深き眠りに落ちて
いまハードプラントが完全にこちらを向いた。関心を向けた。たちまち、俺の周囲に変化が起こる。地中から幾つかの木々が生え、蔦や蔓が襲い来る。だが、此処で操った死体での防御はしない。することが出来ない。
護衛をさせていた猿はすでに俺の許から離れている。いま出来るのは、ただ避けることだけだ。回避に専念する。だが、それにさほどの意味もなく、すぐに蔦と蔓に捕えられる。そして、次に獲物を弱らせるための攻撃が来る。
木の枝が槍となって、俺を串刺しにしようとした。
「まずは、第一手」
操っている死体の数は三体、うち一体はハードプラントの体内にいる。串刺しにされ、捕食されたが、狼の魔物は体内で修復されていた。すでに十分動ける状態だ。ゆえに、この瞬間に暴れさせた。
いくら外側が強固だろうと、中身は柔らかいはずだ。強化された狼の牙が、爪が、なんの妨害もなく、素直に通る。それは激痛となって、内側を裂かれる痛みとなって、植物を操る能力をほんの少しだけ狂わせる。
「うぐッ! ああああああッ!」
右腕に二本、左腕に三本、右足に一本、左足に二本、槍となった木の枝が突き刺さった。腹部にも一本刺さっている。だが、これで致命傷は避けられた。どうにか、生きていられている。気を失いそうなくらい痛いが、まだ炎の大剣は消えていない。
ここで俺が、俺だけが根を上げて堪る物か。
「だい……二手」
周囲に生えた木は、何処を通って来た? 答えは明白、地中からだ。地面を掘り進んできた。では、これまでに何本の木が移動した? 一本か? それとも二本か? いいや、違う。何十本と移動した。
なら、地面はいま空洞だらけのはずだ。俺はその空洞に手を加えるだけでいい。そのために猿の魔物を地中に潜らせた。強化された腕力と鋭利な爪は、よく土が掘れただろう。
俺の身体を張った時間稼ぎは、すでに終わっていた。
「これは……自分が招いたことだ」
ハードプラントの足下に亀裂が走る。ひび割れ、砕け、崩壊する。
木々が何度も地中を移動し、空洞だらけとなった地面が、ハードプラントの体重に耐えきれなくなり陥没した。両方の前脚が落ちて地中に埋まり、その勢いで顎を地面に打ち付ける。これで頭部は固定された。一時のことだが、狙いを定めるには十分すぎる。
「第、三手……これで、最後だッ」
大剣を押し込むのは、空を舞う怪鳥だ。
ハードプラントの頭上斜め上方向から、大剣の柄を目がけての急下降。空中にいて植物の感知から逃れられる怪鳥の動きを、ハードプラントは目視でしか妨害できない。だからこそ、怪鳥はなんの妨害もなく突き進んだ。
弾丸のように飛び、矢の如く空を渡る。狙い澄ました目標を穿つため、その嘴が鋭く尖る。それは狂いなく、到達した。柄に与えられた衝撃は、ハードプラントの奥深くにまで大剣の炎を押し込んだ。
「ウィーストリアァァァァァァア!」
叫ぶ、叫ぶ。名前をもって合図を送る。
そして、その合図にウィーストリアは答えた。
「燃え……尽きろッ」
再び、肉体の内側が炎上する。瞳を焼き、骨を焼き、筋肉を焼き、脂肪を焼き、脳を焼き尽くす。体内を暴れ回る炎に、もはや為す術はない。ハードプラントは以前よりも更に悲痛な咆哮を放ち、のたうち回る。
血の混じった瞳はついに焼け落ち、耳からは血煙が上がる。口の中の舌が焼失し、その脳髄は炎に包まれた。やがてハードプラントは事切れたように、一切の活動を停止する。咆哮を上げることも、のたうち回ることも、もうしない。
ハードプラントは絶命した。ここに命を落としたのだ。
「……手痛い代償だった」
ハードプラントが絶命したことにより、操られていた植物が枯れていく。俺の身を貫いていた木の枝も、勝手に朽ち果てて傷口から抜け落ちた。周りを取り囲んで檻と化していた木々も枯れ始めている。
よかった、これなら脱出できる。
「……よう、まだ生きてるか」
「当たり……前だ」
負傷した腹部に手を当てながら、ウィーストリアの下まで歩いて行った。両足を負傷していたが、不思議とあまり痛くない。足を引きずりながらではあったが、たどり着けた。
ゆっくりと、その隣に腰を下ろす。背もたれにした木の幹も、もうすぐ枯れる。
「助かった……のか?」
「あぁ、ハードプラントは、死んだ。ここからも、脱出でき、る」
「そうか……生き残れたのは、お前のおか――」
「止せよ、らしくない。……そいつは、これで十分だ」
そう言って、ゆっくりと拳を向ける。それを見たウィーストリアは、ふっと小さく笑うと握り拳をつくり、突き合わせた。照れくさくなるような言葉はいらない。これで十分だ。
「悪いが……すこし眠らせてくれ」
「あぁ、いいぜ。俺もお宅と同じで瞼が重いんだ。目が覚めたら……一緒に森を抜けよう」
枯れ葉舞う景色の眼界を、徐々に狭めていく。
俺の前に誰かが立っていたような気がするが、それも確かめられないくらい瞼が重い。今は、いい。身体を休めよう。目が覚めてからでも、遅くはないだろう。
深淵に落ちていく。意識が遠のく。泥沼に沈むように、俺は眠りについた。




