目覚めの時
目が覚めたのは遠征訓練が終わった日から、約三日後のことだった。
へレスオキナ魔法学園にある保健室。それは最早一つの病院と言って良いほどの設備と広さを兼ね備えている。そこに並ぶ清潔なベッドのうちの一つ、その上で俺は目を覚ました。
ハードプラントに負わされた傷は、目覚めた時点で綺麗に治っていた。痛みもなければ、傷痕もない。養護教諭の先生の話によれば、学園に帰還するまでに適切な処置を施されていたからだと言う。
その応急処置を施してくれたのはケイトだと聞いたので、後でお礼を言っておくことにする。もちろん、一番に救出に名乗り出てくれたティフにも、同じくらいの感謝を忘れてはいない。なにやら、ティフは俺を助けるために凄いことをしたらしいが、それは何だろう? これも後で聞いておくことにする。
ウィーストリアも無事らしい。俺よりも一足早く目覚め、すでに通常の学生生活に戻っていると聞かされた。流石はこの世界で育っただけあってタフだ。現代っ子の俺とでは、回復速度にも違いが出て来るみたいだ。
そうして諸々の話を聞いたのち、俺は一日の様子見を経て、めでたく退院することが決まった。その様子見の一日でティフとケイトがお見舞いに来てくれ、更に夜にはあの無精髭の男がお見舞いに来た。
「あ、無精髭」
「無精髭だ? お前さん、俺のことをそんな風に呼んでたのか。俺はラルムってんだ。ラルム先生と呼べ」
無精髭の男がこの学園の教師だと言うことは察しが付いていたことだけれど。何というか、この人を先生と呼ぶのには凄く抵抗がある。上手く説明できないけれど、自分の中で違和感を覚えてしまう。
けれど、仕様がない。そう呼ぶとしよう。慣れるまで時間がかかると思うが。
「それで? ラルム、先生は何をしに来た……ん、ですか」
「よしよし、敬語も覚えたな」
なんか腹立つな。
しかし、命の恩人の一人だ。礼を失するわけには行かない。
「俺が此処に来たのは見舞いも兼ねてなんだが、二三お前さんに伝えることがあるからだ」
「伝えること?」
「そう、まず今回の遠征訓練でお前さんとそのペアが戦ったハードプラント。あいつは本来、黄昏の森にいない魔物だ。そして群れで行動するのではなく、単独で狩りをするタイプの個体だったと判明している」
群れではなく、単独で狩りをして生きている個体。
「お前さんの世界にシャチっているだろ?」
「シャチ? そりゃあいる――いますけど」
まだ敬語が慣れない。
「そのシャチってのは群れで獲物を狩るタイプもいれば、一匹だけで狩りをするタイプもいる。後者をトランジエントって言うんだが、こいつは他よりも強い個体であることが多い。あのハードプラントもトランジエントだった。だから、群れに属さず一匹だけ森に入り込めた」
「なるほど」
魔物にも動物みたいに個体差のある奴がいるのか。トランジエント、一匹だけで狩りをする魔物。きっと、先生達はハードプラントの群れに気を取られていて、トランジエントのハードプラントの存在に気がつけなかったんだ。
なにしろ広い森だ。そう言うことが起こるのも、致し方ないだろう。こちらとしては、とんでもない話だけれど。
「今回の件は学園側の責任だ。学園の代表として、俺が謝らせてもらう。済まなかった」
そう言って、ラルム先生は深々と頭を下げた。
それを見て、正直なところ俺はすこし驚いていた。
魔法使いとして成長するためには、多少の危険は付き物であると、この学園の関係者は、この世界の住人は看做している節がある。だから、魔物と戦うことを前提に教育される魔法使いの卵達が、魔物によって負傷させられようとも誰も文句は言わないはずだ。生徒達は、それを覚悟して学園に生徒として通っているのだから。
この世界ではそれが当然なのだと思っていた。故に、わざわざ学園の代表者が、一生徒に頭を下げると想定していなかったし、想像してもいなかった。
考えて見ると、謝罪は当然の話である。けれど、それは現代日本の話であって、異世界では事情が違うと思っていた。
だが、それは違ったのだ。俺のただの思い込みだった。
「俺は、誰も悪くないと思ってます。誰にも落ち度はない。そりゃ死にかけて、堪った物じゃあないとは思いました。けれど、それは不幸に不幸が重なっただけ。幸い、俺もウィーストリアも生きている。取り返しは付きます」
「……そう言って貰えると、こちらとしても助かる。だが、こちらの不手際だということは譲れない。現に、こうしてお前さんはベッドの上にいるんだからな。だから、せめてもの謝罪の証として、お前さんの奨学金を返済不要とすることにした」
「奨学金……返済不要? ってことは、貰った奨学金を返さなくていいってじゃあ」
「そう言うことだ」
「い、幾らなんでもそれは……」
ちょいとやり過ぎな気が。
「なーに言ってやがる。突然この世界に連れて来られて、挙げ句、こちらの不手際で死にかけたんだ。それくらいのことは当然だ。遠慮なんてするな、貰えるものは貰っておけ」
「いや、でも、孤児院にだって振り込みが」
「その程度の金額で学園がどうこうなるほど、へレスオキナは小さくねーよ。それに言葉が悪くなるが、今回の件を金で収められるならそれに超したことはないんだ」
「……そう言うことなら……分かりました」
「その言葉が聞きたかったんだ、俺は」
渋々と言った形でその謝罪の証を受け取ると、ようやくラルム先生は頭を上げた。恐らく、俺が了承しない限り、ずっと下げたままだっただろう。自分よりも年下の、それも学園の生徒に頭を下げ続ける。そんなことをされては、首を縦に振らずにはいられない。
「それともう一つ、お前さんに朗報だ」
なんだ?
「トランジエントのハードプラントをたった二人で倒した功績は輝かしいものだ。ゆえに、今度の連休明けを持って、ラクド・ヨミサカとウィル・ウィーストリアの両名をダイヤのクラスに移動することが決定した」
その報告を聞いて、目が丸くなった。
突然のことに驚いた。まさか、こんな形で上のクラスに昇れるとは、すこしも考えていなかった。ただ生き残りたいが為に捨て身で戦った結果が、こんな形で現れるなんて予想外だ。
「驚いて声もでないか? まぁ、これはお前さん達が死ぬ気で生き残ったからこそ、得られたことだ。自分に自信を持つと良い。話はこれで終わりだ。今日はゆっくり休め」
「あ……はい。いや、でも一ついい、ですか?」
「なんだ?」
「俺達は、どうして黄昏の魔女に護られていたんですか?」
ティフとケイトから聞いた話では、俺達は結界で護られていたらしい。
意識を失う直前に見た、あの誰かは黄昏の魔女だった。どうして俺達を助けてくれたのか、護ってくれたのか。黄昏の魔女との接点は、俺がちらりと姿を見ただけ。ウィーストリアは見てすらも居ない。
なのに、どうして。
「そいつは、魅入られたってことだろうよ。お前さんに」
「魅入られた? 俺に?」
「そう。アルフィードが結界を解くために行ったことは、ほぼお前さんためだと言って良い。それに答え、結界を解いたんだ。黄昏の魔女はお前さんが気にいったんだよ。だから、結界で護っていた」
「それは……また」
物好きな魔女もいたものだ。
「話は終わりか? なら行くぞ」
そうしてラルム先生はイスから立ち上がり、病室を出ようとする。
「あっと、そうだ。忘れるところだった。これを受け取れ」
だが、思い出したように立ち止まり、懐から何かを取り出した。
差し出されたのは、手の平に収まる程度の小さな欠片だった。石とも金属とも違う、ごつごつした無骨な何か。淡い緑色に色付くそれは、けれど何処かで見覚えがあるように思えた。
「これは?」
「ハードプラントの角。その一欠片だ。記念に持っておけ、いいお守りになるぞ」
嫌なお守りだな。
そんな風に思いつつ、それを受け取ると、今度こそラルム先生は此処を去った。
結局、敬語は慣れないまま違和感が凄かった。けれど、これも時期に慣れるだろう。
それにしても今後の憂いって奴が、一変に解消されたな。スクールカースト最底辺から抜け出すことも、将来の借金問題も、この世界で上手く生きて行けるのかということも、ティフやケイトのお陰でほぼ解決したと言って良い。
随分と、暮らしやすくなったじゃあないか。当面の目標をクリアできて、万々歳だ。
「さて、寝るか」
憂いの無いすっきりとした気分で、俺はベッドに身を預けた。
そして、ゆっくりと瞼を閉じる。
明日の朝、目を覚ました俺は、ティフとケイトと共に、また学生生活を送り始める。いつか卒業する、その日まで。




