。そこまで気が回らなかったんだ。自分も話を理解するのに必死だったから。


「動物と人間じゃあ魂の形が違いすぎるんですよ。知性があるぶん、魂も複雑だ。ネクロマンサーである俺には、それが分かるんです。ですが、調合薬師だったパトリシアさんにはそれが分からなかった。だから、自分が作った反魂丹が半分失敗していることに気が付かなかった」


 パトリシア・アルフィード。彼女は調合薬師として優秀すぎるほどだったが、死霊術に関しては素人同然だった。故に、完璧に見えていた反魂丹の欠陥に気が付かなかった。いや、気が付けなかったんだ。


「なぜ、だ。……なぜ、そんなことまで分かる。パトリシアに会ったこともない、君が!」

「えぇ、そうです。それどころか、俺はこの世界にやって来たばかりの人間です。でも、それでも俺はネクロマンサーで、反魂の知識がある。だからこそ、俺には真実が見えているんです」


 この世の偶然はすべて必然であると誰かが言っていた。


 だとすれば、この偶然も必然なのだろう。アルフィードに魔法を見破られた偶然。柄にもなく助けたいと思った偶然。パトリシアの幽霊が見えた偶然。反魂丹の知識を持っていた偶然。それらはみんな必然なのだ。


 ならば、従おう。アルフィードとその両親に真実を伝えるという、その必然に。


「さっき、貴方はたしか半分失敗していた、と言いましたね?」


 そう質問を投げ掛けてきたのは、アルフィードの母親だ。


「それはどう言う意味ですか?」

「半分、成功していたってことですよ。俺はさっきパトリシアさんの幽霊が見えるって言いましたよね。それは俺がネクロマンサーだからこそなんですが、実は俺――」


 そっと視線を母親から、部屋の隅にいるパトリシアの幽霊に向ける。


「幽霊って奴を見たことがないんですよ、今まで一度も」

「え? それって……」


 物心ついた時に無意識下に魔法を発現させてから今日まで、俺は一度たりとも幽霊を見たことがない。人間どころか動物の霊すらだ。ネクロマンサーは幽霊を目視できるというのに、今の今まで俺は幽霊の存在を信じてはいなかった。

 これがパトリシアの幽霊を見て気になったことだ。幽霊になる人間とそうでない人間の違いはなにか? この疑問から導き出される答えは一つしかない。


「反魂丹は半分失敗し、半分成功していた。つまり失敗の結果、肉体は死亡し。成功の結果、精神だけは生き残っていた。完全に死んだ人間は幽霊にならない。幽霊になるのは、精神だけが生きている者だ」


 死んだ精神は霊にはならない。幽霊としてこの世に止まっているのは、生きた精神だけだ。生きた精神が幽霊となって俺に見ているのだ。そう考えると辻褄が通る。俺が今まで幽霊を見掛けなかった理由にも、いまパトシリアが幽霊になっている理由にも。


「パトリシアさんはまだ完全には死んでいない。精神だけは生きている。生きて、生き霊として、まだそこにいる。ただ帰れないだけなんです。自分の肉体が死んでいるから」

「なら! 死んだ肉体を動かせるようになるまで修復すれば!」

「きっと、生き返ります。半分失敗しているとは言え、それを補ってやれば反魂丹はパトリシアさんを呼び戻してくれるはずです」


 導き出した解は、きっと間違ってはいない。生き霊となったパトリシアを救えるのは、今のところ俺しかいない。遺体は明日にでも火葬か土葬されるだろう。反魂丹の効果でパトリシアの精神が生きていられる時間も限られている。

 決断するなら、今此処でしか有り得ない。そのことはアルフィードも両親も理解したはずだ。


「偉そうなことを言いましたが、俺は所詮、部外者です。遺族であるあなた方が首を横に振れば、俺は大人しく帰ることしか出来ない。だから、これから下される決断に俺は従います。ネクロマンサーの魔法で、パトリシアさんを生き返らせるか否か。決めるのは、あなた方です」


 客室は、水を打ったかのように静まり返る。誰も口を開かない。

 アルフィードは分かっているんだ。自分がどれだけ主張をしても、父親が頷かなければ意味がないことを。今此処で首を横に振るなら、何を言った所で無意味だということを。故に、決断が下されるのを大人しく待っている。

 どれくらいの時を、待っただろう? 一秒にも、一分にも、一時間にも感じられた静寂は、沈黙は、ついに破られる。


「君の……言っていることは、すべて憶測に過ぎない。娘が反魂丹を飲んだということも、生き霊がここにいるということも、明確な証拠は皆無に等しい。とてもあやふやで、煙のような話ばかりだ」

「パパ……」

「……だが、君の言葉には希望がある。私達では見付けられなかった、微かな光を君は見せてくれた。……信じよう、ヨミサカくん。君の憶測にかけることにする。どうか、娘をよろしく頼む」


 深々と頭は下げられる。父親に続くように、母親も。

 遺族に此処までされたんだ。俺の返事は決まり切っている。


「任せてください。必ず、パトシリアさんの遺体は修復します。完璧に、少しの傷痕も残しません」


 ネクロマンサーの矜持に掛けて。



 遺族の承諾を得られたため、パトリシアの遺体が保管されている霊安室へと向かった。意外なことに、霊安室はこの豪邸の地下にある。この世界の風習なのか、最後まで家族の近くに居たいという願いからなのか、俺はすぐにパトリシアの遺体に会うことが出来た。


「すまない、トリッシュ。すこし、騒がしくなる」


 今、目の前にパトリシアの遺体が用意された。寝台のような物に乗せられた彼女の肉体は、想像を遥かに絶するほど酷い有様だ。腹部が完全に破壊され、剥き出しになった背骨で上半身と下半身が辛うじて繋がっている。それ以外の箇所も生皮を剥がされたように損傷し、生前の面影は少しもない。

 思わず、目を逸らしそうになる。だが、やり遂げなくてはならない。この遺体の修復を。


「修復を始めます」


 息を大きく吸い、命を吹き込むように唱える。


「〝死の先(ビヨンド・ザ・エンド)〟」


 言葉は魔法に変わり、魔法は自らの存在意義を果たすためパトリシアの遺体を修復し始める。腕や顔から剥がされた皮膚が再生し、剥き出しとなった背骨の傷が修復され、失われていた内臓が復元される。

 少しずつ、しかし確実に、パトリシアは生前の姿を取り戻していく。俺が目にした生き霊と寸分違わぬ姿へ戻っていく。全身が皮膚で護られた。背骨はもう露出していない。内臓も正常に機能するだろう。造血もした。心臓を動かして全身に循環させた。

 これで身体は動ける状態になった。俺が出来ることは、もうない。パトリシアが作った反魂丹が、彼女を肉体に連れ戻してくれることを祈る他はなにも。


「修復は完了しました。今から魔法を解除します」


 死霊術による修復は例え魔法を解除したところで、なかったことにはならない。それが反魂の特性であり、生きている者にはまるで意味のない、遺体に特化した魔法の能力だ。

 視線は自然と、遺体から生き霊のほうへと向かった。

 さぁ、肉体は修復した。反魂丹の失敗した部分は補った。帰るべき場所を取り戻したんだ。帰って来てもらうぞ。みんな待っている。生き返って、家族に沢山感謝するんだ。この親不孝者め。この妹不幸者め。

 そう言った意志を向けると、パトリシアは薄く微笑んだ。そう言う風に見えた。瞬間、その姿は霧のような粒子となり、修復された肉体へと吸い込まれていく。


「……んっ……んんん」


 そして、息を吹き返した。


「トリッシュ!」


 父は娘の名を呼び、母は泣き崩れ、妹はいの一番に駆け寄った。


「トリッシュ姉さん!」

「……ティ……フ? ……わた……し」

「よかった……本当によかった。もう会えないと思ってた、もう言葉を交わせないと思ってた。どれだけ祈っても、どれだけ願っても、絶対に叶わないと思っていたのに……また会えるなんて、また言葉を交わせるなんて!」


 死を越えて、家族四人が再び揃った。この素晴らしい光景を何時までも見ていたいと思うけれど、それには俺の存在が邪魔すぎる。家族水入らずが一番いい。部外者は早々に立ち去るとしよう。

 こうして俺はアルフィード家をそっと後にした。外に出ると、すでに暗く夜になっていた。見上げた星空に浮かぶ月が、アルフィード家を祝福しているような気がする。こう言う時だけ月を美しいと思うのだから、人間ってのは都合の良い考えをするもんだ。

 そんな下らないことを考えつつ、月明かりに照らされながら学園にある寮へと帰った。


「あれ? 学園ってどっちだっけ?」


 その途中で若干、道に迷ったのがなんとも格好の付かないところだ。

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