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黄昏の魔女


「〝真実の赤(トゥルース・ブラッド)〟」


 腰に捲いたホルスターから私の血液が入った真空採血管を取り出して、その栓を抜いた。

 私の魔法〝真実の赤(トゥルース・ブラッド)〟は、血液を自在に操る魔法。血液を固形化、液体化、気体化させることが可能で、尖らせて固形化させれば武器にすることも出来る。

 いま魔法で操った血液は試験管一本分。それを何本もの針に変えた。攻撃の矛先を向けるのは、地上から目敏く私達を見付けて木を駆け上ってきた魔物だ。私はその魔物に対して、容赦なく幾多の血針を放った。

 その多くは今まさに飛び掛かろうとした魔物に突き刺さり、その身体を押し返して木の幹に磔にする。趣味の悪いサボテンの完成。そこから更に血を吸い取って一振りの血剣を形作り、後方から迫る何匹かの魔物を一纏めに両断した。

 使った私の血液は、魔物の血液と分離させて真空採血管に戻せば再利用できる。


「ケイト、そっちは大丈夫?」

「もちろん。よゆー、よゆー」


 ケイトは魔法を具現化させて創造した槍を振るいながら返事をした。返事の片手間に斬り伏せられた魔物は、傷口から早くも腐食が進んでいる。ケイトの魔法は相変わらずみたい。


「それにしても先生、凄いよねー。前から来る魔物は、ほとんど先生に任せっきりだよ」

「そうね。私達もスペードだからって油断してられないわ」


 先陣を切って突き進むラルム先生は、押し寄せる魔物を物ともせず、すべて斬り裂いている。また一匹、鋭い一閃の餌食になった。私達は絶命して落ちていく魔物を目にし、次の枝に飛び移るため、その上を通り過ぎていく。

 前方全てをラルム先生が請け負い、それ以外を私達が処理する陣形を保ちつつ、私達はラクドを探して森の中を突き進む。けれど、そう簡単に探し人は見付からない。空も今では茜色に染りきっている。

 もう直ぐ夕闇が訪れてしまう。夜になると捜索が困難になるのに、まだラクドは見付からない。


「ストップだ」


 少しずつ確実に蓄積されていく焦りの中、前方を行くラルム先生が足を止めた。かと思えば、その場で膝をつく。なにをしているのかと、後ろから覗き込んで見る。先生は信じられないことに、絶命した魔物のお腹に手を入れていた。

 あまりの光景に、ケイトは言葉を忘れて絶句している。


「なにを……しているんですか?」

「さっきこいつを斬った時、妙に硬い感触がしたから確かめているんだ」


 ラルム先生は、そう言って魔物のお腹の中をぐりぐり動かしている。私にはちょっと真似できそうにない。ケイトはすでに行為から目を背けている。私も目を逸らしたいけれど、ラルム先生が言った妙な感触というのも気になる。

 硬いのは骨かも知れない。この魔物が呑み込んだ、何かの骨。それがもし、ラクドのものだったら。そんな風に嫌な想像が過ぎった。


「んー……お、こいつだな」


 手の動きが止まり、ゆっくりと魔物のお腹から引き抜かれる。血で真っ赤に染まり、ぬらりと濡れた手に握られていたもの。それは同じく血で真っ赤に染まった四角い機械。私達生徒に支給されていた無線機だった。


「それって……もしかしてラクドの」

「かも知れないな。ラクドとそのペアの無線機に連絡は取れなかった。こいつがもしラクドのものか、そのペアの物なら、この辺にいる可能性はある。この周辺を念入りに捜索するとしよう。なにか見付かるかも知れない」


 微かに見えた希望の光、たった一つの頼りない手掛かりだけれど。きっと、探し出してみせる。その決意を胸に、私はラルム先生とケイトの後に続いた。

 視界に入る物すべてに注目した。どんな些細な手掛かりも見逃さないよう、細心の注意を払い、けれど決して足は止めず、ラクドの行方を捜した。そして私は、ある異変に気が付いた。


「ラルム先生!」

「なんだ? なにか見付けたか」

「あそこの木、あの周辺の木だけが枯れてます」


 足を止めて指さした方向の先に何本か枯れた木があった。此処からだと木々が邪魔をして見づらいけれど、私はそれを見逃さなかった。あれがラクドに繋がる手掛かりかどうかは分からない。でも、この周辺で起こった異変を無視することは出来ない。


「木が枯れてる? そいつはまさか」

「それって例のハードプラントの仕業……ですよね? あたし達がまだ森にいた頃に、緊急連絡があった」

「あぁ、だが可笑しい。ハードプラントの群れは俺達教師が相手をして追い返したはずだ。なのに、どうしてこんな森のど真ん中にハードプラントの形跡がある。……一匹だけ、群れから離れていた奴がいたのか?」

「ラルム先生! そんなことよりラクドの捜索を」

「……あぁ、そうだな。いくぞ」


 私達は進路を変えて、枯れた地帯を目指した。木から木へと移動する私達は速く、はやる気持ちと連動する。そして枯れた木の最初の一本目に到達した。

 他の元気な木に比べて、明らかに浅黒く変色した枯れ木。からからに乾き干涸らびたそれは、必要な水分が一気に抜けたようにやせ細っている。元の太さの何分の一? 葉っぱはすべて落ちていた。とにかく、異常な枯れ方をしている。

 それ以降は枯れ木のみがある。枯れ木は当然脆いので、それ以降は地上を走り抜けた。木の根に足を取られても、魔力で強化した脚力はそれを引き千切って走り続けられる。けれど、やっぱりその分だけ移動速度は低下した。

 はやる気持ちと、走る速度に差が出始める。

 早く早く、疾く疾く、気持ちは身体を引っ張る。無意識に足に纏わせていた魔力が多くなる。移動速度があがり、悪い足場なんて意に介さない。いつの間にか私は、ラルム先生を追い越していた。

 そして、急に視野が広くなる。枯れ木の群を抜けた先にあったのは、森の中には似つかわしくない広くあけた空間だった。


「ラクド!」


 見付けた。ラクドは此処にいる。木の幹にもたれ掛かって動かない。

 来るのが少し遅かった。すでに魔物に囲まれている。すぐに、すぐに助けに行かないと。


「まて、様子が可笑しい」


 ラクドのもとに向かおうとした私を、ラルム先生が制した。いつの間にか私の前にいて、進路を遮断するように振り下ろされた手が空を斬る。そうされることで、私はようやくラクド以外に目を向けることが出来た。


「魔物が動かない?」


 ラクドと、その隣にいるペアらしき生徒。そのもたれ掛かった木の周りを、魔物達が取り囲んでいる。だけれど、何故だか魔物達は一向に二人に襲いかかろうとしない。じっと見つめたままだ。


「ちょっとー! 早いってば、二人とも――って、なんで黄昏の魔女が……」


 遅れて来たケイトの言葉で、私の狭まった視野は更に広くなる。

 そうすることでようやく私の目に入ったのは、二人の頭上に浮かぶ人の形をした精霊。黒の生地に緑が走ったドレスを纏い、黒い包帯で目を隠した魔女。この黄昏の森を目的もなく彷徨う黄昏の魔女だった。


「護っているのか? ラクド達を」


 ラルム先生の推測を確かめるかのように、一匹の魔物がラクド達に飛び掛かった。

 けれど、その牙が肉を食むことはない。地面を蹴って跳び、牙を剥いたすぐあと魔物は見えない何かにぶつかったように空中で身を強張らせる。その瞬間、何もないはずの空中に、膜のようなものが実体化した。

 結界だ。ラクド達の周囲に結界が張られている。魔物はその直後に弾き返され、地面を転がった。これで理解した。侵入者を拒絶し、弾き返す。そんな特性をもった黄昏の魔女の結界が、いまラクド達を護っている。


「とにかく、周りの魔物を一掃する。話はそれからだ」


 その光景を、何時までも見ているわけにはいかない。私達は手分けして魔物の殲滅に取りかかった。スペードの生徒二名と、現役教師一名がいれば、魔物の排除はそう時間のかかることではない。

 すぐに片が付き、生きた魔物は一匹もいなくなった。


「一掃完了。だが、こいつをどうするかだな」


 ラルム先生が手を伸ばすと、その指先は結界に阻まれた。魔物がいなくなっても、黄昏の魔女はまだラクド達を護り続けている。つまり、それは私達も敵だと認識されているということ。

 どうして黄昏の魔女がラクド達を護っているのかは分からないけれど。なんとかして結界を解いて貰わないと助けられない。最悪、この結界を打ち破ることになるかも知れない。


「なぁ、おい、黄昏の魔女。この結界を解いちゃくれないかい。二人を助けたいんだ」


 黄昏の魔女に、反応はない。聞こえているのかすらも怪しいくらい、無反応だ。


「参ったな。もう黄昏時だ。そう時間をかけていられないってのによ。それに」


 そう、それにラクドが負った傷は深い。四肢に何カ所か貫かれた痕があって、腹部にも何かが刺さった痕がある。この腹部の傷が危険だ。いまも少しずつ血が流れているように見える。このままだと失血死するかも知れない。


「仕様がない。すこし手間だが、結界を破るか」


 そう言って、ラルム先生が剣に手を掛けた時だった。


「ん? いま手が」


 ラクドが動いた。ぴくりと一瞬だけだったけれど、たしかにラクドの指先が動いた。まだ死んでいない。たしかに生きている。その確信が持てたのなら、もう黙ってはいられない。すこしの手間も掛けてはいられない。

 私は懐からナイフを取り出した。


「ティフ! ちょっと何やってんの!?」


 そうして私は自分の腕を斬り裂いた。

 痛みが全身に駆け巡り、長く伸びる傷痕から止めどなく血が流れていく。


「ケイト。治して」

「そりゃ治すけど。……あぁ、もう訳わかんない!」


 そう叫んだケイトは、私の側に来ながら魔法を唱えた。


「〝研ぎ澄まされた愛(ラブ・アンド・ヘイト)〟」


 発動したケイトの魔法がナイフとなり、私の負傷した腕に突き刺さる。

 ケイトの魔法は治癒と腐食をもたらす能力。敵には腐食を、味方には治癒を与えてくれる。治癒のナイフが刺さり、私の傷はみるみる塞がった。そして完璧に治る。傷痕一つ残っていない。

 これだ。これを見せたかった。私達なら――ケイトならラクド達の傷を癒やせるという証明を、黄昏の魔女に見せること。それが私が自傷行為をした理由。口で言って分からないなら、行動で示すしかない。


「聞いて、黄昏の魔女。私達はラクド達を助けたい。救い出したいの。今のまま結界の中に何時までもいたら、そう時間もかからずに死んでしまうわ。だから、その二人を助けるために結界を解いて。お願い」


 思いは言葉に乗って結界内の魔女に向かう。声は、思いは届いたのか。その答えは直ぐに、現象となって現れる。

 衝撃を与えた時にしか見えていなかった結界の膜が、すべて目視可能になった。しかし、それは拒絶の証ではない。何故なら目視可能になった膜が、上部から崩壊しているからだ。結界が崩れて、解けていく。

 黄昏の魔女に、思いは届いた。


「自分を切ったのは、このためなの? ティフ」

「まぁ、ね」

「無茶するよ、ほんとにさ」


 ケイトは、あきれ顔だ。


「まったく、女ってのは末恐ろしいな。惚れた男のために身まで切るか」

「そんなんじゃあありません。ラクドは恩人です」

「そうなのか? 恩人、ねえ。この世界に来てまだ日が浅いのに、こいつはいったい何をしたんだ? まぁ、いい。おい、イーストハルト。お前さんの魔法で二人を癒してやれ」

「はーい」


 そうして二人に大きな治癒の剣が突き刺さる。

 二人の負傷は決して軽くない。ラクドは身体を貫かれていて血を失い過ぎているし、そのペアは全身の至る骨にひびが入っていたり、酷いモノは折れている。意識もなく、遭ったとしても自力で歩けるような状態ではない。

 そんな二人を、ラルム先生は一人で担ぎ上げた。


「いまから森を出る。人を二人担いでちゃあ流石の俺も戦うのは面倒だ。襲ってくる魔物は、きっちり二人で処理してくれよ」

「はい、任せてください」


 こうして私達はすぐに、森からの脱出を始めた。

 黄昏の名を冠する森を抜けて脱出した頃には辺りは暗く、夜になっていた。黄昏は終わり、次の時間へと時計の針は進む。無事に、連れて帰ってこれた。ラクドはまたこれからも時間の中を生き続けられる。

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