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ちょっとした親切


「やっぱ、素朴な味だな」


 丸焼きにした魚を一口食べた感想がそれだった。まるで報われない苦労をした気分だ。贅沢を言っているのは分かるが、どんな場合においても美味しいものが食いたいと思うのは人の性だ。


「おっと!?」


 もう一口、かぶり付こうとしたタイミングで、ウィーストリアから何かを投げ付けられる。間一髪のところで受け止められたが、いったいなんだ? なにを投げ付けられた? 受け止めた感触からして、石じゃあないみたいだが。


「これは……種か?」


 手の平にあったのは、葉っぱに包まれた幾つかの種だ。


「そいつを石で砕いて魚にかけてみろ」

「この種を砕いて魚に?」


 首を傾げざるを得ないが、一応、言う通りにしてみるか。

 平らな石の上に種をおいて、それを押し潰すように砕く。そうして粉々になった種を指先で摘まんで魚に振りかけた。


「これで良いのか?」

「あぁ、後は食えば分かる」


 ウィーストリアと魚を交互に見つつ、恐る恐るかぶり付く。

 すると、舌に、味覚に、有り得ない味が現れる。


「これ……凄いな。塩の味がする」


 びっくりしすぎて大きな声も出ない。ただただ、この味に感心するばかりだ。


「フラワーソルト。海の沿岸に咲く花の種だ。そいつの茎や葉には塩分が含まれていて、塩味のしょっぱい蜜を出す。その種もまた塩分を多く含んでいる。だから、そいつは簡易的な塩の代わりになるんだ」

「そんな花があるのか……よく持ってたな、こんなの」

「持っていたんじゃあない。この森の中なら、そこら中に生えている。お前の背後にもな」


 そう言われて振り返って見ると、近くに花が咲いているのが見えた。淡い黄色を帯びた白い花だ。だが、元気に咲いているのは一輪だけで、他のものはみんな花びらが散っている。それらにはすでに種が出来ているんだろう。


「海でもない此処に、どうして咲いているんだ?」

「この森が出来る前の大昔、ここは海だった。その塩分が大地に残っていて、この花は咲くらしい」

「なるほど」


 流石は魔法使いの世界だ。俺の住んでいた世界には無かった物が、此処には沢山ある。塩の蜜を出す花か。この花の蜜で作られた蜂蜜は、やっぱりしょっぱいのか? それはそれで、面白そうだな。

 というか、これをわざわざ俺にくれたのか。ウィーストリアは。


「……ありがとな、これ」

「ふん」


 ウィーストリアは、それ以上の言葉を話さなかった。

 ちょっとした親切が恥ずかしいからか、お礼を言われて照れているのか。果たしてどちらだろう。どちらでも良いが、すこしだけ俺の中で評価が変わったのは確かだ。意外と悪い奴じゃあないのかも知れない。

 まぁ、これで間抜けだの何だのと吐いた暴言が、帳消しになる訳じゃあないんだがな。飽くまでも、すこし見直した。その程度の印象回復だ。



 食事が終わり、火の後始末をした後にまた森の横断を目指して歩き始めた。

 鬱蒼とした森の中はもともと薄暗かったが、日が沈むにつれて闇は濃くなる。何度か小休止を挟みながら歩き続けていた俺達は、それ故にこの森の名称と同じ黄昏時になるころには一寸先が分からなくなるほどに暗くなっていた。

 もう明かり無しでは進めない。そして木の根などといった躓きやすい物が多いこの森で、不確かな足下のまま移動するのは困難を極めていた。


「もう無理だ。今日は此処までにしよう」

「ダメだ。まだ進める」

「はやる気持ちは分かるけれど、冷静になって考えろ。休むべき時に休まないと、逆にクリアが遅くなる。いま無闇に進んで体力を消費したら、昼になって満足に動けなくなるぞ」

「……くッ、分かった」


 なんとかウィーストリアを説得し、踏み止まらせた。

 ウィーストリアは俺よりも強くクラブ脱出を望んでいる。その所為か、経験で劣っている筈の俺が、ウィーストリアの行動を制することが時たまにあった。今回のこともそうだし、幾つか挟んだ小休止の時もそうだ。

 素人目にも良くないことだと分かることをしようとする。身のうちからくる焦燥間と危機感が、視野を狭くさせるのだろう。俺がそうならないのは、きっと意志の強さで負けているから。そして、この期に及んでまだ俺は、現状を楽観視しているからだ。

 たぶん俺は心の中で、自分が死ぬわけがないと、そう思っているに違いない。


「退いてろ。スペースを作る」


 そう言ったウィーストリアは、魔法で指定範囲内の茂みや雑草を焼き払う。出来上がったのは、木の根や落ち葉が取り除かれた剥き出しの地面だ。他の雑草に燃え移らなかったのは、魔法だからなのだろう。

 これで普通の炎である焚き火が出来るようになった。小休止の際に何度も見た光景だ。


「こう暗いと炎の光が目立つ。周りに魔物は?」

「今のところは大丈夫だ。それに来れば俺にも感知できるし、大抵は操っている魔物が倒してくれる」

「やけに自信満々だな。同種の魔物がくれば勝敗は分からないだろ」

「いいや、九割くらいの確率で勝てる。俺の操った魔物は強化されているからな。そうそう負けることはないんだ」

「……なるほどな。とりあえずでスペースを作ったが、このまま焚き火もおこしておくか」


 事前に確保しておいた薪と火種を、焼き払った地面の中心に設置する。後はウィーストリアが火力調整した魔法で火が付く。これで暖と明かりの確保ができた。でも、まだ安心はできない。夜はこれからなのだ。


「とりあえず、魚でも食うか? 冷めてるが、炙ればまた暖かくなる。まぁ、パサパサになるだろうけれど」

「炙らなくても結果はそれほど変わらないがな」


 乾物、とまでは行かないが、時間経過で丸焼きにした魚から水分が抜けている。焼いて不要な水分を取り除いた分、更にパサパサだ。食べられるだけマシと前向きに考えて、食事に有り付くとしよう。塩の代わりになる種だって、まだ残っている訳だしな。


「……誰かこっちに近付いてくる」


 炙って暖かくした魚に砕いた種を振りかけていると、周囲を見張らせていた魔物が何者かの接近を感知した。


「また黄昏の魔女か?」

「いや、今度は二人いる。どっちも男だ。黄昏の魔女じゃあない。たぶん、他のペアが此処の明かりを見付けたんだと思う」

「厄介だな。そのペアのクラスがダイヤかそれ以上なら不味い。かと言って、今更ここを移動しようとしてもな」

「難儀なもんだな、クラブってのは」


 ウィーストリアの予想が当たっているとして、今後のことを考えると否が応でも要望に応えなくちゃあならないのが辛いところだ。最悪、つっぱねてしまうのも手だが、それだと遠征訓練が終わった後に目の敵にされかねない。

 上のクラスの連中に目を付けられたら、クラブの俺達にはどうすることもできない。あれよあれよと言う間に、多数の生徒から標的にされる。こいつはカモだ。こいつなら何をしても許される。そう思われてしまう。


「とりあえず、無茶な要求をされたら何とかして断るか、妥協してもらおう」

「くそッ、これだからクラブは」


 食事も手に付かない。俺達は魚に口をつけることなく、他のペアが現れるのを待った。そして人間が二人、茂みを掻き分けて進む音が明確に聞こえるまで近付いて来た時、その姿がはっきりと視認できた。


「よかった、人がいた」


 眼鏡を掛けた優男と、見るからに丸い小太りの生徒だ。


「いやー、本当によかったよ。一時はどうなることかと思ったけど、僕達はついてる」

「あぁ、それは良かったな、おめでとう。それで? 俺達になんの用があって、お宅らは此処まで足を運んだんだ? まさか、お喋りをしたかった訳じゃあないんだろ?」

「はは、鋭いね」


 優男はそう言って困ったような表情を作る。

 喋っているのは優男だけだ。小太りのほうは口を開かない。ずっと優男の後ろで身を隠そうとしている。太っているが故に、身体を隠し切れていない所がなんとも言い難い所だ。


「実は幾つか食料を交換して欲しいんだ」

「交換?」

「そう、恥ずかしいことに、僕達はいま食糧不足でね。空腹のまま森を横断するのは、すこし無謀だと思ったんだ。だから食料と人を探していた」


 クラスも明かさずに交換を提案してきたってことは、このペアはダイヤかクラブの可能性が高い。俺達が自分達よりも上のランクだったらと考えると、これは至極当然の判断だ。

 残念ながら確かめることは出来ない。探ろうとすれば、必然的にこちらのクラスも明かさなければならないからだ。それではもしこのペアがダイヤ以上だった場合、それはもはや交換では無く、一方的な略奪に変わってしまう。

 嘘をついてしまえば、この場は解決する話だ。だが、そうも行かない。この学園に於いて、自分のクラスを偽ることは自殺行為だ。後々に嘘が発覚した場合の被害は計り知れない。それこそ多数の生徒から標的にされてしまう。


「俺達は食料を差し出す。なら、お宅らは何を差し出す? それ次第だな、交換が成立するか否かは」

「僕達がいま用意できるのは、すこしの水と……あとは、果物だね。ほら、赤く熟していて食べ頃だ。とても甘くて美味しいよ。ただこの果物は腹持ちが良くなくてね、すぐにお腹が空くんだ」


 水と果物。水はありったけ確保してあるから、交換するとすれば果物だな。遠征訓練中という状況じゃあ、腹持ちの悪い果物なんて完全に嗜好品だけれど。しかし、悪くないと俺は思う。食料にも余裕があるし、少しくらいなら魚を差し出しても問題ないはず。

 まぁ、この辺の判断はウィーストリアの意志次第だな。


「だとさ。交換に応じるか否かは、ウィーストリアが決めてくれ。この魚を確保できたのは、お宅の魔法があってこそだ。俺はお宅の判断に従うよ」

「……お前はこの交換をどう思う?」

「悪くないと考えている。甘い物も恋しくなってきた。ただこの欲求は、我慢できないほどじゃあない。遠征訓練が終われば、幾らでも好きなだけ食えるからな。俺が思うのは、そんなところだ」

「ふむ……」


 しばらくの沈黙の後に答えはでる。


「良いだろう。交換だ」

「助かるよ、ありがとう」


 交換が成立して、俺達は何匹かの魚と引き替えに、複数の果物を手に入れた。

 この遠征訓練中では貴重な甘い食べ物だ。腹持ちはよくないらしいが、不足している糖分を摂取して欲を満たせるなら、それでいい。明日への活力には十分になりえる。


「それじゃあ僕達はもう行くよ。本当にありがとう。君たちの幸運を祈っている」


 そう言い残して、優男と小太りの生徒は去って行った。

 結局、小太りのほうは一言も喋らないままだったな。会話や交渉はすべて優男に任せっきりだった。


「あの分だと、交換した魚もすぐに底を突きそうだな」

「お宅もそう思うか?」

「あぁ、支給品の食料は計画的な消費と多少の我慢が出来れば二日は持つ。なのに食糧不足になるってことは、どちらかが無計画に食い荒らしたからだ。原因は見るからに明らかだろ」


 外見で人を判断するのは良くないが、あの優男がそんな無計画なことをするとは思えない。食糧不足の原因は十中八九、小太りのほうにあるだろう。


「それにあの眼鏡をかけた優男。はなから何もするきのない小太りの奴に何も言わなかった。優しいのか面倒見がいいのか知らないが、あいつは自分を破滅に追い込むタイプの人間だ。俺なら小太りの奴を殴ってる」

「だろうな、容易に想像がつくよ。お宅が殴ってるところ」


 ウィーストリアは良くも悪くも暴力的だ。

 優男と小太りの生徒との交換で手に入れた果物を囓りつつ、俺達は夜を過ごした。

 魔物が跳梁跋扈する森で一夜を明かすに当たって、重要なのはどう睡眠を取るかだ。無防備に眠っている所を魔物に襲われる可能性がある。目が覚めたらあの世でした、なんて洒落にもならない。

 基本は交代で警戒と睡眠をするものだが、こう言う時に俺の魔法が役に立つ。


「俺の魔法は眠っていても発動し続ける。自動で敵を倒してくれるし、俺達に危険が迫れば教えてもくれる。だから、安心して眠ってくれ。何か起これば跳ね起きて、お宅をたたき起こすよ」


 操った死体は疲れないし、眠らないから一晩中だって動き回れる。


「……嘘を言っている訳じゃあなさそうだな」

「わざわざ自分の身を危険に晒すような嘘はつかねーよ」


 こうして夜は更けて行く。

 この夜を越えれば、明日のうちに森を横断できるだろう。長いようで短かった遠征訓練も後少し。だが、最後まで気を引き締めておこう。家に帰るまでが遠足とよく言うし、何が起こるか分からない。

 遠足と遠征訓練を一緒くたにするのは、よくないことだが。

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