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配られた手札


「俺がダメージを与えていく、お前は奴をかく乱しろ!」

「よし、任せろ」


 俺達が行動を開始したことによって、ハードプラントが食事を止めた。

 ウィーストリアが言った通り、植物の上を歩けば存在を気取られる。だが、それも今更だ。今から打って出るのだから、攻め込むのだから、居場所がバレた程度、どうということはない。

 俺の魔法で操れる死体は一度に三体まで。現在は狼の魔物、猿の魔物、鳥の魔物を操っている。空に一体、地上に二体。この手札でハードプラントをかく乱する。あんなデカい生物と戦った経験はないが、やるしかない。出来なければ、死ぬだけだ。


「行け」


 まず地上の狼の魔物を先行させ、攻め込ませる。

 いま俺の足下の雑草が動き出した。位置を悟られ、動きを封じようとしているからだ。しかし、いま疾走している狼の魔物に、その草の拘束は間に合わない。強化された肉体の脚力なら、雑草が絡み付く前に駆け抜けられる。

 そして、俺の足に絡み付いた植物を放ってはおかない。すでに偵察から手元まで呼び戻していた猿の魔物に取り除かせる。その強化された腕力と鋭い爪で、足に絡み付いた植物を刈り取らせた。

 俺の身を護るのは、この猿の魔物だ。足の草を斬り裂いた後は、周辺の雑草を地面ごと抉らせていく。これで、此処に立っている限り足を拘束されたりはしない。


「ウオォォォォオ!」


 狼の魔物が雄叫びを上げて駆け抜け、ハードプラントの足下に辿り着いた。身体をバネのようにして使い、地面を強く蹴って跳躍したのち、その牙をもってハードプラントの前脚に噛み付いた。


「チィッ! くそ、硬すぎるんだよッ」


 だが、その攻撃は鱗によって阻まれた。

 身を護る堅牢な鎧に、攻めた牙のほうが鈍い音を立てて折れる。あの緑色の鱗はかなりの硬度を誇っていた。生半可な攻撃は通用しない。やはり余計なことはせず、攻撃はウィーストリアに任せよう。

 俺の役目はかく乱だ。ウィーストリアに注意が行かないよう、引き付けなければ。

 牙の折られた狼は、すぐに噛み付くのを止めて地上に降り立ち、間髪入れずに走り出す。死体だから疲れない。何時までも全力疾走を続けられる。足下から抜け出した狼はハードプラントの視界に侵入した。

 その瞬間、耳をつんざくような咆哮が轟く。ただの威嚇ではない。奴は俺と同じように、能力で手元に対抗手段を引き寄せたのだ。


「地面の下を掘り進んで来たのか!」


 土に塗れたそれが、天高くそそり立つ。

 ハードプラントの植物を操る能力が、樹木に地面を掘り進ませていた。再び日光の下に現れたその幹には蔦や蔓が絡み付いている。奴は狼の素早さを見て捕えられないと理解していた。だから、持って来たのだ。攻撃と捕獲の手段を。

 地中から生えた木々から蔦と蔓が伸び、鞭のように撓る。いくら素早く動けようとも、多対一ではいずれ捕まるのは必定だ。限界まで逃げた狼は、しかし一本の蔓に足を取られ、その直後には木の枝によって身体の至る所を串刺しにされた。

 狼の肉体から血液が流れ出る。そして、そのままハードプラントに捕食された。けれど、これでいい。一回分の時間は稼ぐことが出来た。


「〝炎の証(シンボル・レッド)〟!」


 動き回る狼に気を取られ、ウィーストリアへの攻撃が疎かになっていた。

 いま燃え盛る炎の大剣を携えたウィーストリアが、自らの魔法を薙ぎ払う。赤き一閃を描いた剣先は、強固な鱗を越えて肉まで届く。斬り裂いた傷に火傷を伴わせた一撃は振り切られ、ハードプラントの左前脚に大きな傷痕を刻み込んだ。


「次だッ!」


 ウィーストリアはその一撃だけで満足せず、慢心もせず、一度戦線を離脱する。次の攻撃でも最大火力を叩き込むためだ。その間の時間稼ぎは俺の役目。狼は食われた。なら、次の出番は怪鳥だ。

 空からの奇襲。鋭く尖った嘴をもって上空から弾丸のように特攻する。何度、攻撃を仕掛けようと、何度、嘴を突き刺そうと、ことごとく鱗に阻まれたが、それでいい。それで構わない。

 何本でも地中を移動させて木を生やせば良い。何本でも蔓や蔦を増やせば良い。その攻撃に費やす時間が、怪鳥に向けられた注意が、俺達の寿命を延ばしている。そして、また時間を稼ぐことに成功した。


「ぶっ倒れろッ」


 ウィーストリアが携えた炎の大剣が、ハードプラントの右前脚を叩き切る。斬撃による出血と、炎による火傷の両方が共に襲いかかった。両方の前脚を負傷したハードプラントは、その巨体を支えることが出来ずに地面へと倒れ込む。

 あの巨体が、地に伏した。それは誰にでも分かる明確な好機だ。

 炎の大剣を振り切った後も、ウィーストリアは魔法を維持し続けた。足下の地面に剣先が触れ、地面が焦げる。かと思えば、次の瞬間にウィーストリアは空中にいた。高く高く跳躍し、直上を取る。


「止めだッ」


 真下に向けられた剣先が、重力に引かれて落ちていく。その先にあるのは、生物の弱点。鱗で満足に防御することも叶わない、物を見るための瞳だ。炎の大剣は吸い込まれるように、瞳に落ちる。瞼を下ろしても意味はない。その程度の薄い防御は無力だ。

 直後、炎の剣先がハードプラントの瞳を貫くと同時に、おぞましい咆哮が轟いた。苦痛に悶える、地獄の底に鳴り響くような声音が、そのダメージの深さを物語っている。

 だが、それだけでは終わらない。

 いま空にいる怪鳥の死因は、炎の槍に貫かれたからじゃあない。貫かれた上で、体内を焼かれたからだ。つまり、同じ事が起きる。

 ウィーストリアは容赦なく、それを行った。瞳から鮮血と共に噴き上がる炎が証明だ。ハードプラントは瞳の奥から炎上し、体内を焼き尽くされる。もう片方の瞳に血が混じり、口や耳から黒煙が立ち上る。血と肉の焼けた匂いが漂い、咆哮は更におぞましさを増した。


「勝ったっ」


 そう思った。


「くそッ、こいつどれだけ焼けば死ぬんだッ!」


 しかし、その確信とは裏腹に現状は何も好転などしていなかった。

 ウィーストリアに蔦と蔓が絡みつき、身体を締め上げていく。負けじとウィーストリアも大剣の火力を上げるが、とうとう間に合わなかった。植物の拘束によって宙に浮いたウィーストリアは、そのまま大きく振り回される。

 遠心力を味方に付けたそれは、捕獲した獲物を木の幹へと叩き付けた。


「ウィーストリア!」


 返事は、ない。


「くそ、くそッ。どうすれば良い、どうすればッ」


 ウィーストリアは戦闘不能だ。ハードプラントは立ち上がろうとしている。逃げなくては。最大火力を失った。もう有効打を与えることは出来ない。逃げなくては。俺の魔法では対抗など不可能だ。助けは来ない。逃げなくては。

 思考が渦を巻く。目の前の脅威に対して怯み、無意識に足が後ろに下がった。


「――いや、ダメだ」


 逃げてはならない。まだ勝機はある。

 どうしてウィーストリアは身体に絡まった蔦や蔓を焼き払わなかった? どうして空中に縛り上げられた後もなされるがままだった? 対抗できたはず、身の安全を確保できたはずだ。なのに、それをしなかった。

 その理由は一つだ。突き刺した炎を消さないため。

 まだハードプラントの瞳に炎の大剣が突き刺さっている。魔法はまだ消えては居ない。ウィーストリアは生きている。木の幹に叩き付けられながらも、まだ辛うじて意識を保っているんだ。


「俺が、止めを刺すんだ」


 あの大剣を少しでいい。あとほんの数センチ、押し込んでやるだけでいい。それで炎の剣先は、ハードプラントの命まで届く。あと少しなんだ。ウィーストリアはもう立てない。残った俺が成し遂げるんだ。

 もしこのままウィーストリアが気を失い、炎の大剣が消えたら本当に終わりだ。ハードプラントは生命力が強くて再生能力が高い。すでに傷付いた前脚は治りかけている。大剣が消えれば、与えたダメージもなかったことになってしまう。

 覚悟を決めろ。俺の魔法〝死の先(ビヨンド・ザ・エンド)〟で操れる死体の限界数、三体であの大剣の柄に衝撃を叩き込む。それしかない。


「こっちだ、化物」


 木の幹に叩き付けたウィーストリアを捕食しようと、立ち上がったハードプラントが動く。すぐにでもウィーストリアは食われてしまう。だから、その注意を、関心をこちらに向けるため、俺はフレアに火を付けた。

 そうして勢いよく放たれたそれは、ハードプラントの顔面にあたる。


「そいつを食うことは許さない。魔物には過ぎた食い物だ」


 行動はすでに開始している。炎の大剣をハードプラントの命にまで届かせる算段は付いている。必要なのは、覚悟だ。これから起こる事柄に、決して動じない覚悟。それさえあれば、きっと成功する。

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