その頼みは、異常
Ⅰ
入学式が無事に終わり、諸々の説明や寮の案内などがあったのは昨日の話だ。
一夜明けた今日はいよいよを持って登校日。期待と不安に胸を膨らませる日だ。もっとも俺に取っては不安しか無い一日になりそうだが。そもそも魔法学園とは何をする所なのか? ここから既に分かっていない。
言語は問題なく通じるため此処での生活は送れそうなものだけれど。魔法学園で学ぶことの内容を、理解できるかどうかは定かじゃあないのが本当のところだ。
なにしろ異文化すぎて話にならないし、聞けば今年入学した生徒の殆どが幼少の頃から魔法について学んできた連中らしい。俺も幼い頃から魔法を使えていたが、学んだ覚えは一つもない。深く知識があるのは自分の魔法だけだ、それ以外はからっきし。
現代日本で育ってきた俺には、ちょいとハードルが高すぎる。
「はーい。みなさん、ちゅうもーく!」
そんな色んな不安を抱えていると、その思考を途絶えされるような声が響く。
ここは普通の学校で言う体育館のような所で、俺達一学年の生徒は扇形になるよう整列していた。扇の持ち手の部分にいるのは、複数の先生達。今しゃべったのは、いかにもおっとりしていそうな女の先生だ。
薄い桃色という見たこともない髪色をした人で、胸がデカい。
「まずはみなさん、入学おめでとう御座います。貴方達のような立派な生徒に出会えて、先生はとても嬉しいです。ですが、悲しいことに私はこれから残酷な選別をしなければなりません」
選別? と疑問に思ったのは、どうやら俺だけのようだ。
他のみんなは異様な緊張感に包まれていて息を呑んでいる。選別の意味を理解していないのは現代から来た俺だけか? 周りの反応を見てみるに間違いはないらしい。ただ俺の隣に立っている生徒、金髪の女子だけはどこか余裕そうだ。
なんなのだろう? この良く分からない反応の違いは。
「みなさんの大半は入学試験をクリアした優秀な生徒です。一部、そうではない生徒も居ますが……それは良いでしょう」
俺か? 俺のことか?
「この授業ではそんな貴方達を更に篩いにかけ、クラス分けをします。スペード、ハート、ダイヤ、クラブの四つにみなさんを分け、それぞれにあった授業を今後行っていきたいと思います」
トランプのマークでクラスを分けるのか、随分と洒落ているな。
「みなさんには辛い現実を突き付けることになるでしょうが、これも貴方達の成長のためです。もしダイヤやクラブのクラスに入っても成長し、実力を高めれば一つ上のクラスに入ることが出来ます」
先生の口振りからして、クラス分けの仕方は成績順か?
成績優秀者から順にクラス分けをされていく訳だ。そう言えばトランプのマークには強い弱いがあると聞いたことがある。さっき巨乳先生が言っていた順番だ。スペードが一番強くて、クラブが一番弱い。マークの強さがそのままクラスの優劣に繋がっているらしい。
となると、一番いいクラスがスペードで、一番悪いクラスがクラブか。クラス事に優劣が決まっているってのも、生徒にとっては残酷だな。だから残酷な選別なのか。
「ですから、みなさん。どんな結果になろうと精進を怠らないで下さいね」
薄桃色の髪をした巨乳先生の話が終わり、生徒の殆どが息を呑む。この空間を包み込んでいる緊張感が、よりいっそ張り詰めたものに変わった。ここでの評価でクラスが決まり、成績の優劣があからさまになるのだから緊張もするだろう。
俺はまるで他人事のように、そう考えていた。自分もその生徒の一員なのに、篩に掛けられる者だと言うのに、今一自身の中にある緊張感だとか、焦燥間だとかが希薄だ。
その理由はきっと孤児院の救済が、すでに達成されているから。昨日のうちに無精髭の男からそう聞いたし、証拠も見せてもらった。たしかに孤児院の口座に多額の金が入っていた。
つまり、このへレスオキナ魔法学園に入学した最大の目的は達成されているのだ。故に、俺には他の生徒のような目標がなければ、危機感もない。今後に不安を抱いてはいるが、どこか現状を楽観視している節がある。
とりあえず卒業できれば成績などどうでもいいと自堕落になっているのだ。向上心の欠片もない最悪な生徒だと自分でも思うのだが、どうせ頑張っても知識面や何やらで他の生徒に劣っている以上、頑張っても無駄だとどうしても思ってしまうのが本音だ。
「それでは生徒のみなさんは、各自先生の指示に従って動いてくださいね」
巨乳先生による開始の合図により、生徒の一団が大きく動く。みんな表情が硬い。けれど、例の金髪女子生徒、彼女はどこか他の生徒とは違い、柔らかい表情をしている。それが妙に、印象に残った。
Ⅱ
この体育館と思しき建物の中には、色々な設備が配置されている。
ガラス張りのカプセルのような物体から、用途不明の石ころまで様々なものがある。俺達生徒は点在する各所に向かい、様々な能力の評価付けをされた。これの優劣でクラス分けが決まるという訳だ。
「これで最後、か。やけに長かったな、一日がかりだぞ、これ」
それらを順番にこなしていき、残酷な選別の項目も残すところ後一つとなった。
俺の結果は、やや悪い。基礎体力と言った肉体に関係することや、魔力という未知の項目に関しては決して悪くなかったと言えるだろう。至って平均的だった。
だが、俺には圧倒的に知識が足りない。育った世界が違うのだ、この世界のことをまるで知らない俺が、知識面に置いて他に勝てる訳がない。現状において俺の成績はやや悪いと看做されている。
このままだとダイヤかクラブのクラス行きだ。どうせ入るならスペードがハートが良いと思わなくもないが、妥当と言われれば納得もするので特に何も言うまい。周りを見てみると、ちらほらと顔色が悪い奴がいる。あいつらも俺と似たような評価なんだろうな。
ご愁傷様。
「次、ラクド・ヨミサカ」
「はい」
下らないことを考えつつ順番を待っていると出番がくる。最後の項目は、魔法の披露だ。実際に魔法を使い、それを先生に見てもらう。ある意味、もっとも重要な項目だ。そして俺にとっての鬼門でもある。
「そこに立って魔法を仕様してください。その際、必要なものがあれば出来る範囲で用意しましょう」
「いや、結構です。必要な物はもってますから」
「そうですか、では始めてください」
先生の指示に従って、魔法を発動させようと息を大きく吸う。魔法を使うのに必要な準備はこれだけだ。後は名前を唱えるだけ、それだけで俺の魔法は発動する。
ゆっくりと、命を吹き込むように言葉を紡いだ。
「〝死の先〟」
魔法を唱え終えると、その効果は発揮される。
それにより予め護身用にと持っていたモノが動き出し、俺のポケットから勢いよく飛翔する。空中に飛び出たモノ、それは一羽の小鳥だ。小鳥は俺の思い通りに空中を舞い、目にも止まらぬ早さで宙を翔る。
「この魔法は……いえ、分かりました。もう結構です。元の場所で整列していてください」
「はい」
すぐに飛び立った小鳥を回収し、再びポケットのうちにある袋の中へと戻した。それから先生の指示に従って、最初に整列していた大体の位置に戻ろうと踵を返す。そこで、ふと耳に入った。
「なんか今、先生すごい顔してなかったか?」「急にくわってなったよね」「あの人の魔法を見たからだよね?」「そんなに凄かったか? あれ」「さぁ? ただの操りの魔法だと思うけど」「いや、擬似的な生命を作り出す魔法かも知れない」「でも、それで先生があんな顔すると思う?」「うーん、ありふれた魔法だしなぁ」「なんだったんだろ?」
俺の後ろで順番待ちをしていた生徒達が、先生の反応に疑問を持っている。その考察のいくつかが俺の耳まで届いていた。ある程度こうなることは理解していたけれど、この分だと魔法の正体がバレた瞬間に奇異の目で見られそうだ。
下手をすれば友達すら出来ないかも知れない。祈っておこう。バレても出来るだけ、騒ぎにならないように。
「ん?」
今後の不安を募らせながら歩いていると、あの金髪少女と目が合ったような気がした。だが、それも勘違いかと思うくらい一瞬のことで、気が付けば彼女の視線は俺から外れていた。
「……気にするようなことでもないか」
そう思考を斬り捨てて所定の位置に戻る。
それから少しの時間が経って、全生徒の評価が終わった。全員が元の形に整列し、解散を待っている。その生徒の中には、体調でも悪いのかと心配になるくらい青ざめた生徒がちらほらいた。そんなに深刻になるくらい大事なのか? このクラス分けは。
「はい、これにて選別は終わりにします。結果は後日の早朝に、手紙にて伝えますから、今日は自宅や寮に帰ってゆっくりと休んで下さいね。それでは解散、また明日会いましょう」
巨乳先生の解散宣言と共に放課後がやって来る。
俺達生徒は順番に体育館と思しきこの建物を出て、各自自分が帰るべき場所へと爪先を向けて歩いていた。空はすでに茜色。俺も早々に寮へと帰ることにしよう。そう、一歩を踏み出した時だ。
「ヨミサカくん」
それを邪魔するように、背後から声が掛かる。知り合いが一人もいないこの場所で、名前を呼ばれたことに驚きつつ振り返って見ると、そこにはあの金髪の女子生徒がいた。今度は確実に目が合い、視線を外されない。
あの時、目が合ったのは俺の気の所為じゃあなかったのか。
「貴方、ヨミサカくんよね? 名前、合ってる?」
「あぁ、俺が夜見坂だが、そう言う……あー、君は何者だ?」
何時もの癖でお宅と呼びそうになったのを堪えて、君という呼びに切り替える。初対面の同級生、それも女子だ。細かいようだが、その辺のことはきっちりしておかないとな。
「私の名前はティファニー・アルフィード。一応、貴族の生まれだけれど、この学園では気にしなくていいわ」
貴族の生まれってことは、良いところのお嬢様ってことか。
しかし、普通に貴族がいるんだな、ここには。馴染みがないから、目の前の金髪女子がどれだけ高貴な人間かは、よく理解できないけれど。下手に逆らったり、横暴な態度は取らないようにしておこう。
長いものには巻かれろ、だ。
「それで、俺になんの用が?」
「それを話すには場所が悪いわ。こっちに来て」
言われるがまま、移動を開始した金髪少女、ティファニー・アルフィードの背中を追いかけていく。残酷な選別が行われた建物をぐるりと迂回するように移動し、人気もなく、日当たりも良くない場所に到着した。
普通の学校で言えば、体育館裏に相当する所だ。こう聞くと、今から告白でもされそうに思えるが、彼女が纏う雰囲気や発する声音からして、どうやらそう言うことでもないらしい。俺は今から彼女に何をされるんだ?
「うん、ここまで来れば大丈夫でしょ。邪魔者はいないわ」
「こんなの人気のない所で、いったい俺に何をするつもりだ?」
「別に、危害を加えようって訳じゃあないのよ。私はただ、貴方に協力して貰いたいことがあるだけ」
協力して欲しいこと。
さっき自己紹介をしたばかりの相手に、いったい何を頼もうとしているんだ? このアルフィードって女子は。一応、警戒だけはしておこう。人気のない所で頼み事なんて、ヤバい雰囲気しかしない。
「その協力して欲しいことって言うのは?」
そう問うと、彼女は一度大きく息を吸い。
そして何かを決意したように、言葉を紡いだ。
「ある人を、貴方の魔法で蘇らせて欲しい。出来るでしょう? ネクロマンサーなら」
心臓が跳ねた。心臓の鼓動が一瞬、可笑しくなったのが明確に感じられた。
バレている。俺が有している魔法の正体を、詳細を、彼女に見破られている。いったい何故だ? どうしてバレた? この世界に来て魔法を使ったのは、さっきの一度だけのはずなのに。
「……俺がネクロマンサーだって言う根拠は?」
「さっきの選別で貴方の魔法を見たわ。そして気が付いた。あの小鳥はすでに死んでいるって。だいたい瞳を見れば分かるのよ、私って視力が良いから。小鳥の目は淀んでいた。生気が全く感じられなかった」
「なるほど……分かる奴には分かるのか」
俺の魔法〝死の先〟の能力は反魂だ。
亡骸となった肉体を操り、意のままに動かすことが出来る。どう考えても人から好かれるような魔法じゃあない。寧ろ、これは嫌悪の対象になりかねないものだ。
だから隠していたし、アルフィードと同じく正体を見破っていた先生の反応も予測できていた。まぁ、先生ならともかく、同じ生徒にあっさり見破られているところを見るに、隠すことにあまり意味はなさそうだな。
「それで、えーっと……ある人を蘇らせて欲しい、だっけ? 確認するが、それは人の死体に魔法を掛けろって言っているんだよな? この俺に」
「えぇ、そうよ」
「なら、答えはノーだ。諦めてくれ」
そんな厄介そうな頼みは聞けない。彼女の言う頼みが本当のことなら、このアルフィードは人間の死体を少なくとも一体は所有していることになる。貴族だろうが何だろうが、それはとても異常なことだ。
異世界の住人がすべて死体収集家だって言うなら話は別だが、当然そんな筈ない。この女と関わり合ってはダメだ。なんとかして諦めさせるか、此処から逃げないと。
「どうして? 貴方は魔法を掛けるだけでいいの。それ相応のお礼もするわ」
「お礼云々の話じゃあない。お宅は何か勘違いしているみたいだが、俺の魔法は決して死んだ人間を完全に生き返らせるようなものじゃあない。蘇った奴は魔法の効力が消えれば死体に戻るし、そいつには意志がない。なにも喋らないし、命令しない限り動かないんだ」
言うなれば人形、趣味の悪いマリオネットだ。魔法は操り糸で、死体は人形だ。俺の魔法はそう言う能力で、擬似的に不可逆を可逆にしているに過ぎない。本当の意味での不可逆は、決して覆せはしないんだ。
「承知の上よ。そんなことは分かっている。分かり易さを優先して、さっきは蘇らせて欲しいと言ったけれど。私の真の目的は死を覆すことじゃあない」
「……どう言うことだ?」
「貴方の魔法、遺体を操る際に肉体の修復を行うでしょう? そうじゃあないと、遺体なんて動かせないものね。私の目的はそれ一点よ。貴方に頼みたいことは、つまり遺体の修復なのよ」
遺体の修復。そうと聞いて、すべてのことに合点が言った。
なぜ、アルフィードが死体を所有しているのか? その答えは身内に不幸があったからだ。彼女が直接所有している訳じゃあない。たぶん、家族の誰かがその不幸にあった人を、亡くなった人の肉体を霊安室のような所で保管しているんだろう。
故に、彼女は死体という言葉を避け、遺体という言葉を使っていた。そして不幸にあった身内は恐らく、酷い死に方をしている。破損、欠損、火傷、色々と考えられるが、とにかく遺体は見るも無惨な姿なのだろう。
死を覆すことなど、アルフィードは初めから考えていなかった。彼女の願いはただ一つ、酷い有様の遺体を、せめて生前と変わらぬ姿に戻してあげたい。それが目的だったのだ。
「……だいたいの事情は、さっきので理解したよ。けれど、分かっているのか? ネクロマンサーにそんなことを頼むってのは、遺体を弄くり回されるってことなんだぞ」
「えぇ……分かっている。分かっていますとも。けれど、それでも、あんな……あんな無残な姿のままでッ、骨になるよりはずっとマシよッ!」
絞り出されるようにして言葉となった声は、とても辛そうだった。そのくしゃくしゃになった表情も、瞳から零れて流れ落ちた雫も、その感情を――激情を現している。彼女は今とても苦しんでいた。
その姿をみて、決意したのはたしかだ。押し殺すことが出来ず溢れ出す思いと、隠し切れずさらけ出した悲しみ。それらを俺の能力で、魔法ですこしでも癒やせるのなら、そう思ったのは事実だ。
哀れみからか、同情からか、自分に出来ることがあるからか。俺は面倒事だと知りつつ、柄にもなく彼女を助けたいと、そう思った。
「分かった。その頼み事、聞いてやるよ」
「いいの? ほんとうに?」
「あぁ、男は女のメソメソに弱いんだ。涙は武器とはよく言ったもんだよ。……その代わり、両親とか親族とか、その辺の事情説明はお宅がしてくれよ。ただでさえ、ネクロマンサーは印象が悪いんだ」
「ありがとう……本当に、感謝するわ」
こうして俺はその日のうちに、アルフィードに連れられて貴族の家へと向かうことになる。入学早々、まだこの世界に来て一夜しか明けていないというのに、人生ってのは波瀾万丈だ。この先、普通の生活が無事に送れるかどうか、やや心配だな。